魔王城の下働き   作:双子烏丸

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魔王の娘、シフォンの力

 

 ────

 

 霧に包まれた地面に、降り立った僕ら。

 ワイバーンの背中から僕とシフォンは降りると、少しだけ久しぶり地面の感覚を味わう。

 

「お疲れ様、頑張ったね」

 

 シフォンは優しい表情でワイバーン、プディングの頭を撫でる。

 

「プディングはここで少し待っていてね。……さてと、トルテは私について来てほしいな。

 大丈夫! 何も心配はいらないから」

 

 

 彼女に言われて僕は一緒に霧の中を進む。霧のせいで遠くはよく見えないけれど、歩いて行くにつれて目の前にぼんやりと、ある物の影が見えて来た。

 ぼんやり輝く街灯、石造りの家々に、小さな尖塔。幾つもの建物の影……辿り着いた先には人が住む町があったんだ。

 

(こんな所に町があるなんて。故郷のココア村よりも少し大きくて、人も多そうだ)

 

 霧に包まれた町、何だか独特の雰囲気がある。通りを歩くとすれ違う町の人々。けれど、その様子は何だかとても、不安そうで。

 

「……」

 

(みんな、暗い雰囲気だ。何かを怖がっているみたいな感じで)

 

 ふと、傍にコボルトの母親と小さい子供が、震えた様子で抱き合っているのが見えた。やっぱりただ事ではなさそうだ、この町では一体何が起こっているんだ?

 

 

 歩いて町の中心に到着すると、今度は町の住民とは別の集団が集まっていた。

 

「──よく来てくれました、シフォンさま。お待ちしておりました」

 

「お疲れ様。けれど、今の私はただのシフォンでいいわ。魔王の娘である事は、町のみんなには秘密ですもの」

 

「そうでした……これは失礼しました」

 

 兵士の一人がそうシフォンと話すのを聞いた。秘密にしているってどう言うことだろう?

 それに、装備を固めた何十人もの兵隊たち。鋼色の鎧に身を包んで、装備も剣に槍、それに魔法を使役して戦う、杖を持った魔術兵までいる。もしかして、あれって。

 

「まさか魔王軍? 話には聞いていたけれど、本物を見るのは初めてだ」

 

「と言うことは、トルテのいたココア村はそれだけ平和と言う事なのよね。それならそれで良い事だわ。

 魔界の平和を守る、魔王さまの軍隊。その役目がしっかり果たせていると言うことだから。……でも」

 

 少し微笑んでそう言うシフォン、それからあの兵隊達の隊長に話しかける。

 

「みんな、お疲れ様。町の人達を守るために頑張ってくれたのね」

 

 この魔王軍の一部隊、その隊長は僕より数段背の高くて年上の、真面目そうな黒髪の人魔族の青年だった。彼はシフォンに状況の報告を行う。

 

「はっ!対象は町の襲撃を試みたものの、無事食い止め後退させる事に成功しました。多少の損害はありましたが、部隊も、民間人の犠牲も皆無に留めました」

 

「本当に良かった。みんなが無事で、私も嬉しいです」

 

 よく見ると、兵隊の中には頭や腕に包帯を巻いて傷を受けている人もいた。鎧もあちこちがボロボロにもなっていて、彼らは何かと戦っていたんだと分かる。

 

「有難うございます。……ところで、そちらの子供は?」

 

 部隊の隊長は今度はこっちに視線を向けて聞いた。僕はそれに答えようとしたけれど。

 

「えっと、僕は──」

 

「この子はトルテ! 魔王城で下働きに働きに来てくれていて、今は私の付き添いをお願いしているの。

 そして私の、お友達でもあるの!」

 

「友達……ですか」

 

 代わりにシフォンが自身満々に答えた。そんな言葉、と言うより友達宣言に隊長も戸惑っているようで。けれど彼は改まったようにして、ある事を彼女に尋ねる。

 

「彼がシフォンさまの付き人なのは分かりました。しかし……この先も付き添わせるつもりですか? シフォンさまは──」

 

「ええ! 心配しなくても、彼の事は私が守るわ」

 

「……なら良いのですが。無理をなさらずに、シフォンさま」

 

 シフォンは笑顔で応えた。それから僕の手を握って言った。

 

「彼らとの話も済んだ事ですし、行きましょうか。──また私達二人で」

 

 彼女に連れられて、彼らの横を通り過ぎようとする僕ら。けれど、あのボロボロな様子と、向けられる心配げな視線。一体シフォンは……どうするつもりなんだろう。

 

 

 

 ────

 

 僕達は町からも通り過ぎて、霧の中を歩く。

 僕とシフォンしかいない、この深い霧の中。そしてさっきの町と魔王軍の様子……そして。

 

「──っ!」

 

 突然霧の向こうから──大きく響く唸り声が響いた。しかも僕達が行く先の方から、僕は思わず足を止めて立ちすくむ。一方でシフォンは気にしていない感じで。

 

「この声、もうすぐそこにいるみたいね。……ん? トルテ、どうかした?」

 

 それに僕の事に気づいた彼女は、振り返って尋ねて来た。僕はどう答えようか躊躇しながらも、シフォンにこう言う。

 

「あの……さ、本当にどこに行くつもりなの、シフォン? 言わなかったけれどずっと怪しいし、何だか……嫌な予感がするし」

 

「……ふーん。そうね、そろそろ話していた方が良さそうね」

 

 意味ありげに呟くシフォン。それから僕に対して──。

 

「ねぇトルテ、貴方はこの魔界に生息する魔物と……そして魔獣の違いはご存知?」

 

 

 

 いきなり投げかけられた質問。けれどそれくらいなら僕でも分かる、常識だ。

 

「それくらいなら分かる。魔物は魔界に普通にいる、僕達魔族が飼ったりも出来る共存可能な生き物。

 魔獣も生き物みたいだけれど、それよりもずっと大きくて凶暴な……ただ全てを破壊するばかりの存在だ」

 

 話している中、再び唸り声が響いた。さっきよりも大きな声で、地響きがするくらいの足音も聞こえる。それに──霧に浮かび上がる、影の姿。

 

 

 けれどシフォンはまだ気にもしていない様子で、続けて話す。

 

「ええ。魔獣は魔界そのものの驚異になる、危険な存在。

 生き物のようだけれど、いつ頃から現れたのか、どうやって現れているのかも分からない。ただ破壊して他の物を滅ぼすばかりの正体不明の何か。

 ……あんな風に」

 

 瞬間に、霧の中から大きな前足が伸び。頭上から僕達を叩き潰そうと振り下ろされる。僕とシフォンは飛び退いて攻撃を避ける。そして前足以外の姿も姿を現す。

 

 ──ワオォォーン!

 

 響く遠吠え。灰色の毛に覆われた四本脚の巨大な獣が、霧から姿を現した。長い耳に、鋭い爪と牙。それに全身を纏うように霧が絡み、まるで霧そのものと一体化しているかのようだ。

 

(本物の魔獣が目の前にいるだなんて! こんな所に連れて来るなんて、シフォンは何を考えているんだよっ!?)

 

 けれど、逃げようにも脚がすくんで動けない。そんな中でシフォンは魔獣を見据えたまま。

 

「──魔霧狼、それが魔獣の名前よ。辺りを覆う霧もあの魔獣が生み出したものなの。

 魔王軍は魔界や人々を魔獣から守るための組織。そして私は……」

 

 バッと、空高く上に伸した右手。そしてその先から輝く魔法陣が現れて、中から一振りの剣が降りて来る。

 少女が持つには不釣り合いなくらいに立派で、刀身が光り輝く綺麗な剣。剣の柄を握って、シフォンは魔獣に向けて構える。

 

「私は魔王軍を率いる魔王シュトレの娘、シフォン・デ・アラモード!! 魔界の平和を守るのは私の使命でもあるの!」

 

 そして僕に向けて優しく微笑みを見せて。

 

「何も言わずに、怖い思いをさせてごめんね。けれど、友達のトルテにはどうしても見せたかったの。

 私のもうひとつの姿、見ていて────魔装顕現っ!!」

 

 瞬間に、シフォンの全身が輝きの粒子に包まれた。光は鎧のような形に変化して彼女の両腕と両足、体全体に装着されてゆく。そして短かった緑色の髪も一気に伸びて、まるでマントのようにたなびく。

 剣を手にした、輝く鎧に身をまとった長髪の乙女。凛々しい雰囲気はさっきまでの天真爛漫なシフォンとは一転して、まるで別人みたいだった。

 

「魔王さまの娘であると同時に、最強の魔界剣士! シフォン・デ・アラモード……推して参るわ!」

 

 

 

 変身したシフォンは剣を両手で構えて魔獣──魔霧狼と対峙する。激しい唸り声をあげる魔獣、そして一気に彼女に飛びかかった!

 シフォンの十倍以上ある魔霧狼。前足から鋭い爪を伸ばして振り下ろす。

 

「ふっ!」

 

 途端に彼女は空高くに跳躍した。代わりにさっきまでいた地面は、爪で大きく削られた。その威力……もし当たればひとたまりもない。幸い魔獣は僕の事は眼中にないみたいだけれど、あんな化け物と戦うシフォンが心配だった。

 

「やるじゃない……ちょっとだけ!」

 

 空に跳んだシフォン。けれど魔獣は周囲の霧を操り凝縮させて、幾つもの槍のようにして彼女を襲わせる。

 四方八方から迫る霧の槍。シフォンの持つ剣も、灼熱を思わせるような深紅色に輝いて。

 

「炎よ! 悪しき霧を焼き払いなさい!」

 

 彼女が剣を一閃すれば、紅い炎が巻き起こり周囲から迫る槍を全て燃やし尽くした。

 

「今度は私の番ね。──氷霜よ敵を封じなさい!」

 

 今度はそう言って剣先を魔霧狼に向けた。すると強烈な氷吹雪が魔物に襲いかかる。灰色の体毛には霜がかかり、四肢は氷で固まり動きを止めようとする。

 

(すごいな……あんなに強力な魔術を、平気で使いこなせるなんて。シフォンってやっぱりすごい人なんだ)

 

 彼女の力には僕も驚くしかない。

 そして氷漬けになりかけの魔獣に迫るシフォン。魔獣は左前足の氷を無理やり粉砕して、彼女の斬撃を爪で防ごうとする。……けれど!

 

「私の宝剣、ラティエルショコラの前ではっ!」

 

 シフォンの剣は魔獣の爪を容易く粉砕して、続けて前足に一撃を与えた。

 痛みによる咆哮。彼女は距離をとって剣を真正面に構え直す。魔霧狼も傷を受けた激しい怒りでシフォンを睨み、飛びかかろうと姿勢をかがめる。

 

「シフォン……」

 

 両者向き合っている二人。見ているこっちが緊張する中、魔霧狼は鋭い牙が並んだ口を開けて飛びかかった。

 このまま一口で仕留めようとする敵に、シフォンは剣を後ろに構えて身構えて魔獣に向かって駆ける。そして手にした剣を──真っ直ぐ斬り上げて。

 

「これが私の──奥義! 半月一閃斬!」

 

 彼女の剣先が眩い輝きを見せたと思うと、一瞬巨大な光の刃と化して、魔霧狼の肉体を左右に真っ二つにした。

 まさに一撃必殺の──彼女の剣技。魔獣は自分がやられた事にも気づかないまま、二つに別れた身体は輝く無数の粒子になって、消失した。

 あのシフォンが、巨大で恐ろしい魔獣を倒したんだ。

 

 

 

 ────

 

 魔霧狼が倒されたことで、辺りを覆い隠していた霧は晴れた。

 霧のせいで気づかなかったけれど、ここは辺り一面紫色の草原で、まるでカーペットのような草原に鎧姿のシフォンは立っていた。

 かつて魔獣だった光の粒子が辺りに散りばめられている中、長い髪をなびかせて僕に振り返る、シフォン。

 

「──シフォン」

 

 その姿は、ファンタジーみたいに美しく思えて、僕はつい見惚れてしまっていたんだ。

 彼女は僕に微笑むと、再度展開した魔法陣の中に剣をしまう。それと同時に身にまとっていた鎧も消失し、髪型も元に戻る。そうして僕の方に寄って来て、尋ねたんだ。

 

「どうかしら? 私の格好いい活躍、見ていてくれた?」

 

 その答えは、もちろん決まっている。

 

 

「……ああ! すっごく、格好良かったよ!」

 

 

 

 ────

 

 

 魔獣を倒して、ワイバーンのプディングに乗って帰路につく僕とシフォン。

 

「怖かったかもだけど、どうだったかしら? 良い思い出になったでしょ?」

 

「そうかもだけど、一言くらい言ってくれても良かったんじゃない? シフォンは慣れているかもだけど、僕は初めて魔獣に会ったんだ。心臓が止まるかと思ったよ。

 ほんと……君と一緒にいると命がいくつあっても足りない気分だ」

 

 今回の事は僕にとってショックが大きすぎた。思い出すだけで胸がバクバクしてしまうくらいに。

 

「あはは、だからごめんってば。でも魔獣は私は華麗に倒したし、それに……助けてもらったお礼にって、町のみんなは歓迎してくれてご馳走を振る舞ってくれたじゃない?

 あの魔豚の丸焼き! トルテだって美味しそうにしていたでしょ?」

 

 ニコニコとしながら言うシフォン。彼女の言う通り、あの魔霧狼を倒したお礼にと、魔王軍のみんなや僕も含めてもてなしてくれたんだ。

 シフォンが魔王の娘と言うのは秘密で、町のみんなには凄腕の魔獣ハンターと言うことになっているらしい。僕はついて来ただけで何もしていないけど、それでも親切に迎えてご馳走してくれた。感謝しているんだ、町のみんなにも……もちろん、シフォンにも。

 

「そうだね。大変かもだったけど、美味しいものも沢山食べれたし、それにシフォンの格好良い所も見れた。

 ……本当に凄く格好良かった! キラキラした鎧に剣! まるで物語に出てくるヒーローみたいでさ!」

 

 あの時、変身して魔獣と戦ったシフォン。魔術と剣術で戦うその姿は見たことがないくらいに勇敢で、カッコよくて。

 

「その通り! 私は本気を出すと、とっても凄いんだから!」

 

 そうして得意げに笑うシフォン。その笑顔も何だか、とても眩しくて……だから。

 

「……たな」

 

「うん? なにか言った、トルテ?」

 

 シフォンは首を少しかしげた。それに僕は、改めてはっきり、思い切りの笑顔でこう答えた。

 

「怖かったけど、凄い友達と──シフォンと出会えて、一緒に出かけられたこと。楽しくて……とても良かったなって!!」

 

 

(大切で、良い思い出が出来た。ムースにも……後で沢山教えないと)

 

 

 内心そう思いながら、僕とシフォンはワイバーンで空を飛んで、魔王城へと帰って行ったんだ。

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