西暦20XX年、四月中旬────。
私は初めて剣道の試合で負けた。
彼女の鋭く私の喉元を鋭く全てを射抜くような突きを受けた瞬間、私の全身の毛という毛が逆立つのを感じ、そして気がつけば私は道場の床に倒れていたのだ。同年代。しかも私より背丈の低い女の子に、たった一撃で敗北してしまった。
ああ、ほんっとにどうしようもないほど疼いて疼いて仕方無い。あの突き技こそ私の目指す剣道の頂きだ。そうでなければ私が彼女に負けた理由が寝不足とストレスの所為になってしまうのだ。
「はじめまして、私は芥辺知里だ」
「…………」
「えっ、なんで顔を反らした?」
不機嫌そうに。無愛想に。私は私の顔に少しだけ視線をずらし、またブックカバーをつけた文庫本を読み始めた 篠ノ之箒に話し掛ける。
あの篠ノ之博士と同じ苗字というのは驚いたけれど。私が聞きたいのは。どこで剣道を習い、あれほど強くなれたのかだ。
「ねえ、篠ノ之さん。私と一緒に剣道部に入ろう。貴女の剣道はスゴいし、それに「うるさい。私の近くで騒がないでくれ」……」
そう篠ノ之さんは私の言葉を遮った。
はじめての会話にしては殺伐としているが、まあまあ彼女の好感触は得ているはずだ。とはいえだ。嫌がっている相手にしつこく付きまとったり、何度も話し掛けるのは失礼だな。
私は篠ノ之さんと斜め前の席に座り。早朝のホームルームを静かに受けつつ、どうやって彼女の事を剣道部に勧誘しようかと考える。
さっきは普通に誘って失敗した。
その事実を踏まえて、もっと勧誘の方法を考えなくてはいけない。勝負を仕掛ける?いや、それは迷惑行為だ。では果たし状を叩きつける?なんだかバカっぽくて個人的にイヤだ。
お昼休み。
みんなと楽しくお弁当や給食を食べているクラスメートを見ないように教室を出ていく篠ノ之さんを小走りで追い掛ける。なんだかストーカーみたいですごくイヤだけど。こうなったら仕方ないし、とことん追い掛けよう。
そう決意して数分後、彼女はいきなり後ろに振り返って私を睨み付けてきた。鋭い眼光。まるで猛禽類のようだと私は密かに思った。
「……何故、ついてくる?」
「私は篠ノ之さんと話したいんだ」
「…………」
彼女はまた忌々しそうに私を睨み付けながら。そのまま篠ノ之さんは保健室に入っていった。ああ、彼女は具合が悪かったのかと納得し変に追い回して申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい。篠ノ之さん」
彼女が聞いているのか。
彼女に聞こえているのか。
それすら全く分からないものの私は保健室のドア越しにど深々と頭を下げる。今後は出来る限り、貴女の邪魔をしないように勧誘するよ。
○○中学校。剣道部部室。
ここは私の所属する部活だ。
いつか篠ノ之さんと一緒に剣道をやりたいけど。彼女は持病?のせいで保健室に行くことが多く、ほとんどの先生が彼女の行動を黙認しているのをなんとなく察した。
小道場の真ん中に座す。
私の先生いわく「貴女は一人で道場にいるときは瞑想し、ゆっくりと精神統一すること」と言われているため本当に仕方なく私は瞑想をする。瞼の裏には何も見えず、ただただ暗いだけ。
なんとなく瞑想の必要性は理解している。だが、得手不得手というものは存在するし。私と瞑想の相性はハッキリと言ってしまえば塵芥と一緒だ。もっとも瞑想自体を不必要と思っているわけではない。
ほんとにそれだけだ。
「……お前だけか?」
「篠ノ之さん、来てくれたのか!」
私は小道場の真ん中で正座したまま、そう言ってぐるりと身体を反転させ、小道場の出入り口に佇む篠ノ之さんに問う。すると彼女は不本意そうに入部届けを差し出してきた。
「その動きはやめろ気色悪い」
「ぐっ。そこまで酷かったのか…」
彼女の刺々しい言葉にしゅんとしながら部室で道着と袴に着替えているであろう剣道部の三年生・二年生の先輩達のところに篠ノ之さんを連れていく。後ろで「まったく、なんなんだ…お前は?」というような呟きが聞こえたような気がする。
〈篠ノ之箒〉
剣道部の部員。
中学一年生。通称「ホウキ」。とある理由で一人暮らししており、日頃の憂さ晴らしに試合を受けて打ち負かした結果、芥辺知里に気に入られてしまった女の子。あまり騒いだりするのは得意じゃない。
〈芥辺知里〉
中学一年生。通称「チリトリ」。今まで剣道部では負け知らずだったため有頂天になっていたところを篠ノ之箒に打ち負かされて以降、ほんとうに彼女の事を気に入っているようだ。