―――やりすぎたのか。
その客が来た時、まず思ったのはそれだった。
黒いスーツを来た女性が目の前に座って、「お願いします」と言った、そのあたりで。
探るようにじっとこちらを窺う瞳。なぜか緊張して、ひたと揃えられた両足。
警戒している。
初めて来たので、占いが当たるのか疑っている…にしては切実だ。
悩んでいて占いに救いを求めている、というには表情が切羽詰まっていない。
百歩譲っても、占いを聞きに来た人間の態度ではなかった。
なんとなく占いの雰囲気を出そうとした、ちょっと暗い室内でも明らかだった。
ちらりと出入り口付近、部屋の隅にいる店長を見た。俺が未成年だし占い師をはじめて日が浅いから、都合がつく限り同席してくれているのだ。
彼女は特に不審に思っていないようだった。それもそうか、いちいち目の前の人間の姿勢や気配を確認する俺のほうが異常なのだ。
「…占ってほしいことはなんですか?」
ひとまず常套句で口火を切る。言いながら、対応は決まっていた。
占い師っぽいことをやって、適当にふんわり話をしよう。具体的なことは避けよう。
これは面倒ごとの匂いがする。下手に未来が視えるような
「今後の仕事が、うまく行くかどうかを」
幸運にも、というべきか、質問は具体性を欠いていた。
内心安堵しつつ、式盤に触れる。未来を視て、ついでにこの人の素性が分かりそうなところまで視ておこう。
式盤に
とはいえ"占いらしく"順序をなぞる。式盤を使っての式占であることを、ホームページにも記載しているわけだし。
店長が『千里眼の占い師!とかどう?』と言ったのは丁重にお断りしていた。ほぼ本名だから。
式占は基本的に占う日時や方角などを用いて求めるものだ。占いを行うそのときから、物事が動いているという考え方に基づく。
するすると円盤部分を回し、占いの結果を出していく。
ぴたりとそれを止めて、数秒。
「……」
「あの?」
「すみません、もう少しお待ちください」
女性から声がかけられたのでごまかすために笑う。手元の占い結果ではなく、視えたビジョンに黙ってしまった。
別に俺はものすごい善人というわけではないのだ。火の粉は振り払うほうだし、世界平和は祈っている程度。
だから、何が視えたって、言わないという選択肢もある。
生活状況や日常のことを聞きながら占い結果を補足して伝える。その間に、自分がどうしたいのか考える。
「なるほど、毎日夜が遅いんですね。…あなたは危険な仕事をしていますよね?」
「! そうです」
「…もしかしたら、他の人には言えない難しい仕事なのかもしれません。
全体的には、あなたはお仕事を上手くやっているようにみえます。人と話すのもあまり困難に感じないですね」
「そ、そうです」
当たり障りのない程度に。占いらしく。具体性のない話をしてから、少し内面を想像して。
だんだん緊張がほぐれてきたようには見えるが、探るような視線は変わらなかった。
占いはカウンセリングに近い。しばらく話してから、もう少し踏み込んでみる。
「時にはコミュニケーションを求められる職場で、あなたの存在は貴重です。相手が気難しい場合もあって大変なのではないですか?」
「そうなんです…!ちょっと癖の強い相手が多くて…」
「二方向に気を遣うあなたがみえます。上司も気難しいと辛い気持ちもあるでしょう。出張先の相手の対応も悩ましいし…大変ですよね」
「そんなことまでわかるんですか?本当にそのとおりで」
「あまり愚痴が言えないのも、辛い気持ちに輪をかけているかもしれません」
気持ちに寄り添って、共感して、それで、言わないという選択肢も―――、
「あ、っそう、そうなんです…」
ぎょっとした。部屋の隅で様子を見ていた店長も、息をのんだ気配がする。
女性が泣いてしまったのだ。
このバイトで、相手に泣かれた経験がないわけではないが驚く。
調査に来た、そのはずだろう。
「大事な仕事って分かってるんですけど、どうしても辛いことが多くて、っすみません…」
「……あなたの同僚も厳しい立場でしょう。愚痴を言う相手に困っているなら、この場もいいものですよ。
知人より遠いですが、何も知らない相手よりも分かっている顔をしますし、なにより守秘義務がある」
「分かっている顔って」
泣きながら、ふふ、と笑みをこぼした。
「占い師さんなのに、そこは分かってますって言わないんですかあ」
困ったことになった。入室よりずっと力の抜けた女性を前に、適当に話をつづけながら悩む。
彼女は笑ったら涙が引っ込んだらしく、具体的な話を避けながらぽつぽつと話をしはじめた。
上層部のやり方が好きではない。板挟みの同僚も辛そうだ。年下と話をするのも難しい。最近入った子が生意気で困る。
毎日の生活を送って、笑ったり泣いたりする一人の人間が、目の前にいる。
―――俺は、特別善人というわけではない。
遠い国で知らない人が辛い思いをしているとして、助けに飛行機に乗ったりしない。
行きかう人々が疲れた顔をしていても、全員に声をかけたりしない。
そのへんにいる人が幽霊っぽいものに憑かれていても、実害がなさそうなら祓わない。
しかし、目の前にいる人間が階段から落ちそうなら、手を伸ばす程度には普通に善人だった。
時間です、と店長がそっと声をかけてくる。
「本日はありがとうございました。よかったらまたご利用ください」
「こちらこそ、たくさん話を聞いてもらっちゃって…ありがとうございました!」
椅子から立ち上がってぺこりと頭を下げてくる彼女は、すっかり警戒を弱めた様子だった。
このまま帰ってもらってもいい。そうすれば、千里に降りかかる火の粉は多少払えるだろう。
始めに式盤に触れた時に視たビジョンで、彼女が調査に来たことはわかっていた。
“当たりすぎる占い師”に不審な点がないか調査しに来た末端。所属している団体に心当たりはないが、陰陽寮のようなものだろうか。
時々見かける幽霊か妖怪みたいなものを相手に仕事をしているひと。
このままなら「当たってたけど、占いってああいう感じなのかも?」くらいで済む。
仔細に報告書を作ったとしても、当たり障りないことしか言われてなかったな、と気付くにとどまる。
彼女の言う上層部も、単なる人間観察の延長と感じるかもしれない。
それでいいはずだった。
余計なことだろう。
わかっている。だが。
「…待ってください」
退室する寸前、呼び止める。
彼女がきょとんとした顔で振り向く。
ふつうの人だ。
目の前にいるこの女性―――悪人でもなく、普通のひとりの人間―――が死ぬのを、自分の安全と引き換えにすることを、俺は自分に許せなかった。
「……3日後、車にのりますよね…いや、」
遠まわしな言い方をしようして、やめる。
それを言うなら、もう取り繕ったところで意味はないだろう。
「できれば報告書には書かないでほしいんですけど。3日後に八王子へ車で行きますよね。あなたの運転で。
その先が想定より危険なので、無理を言ってでも強い人を連れて行ったほうがいいですよ。
そうだな、接敵しても切り抜けられる、接近戦の強い人がいいですね。助手席に乗ってもらいましょう。
車に乗っている間に向こうからやってきますから、あなたの身が危険です」
彼女は息を止めて目を見張り、平静を装うのを失敗した落ち着かない声音で「分かりました」と言って去っていった。
ぱたん、と努めて静かに扉が閉められる。
机に置いた式盤の前に肘をついて、あーあ、とこぼした口を手で覆った。
あ、マスクしてたな、そういえば。
「…店長、」
「何?」
「俺、もしかしたらバイト辞めるかもしれません」
部屋の隅っこで店長が笑う。
「ま、千里くんの占いが当たりすぎるのは、前から知ってたけどね」
------------------------
「占いの館」に関する調査報告書
(前略)
占いは若い男性が行い、抽象的な表現で占い結果を口頭にて伝えられる。
占いの方法については詳細は省くが、日時や方角をもとに、干支などが記載された道具を回転させて結果を出していた。
予約通りの時間中は当たり障りのない内容であり、当たっているとは感じるが通常の占いと差は見受けられなかった。
ただし退出直前に、報告書を書くことと、当補助監督の3日後の任務先を言い当てた。
さらに想定より危険であること、接近戦に強い呪術師を連れていくこと、乗車中に攻撃があることを指摘。
実際に任務では三級呪霊と想定されていたところ、二級呪霊に遭遇。
目的地に到着する直前に攻撃を受けたものの、急遽同行した呪術師により祓除に成功した。
占いとして精度が高すぎるため呪術である可能性が疑われるが、今回の調査では呪術の発動は確認できなかった。
このため、"六眼"を持つ五条悟の派遣が必要である。
-------------------------
「悟に依頼だ」
「えーっまた?俺まだ一年なんだけど?こき使いすぎじゃね?」
「文句を言うな。都内だし呪霊とは関係ない」
呪術高専の教室で、その最強は「は?」と口をぽかんと開けた。
「それ、俺が行く必要ある?呪いじゃないならその辺のヤツが行けばいいだろ」
「呪術と呪力の有無を確認してほしいそうだ。適任だろう」
「…そーかもしれないけどさー」
「息抜きだと思って行ってこい。帰りにどこかに寄っても構わん」
「っはあーーー」
隠す気がみじんもない大きなため息をついて、「で、どこで何するって?」と先を促した。
その最強の名は五条悟。
占いと聞いて面白がった同級生とともに予約を取り、3人で占い館へ行くまであと一週間。