621少女概念ガチ小説   作:シベリアの騎士

1 / 5
密航

 人は火を見つけてからと言うもの、火と共に歩んで来た。破壊をもたらす災いに過ぎなかったそれを我が物とする術を身につけ、人は他の生物と一線を画す存在と化した。

 

 火を辿れば、人の歩みが分かる。そして今、かつて焦土と化した惑星ルビコン3に新たなる火種が投じられつつあった。

 

 まだ燃やし足りないとでも言うかの様に・・・・・・。

 

 

 壮年の男が薄暗い鉄の廊下を歩いていた。足取りは年相応に力無く、しかし何人も彼を止める事は出来ないだろうと思わせる力がその眼にはあった。

 

 ハンドラー・ウォルター。彼が従える強化人間の群れは、誰からともなく猟犬と呼ばれていた。どんな過酷な任務も冷徹に完遂する私兵。彼の手下は例外なく死の恐怖から逃れられるらしかった。その手綱捌きを人々は畏れていた。

 

 ウォルターが立ち止まり、保管室と書かれたドアに手をかざすと、鋼鉄の扉が重苦しく彼を迎え入れた。ドアから溢れ出す禍々しい冷気も彼を拒むに至らなかった。

 

「また来たのか、ハンドラー・ウォルター」

 

 保管収容研究所『カタコンベ』の客人を出迎えたのは、ここの主任である男だ。

 

「ああ、久しいな」

「新しい猟犬が必要なんだろう?」

 

 ウォルターはややあって、「そうだ」と頷く。

 

「何人必要だ?」

「一人でいい」

「ひとり? 全滅と聞いたが」

「いいんだ」

 

 遮るようにウォルターが繰り返す。数秒の静寂の後、主任が低く笑う。

 

「そうか。なら、とっておきの奴を・・・・・・だな」

 

 

 数刻後、ウォルターは一人の強化人間の元へ案内された。いや、それはもはや人間ではなかった。保護フィルムによって何重にも密閉され、ケーブルやチューブによって辛うじて外界と繋がっているだけの『彼女』は、もはや王家の墓に埋葬されたミイラに見える。

 

「C4-621。強化人間唯一の子供だ。封印されて久しいが、ようやく使える歳になった。まあ、機能以外は死んでいるものと」

「御託はいい。起動しろ」

 

 遮るウォルターの声には拒絶の意思が滲んでいた。主任は意に介さず、『彼女』を一機のACへと接続する。

 

(お前に意味を与えてやる。621)

 

 

 惑星ルビコン3衛星軌道、621を載せたポッドが間もなく大気圏へ突入しようとしていた。彼女はまだ、ゆりかごで眠っている。

 

「ルビコンが近い。そいつを起こしてくれ」

 

 ウォルターの通信に、戦闘コンピュータが応答した。

 

『了解しました、ハンドラー・ウォルター。脳深部コーラル管理デバイス起動』

 

 ボイスと同時にポッドが展開し、減速を掛けながらルビコンへと飛び込んでいく。そしてポッドは着地寸前に分離し、産まれ落ちた鋼鉄の巨人が赤眼を輝かせた。廃墟の中に降りたACが、ゆっくりと立ち上がる。その様は鎧を着た騎士の出立のように勇ましく、生々しい。

 

『強化人間、C4-621、覚醒しました』

「聞こえるか、621」

 

 コックピット内で621は男の声を聞いた。彼女はまさに今産まれたところなのだ。鋼鉄の身体できょろきょろと辺りを見回す。

 

『だ、れ。ど・・・・・・こ?』

 

 今まで見た事ないほどに人間くさく振る舞うACを見て、ウォルターは肌が粟立つのを感じた。こいつは──使える。今までの誰よりも。

 

「俺はハンドラー・ウォルターだ。お前の・・・・・・主人だ」

「うぉるたー。しゅじん・・・・・・」

「そうだ。しばらく行動を共にすることになる。安心しろ、コーラルさえ手に入れれば、お前のような脳を焼かれた者でも人生を買い戻せるはずだ。それまでの付き合いだ」

 

 徐々に意識がハッキリしてきたのか、621は指示される間もなくブースターを吹かし、前進を始めた。彼女にとっては、己の肉体よりもACの感覚こそが『自然』なのだ。彼女は目が見えない。耳も聞こえない。触覚もなく、たとえ切り刻まれてもきょとんとしながら死を迎えるだろう。彼女が『生きて』いるのは、脳をコーラルに突き動かされ、ACをセンサーとして駆る今だけだ。機体にとって彼女は脳で、彼女にとって機体は手脚。そういうことだ。

 

 それほどまでに身体を破壊されているのは、ウォルターが知る限り621だけだった。彼女は売られた身だ。極限まで戦闘能力を上げるには、人間がどの時期から、どの程度のコーラルを宿せば良いのか。そういう闇の歴史の証人だ。とはいえ、彼女はもう何も覚えていない。頭にあるのは『生きる』こと。

 

 立体的な廃墟の中を621は小鳥のように軽やかに飛び抜けていく。ミリ単位の誤差もなく狭い空間をすり抜けて、機体にかすり傷ひとつ付けなかった。

 

「そのカタパルトを使え、621」

「・・・・・・?」

「その上に立てばいい。後は分かるはずだ」

 

 機体のインタラクティブを感じ取ったのか、おっかなびっくりだった621が突然当たり前のようにカタパルトを操作し、射出された。彼女はもはや、新たなる存在だ。機械と人の複合生命。戦闘知性体。

 

 射出された先には、ルビコン解放戦線と名乗るレジスタンスが哨戒を行っていた。もちろん生身ではない。MTと呼ばれる固定武装式の汎用メカだ。

 

「AC、なぜこんな所に・・・・・・」

「来るぞ、迎撃しろ!」

 

 レジスタンスの攻撃に、「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。621の数少ない感情の発露だった。ウォルターは拳を握りしめつつも、平静を保って言った。

 

「応戦しろ、621。盾持ちが居る。ブレードを忘れるな」

 

 その瞬間、621の動きが鋭くなった。右から左へと半球状の軌道で前進しつつ上昇、回避機動を行いつつ接近し、ミサイルマルチロック、発射。左クイックブースト。落下しつつライフルを射撃。着地寸前にアサルトブーストで急加速、前進を継続。残った一機を蹴りつけ、そのままパルスブレードで斬り伏せる。瞬く間に621は四機のMTを撃破していた。

 

 ウォルターはため息をついた。安堵でも落胆でもない。呼吸を忘れていた為だ。

 

「露払いは終わったようだな。次はビーコンに沿って進め。あとはこちらでやる」

 

 ウォルターの目的は撃破されたACからIDを抜き取ることだった。ルビコンで活動をする為には拠点や物資が必要だった。その調達には傭兵支援組織「オールマインド」への登録を行わねばならない。しかし、その時間はウォルターには無かった。一刻も早く、ルビコンに群がる火種達を出し抜かねばならない。

 

「その残骸に接近しろ、621」

 

 一際開けた場所に、一機のACが倒れていた。IDの解析をウォルターが始めると、なにやら羽音のようなものが聞こえた。どこから嗅ぎつけてきたのか、惑星封鎖機構の大型戦闘ヘリが621を見下ろしていた。

 

『元凶め、まだ機体を残していたか──!』

「元凶・・・・・・。なにやら誤解されているようだが、構わん。撃墜しろ」

 

 ヘリの機関砲が当たり、621は慌てて近くのビルの残骸に隠れた。咳き込み、苦しげに喘ぐ621にウォルターが声を掛ける。

 

「621。まだお前にはやるべき事がある。死ぬな。勝って戻ってこい」

 

 ACが力無くうなだれている。いやいやをするように鋼鉄の巨人が頭部を振った。

 

「こわい、よ。うぉるたー。たすけ、て」

「・・・・・・お前にしか出来ないことがある。助けることは出来ないが、信じている」

「しんじる?」

「そうだ。帰ってきたら褒美をやる。今は、お前の出番だ。621」

「・・・・・・うん。わかった、やくそく」

「ああ、約束だ」

 

 621が顔を上げた。ヘリも彼女に気付いたのか、ビルを回り込み、正面にその威容を表した。

 

『消えろ、イレギュラー!』 

 

 無数のロケット砲が621目掛けて飛来する。だが彼女はもうそこに居ない。否、向かって行ったのだ。ミサイルの雨を突っ切り、飛び込んでくる621にヘリパイロットは悲鳴を上げた。狂っている。何がこいつをそこまでして戦わせるのだ。がむしゃらな機関砲も仰角が足りず、近接信管の無い対地ロケット砲は虚しく飛び去っていく。

 

「じょ、冗談じゃ──」

 

 コックピットをパルスブレードで焼かれ、パイロットは一瞬にしてルビコンの大気へと散った。主を失ったヘリがビルの廃墟へ突っ込み、沈黙する。

 

「よくやった、621。戻って休め」

 

 空を見上げるACが、ぽつりと呟く。

 

「赤くて、きれい」

「?」 

 

 ウォルターのカメラには灰色の空しか映ってはいない。だが、とりあえず今は彼女を労ってやりたかったのか、ウォルターは「そうだな」と返した。

 

「ね、うぉるたー。さっきのやくそく」

「ああ、約束は守る」

「あたま、なでて」

「・・・・・・」

 

 それは重いな、と。『猟犬使い』は苦々しそうに唇を歪めるのだった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。