壁越えを早く書きたい・・・。
「いつ以来だ、ハンドラー・ウォルター? 貴様と猟犬にはクソほど煮え湯を飲まされた。よくもまあぬけぬけと連絡してこれたな」
ウォルターの通信相手は星外企業ベイラム専属部隊レッドガンのトップ、ミシガンだ。かつてのハウンズ達と相見えたことも、手を組んだ事もある。長くこの傭兵稼業をしていると、敵と味方の境界も曖昧になり、ただ力のみが真実になる。ウォルターは単刀直入に要件に入った。
「ミシガン、先日伝えた621の件だが」
「ああ、猟犬の新入りだったな。使えるんだろうな? ウォルター」
ウォルターのハウンズと言えば地獄の猟犬と名高く、関心を持たれている。ベイラムの歩く地獄と呼ばれるミシガンとて、例外ではない。彼からすれば、噂の猟犬の能力を、間近で安全に観察するまたとない機会だった。
「見れば分かるさ」
「大した自信だ。うちの役立たずどもと同じ扱いで構わんのだな?」
「構わん。あいつには刺激が必要だ」
「甲斐甲斐しいことだ。ならば貴様の猟犬、レッドガンの流儀で迎えよう」
通信が切れる。ウォルターはため息をひとつつき、傍らで眠る621を見た。
「少々、教育に悪いかもしれんがな」
そして彼女は、また新たな『名義』を手に入れることになる。
※
621はいつものように機体の中で目を覚ました。いつもならウォルターが命令を与えてくるのだが、今日は違った。
「621、仕事だ。ベイラム本社のブリーフィングに参加する。お前も出席しろ」
「うん? わかった」
ウォルターから説明を受け、現地でも彼の指示のもとに行動するのが習慣だったので、621は首を傾げる。
「これからはクライアントとの意思疎通も必要になる。その練習だ」
「・・・・・・よくわからないけど、そうする」
「ああ。やってみろ」
こくこくと頷く621をモニター越しに確認し、ウォルターは通信を接続した。
「待たせたな、ミシガン。621も同席している。始めてくれ」
「よし、ウォルターから話は聞いているな!? ではブリーフィングを始めるぞ!」
突然聞いた事もないほど激しい調子で男の声がしたので、621は猫のように目を見開いた。
「うぉるた・・・・・・」
いかにも心細そうに621は主の名を呼ぶが、壮年の男の声にかき消される。
「こちらはベイラム所属部隊レッドガン総長、G1(ガンズ・ワン)ミシガンだ。懇切丁寧に仕事を説明してやるから一言一句聞き漏らすな!」
「ふぇ」
まさに鬼軍曹とでも言い表すべきミシガンの気迫に圧され、621はコックピットの中で縮こまっている。なにやら色々説明しているようだが、621はもはや全く作戦内容など聞いていなかった。解放戦線、ダム、襲撃、僚機、なんとかかんとか。
「うちからはG4ヴォルタとG5イグアスを出す。お前はその下の安いオマケだ! 質問はあるか」
目をぱちくりさせた621の代わりに、ウォルターが「特に無い」と答える。
「ふむ、脚を引っ張るなよ。そうだ、忘れるところだった。621と言ったな。お前に我らがレッドガンのナンバーを貸与する。ちょうど空きが出たラッキーナンバー、G13だ。G13、復唱!」
621がびくっとした。
「がんずさーてぃーん・・・・・・?」
訳も分からずオウム返しにしただけに過ぎなかったのだが、ミシガンは「よし!」と頷く。
「復唱したか! では準備を始めろ。愉快な遠足の始まりだ!!」
通信が切断され、621の聴覚にやっと静寂が訪れた。
「うぉ、うぉるた〜・・・・・・」
「心配するな。今のお前なら楽な仕事だ」
「そうじゃ、なくって」
「何だ?」
「ぶりーふぃんぐって、ふつうは、こうなの?」
もはや半べそのような621の問いに、ややあってウォルターが答える。
「いや、あいつだけだ」
※
数分後、621が出撃していくのをウォルターはコンソールから見守っていた。今回の僚機となるのはこのルビコンに集まる火種のひとつ、星外企業ベイラムだ。レッドガンと名付けられた私兵を持ち、同じくコーラルを求めてやって来た星外企業アーキバスや、コーラルの利用を強力に規制する惑星封鎖機構との戦いを征さんとしている。しかし、今回の作戦目標はライバル企業でも惑星封鎖機構でもない、第四の勢力だ。
ルビコン解放戦線。このルビコンでコーラルと共に生きる土着の民。621が初陣で倒したMTは解放戦線所属だ。あの場所に惑星封鎖機構のヘリも居たことから、解放戦線はあそこで何かしらの作戦行動を取っていたのかもしれない。
はっきり言って、ルビコンにおける各勢力の情報が足りない。ベイラムとのコネクトを作っておくのはメリットがある。独立傭兵であるウォルター達は、良くも悪くも誰とでも手を組むことが出来る。完全に信用はされないが、完全に敵視もされない。そうして各勢力の動きを見ながらコーラルの在処を探る予定だった。
「621、今回の目標はガリア多重ダムの治水拠点及び変電施設破壊だ。とはいえ、あまり気張らなくていい。ベイラムのやり方を見学しておけ」
「わかった」
「それと、他のACからの交信には返事してもしなくてもいい。やりたいようにやれ」
「うん? とりあえず、わかった」
621がよく分からなさそうに頷く。彼女の機体にはボイスチェンジャーを付けていた。さすがに年端も行かない少女だと知られると、コミュニケーションに悪影響を与える可能性がある。
彼女が作戦領域に降り立つと、すでにレッドガンの二機が待機していた。
「よぉ、てめえがレイヴンか」
タンク型のパイロット、G4ヴォルタが声を掛けてくる。
「よ、よろしく」
621が返事をすると、もう片方のパイロットが舌打ちをする。スタンダードな機体のパイロット、G5イグアスだ。
「なんだって野良犬の世話をしなけりゃなんねえんだよ。おい野良犬、せいぜい足引っ張んじゃねえぞ」
621がむっとした。
「野良犬じゃ、ない」
「ヘッ、じゃあ何だってんだよ」
「うぉるたーが、いるから」
沈黙。ヴォルタが困惑したように呟く。
「なんかズレてるな、お前・・・・・・」
なんとも言えない空気は、突如回線内に響いた怒号によってかき消された。
「突入しろ、役立たずども! さっさと土着どもの根城を破壊してこい。ぬかるなよ」
「チッ。どうも調子狂うぜ」
ミシガンの号令によって、三機は侵攻を開始した。基本的にACは単独で作戦を遂行する能力があるが、それが三機も居るとなると、かなりの勢力という扱いになる。従って、ダムを守っている解放戦線のMTは為す術もなく蹴散らされた。621の軽やかな戦闘を見ていたヴォルタが声を上げる。
「やるじゃねえか。ズブの素人でもないようだな」
「ん。ありがと」
素直に受け取る621にやはりヴォルタが苦笑した。イグアスが一層面白くなさそうに憎まれ口を叩く。
「ハナから野良犬の手なんて要らねえのよ。その辺で穴でも掘ってな」
「いぐあす」
「あぁ?」
621がアサルトブーストを起動し、イグアスにタックルをかました。
「テメェ!?」
瞬間、イグアスが先程までいた場所にクレーターが出来た。解放戦線のACが到着し、バズーカを発射してきたのだ。
「ひとつ、かし」
「鼻につく野郎だぜ・・・・・・」
ヴォルタとイグアスは即座に散開し、敵ACを挟撃にかかる。ウォルターからの指示が入った。
「621、変電施設の破壊に向かえ」
「てつだわなくて、いいの?」
「二対一なら問題無いだろう。目標はあくまで変電施設だ。敵の増援が来る前にここを撤退する必要がある」
「わかった」
二人を置いて621が最後の変電施設に向かおうとした時だった。解放戦線ACが撃破され、ヴォルタとイグアスがとどめを刺そうとしているのが見えた。オープンチャンネルに敵ACのパイロットから通信が入る。
「企業の属者と成り果て、情けなくは無いのか、貴様たち」
「へっ、阿呆が。所詮俺たちゃ同じ穴の狢なんだよ」
イグアスがライフルを構えた時、彼の機体のロックオンアラートが鳴った。それが出来るのは今、一人しか居ない。
「何のつもりだ・・・・・・野良犬!」
ヴォルタとイグアスが振り返ると、621が悠然と二人を見つめていた。ウォルターもミシガンも何も言わず、成り行きを見守る。
「もう、うごけない。うつひつようは、ない」
数秒後、ダムの頂上付近で爆発が起きる。621が放っていたミサイルが最後の変電施設を破壊したのだ。だが、本来そこは距離や高度からしてロックオン圏外のはず。ヴォルタが「どうやりやがったんだ」と呻いた。
「もういちど、いう。うつひつようは、ない」
「偉そうに命令するんじゃねえ。てめえから撃ってやろうか」
沈黙。有無を言わせぬ気迫が、その鈍色の機体から発せられていた。恐らく、手動でミサイルを放ったのであろう『そいつ』を相手取れば、どのような被害を被ることになるか分かったものでは無い。
621の予想外の言動に、ウォルターは内心驚いていた。どうしたものかと思っていると、やはり主導権を取ったのはミシガンだった。
「なにを遊んでいる役立たずども、遠足は終わりだ! ヴォルタ、イグアス。帰るまでが遠足だと何回言わせる気だ。帰投しろ!」
イグアスが本日何度目かの舌打ちをすると、戦闘モードをオフにした。621のコックピットからロックオンアラートが消える。それを確認し、彼女も戦闘モードを切った。レッドガンの二機が離脱を開始する。去り際、621にイグアスから通信が入った。
「野良犬、お前のような木っ端は知らんだろうがな」
「?」
「俺たちは壁越えにアサインされている。この作戦はただの慣らしだ。お前は指をくわえて見ていろ」
通信が切れた。壁越えとは何だろうか。まあいいか、と621はため息をつく。
「うぉるたー。おわったよ」
「ああ、戻って休め。621」
「うん」
621が戻るのを待つ間、ウォルターはイグアスが最後に残した言葉について考えていた。『壁』については聞いた事がある。ルビコン解放戦線が峡谷に設置した要塞だ。しかし、なぜベイラムが壁越えを決行するという情報をこちらにリークしたのか。ただ優越感のためだとしたら・・・・・・。
(馬鹿げた予想ではあるが、もしそうだとしたら、621の変化によるものだろう)
想像以上に621は明確な意思表示や他者との交流を行うことが分かった。それをウォルターは素直に喜ばしく思う。
(まあなんにせよ、あのイグアスとかいう男は・・・・・・大目玉を食らってそうだな)
事実、その後彼は謹慎処分を受けて壁越えに参加することは叶わなかった。しかし、それが彼の命運を分け、そして621との因縁を産むことになるとはこの時誰も予想しえなかっただろう。
ウォルターは621を迎えに、いつものようにキャットウォークへ向かう。帰還した機体のハッチを覗き込むと、621が話しかけて来る。
「ただいま、うぉるたー」
「ああ、よくやった。621」
「きょうのにんむ、すこしたのしかった」
「そうか、なによりだ」
「あのうるさいおじさん、ちょっとこいしい」
それを聞き、ウォルターは少し笑ってしまった。これはとんでもなく珍しい出来事だが、621は首を少し傾げただけだ。
「どうかした?」
「いや・・・・・・。そうだな、俺はうるさくはないつもりだからな」
「うん、だから、おちつく」
ずいぶんと懐かれてしまったものだ、とウォルターは苦笑いをした。ミシガンの部下は跳ねっ返りが多そうだと言うのに。だが、彼と部下の関係性はあまりにも、清々しい。
(俺は、少しお前が羨ましいな。ミシガン)
隣の芝生はなんとやらとも言うが、と胸の内に呟き、ウォルターはいつものように621を部屋へと抱いて行った。
※
作戦後、ウォルターとミシガンは再び通信を行っていた。
「ミシガン、今日の作戦だが、礼を言う。おかげで621に有意な変化が見られた」
ウォルターの言葉にミシガンが鼻を鳴らした。
「そりゃなによりだな、ウォルター。こっちは舌は回っても頭の回らん若造の始末に手を焼いてる所だ」
「まあ・・・・・・そうなるだろうな」
「実の所、大した事ではない。どうせ遅かれ早かれ攻め込むのは確定している。ちょっと観察していればカカシにでも分かる事だろう。ただ、ケジメが必要と言うだけだ」
そんなことより、とミシガンが話を変える。
「G13のことだが」
「ああ」
もうG13呼びは必要ないのでは、と思ったが流す事にした。おそらく、大した理由はない。ちょっとしたこだわり程度の物だろう。
「腕は立つが、ハウンズらしくないな。どういう風の吹き回しだ? ハンドラー・ウォルター」
ウォルターは少し考え、答える。
「首輪はもう要らないんだ。ミシガン」