621が目を覚ますと、いつもの景色が広がっていた。コックピットの中。どうやらまた任務らしい。
(いやな夢、見てた気がする)
しかし、夢の余韻はウォルターの声によってかき消された。シミュレーションモードが起動する。
「621、お前が眠っている間に新しい機体を手配した。確認しておけ」
「あたらしい、きたい?」
コンソールを操作すると、自分の機体を移すカメラの映像と、アセンブリー画面が表示される。真っ白な機体。直線と曲線が交じった、鋭くしなやかな意匠に621は「わぁ・・・・・・」と声を漏らした。
「気に入ったなら何よりだが、俺が用意したのはフレームだけだ。武器と内装はお前が組み上げろ、621」
「わたしが、きめるの?」
「そうだ。これからはアセンブル変更も必要になる。機体を組み替えると慣れるまでが大変だが、お前になら出来るはずだ」
機械の体でしか生きたことがないからこそ、621にとって人体の感覚は障害にならない。ゆくゆくはミッションに合わせて大きく機体構成を変えることも視野に入ってくるだろう。他のパイロットとは一線を画する彼女の特質になるはずだ。
「じゃあ、てすとしてくる」
「ああ、ゆっくり始めてくれ」
「わかった、それと」
「なんだ?」
「ありがとう。うぉるたー。すごく、うれしい」
そう言って、621はシミュレーション空間にダイブして行った。ウォルターは少し呆気に取られ、ため息をひとつ着く。
「そんなに無邪気に笑えるのか・・・・・・お前は」
※
シミュレーション空間で621は機体を飛び回らせ、仮想ACをいくつもスクラップにしていた。楽しい。軽やかだ。
(嬉しい。楽しい。ウォルター大好き)
もはやプレゼントにはしゃぎ回る子供と変わりない浮かれようだが、621はしっかりと仕事をしていた。まず武装に軽リニアライフルとパルスブレード、二連双対ミサイルとパルスシールドを選択し、柔軟な戦法が取れるようにした。
中距離では挟み込むような軌道のミサイルと弾速に優れたリニアライフルで牽制し、シールドを活かした接近とブレードによる確実な撃破。逆に言えば、相手に合わせて距離を取りながら戦えることも意味する。その場合ブレードは近距離での抑止力となる。
火器管制装置、ジェネレーターは標準的な物を選択し、ブースターも手堅い性能をした第二世代型だ。爆発力は無いが自由度の高い動きを可能にしてくれる。機体との同調が持ち味の彼女にとっては、ピーキーさを孕む絶対性能よりも己の感覚を邪魔しないことが優先なのだ。
しかし、戦術的合理性は彼女の前には後付けに過ぎない。両脇から飛び交うミサイルと直線的なリニアライフルの力強い弾道の組み合わせが美しいと思い、剣と盾の併用が頼もしいと思ったから、それが彼女にとっての理由だ。
621が飛び跳ねる様に仮想敵機を撃破していく映像を、ウォルターは密かに見守っていた。
(あれなら・・・・・・壁越えも不可能ではないかもしれん)
ウォルターには目論見があった。いや、目論見と言えるほど立派なものではない、細い道筋。勢力間紛争の悉くに介入し、実力を知らしめ、彼らが必ず辿り着くであろうコーラル集積地へと先回りすることだ。言わずもがな、ターニングポイントとなる戦いには必ず顔を出す必要がある。それも認められる形で、内側からだ。
(お前には、戦い続けてもらわなければならない。俺と共に)
そして独り、オフィスへと向かう。
※
数日後、621は壁越えと呼ばれる作戦に参加していた。だが、彼女にとっては何であろうと代わり映えのない『日常』に過ぎなかった。ベイラムが勇み足をし、アーキバスがそれを踏みしろにして侵攻する、その流れに乗じてウォルターは『壁』というコーラルへの障害を排除すると共に、ルビコンに居る勢力に自分たちの実力を見せつけようとしている。
この渦巻く思惑と欲望の中で純粋なのは、621ただひとりだった。
「じゃあ、いってくる。うぉるたー」
「ああ、生きて戻れ」
『壁』を守る砲台を掻い潜り、肉薄し、正面を守る大型四脚MTを撃破し、壁の真ん中ほどにある整備用通路への入口をハックし、内部へ侵入する。残敵を掃討し、頂上へ上がるためのリフトへ辿り着いた。
「いがいと、らくだった」
そんなセリフすら吐く621に薄ら寒いものを感じながら、ウォルターは補給シェルパと呼ばれる無人機を送る。簡易的な修理と弾薬の補給が出来る代物だ。周囲の掃討が完了していなければ使う事は出来ないが、621はやってのける。
「この上に大型機動兵器ジャガーノートが居る。そいつを倒せば『壁』の制圧は完了だ」
「むししちゃだめなの?」
「奴らには実績が必要なんだ。それと見せしめがな」
「ふーん。まあ、いいや。たおせというなら、たおすよ」
どうでもよさそうな、当然と言うような口振り。頼もしく、恐ろしい。だが、こいつならきっと成し遂げられる気がする。全てを退け、コーラルに辿り着くことが出来る。
「頼んだぞ、621」
「うん。まかせて」
ともすれば少し嬉しそうに621はリフトを起動した。頂上に到着し、シャッターが開く。通信が入った。若い男の声だ。
「こちらはヴェスパー第4隊長、ラスティだ。あのハンドラー・ウォルターの子飼いらしいな」
621の隣に群青の機体が舞い降りた。細身のシルエットに、逆に折れ曲がった軽量二脚の素早そうな機体だ。
「これも何かの縁だ。共に壁越えと行こうじゃないか」
621は若干馴れ馴れしいヴェスパーの隊長とやらに特に警戒することも無く、「らすてぃ、よろしく」と返す。ラスティは戦地に似つかわしくない朗らかさで笑う。
「思ったより、まともなやつなんだな。君は」
「そうなの? はじめていわれた」
他愛もない会話をしながら、既に二人は戦闘機動に入っている。ジャガーノートはまさに動く要塞とでも言うべき兵器だった。キャタピラの上に鉄の塊が乗っている。戦車と言うにはあまりにも乱雑で、無骨だ。キャノンや機関砲、ロケット砲がこれでもかと搭載され、ロケットブースターによる爆発的な突進と後退を繰り返す。正面からでは歯が立たないが、回り込もうにも超信地旋回と地雷散布が厄介だ。
「てわけしよう、らすてぃ」
「そうだな。私が囮になろう。スティールヘイズの速度で撹乱する」
「わかった」
ラスティはハンドガンとプラズマミサイルを連射し、飛び上がりながら派手に回り込みをかける。ジャガーノートはそちらを追従し、旋回していく。
「今だ、戦友」
ラスティの合図を聞き、621はアサルトブーストを起動。一瞬の隙を突いて、ジャガーノートの背面機構を思いっきり叩き斬った。そして間髪入れず切断面にリニアライフルを撃ち込み、離脱する。ジャガーノートはしばらく狂ったように弾を発射していたが、沈黙した。
「さすがは猟犬と呼ばれるだけの事はある」
「ううん、たすかった。ひとりならあぶなかったかも」
「助けになったなら何よりだ」
こうして壁越えは達成された。任務を終えたラスティが離脱していくのを見送り、621は眼下を見下ろす。ふと、視界に1機のACが映る。タンク型の機体、G4ヴォルタだ。全身がボロボロで、全く動かない。撃破されているのは明白だ。
「あれは、だむでいっしょになったひと・・・・・・」
脱出装置が起動した形跡は無かった。ここで散ったのだろうか。621は初めて、見知った者の死を体験した。なんだか無性に寂しかった。
「わたし、がんばるよ。あなたのぶんまで」
そして621は、帰りを待つ者の元へと羽ばたいて行った──