異様に伸びた山の高台に、一人の男が立つ。光沢煌めく白銀の鎧を身に纏った男。顔を覆う銀のバイザーを外した男は、真下に広がる景色を見下ろす。
「……………あそこか」
取り出した地図で確認した男は、頭に装備するバイザーを装着し直すと共に─────勢いよく跳躍した。数百メートルも真下の地面に落ちていく男は、難なく着地してみせる。痛がる素振りも見せず立ち上がり、彼は軽く首を回した。
「ここが、目的地だな」
目の前に広がる死海のような暗い森を前に気を引き締める。背中に装備した複数の武器の存在を頼りに、彼────G級ハンター筆頭 タスクは森の奥へと踏み込んでいった。
◇◆◇
ハンター。
モンスターを狩る者として世界に名を馳せたその役職には、具体的な位置付けが存在している。下から順に、下位、上位─────そして、Gクラス。上位の中でも認められた実力者しか受けることが許されていない最高難易度のクエストの到達域。
その最上位を極めたハンターは、G級ハンターと呼ばれることになる。その中でも、桁違いに強いハンターは英雄として扱われ、ギルドでも限られた順位を与えられる。
序列と呼ばれるハンター達の中でも、頂点に位置するハンターこそが、タスク・アイアスという男。
最上位ハンターとしてドンドルマに認められた彼は多くの災難や苦境を討ち果たし、生きる英雄として民衆から憧れを抱かれるようになった。
多くの古龍を撃退し、『祖龍』と言われる龍とも渡り合った戦いから数ヵ月後。ハンターとして一段落付いていた彼は、ドンドルマの指導者 大長老から呼び出されていた。
『今回のクエストは極秘、つまり俺だけで行動して欲しいということですか?大長老』
『ウム、今回の事はギルドとしても秘匿せねばならん話でな。実力的にオヌシぐらいしか任せられん』
6メートルもいく全長の大男。いや、大柄な竜人族の老人、大長老の前でタスクは考える。
緊急の依頼、Gクエストの中でも秘匿される程厄介な内容のことらしい。そこまで厳しい話ならば、断る道理はない。依頼を受けると答えたタスクは次に、依頼の内容を聞かされた。
『アヴェルダイン・ストラフムという者は知っておるか?』
『ええ、存じてます。ギルド内でも古龍に関する優れた研究を行っていた人物であり、古龍殲滅論を唱えていた男でしょう』
アヴェルダイン・ストラフム、通称アヴェルダと呼ばれる男。彼はギルド内部で古龍に関して第一人者とされており、その叡知は他大陸の古龍すら知り尽くしている程だ。
そんなアヴェルダだが、彼はギルドが忌避する議題────古龍の対処に執心しており、あろうことか全ての古龍を滅ぼし人類の脅威を鎮めるという、『古龍殲滅論』を掲げていた。
しかし、彼の言葉はギルドには届かなかった。痺れを切らしたアヴェルダは、ついに強行に乗り出した。
『そのアヴェルダがギルドの最奥から「禁忌の遺物」を強奪し、逃亡した』
大長老は詳しく話してはくれなかったが、「禁忌の遺物」は余程危険なものらしい。かつて起きたとされる人類が絶滅寸前にまで追い込まれたとされる『竜大戦』。それに大きく関係するとされる「遺物」を奪還すべく、ギルドは総力を上げた。
『つまり、俺の目的はアヴェルダの捕縛、ということですか?』
『話が速いぞ。もうアヴェルダを捕まえる必要はない。奴はモンスターによって襲撃され、殺害されたらしい』
『……………は?』
話によると、アヴェルダを追い詰めたギルドナイトとハンターの一団。彼等がアヴェルダを捕縛しようとしたその時、空から謎のモンスターが現れたらしい。
モンスターはその場にいたハンターとギルドナイトを、一人残して鏖殺した。唯一生き残ったギルドナイトの前で、アヴェルダはモンスターに食い殺されたらしい。
アヴェルダを丸のみにしたモンスターはその場から姿を消し、遠くの地方へと飛んでいったらしい。それは生き残ったギルドナイトではなく、龍歴院の調査団が報せててくれた。
『お主にはアヴェルダを殺害したモンスターの調査、可能であるならそれを討伐し、「禁忌の遺物」を取り返してきて欲しい、ということじゃよ』
大長老の言葉を聞き終えたタスクは静かに頷いて答えた。彼は、知らない。その選択が自分の人生を大きく変える出来事に導くことを。
◇◆◇
場所はドンドルマより離れ、人気どころか動物の気配すら存在しない不気味な廃墟の森。名を、アロガンタ死域。
最近のギルドの調査により確認され、モンスターの存在もないこの森はギルドによって公式に立ち入り禁止とされていた。研究員達の観測により、古龍が眠っている可能性もあるからと。調査隊の報告によると、例のモンスターはここで姿を消したらしい。
死域の名の通り、森全体の空気は不気味で薄気味悪いものがある。多くの生き物が恐れているにも関わらず、森自体は豊かに実っているのだ。正直、嫌な予感というものは感じ取れる。
「…………これも、アロガンタの伝説というものか」
苦笑いをしながら森を掻き分けて進むタスクは少し前、アロガンタ死域の近くの集落の事を思い出す。死域の前まで案内してくれた心優しい民族の人々。彼等の話に、興味深いものがあったことも。
『────アロガンタの伝説?』
『はい………この伝説自体、大昔の話ですが………アロガンタの遺跡の奥には、門があるそうです』
民族の長と思われる老齢の女性。孫たちに支えられた族長の話は、古来よりこの地に伝わる伝説のようなものだった。
『門とは?何かが通るために用意されているのか?』
『そうです。その門は、異界と繋がった門であると。そこを通ると我々の知らぬ未知の異界へと訪れる、という伝説があります』
『…………』
遺跡の奥にある門は、ここは違う異界へと繋がっている。そんな話を聞いたタスクは正直に言うと信じられなかった。しかし、彼の雰囲気を察したのだろう。族長の女性はその伝説に信憑性があることを語り出した。
『無論、私達も伝承の話と考えておりました…………ですが、数年前。遺跡の奥に入り込んだ子供たちの何人かが、姿を眩ましたのです』
『────見つかったのですか?』
『いいえ、あの子達は遺跡の中から忽然と姿を消してしまい…………周囲を探しましたが、痕跡すらありませんでした。消えた子供たちと一緒にいた子は─────「奥に行ったら見えなくなった」と、答えたのです』
つまり、子供たちは遺跡の最奥─────門のある場所で行方を眩ましたらしい。嘘をつく理由もない、つまり本当にそうだった可能性の方が高い。
「……………異界へと繋がる門、か。ここがそうなのか?」
森の中心にあった遺跡へと踏み込み、先を進んだ彼が眼にしたのは────異様な程に広い空間だ。遺跡の中とは思えない、かつて戦った蛇王龍の住み処を連想させる領域。冷えきった空気は、人の存在を許さぬような強いオーラを匂わせていた。
一本道の通路を慎重に進んだタスクの視線の先に、『門』と呼ばれるもの────だと思われるものを見つけた。
────円状の床の中央にある、大きな穴。水が張り巡らされたそれは鏡のようにあらゆるものを反射していた。上空から降り注ぐ一筋の光も、水面の中心を差すようにある。
「まぁ、門の話を知ったところで、例のモンスターに繋がらなければ意味が─────」
溜め息を漏らし、背を向けてその場から立ち去ろうとするタスク。その円状のエリアから一本道へと踏み込もうとしたその瞬間、
─────真後ろから飛来してきた風の刃を、タスクは背中に備えていた大剣で吹き飛ばした。霧散する刃から意識を離したタスクは目の前に現れた影を見据える。
「────飛竜、じゃないな………何だ?お前は」
翼竜種と呼ぶべき、腕のある部位が翼となっている竜種。リオレウスかリオレイアのような飛竜と呼ぶべき生物かと思ったが、瞬時に思考を否定する。
その竜は肉体の殆どに金属を纏っていた。ただの金属ではない、明らかに加工された代物ばかりだ。翼自体も特殊な金属で構築されているらしく、先の風の刃も翼によって生み出したらしい。
(金属の翼と装甲────自然のものじゃない、人為的な手が加えられているモンスターか。一体何処の国がこんな真似をした?)
改造されたモンスター。そんな話、ギルドが知れば即座に動くことだ。今までギルドでも掴めなかったということは、何らかの国が関係していると見るべきだろう。
ふと、空を飛んでいる機械の飛竜は頭部を覆う金属のヘルメットから覗くモノアイがタスクの姿を捉える。
「────バルギィアァァァァッ!!!」
咆哮を轟かせた機械飛竜が翼を広げて低空飛行を始める。その直後、翼の側面が音もなく割れた。内部から覗いた複数の物体─────タスクは知らないが、ミサイルと呼ばれる兵器が一斉に解き放たれた。
此方に向かってくるミサイルに、タスクは背中の装備を取り出した。ヘビィボウガンを片手で担ぎ上げた彼は、降り注ぐミサイルを弾丸によって撃ち落としていく。
その際に距離を縮めてきた機械飛竜が翼を振りかぶる。咄嗟に大剣を構えたタスクは、何とか竜の放った翼による斬撃を防ぐ。その勢いで吹き飛ばされたタスクだが、仮にもG級ハンター。即座に背中の武器、折り畳み式の操虫棍を叩きつけ、宙へと飛び上がる。
「────ッ!」
「落ちろ、鉄の竜」
咄嗟に迎撃態勢を取ろうと空気を吸い込む竜の頭部へと飛び乗る。金属の装甲を掴んだ彼は、勢いよく振り上げた大剣を片手で振り下ろした。
ドグシャッ!!!
金属の装甲にヒビを入れる程の一撃を受け、短い悲鳴を上げた飛竜が一本道の通路に墜落する。地面を崩しながら倒れ込んだ飛竜が起き上がる隙を見逃すことなく、タスクはリュックから麻酔玉を抜き取ろうとする。
だが、トスッ………と軽い音と共に、意識が揺らぎ始めた。
「っ!?」
(投げナイフ!?────クソッ!毒か!)
麻痺と毒、二つの性質を重ね合わせた特殊な毒液。手の甲に突き刺さったナイフを弾き飛ばした時には、その毒は全身へと伝わっていた。リュックから取り出した解毒薬を何とか飲もうとするが──────遠くから放れた矢が、解毒薬をビンごと吹き飛ばす。
(っ!?矢─────!?これは、ハンター………いや)
「ギルド、ナイト…………ッ!」
出入り口の通路の影から、特徴的な服装をしたハンターが姿を現す。ギルドナイト、ハンターズギルド直属の組織『ギルドナイツ』の人間の装備である。ハンターでありながら、モンスターを狩らず。彼等が狩るのは人であり、ハンター。対人用に鍛え上げられたハンター、それこそがギルドナイトなのだ。
「どういう、ことだ………ッ!何故、ギルドナイトが………俺を狙う!?」
「─────答える必要はない。貴様はここで死ぬのだからな」
弓を下ろしたギルドナイト。しかし戦闘態勢を解いた訳ではなく、新たな矢をつがえているだけである。ふと後ろを振り返ると、機械の飛竜が起き上がって唸り声を上げていた。
(コイツは正式なギルドナイトではないな。一瞬反応を示した。俺の疑惑に同調することで誤魔化したな。つまりヤツは、あの飛竜の関係者──────アヴェルダを殺したと言うモンスターの秘密を知る重要な鍵だ)
「─────G級ハンター筆頭、序列一位 タスク・アイアス。人類の守護者でありドンドルマの英雄を殺すことは、流石の私も気が引ける。
だが、『あの御方』の計画もある。邪魔者は消さなければならない。それが、貴様であってもだ」
あの男の話からすると、あの飛竜も彼等が生み出したものなのだろう。毒により身体の動きがままならないタスクは前後にいる二つの脅威に冷静に思考を働かせる。
(この状況は不利だ。逃げようにも、ヤツのいる通路は通れない────────……………一か八か、伝説を信じてみるか)
直後、ポケットに仕舞っていたアイテムを意図的に落とす。その物に二つの意識が逸れた瞬間、タスクは踏みつけることで強引にその物体を起動させた。
─────光が、周囲を呑み込む。破裂した閃光玉の光がギルドナイトと飛竜の視界を光で覆い尽くす。その一瞬の隙を突き、タスクは勢いよく飛び出した。
飛竜の足元を滑り抜け、全力で走り抜ける。毒や麻痺を無視して、とにかく前へと突き進む。目指すはあの水が張り巡らされた大穴。あそこに飛び込んで、この場から離れようと踏み込んでいく。
往ける。そう思った瞬間、彼の胸を槍の矛先が貫いた。
「────────がッ」
それは槍ではなく、矢だった。一際大きな矢を何とか引き抜いたタスクは─────その場で吐血して倒れ込む。口の中から吐き出す血は、一気に溢れていく。その場で悶え苦しむタスクに、矢を放ったギルドナイトは淡々と告げる。
「新たに開発したものだ。生命体であれば例外なく通用する。─────古龍であろうと、ハンターであろうともだ」
「ぶ、ぐ────がばっ、ゴホッ!!」
毒、ではない。血液に入った何かが、彼の肉体を破壊し始める。モンスターの一撃すら耐える程の強靭な肉体も、内側からの破壊には意味を成さない。
全身から血を噴き出したタスクは苦痛に悶えることしか出来ない。────いや、他にも出来ることはあった。ギルドナイトは気付いたが、もう襲い。
「っ!貴様────!!」
弓矢を構えるが、もう遅い。血を噴き出しながら這っていたタスクは水の穴へと身体を投げ出した。────ドポン、と人間一人が入ったとは思えない小さな音と共に、タスクの姿は完全に消えた。
水面からも見えない。彼の存在自体が消滅したように、消え去ったのだ。
「…………よもや、あの傷で『門』へと通るとは。我ながら油断した」
「───バゥルルル」
「─────だが、もう手遅れだ。アレの治療は誰にも出来ん。たとえあの世界の人間が助けたとしても無意味だ。
これで邪魔者は消えた。我々はあの世界で計画を進めるだけだ」
ギルドナイトの男と飛竜が、水面へと身体を入れる。穴の中に入った二つの影は、タスクと同じように一瞬にして消えていった。再び、遺跡に静寂が残る。
◇◆◇
─────あらら、死にかけてるのね。そんな姿見るのは初めて
─────厄介なものに身体を蝕まれてる。このままじゃ本当に死んじゃうかも…………安心して、見殺しにする気はないわ
─────少し、面白いことをしてあげる。あなたが知るのは後になるけど、別にいいわよね?助けてあげたんだから
─────頑張ってね、英雄。あなたにやって欲しいことが沢山あるから
◇◆◇
「────っ、ここは?」
ザワザワ、と耳に聞こえてくる人の声。鼓膜を叩く騒音にタスクは思わず目が覚めた。彼がいたのは、小さな道だった。何らかの建物の合間にある小さな路地だろうか。
混乱していたタスクの意識が過去の記憶を思い出す。瞬間、彼は慌てたように矢を受けた傷を確かめる。だがしかし、
「……………傷が、ない?」
胸に受けたはずの矢の傷痕は綺麗サッパリ消えていた。いつの間にか回復薬でも口にしていたのだろうか、そんな風に考えていたタスクはふと立ち上がる。
(あの遺跡から離れた場所か。逃げ切れたのは奇跡だった、今は兎に角この町が何処か知らないと────)
路地から抜け出し、タスクは町の中へと踏み込む。そして、そこに辿り着いた彼は凄まじい驚愕を受け、足を止めた。
────見たこともない程に、発展した町。柱のように連なる建物の数々。見たこともない服を着て歩く人々。全てが未知、全てが自分の理解から離れたものばかりだ。
「な、なんだ────ここは一体、何処なんだ!?」
混乱したタスクは、まだ知らない。
その地の名は、銀座。日本の中心、東京の都市の一つ。後に世界を揺るがす大事件の部隊ともなる場所。
異世界のハンターは、その地に招かれた。何の因果か、或いは必然か。彼は後に、二つの世界を危機に陥れる大きな戦いに導かれることになる。