GATE 狩人 彼の地へと、 導かれし   作:虚無の魔術師

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暗闇の中の混戦

「────ふー、それにしてもいい湯だった」

 

温泉宿『山海楼閣』にて。夜中の温泉でゆったりしたであろタスクは一息吐いて部屋へと戻った。部屋の中では伊丹や富田がリラックスしていた様子だった。力を抜いて布団の上に寝転がる伊丹を他所に、富田はタスクへと世間話をしていた。

 

 

「タスクさん、温泉のこと知ってたんですね。タスクはさんの世界にもあるんですか?」

 

「ん、ユクモ村ってとこで知ってね。村の中にも温泉があるんだけど、山の頂上の露天風呂が最高でさ。良い景色に惜しい山菜の炒め物を摘みに出来るんだ─────もし俺の世界に来ることがあったら、案内するよ」

 

「────ええ、是非とも。皆を連れていきますので」

 

 

軽く二人で話しながら、茶を飲んでいたその時。ドタドタと騒々しい足音とともに、自分達の部屋が開け放たれた。

 

 

「男どもぉっ!こっち来いやぁ!!」

 

 

酔っ払ったと分かるように、顔に赤みの目立つ栗林とロゥリィ。亜神と実質亜神()の二人に無理矢理引っ張られ、ゆっくりしていたはずのタスクたちは喧騒の最中にある、女性陣の元へと連行されるのだった。

 

待っていたのは、酔い散らかしたであろうピニャたち。泥酔したボーゼスに言い寄られ、戸惑う富田に軽く同情する伊丹。しかし彼もその後に栗林に「特戦群の男を紹介しろ」と凄まじい剣幕で詰め寄られることになった。

 

 

あー、と半ば憐れみながらも密かに気配を隠すタスク。ハイド技術はそこまで鍛えてはいないが、ここまでの惨状ならば意識を向けられることはないだろう。

 

片隅の机で傍観していたタスクの近くで、ロゥリィが居座る。さっきまでの興奮は鳴りを潜めた様子に、タスクは声をかけた。

 

 

「…………伊丹と呑まなくてもいいのか?」

 

「別にぃ。どうせ皆が寝静まっているとこで呑めば良いんだからぁ」

 

 

やはり、酔いは浅いようだ。それどころか何かに意識が逸れているのが手を取るように分かる。怪訝そう見つめていたタスクはふとあることに気付いた。

 

 

「─────誰か近くで戦ってるのか?」

 

「そうみたい。でも、ついさっきで終わったわぁ。………周囲の気配を読み取るのって、貴方が得意なんじゃない?」

 

「………………」

 

 

ロゥリィが一瞬で反応した。つまり、周囲で殺しが起きたわけだ。こんな山の中で、偶然人が殺されるなんて事態あるわけがない。獣害の可能性も頭に浮かべたが、真夜中の山で誰かが獣に殺されるというのか。

 

静かに、タスクは壁際の窓を開け放つ。周囲から伝わってくる微かな風の音。自然そのものといった環境音の中に、可笑しな異音が幾つか混じっている。

 

 

「────いるな。数十、しかも各々別の方から来てる。………途中銃声も聞こえてくる。まさか、自衛隊か?」

 

「戦ってるのは、前にちらほら襲ってきた奴等かしらぁ?」

 

「……………話に聞いてた、俺やロゥリィたちを手に入れようとする大国、か」

 

 

伊丹たちの話から聞いた、自分達の身柄を欲しがる日本以外の国々。アメリカ、ロシア、中国の三国だったか。中でも、アメリカの行動が直接的らしい。タスクに不意打ちを行った特殊装備の男も、アメリカからの刺客とのことだ。

 

目的は、タスクを懐柔、もしくは手の内に納めようとのことだろう。勝手にやれ、と言いたい気分だが、他にもテュカやレレイも狙われている。オマケにこの旅館を狙うということは、伊丹たちも攻撃するつもりなのだろうか。

 

そうと来れば、タスクとしても容赦は出来ない。自分以外の仲間に危害を向けようとする敵を見逃せる程、彼は温厚ではないのだ。

 

 

「─────近付いて来たら、一気にやるわよぉ」

 

「………分かってる」

 

 

◇◆◇

 

 

夜中の武家屋敷にて。その一室でひたすら木刀を振るうのは、軍城戦銅という男。武人の一族の末裔である彼は、祖先の在り方を────武人としての誇りを一度足りとて忘れたことはなかった。

 

故に、政治家としての実務以外は、ひたすらに己を高めていた。国のトップに、内閣総理大臣になるのが彼の目標であるが、だからと言って鍛えることは怠ってはならない。何故なら自分が、この国を率いていかなければならないからだ。

 

他国からの圧力に屈することなく、国民たちを導いていかねばならないからだ。

 

そうした特訓の合間、携帯が鳴り響く。暑苦しく、荘厳な着信音を感じ取った軍城戦銅は木刀を杖のように突き立てながら、電話を繋げた。

 

 

「…………此方、軍城戦銅です」

 

『─────やぁ、軍城くん。久し振りだね』

 

「本位先生………ご無沙汰しております」

 

 

相手は本井慎三(もといしんぞう)。現在内閣総理大臣であり、まだ政治家として社会に出向いたばかりの戦銅に多くのことを教えてくれた人物。何事も険しく律儀である戦銅が心から敬愛し、いずれ超えようとしていたのが、その人であった。

 

「こんな夜中に何の用ですか。先生は今、『特地』のことで忙しいのでは────」

 

『………軍城くん、私はもう駄目みたいだ』

 

「─────先生?」

 

 

諦めたように笑う恩師の様子に、戦銅は不安を覚えた。何があったのか、と問う戦銅に、本位は全てを話し始める。

 

 

少し前、アメリカの大統領 ディレルが連絡と共にある資料を送ってきたのだ。何事かと思っていた本位慎三であったが、即座に全てを理解する。

 

────内閣の大臣や閣僚の不正や汚職の数々。下手すれば、本位内閣の全てが揺らいでしまう程の内容ばかりだ。ディレル大統領はこれを、『友の手助けの為に回収してきた』と笑って答えたらしい。

 

その直後、大統領は『特地から来た皇女様とあの銀の英雄をアメリカに招待したい』と言い出したのだ。無論、彼等の存在を他国には公表してすらいない。

 

 

口調は柔らかな物腰であったが、脅しに変わりはなかった。タスクたちをアメリカに連れてこなければ、お前たちの汚職の数々をマスコミにバラす、という。恐らくだが、ディレルたちはタスクたちを素直に歓迎する気はない。

 

特地からの人間はともかく、タスクに関しては強引にでも手に入れようとするだろう。アレだけ強力な、数万の軍勢を一人で圧倒できる存在だ。洗脳や解剖などして、その力にあやかろうとするのは目に見えている。

 

 

「────米国のハイエナがッ!…………本位先生!まさかとは思いませんが、アメリカのやり方に従う気ではありませんな!?絶対に、そんなことは許されません!!」

 

『分かってる。私だってそんな真似はさせない…………だからこそ、君に頼みがあるんだ』

 

 

激昂して怒鳴る戦銅に、本位は落ち着いた声で答える。覚悟を押し殺したような恩師の言葉に、彼は疑問を持った。そして改めて本位の強い覚悟を、刻み込まれるような形で理解させられた。

 

 

『────私は、総理大臣を辞任する』

 

 

それが何を意味するのか、戦銅は理解が遅れた。本気で言っているのか、と考える。明らかに自殺行為だ。これだけ聞けば政治家としての責任を放棄する、そんな風に見える。だが実際には違う。戦銅の知る本位はそんな恥知らずでも臆病者ではない。

 

 

『私が今すぐ政権から手を離せば、彼等が握る秘密は全て無意味になる。そのあと、君が総理大臣となってこの国を導いてくれ。正義感の強い、責任感のある君にしか頼めないことだ……………嘉納さんと一緒に、日本を守って欲しい』

 

「…………なりません本位先生ッ!!私は、私は貴方を超えると約束したのです!このようなことで、私は総理になろうとは!」

 

『────すまない。頼む』

 

 

必死に呼び止めようとする戦銅の声を、本位は優しくも芯の強い言葉で返した。直後に電話は切れてしまう。恩師の一言を聞いた戦銅は、最早止めることは無駄だと理解してしまった。

 

 

「─────ォオオオオオオあああああああッッ!!!!」

 

 

叫び、木刀を近くにあった練習用の案山子へと叩きつける。爆音と共に案山子はグシャグシャになって吹き飛び、木刀も粉々にへし折れた。

 

飛び散る木片や瓦礫の前で、戦銅は深い呼吸を繰り返す。刀身が砕け散った木刀を握り締めながら、彼は口の中が血塗れになるほどに噛み締める。

 

まず心を支配するのは後悔。己の無力さ、何も出来ない自分自身への怒り。そして──────

 

 

「─────国敵どもめッ」

 

 

自分達の国、日本を利用しようとする三国。今も暗躍し動き続ける強欲な外国の権力者たち。美味しい蜜を啜るが為にこの国を食い物にしようとする彼等への憎悪と怨怒。彼は胸に渦巻く激情に身を任せながら、誓う。

 

 

─────何としても、この国を護って見せる。たとえ、どんな悪鬼に成り果てようとも─────奴等全てを滅ぼしてでも。

 

 

◇◆◇

 

深夜の旅館。酒に酔いドンチャン騒ぎをしていた一行はぐったり寝入っていた。そんな旅館に近付くのは、複数の集団。

 

 

護衛の自衛官を排除し、特地の人間達と『銀の英雄』タスク・アイアスの回収のために迫るアメリカの特殊部隊。日本庭園のような庭へと足を踏み入れた彼等が旅館の窓から侵入を試みようとする。

 

先行した部隊の一人が窓へと手を掛けようと次の瞬間、左右の暗闇から手が伸びてきた。月の光が差したことで、その手の正体にすぐ気付く。

 

────武装した兵士が二人、互いの装備は全く違う。互いの顔を見合う三人の兵士は数秒間静止していた。目の前の二人が自衛隊ではないと判断した彼等は、即座に理解する。

 

 

アメリカ、中国、ロシアの特殊工作部隊。まさか自分達以外の大国が動いていたことも知らず、その場で臨戦体勢に入る彼等。だが、彼等を更に驚愕させる出来事が起きた。

 

 

 

二つの影が、旅館の窓から飛び出す。庭園の岩に着地した二つの人影に、敵味方問わず彼等の視線が釘付けになる。銃に繋げたライトが照らし出すのは、着物姿の二人。

 

 

「────みなさまぁ、わざわざこんな真夜中にご苦労様ぁ」

 

「─────歓迎はしない。まとめて撃退させて貰うぞ」

 

 

不老不死の亜神と、災厄すら打ち倒す最強のハンター。各々の獲物を手に取った最強の二人が、三国の特殊部隊を出迎える。

 

呆気に取られた外国人たち。その混戦の火蓋を切ったのは、ロゥリィ。彼女は喜びを隠しきれずににやけさせた笑みのまま、近くにいた工作員をハルバードで両断した。

 

 

瞬間、戦いは始まった。一斉に打ち合う米・中・露の工作員。全員がロゥリィやタスクを狙ったわけではない。彼等の殆どは他国の工作員と撃ち合っていた。

 

────互いの国の罵倒を吐き捨てながら、敵工作員と戦う彼等。その理由は至極単純。彼等は既に、他の国の工作員が『特地の来賓とタスクの回収』に来ていると確信していた。

 

だからこそ、まずは敵を仕留めなければならない。今も誰彼問わずに戦うロゥリィとタスクを無視してでも、敵国の工作員だけは倒さなければいけない。自分達が失敗して、漁夫の利をされたくはないからこそ。

 

 

────タンッ!タンッ!タンッ! と、タスクは周囲の戦場を駆けながら飛び出していく。周囲の銃弾が舞う戦場で、布で覆われた愛剣────THE オリジンを片手に振るい、周囲の地面に叩きつけ、爆発のような衝撃波を起こす。

 

それによって、一気に吹き飛ぶ工作員たち。何人か無力化させて置けば、日本としても都合がいいはず。自衛隊にとっても悪くないことだと考えたタスクはある程度加減して相手をしていた。

 

─────だが、殺さないのはあくまでも、殺意を向けなかった相手。敵との戦闘に夢中な者だけは加減して相手をする。しかし自分に殺意を向け、銃口を定めた相手には、タスクもハンターとしてその殺意に応じる。

 

此方に銃口のライトを向け、銃弾の雨を浴びせてくるロシアの工作員たち。瞬間的に応じたタスクはTHE オリジンの表面で全て防いでいく。大剣に弾かれ、落下する直前の弾丸を、大きく大剣を振り払ったことで、彼等に弾丸を飛ばし返す。

 

 

躊躇なく、楽しむように徹底的に命を刈り取るロゥリィ。ある程度の無力化を行えど、殺意や敵意には素直に応じ、徹底的に叩き潰すタスク。

 

二人のやり方に違いはあれど、そこにあるのは命への慈悲のなさ。二人とも殺すと決めた相手を殺すことに迷いはない。どんな人間でも有する罪悪感も、彼等が抱くことはない。

 

 

数分にして、工作員たちは全滅した。瀕死に留めた数人を除き、二人によって引き起こされた鏖殺が周囲を血の海に染めていた。

 

 

「────終わったぞ、ロゥリィ」

 

 

彼女は答えなかった。返り血に濡れながら、亜神の少女は笑みを溢していた。───狂っている、とは思わなかった。そもそもそんな考え自体、タスクの頭にはなかったからだ。

 

 

「………ふふ、酷い顔ねぇ」

 

「────そんなにか」

 

「ええ、酷い顔。人の死を何とも思ってないような、冷たい表情。でも、目は違う。貴方の目は人を殺したことを後悔してない──────命を奪ったことだけを認識してる」

 

 

人間を守ると宣言したのに、人間を殺したことに罪悪感すら持たない。矛盾に満ちたその感情はあまりにも異質であった。

 

 

「俺はハンターだ。多く(モンスター)の命を奪い、多く(人間)の命を生かしてきた─────だが、それは俺が人間であるからだ。俺は心から人々が平和になる世界を望んでいるし、彼等の幸せを信じている─────だからこそ、俺は敵への優しさを捨てた。モンスターも平等に殺してきた以上に、人間にも平等にならなきゃいけない。多くの命を奪った悪人も、人間だからという理由で見逃すのは身勝手だろ」

 

「……………」

 

「此方に殺意を向けた敵にも、悪意を為す人間にも、俺は慈悲を与えない。罪のない人の命を奪うものは、皆等しく俺の獲物だ。─────そうならなければならない、と俺はハンターとして生きてきて、理解させられた」

 

 

それが、彼の殺人への躊躇いの無さ。ハンターであるからこそ、命に対して優遇してはならない。罪のない人の生活を脅かすモンスターを狩るハンターだからこそ、同じように罪のない人を害する人間も、同じように命までも狩り取る。

 

 

それこそが、たった一人の最強へと成ったタスク・アイアスの、絶対の心条であった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────ぅ」

 

 

アメリカ人の特殊部隊の男が、ようやく目を醒ました。暗闇の中、木に縛り付けられたことに気付き、困惑する。

 

別動隊として反対側の森から宿屋を襲おうとした彼等 特殊部隊は、何者かの強襲を受けた。その中で一人、彼は唯一生き残ることが出来た。いや、生かされたというべきか。

 

────アメリカのエージェントたちを鏖殺し尽くした、あの黒い悪魔に。

 

 

「─────よぉ、言葉通じるか?」

 

 

漆黒の化物が、男の顔を睥睨していた。至近距離から覗き込む強烈な殺意の伴った眼光に、特殊部隊の男は全身に怖気が走る。人の姿をしながら、黒に染まったハリネズミのような竜の異形。こいつが、自分の仲間を丁寧に一人ずつ殺したのだ。その光景を、途絶える直前の意識が記憶していた。

 

 

「………通じるんなら話せよ。俺の気分が変わる前に」

 

「────は、話せる。何が、何を聞きたい」

 

 

せめて、仲間と合流する為に時間を稼ごうと思う。日本に滞在するため、情報収集するために覚えた日本語で答える。相手が日本語で話しかけたことが幸いだった。

 

 

「よし、よし。俺の趣味に付き合え、俺は話が好きだ、殺しの次にはな。ルールは単純、俺の話に相づちを打て。所々は気になったところを聞いていけ。そうやって俺が色々と話すのを期待しろ─────飽きたら殺す、以上」

 

 

気さくにそう言ってのける黒衣の異形。それから近くの切り株に腰掛けたソレは自分の身の内を話し始めた。

 

 

「俺ってさ、こことは違う異世界────お前らの言う『門ゲート』と繋がった世界で奴隷にされてたんだよ。理由は、覚えてねぇ。けど、奴隷にされていた時のことは頭ん中に残ってる」

 

「……………」

 

「大切な誰かと引き離されて、労働させられ続けた。少しでもしくじれば、鞭で叩かれてハンマーで殴られた。………酷い時は目を抉られたなぁ。もっと酷い時は、坑道の崩落に巻き込まれてずっと放置されたな………二日、掛かったっけ。その時、アイツは────ハイルダインは俺に力を与えた」

 

 

────お前に力を、名を与える。代わりに、俺に従え

 

 

岩石の崩落に巻き込まれ、生き絶え絶えであった青年にそう告げたハイルダイン。何故だか死にたくなかった青年は、その言葉に従った。

 

そして、彼は人間から────『竜人(ドラグノート)』へと生まれ変わった。より強靭な力と肉体を得た彼は昔の自分の名前の代わりに、新たな名を授かった。

 

 

────『ノワール』、と。

 

 

「力を手に入れた俺は、まず俺を買った奴等をぶち殺した。俺を何度も痛めつけた奴隷仲間の奴は、腹を裂いてぶちまけてやった。一番俺を痛めつけた────鉱山の採掘をしてた貴族のヤツは、同じように目を抉ってみたんだ。するとさ、アイツらはずっと泣いて叫んでんのよ。お願い、許して、助けてってさ─────あの時の俺も、そんな感じだったのかなぁ!!」

 

 

ゲラゲラ、と腹を抱えて笑い飛ばす青年 ノワール。狂ってる、と目の前の青年の様子を見た男は素直に感じた。普通ならばイカれてるだの言っているだろうが、自分の命が掛かっている状況でそんなことをする勇気はない。

 

 

「でもさぁ、許してって言っても俺はもうどうでもいいんだよなぁ。痛めつけられた分の仕返しだけどよ、そこまで根には持ってねぇし。なーんにも、覚えて──────」

 

 

─────■■

 

「……………?」

 

 

頭の中に過る、女性の声。自分と同じ視線にいて、自分の手を引いて走る女性の背中。この姿になってから、『ノワール』に成ってから、いつも夢を見る。同じ誰かの、大切な人の記憶の残滓が脳裏に残っているのだ。

 

 

「………今みたいに、なんか記憶を思い浮かべることがあるんだよなぁ。誰だか知らないけど、ずっと誰かを呼んでるんだよ。知らねぇ誰かの名前─────もしかして、俺の名前か?けど、俺は『ノワール』だしさぁ………」

 

「………奴隷だった時の名前じゃないのか?」

 

「────ああ、そうだった!そうかもなぁ!まぁ、よく分からんが、俺は今が最高に充実してる!こうやって好きな時に殺して、好きな時に話せるようになったんだからな!」

 

 

 

楽しそうに話をしていたノワールだったが、数分後世間話のように話し続けた彼は、何かに気付いた男の発言を聞いた途端に、首を傾げた。夜空を見上げた瞬間、彼は────

 

 

「────飽きた」

 

 

と言った直後に、目の前で話を聞いていた男を殺した。周囲に頭部の肉片と血が飛び散る中、ノワールは深い欠伸を吐き出す。

 

 

「………やっぱ殺すのが好きだな、俺。早くあの世界に返って、殺していいヤツをぶっ殺してぇなぁ」

 

 

血の空気に酔いしれるノワールはその場から歩いて姿を消していく。一撃で殺された男は、ノワールにとって地雷を踏んだわけではない。ただ純粋に、退屈になって島ッのだ。

 

その男が、ノワールに殺される直後に放った言葉は次のものだった。

 

 

 

─────まさか、お前。日本人じゃ────

 

 

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