「─────………」
真っ白な世界。目の前に広がるそれが、病院の天井だと理解する間もなくタスクの意識は覚醒した。全身に多くの針が突き刺され、針に繋がった何らかの薬品が身体に流し込まれているようだった。
呼吸を維持するためのマスクを剥がしたタスクはゆっくりと身体を持ち上げる。ブチブチと外れる点滴の針を気にせず、彼は自分が何故ここにいるのか考えようとした。その時、扉が開け放たれる。
眼鏡をかけた自衛官、タスクが何度か対面して話したことある男は、平然とした様子で目を覚ました彼の姿の目の当たりにして、一言。
「………うっそだろ」
柳田明、特地方面の幕僚である自衛官にして伊丹と同じ二尉。ピニャ達やタスク本人にすらも慇懃無礼な態度が目立つ彼は、瀕死の重体から数日で平然としているタスクの姿を見て、ドン引きした様子で言葉を失っていた。
◇◆◇
「────そうか。俺はあの時、奴に負けたのか」
「ま、そういうことだ。お前をあそこまで痛めつけた『
事情を理解し、己の敗北を理解したタスクは静かに俯くことしか出来なかった。そんな彼に、追い打ちのように厳しい言葉を投げ掛ける
「………あぁ、完敗だ。返す言葉もない」
「────意外だな。こういう時、普通は怒るってもんだろう?」
「俺は奴の能力を気づけなかった。奴の力を甘く見ていた。殺される奴の殆どはそうだ。相手を知らないから、知らないのに挑んだから負ける。だから俺は負けた。事実だから、自分に怒ることはあっても、他人に責められることは仕方ない
────だが、俺は生きている。生きているのなら挽回は出来る。次があるなら、まだ戦える。今度こそ、負けはしない」
タスク・アイアスは最強である。しかし、負け知らずではない。彼は数多の戦いの中で、勝利の数の方が圧倒的に多い。しかし、敗北の数も少なくない。それの殆どが未知の敵の強襲であったり、予測も出来ない攻撃を受けたことによるものばかりだ。
────その要素など関係ない、知らなかったというのは言い訳に過ぎない。敗けは敗け、彼は今まで積み重ねてきた敗北を誤魔化すことはなく、己の油断と過失として受け止めるのが彼の信念である。
と同時に、彼は負けず嫌いでもあった。一度負けた相手に素直に負けは受け入れても、そこで諦めるほど大人しくはない。今度は最強としてではなく挑戦者として、全力の元で挑みかかる。
そうした積み重ねが、彼を、タスク・アイアスを最強とした。人類最強は元から最強であったのではない。小さな勝利と小さな敗北─────それを乗り越えたことで、彼は人類の守護者と呼べるまでの超人に成ったのだ。
そりゃ敵わないわけだ、と柳田は納得する。自分たちのような幕僚以上の努力を、生命をかける程の死闘を繰り広げ、文字通り血を滲ませながら強くなった彼の生き様には、常に嫌味ったらしい柳田ですら純粋に評価するに値する。
「それより、柳田さんは何の用だ?俺の敗北を揶揄しに来た訳じゃないんだろ」
「まぁな、炎龍退治に行くそうだが………一人でやるのか?」
何でそれを、と口にしようとしてすぐに閉ざした。あの時、人が周りで聞いたから、現場にいなかった柳田に伝わるのも無理はないだろう。盗み聞きでもされたかと考えたことは、素直に反省するしかない。
「一人じゃないさ。依頼主のヤオさんもいるし………まさか、伊丹たちも行くのか?」
敢えてそう聞いてきたということは、他に同行者が増えるかもしれないと言いたいのだろう。柳田が顔に張り付ける嫌らしい笑みが、タスクの考えを肯定する要因となっていた。
信じられない、と驚きながらタスクは頭を振った。
「そんな馬鹿な。アイツは面倒くさがりだが、生命の大切さを理解している。そんな無謀な、メリットもないことにわざわざ首を突っ込むはずが────」
「あるだろ、エルフの嬢さん」
そこでハッとする。柳田は前々から炎龍の討伐を伊丹に話していた。それも、彼と彼の部下たちという少人数だけで。当然、激怒した伊丹が拒否したが、柳田はどうしても炎龍を倒したいはずだ。その地域にある資源のことを、伊丹を説得する時に口走っていたのだから。
そんな伊丹が、炎龍退治に動くということは───考え得る可能性は一つしかない。
「────焚き付けたんだな、伊丹を」
「実際には選択肢として提示しただけさ。テュカって子を何とかする為には、炎龍を目の前で倒してトラウマを払拭しなきゃいけないって。こうしてたらあの子は直に壊れるだろうからな」
「それでアンタたちは炎龍を倒した後、その地区の資源を手に入れて万々歳…………伊丹たちに責任でも擦り付けるか?」
「────さぁ?お前は俺の考えが分かるかな?」
恐らく、タスクのことも引き合いにしたのだろう。ノワールとの戦いで致命傷を負ったタスクに炎龍退治をさせるか、自分にやらせるか。基本的にだらしない伊丹だが、ああ見えても彼は自己評価が著しく低い。他人の命を預かることは絶対に嫌がるが、自分の命は場合によっては投げ捨てるはずだ。
そして、炎龍相手に少数で戦いに行く戦友を、タスク・アイアスが放っておくはずがない。
「成程、面白いやり方だ。俺に炎龍討伐をどうしてもさせたいんだな。アンタは」
「フッ、じゃあどうする? 他に選択肢はあるか?」
結局のところ、自分に炎龍を倒させたいが為に遠回しなことをしたのだ。タスクが伊丹一人を助けるために無茶をするような人情溢れる男だと理解しているから。
だが、それは勘違いだ。確かにタスクは感情に従うことは多い。それは人助け以外にも、敵に対する怒りも同じである。
「──────アンタをここで殺して、日本と敵対するのと悪くないな」
言うや否や、タスクは瞬時に柳田の首を掴んだ。指が首筋を、動脈の流れる場所に触れている。彼が力を込めれば指だけで喉が引き裂かれ、柳田は即死だ。それでも彼は鉄面皮のまま、タスクを挑発する。
「冗談言うな。お前みたいなお人好しのヒーロー様が私情で人を殺すのか?」
「───────試してみるか?」
到底同じ人間に向けられるようなものではない、冷徹な殺意。死闘を終えた後、熱の冷めた状態で瀕死の獲物にトドメを差す狩人のような無慈悲さに満ちた瞳。
冷や汗が、全身から噴き出す。殺されることへの恐怖は少なからずある。だが、彼が最も恐れるのは彼が日本と本格的に敵対することになる可能性だ。
柳田がそこまで資源の獲得に拘るのも、全ては国益の為。全ては日本という国の安寧のためにある。だからこそ、タスクを敵にする訳にはいかない。自分の名誉や誇り以前に、彼の力がなくては自衛隊は、日本は、他国に押し潰され、蹂躙されてしまう。
「…………俺が悪かった。勘弁してくれ」
本気で柳田は降参した。これ以上は持たない、制服の下を冷や汗で濡らした感覚よりも、タスクに向けられた殺気と彼が敵対した時の想像しか彼の頭にない。
柳田の謝罪を聞いた直後、タスクは静かに笑った。首から手を離し、彼は意地らしく笑みを含んだ。
「────冗談だ。アンタが意地の悪いことを言うんで、少し仕返ししたくなったんだ」
「わ、笑えない冗談だな………!こっちは全身グショグショだぞ………ッ!」
「お互い様。人を試すような言い方をするから」
本当に笑えない。タスクが本当に炎龍を倒す気があるのか確認しようとしただけだったが、その結果彼から本物の殺意を向けられてしまった。自業自得とは分かっている。それでも、後方支援担当の自分があんな殺気を受けるとは思わなかった。多分、ここまで恐怖と怯えを感じたのは生涯これで最初で最後になるだろう。
「別に、最初から行くつもりさ。俺は依頼を受けてるんでね。………傷が残ってるから、なんて言い訳をする気はない」
「そうかい。止めるのも無駄そうだ────そうそう忘れるところだった」
ポケットから何かを取り出した柳田は、ベッドの隣にある机にそれを置いた。紙に包まれたその小さな物体は、タスクの記憶に残っているものだった。
「…………これは、『いにしえの秘薬』?」
「テュカが旅人の男から貰ったらしい。お前の名を名指しでな。第二課が総出で探し回ったが、影も形もなかった………知人か?」
「その旅人の特徴は?」
「赤衣を着込んだ奴だった。それ以外はよく分からん」
それだけで、タスクは自分に助け舟を差し出した相手を理解した。納得したように頷いた彼は含み笑いを溢す。
「アイツ、この世界にも来てたのか…………自由な奴だな」
「おいおい、知ってるなら話してくれよ。それとも、また機密事項か?」
「─────聞いたら頭抱えるような厄ネタだけど、それでいいなら」
「オッケー、分かった。俺は何も聞いてないし、これ以上は聞かない」
嫌な予感を本能で感じ取った柳田が、すぐさま話を逸らそうとする。当然だ、彼の世界でもギルドから表沙汰には出来ない情報の一つなのだ。直感で聞かないようにしてくれた助かる。
いにしえの秘薬を口に含んだタスクは、それを喉に通し飲み込む。秘薬の効果が全身に伝わった頃には、彼は傷なんてなんともないくらいに元気になっていた。
「──────は?」
「………っつつ。いやぁ、いにしえの秘薬でも流石に駄目か。腹のとこは少し痛むけど、普通に動く程度なら大丈夫だな」
「─────うっそだろ。化け物かよ、お前」
「ハンターさ。ま、化け物みたいな強さなのは否定しないけども」
それだけ告げると、彼は入院時に着せられた服を軽く脱ぎ、近くに置いてあったハンターとして下に着るインナーを上下着替え、その一室から出ていこうとする。しかしすぐに思い出したように、柳田に声をかけた。
「そうそう、柳田さん─────もう少し、自分に正直になったら?」
「…………はあ?」
「国のこととか、出世のことも分かるよ。俺だってハンターとして強くなってたら、めんどくさい仕事ばっかやらされて、一回ハンターの権限剥奪されたこともあるし…………でも、俺はそんなこと後悔してないし、間違ってるとも思ってない。自分のやりたいことを、やったわけだし」
「……………」
「ま、柳田さんは真面目だし、ルール破ったりとか無理するのは難しいのも分かる。────でも、一度や二度、何度でもいい、自分のやり方から逸れてもみてもいいんじゃないか?人生なんて数十年あるんだ、自分のやりたいって思ったことに従うのも、悪くないよ」
じゃ、裏方の仕事は任せる! とだけ告げ、タスクは病室から離れる。彼の姿が見えなくなった後に、溜め息を吐き出した柳田は─────静かに、呟く。
「─────それが出来たら苦労はしねぇよ」
◇◆◇
ガチャガチャ、と調整を終えた銀鎧───シルバーソル装備を着込んだタスクが町中を歩く。背中に二つの装備以外にも、別の武器を装備した彼の姿に人々の喧騒が増す。だが彼はそれを無視して、近くの酒屋に入り、そこまで待っていた人物に声をかけた。
「…………やぁ、久し振り」
「─────タスク殿。怪我の調子は良いのか?」
「まぁね。それと、怪我のこと知ってたのか」
「皆が噂にしていたので、嫌にも耳に入る」
それでも、彼女────ヤオは狼狽えることなく待っていた。彼女との依頼を受けてから既に二日も経っている。依頼を全うできない自分を諦め、自衛隊に頼るべきだと考えたのかと思ったが、
「ああ、確かに最初はそうだった。自衛隊も手を貸せないとのことで、半ば諦めかけていた─────彼女がああも言ってくれなければな」
『─────タスクは断言した。なら、貴方はそれを信じるべき。彼は、そう簡単に諦めるようなハンターじゃない』
自衛隊への助けも断られ、絶望しかけていたヤオに通訳を行ったレレイは静かにそう告げた。彼女なりの、タスクへの信頼なのだろう。少なからずとはいえ、数ヵ月は同じように戦ってきたからこそ、彼の強さと精神性への信用がそこにあった。
信頼されてるのは素直に嬉しい。今度彼女が聞きたい話を沢山してあげようと考えながら、タスクはヤオに声をかけた。
「────それじゃあ、行こうか」
「も、もう行くのか!?分かった、場所は────」
「いや、その前に寄っておきたいとこがある」
?と困惑を隠せないダークエルフの彼女に、タスクは笑みを含ませながら告げた。
「頼り甲斐のある仲間がいるんだ。彼等も手伝ってくれるんでね」
◇◆◇
アルヌスの自衛隊基地に辿り着いたタスク、彼がその場に来た時には何人か集まっている頃合いだった。タスクは視線の先にいる皆に向けて呼び掛ける。
「みんな、待たせてすまない。…………これで全員か?」
「そうねぇ。あとはタスクと後ろのダークエルフで、全員かしらぁ─────黙って行こうとした誰かさんも含めて」
そう言うと、近くで尻餅をついていた伊丹がうぐっと声を漏らす。テュカを含めた二人だけで炎龍討伐に向かおうとして、そのことを知ったロゥリィとレレイに色々と言われたらしい。しかしそれも一瞬。タスクの姿を見るなり、顔色を変えて立ち上がった。
「…………タスク」
「言いたいことは分かってる。けど、どんな事を言っても俺は気にしないし、止まらないから。伊丹がみんなを巻き込みたくないのと同じ」
最初はタスクのことも止めようとしたのであろうが、端的に告げた彼の言葉の重みを理解したのだろう。伊丹は呆れたように頭をかきむしり、素直に諦めるのだった。
彼から視線を離したタスクは、同じように立っている二人に目を向ける。驚きながら駆け寄ってくる二人の自衛官、彼等の名をタスクは呼んだ。
「富田、栗林。二人も来たんだな」
「隊長一人じゃ炎龍相手に即死ですから………私達でもいないと、倒すにも倒せないのに」
「俺達も覚悟の上です。今回の作戦がどうなるかは分かりませんが、黙って見過ごすわけにはいかないと思ってます」
「─────じゃあよろしく、二人とも。一緒に戦おう」
心からの笑顔で、二人と拳を重ねるタスク。彼等がこの場にいることに、疑問は持たない。栗林も富田も、炎龍退治の話を聞いて黙っていられなかったのだろう。伊丹からは命令でもされて拒否されたのだろうが、二人は恐らく強い意思で反抗したはずだ。この場に居座っていることが、それを物語っている。
そうしてタスクは、二人の真後ろにいる自衛官に目を向けた。大きなリュックに大量の装備や火器を詰め込んだ男性の自衛官。小柄ではあるが、栗林ほどではなく普通の男性と同じくらいの体格の重装備の姿。彼は慌てたようにふらつきながら、タスクに敬礼を示し、張り切った声で勢いよく張り上げた。
「じ、自分はっ!
「─────タスクだ、よろしく。緊張しなくても大丈夫。戦う時には、背中を任せるよ」
「ッ!!!感激の極みであります!!」
伊丹達の所属する第三偵察隊所属の自衛官、初瀬達也。タスクは今まで一緒に行動してきたが、彼の姿を一度も見たことはなかった。それも当然と言うべきか、彼は元々は別の隊所属であったが、狭間陸将より実力を買われ、特地へと異動されたとのことだ。
まだ経験が浅いのか、動きも中々にぎこちない。そんな彼の参入に納得できない様子だったらしい伊丹が、先程よりも激しく頭をかきむしりながら立ち上がった。
「………なぁ、初瀬。お前はここに来てまだ一日しか経ってないわけだ。俺達のやろうとしていることは命令違反にも等しい。場合によっては厳罰どころじゃない。所属して数日で問題を起こしてたら、お前だってただじゃ済まない。今なら間に合う。隊舎に戻れ」
「────伊丹隊長のお心は理解できます!ですが、無理です!その命令にだけは従えません!自分は自衛官として、日本人として間違った選択をしているつもりはありません!たとえブン殴られようとも、絶対に隊長へ付き従いますッ!!」
本気だった。
怯えながらも、真剣に叫ぶ初瀬は険しい表情の伊丹の詰問に従わない。その場にいる誰もが、まだまだ未熟な自衛官の青年の覚悟を理解していた。へぇ、とロゥリィも面白そうに笑みを浮かべる。
結果、伊丹の方が折れた。
「…………はぁ、分かったよ。その代わり、絶対に死ぬなよ」
「隊長!自分の本分は狙撃です!前線に出る訳ではありません!」
「それでもだよ!いいな!狙撃兵だからと言って油断はするな!そういう奴から死ぬんだからな!いいな!?」
「────ハッ!了解であります!」
真剣に敬礼する初瀬に、伊丹は苦笑いするしかなかった。半ば折れる形で従った彼はタスクの顔を見て、何も言うことはないと表情に示した。
そうして集まった彼等は、二台の装甲車へと乗り込む。炎龍のいる地域から時間が掛かるため、大量の食料を積み込んだ中に全員が入ったのを確認した伊丹が、いつもの調子で告げる。
「おーし!出発!」
九人という、少数というにしては多すぎ、多数にしては少ない面子。しかし一つのチームとしては圧倒的な戦力を有した彼等はたった一つの目的、炎龍退治の為に出向くのだった。
◇◆◇
一方、シュワルツの森。
樹海と言うほどに広がった大森林の奥深くで、黒い影が降り立った。
ドッ!!! と、地面に叩きつけられる黒い影。着地と言うには程遠い、墜落といった形で地面を転がるヒト型。それはもぞもぞと蠢き始め、
「────ギっ、が」
ブチブチ、と身体が音を立てる。半ばから折れたトゲが根本から抜け落ち、彼の身体に突き刺さっていた槍が何本も地面に落ちていく。
血管が疼くように浮かび上がり、全身の傷が塞がっていく。細胞と細胞が結束し、傷口が無理矢理繋がって無かったことになる。
そんな現象が、彼の────ノワールの全身で引き起こされていた。半ば強制的に、重体であることを無視して。
「グ、ギギギギギギィィイイイイイイイイイッッ!!?」
全身に及ぶ自己再生。それも瞬時に傷を塞ぐほどの力は、完全なものではない。魔力を使用するそれは、魔力が損なわれれば─────体力を代用する。
体力を消耗する再生は、半ば強引なものであり、それは麻酔なしの手術以上の激痛を全身に伴うことになる。発狂どころの話ではない。現に彼は、言葉無き苦悶の声を響かせているのだから。
そうして、数分。
地獄のような時間を終え、完全に再生を終えたノワールは一際大きな血塊を吐き捨てながら、嗤う。嗤うしかない。
「…………クカカッ、あの化け物ども。イカれ過ぎだろ。アレだけで再生のエネルギーを使い過ぎちまった」
ハイルダインより下された、炎龍の回収命令。殺してその遺体を回収しろという命に、ノワールは疑うことなく応じた。そして今日、獲物を探して彷徨いていた炎龍に強襲をかけ、本気で殺そうとした───────ところで、彼が奇襲を受けた。
謎の男女。何を言っているのかは分からなかったが、炎龍の排除を許さないと言わんばかりに二人はノワールを徹底的に攻撃した。流石に数の不利と傷を受け過ぎたので、即座に離脱したノワール。
撤退した後に力を消耗し尽くした彼は、己の肉体を強引に再生させていた。それが今に至る。
「それにしても、何だアイツら。何で炎龍を守ってやがった?…………………『使徒』、はーでぃ、何だったっけか」
考えて考えて、すぐに諦めたノワールが一瞬で跳んだ。信じられない速度で飛び掛かった彼は、近くの木々から除いていた野生の草食動物の首を地面に叩きつけた。
グシャ、という骨の破砕音が響いた後に、草食動物は絶命した。鹿のような生き物の死体を静かに見下ろしたノワールは、その腹に喰らいつく。
ぶち、ブチッ! と。
野生の本能に従うように、貪り食うノワール。肉の味など知ったことではない。腹に収まるエネルギー源があればいい。そう考えながら、彼は動物の肉を噛み締め、骨を砕きながら、全て食い尽くした。
血に濡れた歯を立て、ニヤリと笑うノワール。本能に従った、野性的な『竜人』は今後の目標を簡潔にまとめる。
「────アイツらが何だろうと、関係ねェ。俺が全部殺せばいい。そうすればいいんだ、難しいことに頭を悩ませる意味はねぇんだァ…………」
頭に手を添えながら、ノワールはブツブツと呟く。笑みを浮かべていた彼の口元は、次第にカチカチと歯を鳴らすようになる。
「炎龍の死体を手に入れれば、計画は完遂に近付く。計画が終われば、俺達は自由だ。もう何にも縛られる必要はねェ、この─────忌々しいッ、耳鳴りにもだッ!!!」
怒り任せに、近くの木を切り裂くノワール。倒木する木の音を聴いても、彼の頭の中に響く─────不愉快な耳鳴りは消えることはない。それどころか、日に日に増していく。
思えば、耳鳴りは『竜人』と成った時から続いていた。ずっとずっと、頭を割るような不協和音のような音。咆哮にも似た何らかの声は、ノワールの意識を蝕んでいき、彼は自分以外のものに怒りと憎悪、殺意を向けるような凶悪な性格へと変貌してしまった。
「だが、もう少しだァ…………計画さえ終われば、こんな耳鳴りに悩まされなくて済む。もう、苦しまなくてもいい。もう傷付かなくてもいいんだ──────■■、■■と一緒に、■■に帰れる……………そしたら、今度こそ。■■と────────
……………あ、レ?」
ふと、気付いた。
ずっと呟いていた自分の言葉に違和感を感じたノワール。狂気に満ちた己の中でも唯一不可侵であった、思い出という領域。そこに感じた違和感に狂気も忘れ、ノワールは頭を回す。
「────帰るって、何処に?」
それでも、思い出せない。自分が何処にいたのか、自分のいた場所の名前が。あれだけ忘れないように、何度も口にしていたのに、その単語が思い浮かばない。
カチカチ、とノワールは頭を抱える。自身の肌から血が出る程に爪を立てながら、彼は必死に記憶を遡る。自然と瞳から溢れた涙を垂れ流しながら、ノワールはひきつった笑みと共に呟くしかなかった。
「あの娘って、誰だっけ──────?」
自分を支えてくれた、記憶の中の誰か。ノワールが己を失ってでも大切であったはずの人の姿。その記憶は残っている。その後ろ姿は覚えている──────なのに、その姿が、その名前が、その顔が思い出せない。
己の身に起きている事態を知らない青年は、狂気も忘れ泣き笑いを浮かべる。どれだけ考えても思い出せない記憶に、絶望して次第に、彼は頭の中に響き続ける耳鳴りに、発狂した。衝動のままに暴れ回るノワールは、気付かない。
己の扱う力────『
ネルギガンテ同様、自分以外の全てに殺意をぶつけることしか出来ない。その力を使い続けた代償に気付くことなく、彼は行き場のない怒りと殺意に突き動かされるのだった。
オリキャラとして、初瀬三曹を出しました。気に入っていただければ、何よりです。
竜人だけの副作用というか、ノワールだけの代償。まぁ古龍、もといネルギガンテの力を使うのだから副作用は仕方ない。
一人だけ悲惨すぎるノワール。既に力を使いすぎた結果だから、もう壊れる以外の末路が無いんですね。救いはあるのか、あればいいね…………(達観)
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