「─────は、腹が減った」
東京の銀座。人混みの多い大都市の中心で、別世界のハンター タスク・アイアスはそう呟く。キュルル、と鳴るお腹の音が、自らが空腹だと報せてくるため、更にお腹が空いてくる。
大の男が空腹だなんだと言われるかもしれないが、それは逆。ハンターだからこそ、空腹ではいけないのだ。食事とは栄養であり、力の源。ハンターにとっては食事は楽しみであり、狩りの前の腹ごしらえでもある。
モンスターと戦うということは、全身の力を使うこと。武器を振るい、モンスターと正面から戦う────命を賭ける行為であり、全身全霊でなくてはならない。故に、体力を完全まで引き出す食事という行為は、ハンターには必然なのだ。
まぁそれ以前に、タスクにとって食事は必要不可欠だ。多くの古龍と死闘を繰り広げてきた彼の食事量は普通ではない。何らなら大食いと言うくらいだ。そんな生活をしてるから当然、燃費も悪い。
この世界に訪れて数時間、タスクは空腹に陥ることになった。だが、食事をしようにも言葉が分からない。時々人々の言葉が耳に入るが、彼には理解できないものばかりだ。
困っていたタスクだが、救いの手は意外とあった。最初は少し前、腹を鳴らしたタスクの前に現れたのはまだ幼い少女だった。
「────よろいさん、おなかすいたの?」
当然、タスクは日本語が分からなかった。困ったように首を傾げた彼の腹が再び音を響かせる。情けない、と項垂れていたタスクに、幼い少女はポケットから取り出したクッキーを差し出した。
どうぞ、とクッキーを渡した少女はその場から立ち去る。親に呼ばれたのか、人混みの中に消えていく子供を見送ったタスクは袋に入ったクッキーを口に含む。
(…………パンみたいな食べ物だな。ちょっとパサパサしてるけど)
「ご馳走さま、美味しかった」
何処かに消えた少女に向け、軽く頭を下げる。出会えることなら今度こそお礼を言っておきたい。そう思ったタスクは、彼女の消えた方へと歩いていこうとしたその時。
異様な音が響く。
それは、この世界を揺るがす一つの大事件の幕開けとなる行進でもあった。
◇◆◇
昼頃の銀座。丁度その頃、突如人の多い交差点の前に「それ」は突如姿を現した。
大きな門、後に「ゲート」と呼ばれる大きな扉。それはただのオブジェではなく、別の世界とこの世界を繋げる門であった。それを証明するように、門の奥から大量の人影が姿を現す。
西洋のものと思われる鎧に身を包んだ兵士達。ゴブリンやオーク、ワイバーン等といったモンスターの大群を率いた大軍勢だ。
その地に踏み込んだ彼等は──────突如、銀座にいた民間人を襲い始めた。一方的に人々を虐殺していく敵を前に彼等は抵抗することも出来ず、その場にいた全員が皆殺しにされていく。
─────ことにはならなかった。
一閃。
人々に襲い掛かろうとしたオークやゴブリンが、両断された。血を撒き散らして崩れ落ちる亜人の残骸の前には、一人の狩人が立っている。
「…………なんだ、コイツら?」
怪訝そうな顔で、タスクは疑問を口にした。見たこともない奇っ怪なモンスター。アイルー程の愛着もなく、見た目も醜悪な小人のようなモノ。
少なくとも、友好的にはモンスターには見えなかった。彼がこの場に訪れた時には、何人も殺していたから。だから、彼も躊躇なく殺した。人間に、戦えない者を手に掛けるものを駆除するのがハンターの役目でもあるから。
(人間、別の国のヤツか。こんなご時世に侵略行為とは、随分と呑気だな。こんなモンスター達と一緒ってことは使役してるのか?…………まぁ、どっちでもいいよな)
「戦う手段がない相手を殺すってことは、殺される覚悟があるってことだ。理解できてるんだよな、お前ら」
大剣を肩に乗せたタスクは逃げ惑う人々の前に立ち、大量の軍勢の進軍を止める。どうやら彼等全体も此方に意識を向けたらしい。周囲の人間を虐殺を止め、一斉に歩みを進めてくる。
未だ殺意を止めようとしない軍勢に、タスクは顔をしかめる。深い嘆息を漏らしたハンターは─────直後に、軍勢へと斬りかかった。
『──────オオオオオオオオオオっ!!!』
怒号を轟かせ、此方に突撃してくる騎馬隊。馬に乗り、槍や剣を握って突貫する全身鎧の騎士達。彼等は速度を緩めることなくタスクへと衝突し─────勢いよく、弾き飛ばされた。
ハンターとして屈強な肉体と、モンスターの素材で構築された銀色の鎧。リオレウス希少種の装備は、無敵な鎧と化している。それを伴った体当たりは最早モンスターの突進と同列だ。鍛え上げられた騎馬や兵士であろうとも、負傷は免れない。
大いに混乱した敵軍の奥に、タスクへと踏み込んでいく。守る為の最善は相手への攻撃だ。タスクと言えど、民間人を背に防戦は厳しい。だからこそ、敵の攻撃を自分に集中させる為に、戦場の奥へと突き進む。襲い掛かる敵を、全て薙ぎ払いながら。
大剣と素手で、彼は周囲にいる敵を叩き潰す。切れ味の鋭く、凄まじい重量の大剣はオークの胴体を容易く切り裂き、敵兵を盾ごと叩き潰す。
その際、襲い掛かるゴブリンや敵兵も難なく潰していく。握り締めた拳でゴブリンを頭部を砕き、剣で斬りかかる兵士の腹に蹴りを入れ─────即死となった兵士は近くの兵士を巻き込んで吹き飛ばされる。
『────ええい!何をしている!たかが敵一人に遅れを取るとは!さっさと仕留めよ!』
(アレがこの軍団のリーダーか。分かりやすいな)
偉そうに馬の上で喚き散らす豪華な騎士鎧の男。ソイツが率いているのだと理解したタスクは更に、敵の意識を自分に集中させるために動く。背中に装備したヘビィボウガンを片手で持ち上げた彼は目先にいる男─────その馬に目掛けて砲弾を炸裂させた。
馬の頭部を抉った一撃に、男は情けない悲鳴を上げて落馬した。他の兵士達が駆け寄り男を支えると、男は顔を真っ赤にして周囲に向けて怒鳴り始める。
『殺せ!奴を殺せ!奴は帝国を敵に回した逆賊だ!総力を以て奴を殺せぇぇええええっ!!!』
「────有り難う。お陰でやり易くなった」
戦意に満ちた敵の行進に、タスクは余裕の笑みを浮かべる。一瞬の隙を突き、彼はポケットに仕舞っていた薬を飲み干した所だ。強人薬グレート、これである程度疲れ知らずで戦える。
そうして軽く呼吸をしたタスクは、敵陣を再び蹂躙する。ヘビィボウガンを仕舞い、彼はポケットに隠したアイテムを少しずつ取り出す。その一つを、彼は地面に押し当てると、その場から飛び退いた。
ガシュン! と地面が一気に削られる。即座に作られた大穴、それを隠すようにネットが張り巡らされる。何かに気づいた兵士が歩みを止めようとするが、進軍は止まることなく押される形で草に隠された地面へと踏み込む。
大勢の敵軍がその地面に集まった直後、地面を偽装していた布が剥がれ、兵士やゴブリン、オークが落下する。彼等は張り巡らされていた粘着性のネットに填まり、ジタバタとするしかない。
大型モンスター用のトラップ 落とし穴。当初は大型モンスターに使用するものであり、彼等のような人間や小型モンスターに使用するものではないが、あれだけの数もあれば大型モンスターに匹敵する重さになるだろう。
まんまと落とし穴に填まった数百の敵に、タスクは追撃を緩めない。大樽を取り出した彼はそれを穴の中へと放り投げ、すぐさま小型の樽に火を付け投げ飛ばした。
瞬間、小型の樽───小タル爆弾が炸裂し、その爆発を受け大タル爆弾が凄まじい誘爆を引き起こした。大穴にいた敵は悲鳴を上げることも許されず、爆発に巻き込まれ全滅する。
それを確認したハンターは、穴を飛び越えると敵への攻撃を再開する。唖然としていた敵が攻撃を始める前に、近くにあった鉄の塊────車を蹴り、彼等へと叩きつける。
押し潰された敵を無視し、生き残った歩兵やゴブリンを鏖殺する。ガンッ!! と、大柄のオークが斧をタスクの頭に振るった。しかし、バキンと音を鳴らし、斧は刃ごと砕け散る。
「…………痛ぁ」
刃で頭を斬られたのに、タスクの頭から血は出ない。振り返ったタスクに睨まれ、萎縮したオークが後ずさる。タスクははぁと一息ついて、オークの腹を拳で殴り飛ばした。
どれだけ殺しただろうか、敵兵の死体で周囲が埋まろうとしたその時。歩兵を斬り伏せていたタスクの真上から、ワイバーンが勢いよく口を開いて飛びかかった。
此方を喰おうとしているのだろう。顎を開き低空してきたワイバーンを、敢えて正面で受ける。上下に備わった牙を大剣で押さえたタスクはたった一人でワイバーンの体躯を止めていた。
「………リオレウス並みの大きさだと思ったが、思ったより見掛け倒しだな。リオレイアの方が、まだ強いぞ!」
吐き捨て、大剣を握り直したタスクはワイバーンの首を一振で斬り落とした。ワイバーンを操る騎手も巻き込まれたみたいだが、既に死んだ相手に意識する気はない。
彼は次に、空に浮かぶワイバーンの部隊に狙いを定めた。
(正面では勝てないと踏んで、こっちの隙を狙う気か。一々不意打ちされても面倒だ。よし────)
「飛んでる奴を落とすのが────狩りの鉄則だな!」
ガシャ! と、ヘビィボウガンを取り出したタスクは同じように片手で弾丸を飛ばしていく。空中にいるワイバーンの何体かは、それだけで頭や胴体をぶち抜くことが出来る。どうやら、自分達の知る飛竜よりは脆いらしい。
だが、それを見たワイバーンを操る騎兵が高く飛び上がる。射程圏内から離れた敵に、タスクは厄介そうに顔をしかめる。これでは狙いようがない。どうしようか、と考えていた彼は─────ふと、近くのビルを見る。
何か思い付いたタスクは取り出した閃光玉を空へと投げる。直後、炸裂した強い光がタスクへと突撃しようとしていた敵兵たちの視界を覆い潰した。
『な、なんだ!?』
『今の光────奴が起こしたのか!?』
『ま、まて。敵は何処だ、何処に消えた!?』
混乱する歩兵たちを見下ろした騎兵たちは、タスクの姿を見失っていた。あの強烈な光に紛れて姿を消したのか、そう思っていたが違った。
ふと、空を飛んでいた騎兵の耳に音が聞こえる。何かが砕けるような音。それは騎兵の隣に立つ建物の壁から聞こえていた。横を見た騎兵は、思わず悲鳴を上げそうだった。
ビルの壁に、タスクが張り付いていたのだ。操虫棍を壁のコンクリートに突き立てたタスクは、フーッと深呼吸をしている。
どうやって来た、と混乱する彼等は知るよしもない。タスクは大剣と操虫棍、この二つの武器を壁へと突き立てて登ってきたのだ。それも数秒のうちに。並みの人間には出来ない、ハンターでもやれるかどうかの技量の行いだ。
恐怖の余り剣を振るう騎兵に、タスクは壁を蹴り空中に飛ぶ。取り出したヘビィボウガンで周囲のワイバーンを撃ち落とし、目の前にいるワイバーンを体剣で真っ二つに斬り払う。
降り注ぐワイバーンと兵士の死体が撒き散らされる中、上空から落下したタスクは堂々と着地した。生身であれば瀕死クラスの高度からの落下にも関わらず、タスクはダメージすら無いと言わんばかりに立ち上がる。
「────まだやるか?」
返り地に濡れたハンターの問いに、残存した兵士たちは震え上がる。今の戦いで率いていた軍隊は半数以上全滅した。よりによって、たった一人の男に皆殺しにされたのだ。
恐怖に震える兵士たち。誰もが、ゴブリンやオークすら冷や汗を絶やさない。カチカチと歯を鳴らし、全身を震わせる者を馬鹿にすることが出来ない。ようやく、その気持ちが理解できた。
次元が違う。目の前の存在は、狩人だ。自分達という獲物を狩る、圧倒的な立場の強者。彼の前では誰もが狩られるだけの小動物に過ぎない。どれだけやろうとも、殺されることに変わりはない。そう理解していた彼等の恐怖を、未だ理解できない者もいた。
『な、何をしている!帝国の敵が、目の前におるのだぞ!それを前に何を怯えている!それでも帝国の人間か!それでも帝国の兵か!狼狽えるな!奴を殺した者には─────』
喚き散らした敵の司令塔は頭を消し飛ばされた。ヘビィボウガンで敵の大将を撃ち抜いたタスクは大剣を地面へと突き立て、現存する兵士たちを見据える。
モンスターにも向けるものではない、冷たい眼。これ以上戦うのならば、もう容赦はしない。命乞いすら耳にしない。そう示している男の、ハンターの殺気に全員の心は完全に折れていた。
『た、退却!退却だぁぁ!!!!』
誰かの呼び声に、皆が従った。慌てて逃げ出す軍勢、ゴブリンもオークも、武器を捨てて自分達が現れた門へと戻っていく。一秒でもこの場に居たくない、誰もがそんな恐怖に支配されていた。
十数分の間の出来事だった。
『銀座事件』と呼ばれるこの事件は正史とは違う結末を辿ることになる。
突如門から現れた謎の軍勢が民間人を攻撃。結果、数百人の犠牲者が生まれた。しかしその直後、同じくして突然現れた鎧の男がこの軍勢から民間人を守った。
一騎当千。そうと呼ぶべき活躍を示した鎧の男は自衛隊が到着する前に敵の軍勢を六割を殺し尽くし、撤退まで追い込んだ。
そして、銀色の鎧に身を包んだ男はその場から忽然と姿を消した。しかし、それは表向きの話。戦場から離れた彼は、ある場所へと赴いていた。
◇◆◇
避難所。
近くのホールで避難していた人々は、そこで不安そうに過ごしていた。そんな最中、ある家族の元に彼は────タスクは姿を現した。
多くの避難者が不安そうな視線を向ける中、タスクはその家族の元へと歩み寄る。恐怖に震えながら身体を抱き合う男女。二人に抱き締められた子供は、何かに気付いたように声を上げた。
「────よろいさん?」
少女は男の顔を見て、おもむろに近付いた。親二人が彼女の近くで身構えている。目の前の男が子供に何かするかもしれない、そう思ったのだろう。しかし、大人たちの思っているような危険なことは起きない。
静かに、タスクは何かを取り出した。クッキーの入っていた袋を見せた彼は、キョトンとする少女に深く頭を下げた。笑顔を浮かべ、お礼を口にした。
「────有り難う、美味しかった」
その言葉の内容を、少女は分からなかったらしい。しかし何が言いたいのかは理解できたらしい。同じようにペコリと頭を下げた少女は彼に向けて同じように感謝を口にした。
「よろいさん。おとーさんとおかーさん、みんなをたすけてくれて、ありがとうございます」
彼も言葉が分からずとも、その意味を理解したらしい。笑顔で応え、彼は一礼を示した。笑顔で手を振る少女の元から離れたタスクは──────自分を囲むように集まった警官隊に囲まれた。
彼は即座に、彼等がギルドナイトのような────警備を取り締まる者だと理解する。周囲を見渡した彼は両手を上げ、素直に警官隊に従うことにした。
こうして、『銀座事件』の英雄と呼ばれることになるハンター タスクは警察によって拘留された。先の事件の関係者、若しくは容疑者の一人として。