その翌日。日本国政府にある事実が通達された。特地派遣隊から送られた二つの事実。
『銀座事件』前から行方不明になっていた日本人二名の確認。その内一人
そして、もう一つ。直後に襲撃を仕掛け、絶命した『
その二つを聞き、新たに総理に就任した────軍義戦銅含む内閣は咄嗟に動いた。
「────我が国民を奴隷として拉致していた、か。正直な話、今すぐ奴等を殲滅してやりたいくらいだな」
報告を聞き、軍義戦銅総理大臣は怒りに顔を歪め、吐き捨てた。苛烈な言葉が目立つ男ではあるが、そこまで感情的に動くようなことはしない。そうは理解していながらも、他の大臣達も不安そうな顔を隠さない。
だが、少なからず嘉納も同感だった。自国民を誘拐された挙げ句、その内一人は改造され化け物にされ────最終的に死亡したのだ。下手すれば、それだけで開戦に至ってもいいくらいだが、此方としても皇帝の前で兵士を数十人も虐殺した手前があるため、無理に強気には出られない。
だが、此方としても静観はしてられない。派遣隊の狭間陸将の命による元老院議会場の爆撃。少し派手にやり過ぎたようだが、そこは自衛官達の怒りもあったからだろう。
「彼等の一件はどうしましょうか」
「…………処罰すると? 我が国の国民を救出し、二人だけでも連れ帰った彼等をルールに則り罰を下すと? それは彼等の努力に唾をかける行為だ。………まずは情報統制を、話はそれからだ」
だが、軍義はあくまでも強気な姿勢を崩さなかった。相手は帝国、異世界で権威のある大国だ。彼等に媚びへつらう姿勢を見せれば再び此方に危害を加えかねない。
武力による抑止。それこそが自国を護る最善の方法だ。相手が無闇に手出し出来ないように、力で示す────原始的で野蛮な手法かもしれないが、和平よりも確かな方法でもある。
そうした話し合いの中、突如目の前の受話器が鳴り響く。外国からの電話、それを解析していた補佐官の一人が告げる。
「───総理、アメリカからです!」
「…………誰だ?」
「大統領です………」
忌々しい顔を隠さず、軍義戦銅は受話器を手に取った。不愉快なノイズの後に響くのは、彼が忌み嫌う男の声だった。
『────はじめましてだな、グンギ。この時期に総理になるのは大変だろう』
「………これはデュレル大統領。私は就任したばかりで忙しい、本日は何用で?」
軍義にとって政治家として世話になった恩師 本位慎三を辞任にまで追い込んだ元凶。日本を食い物にして、特地の成果を貪ろうとする有権者の一人に、軍義は敵意を隠さない。
静かな声で距離を話す口ぶりの彼に、デュレルは馴れ馴れしく接してくる。目の前にいれば唾で吐き捨てたい気分になるほど、不愉快極まりない。
『いやぁ、ね。君の所の自衛隊が特地で頑張っているようじゃないか。話は聞いているよ』
「────応援ならば彼等に直接送っていただきたい。我々のような政治家に向けるものでもないでしょう」
『それもそうか。…………それはそうと、彼等が倒したらしいじゃないか。特地で何度か交戦した「
無論、その話を明かしたことはない。一度たりとも。彼等に特地内での情報を他国には提供したりしていない。本位の時もそうだった。
この会話で、軍義は確信した。売国奴がいる。日本人でありながら、情報を外国に売った裏切り者が。どうやって彼等をあぶり出そうか考えながらも、話を続ける。
「────大統領。それをどちらから聞き及んだのかは知りませんが、我々への脅しと捉えられますが?」
『いや、すまない。此方としてもそのつもりはなかった。ただ純粋な善意でね、君達の手助けをしたいと考えたのさ』
「手助け?貴方達が何をすると?」
『先日、君達が回収した「
ビキッ、と受話器が軋む。
本気で言っているのか、彼等は。通信をスピーカー越しに聞いていた大臣や補佐達も、怒りに震えている。
当然だ。先日回収した『
彼の遺体をどうするべきか、ほぼ結論は出ていた。たとえ未知の技術が多いものだとしても、彼は日本人だ。体を切り開き、何年もサンプルとして保管するなど、あってはならない。拉致被害者の中の犠牲者として正式に火葬し、遺骨を銀座に納骨する。それが軍義達の結論だった。
それを、アメリカは────彼等は調べたいから引き渡せ、と言ってきたのだ。自分達の心境もしらずに。
『無論、費用や準備は此方で持つ。君達に無理をさせるわけにはいかないだろう。…………日本の技術では完全に『
「────そうですか、成程」
この上で、善意だと言いたいのか。腹の底から笑い飛ばしたい衝動に駆られながら、軍義は深呼吸し─────
「───それ以上薄っぺらな言葉を言ってみろ!貴様の脳天を叩き割ってやるぞ!! 米国のハイエナどもッ!!」
憤激に身を任せ、そう罵倒した。受話器の向こうで、デュレル大統領か誰かの息を飲む声が聞こえる。
自分達内閣に何かをするのであれば我慢はした。しかし、日本国民を────拉致された挙げ句死亡した国民を、サンプルとして扱うと明言までしてくれたアメリカには、もう我慢の限界だ。
「検体だと、解析だと!? 回収した『
『ま、待て!落ち着くんだ!グンギ!我々はただ善意で───』
「前々から貴様らは気に入らなかったが、今回の件で確信した!貴様らは日本の敵だッ!! 敵国にはもう従わん!貴様らと結んだ条約も後日正式に破棄させて貰う!」
流石に逆鱗に触れたとは思わなかったのか、或いは就任直後のため本位のように脅せる材料がなく、いつもよりも慌てた様子の大統領の声を無視し、受話器を叩きつける軍義。
凍り付いた会議室。怒りに任せた軍義の行いに非難を口にする者はいなかった。何故なら感情的な行動を取ったはずの軍義の顔には、理知的な考えがあるように見えたのだから。
「────三時間後、記者会見を。奴等がその気ならお望み通り、本気で相手してやる」
嘉納を含む大半の大臣は、堂々とした軍義の余裕の理由は分からない。彼等がそれを知るのは、三時間後の記者会見の際である。
◇◆◇
自衛隊に保護され、ある程度の処置を受けた望月紀子。検査の結果、病気に掛かったわけでもなく安全を保障された彼女の前に現れたのは、タスクと黒川を含む数人の自衛官。彼等から告げられた事実に、彼女の心を大きく揺るがされた。
「─────銀座事件? なにそれ?」
彼女の家族は行方不明になった当初から捜索をしていた。銀座事件が起こる直前も、必死にビラ配りをしていたとのこと。
帝国の軍勢をタスクが退けたことで、被害は想定より少なく死亡者は百数人程度のものだった。だが、彼が救えたのは数万人規模の人の命。ゲートの近くにいた一般人を救うことは出来なかった、間に合わなかったのだ。
恐らく望月紀子の家族もゲートの付近にいた。人の多い場所で彼女の行方を探していたのが不運にも、帝国の軍勢に殺される要因になってしまったのだ。
理解できないと放心状態だった彼女、しかし徐々に現実を受け止めた彼女は頭を抱えた。絶望しかけた彼女は、恋人の行方を尋ねた。タスク達は静かに、ある一室へと案内する。
「……………
真っ白なベッドの上に寝かされた恋人の姿。傷だらけの身体に生気はなく、穏やかな顔で静かに眠っている。ガラス張りの壁に囲われ、近付くことも出来ない。ガラスに張り付き、恋人の死を悟った紀子は膝から崩れ落ちた。
「彼はノワールと名乗っていた。俺達の敵になって、大勢の人を傷付けた─────だから、俺が殺した」
「…………貴方、が?」
「恨んでくれていい。その資格が、君にはある」
「───恨んでくれ? ………なんで?」
静かに、事実を告げるタスク。罵倒も恨み言も受け入れるつもりだった。それこそが、彼に致命傷を与えた自分の責任だから。
紀子は震えた声で、答えた。
「私を助けてくれた人を、どうして恨まなきゃいけないの?」
「…………すまない」
奴隷として扱われていた彼女を救い出したのは、タスクだった。そんな彼が恋人を間接的に殺した、だから怨んでくれと言うのは、あまりにも残酷すぎる。彼女としても、恩人に怨嗟を吐きたい訳ではないだろう。
自分の発言を軽率だったと反省したタスクは、ポケットから切れたネックレスを彼女に手渡す。
「彼は、これを大事にしていた」
「…………っ」
「戦いの時、彼はこのネックレスの為に身を投げた。これを拾おうとして、俺を殺すことを諦めた。君の前に来た時も、これだけは手放さなかった。
彼はずっと、誰かを探していた。一緒に、帰ろうと。自分のことを忘れても、君のことだけは忘れてなかった」
「…………そっか」
ネックレスを受け取り、紀子は突如ポロポロと涙を溢し出した。心配そうに彼女に声をかけようとする黒川や自衛官たち。彼等を片手で制し、タスクは嗚咽混じりの言葉に耳を傾けた。
「実はこのネックレス、安物なんです」
「…………」
「誕生日に、お祝いとして買ったんです………その時はお金が無かったから、次は良いものを買おうと考えてたんですけど、裕樹はずっと大切にするって聞かなくて………」
「…………」
「私はずっと、自分のことしか考えてなかった………裕樹のこと心配したのも、捕まった最初だけで────奴隷にされて、酷いことされてた時は自分のことで必死で……………裕樹は、私のことをずっと探してたのに─────裕樹っ、ひろきぃ」
ガラスの壁に身を預け、彼女はすすり泣いていた。震える肩に手を置き、想うように感情を吐き出させる。本来であれば、ガラス越しではなく触れることも出来たはずだ。
しかし、それは許されない。彼の遺体は未だ未知に近い。回収したあのトゲも、自衛隊によって解析が行われている。未知の細菌や毒素の無いことが判別できるまで、無闇に触れることは出来ない。
─────ハイルダイン。ヤツが彼を『
当人を捕らえ、全てを償わせる。そう決意を深めるタスク。そんな静寂が、突如扉を開け放った何者かによって破られた。
「────み、皆さん!ヤバイです!ヤバイですよっ!」
「初瀬くん!空気を読んで!」
「も、申し訳ないですッ!」
悲しみに暮れる紀子の心境を察した黒川の叱咤に、律儀に頭を下げる初瀬三佐。説教を受け縮こまった彼に、タスクが用件を問うと、彼は慌てながらラジオを取り出す。
「聞いてください!スゴいことになってますよ!」
端末を操作して、回線を繋げる初瀬。ノイズが響くラジオだったが、突如何らかの放送と繋がる。
『─────EU連合 28ヶ国を代表し、欧州理事会議長 エイダース・フルートが宣誓します』
ヨーロッパ諸国の国家連合、それがEUだ。彼等の話がどうかしたのかと思うのも束の間、ラジオから聞こえる男性の声は、彼等にとっても衝撃的な事実を口にした。
『──────今日13:00をもって我々EU連合と日本は「日欧同盟」を結ぶことを、ここに宣言する。我々は、特地への関与は「門」を有する日本に優先権があると考え、日本国の特地内の作戦行動を全面的に支援する』
全員が互いに見合う。それ程までに信じられない内容のことだ。今まで静観の姿勢に入っていたイギリス、ヨーロッパ諸国が一致団結して日本と同盟を結ぶなど、日本は、最近就任した軍義総理は何を考えているのか─────それは直後に聞こえた発言によって理解させられた。
『これより、日本への政治的及び武力介入────他国の影響が及んだのを確認次第、我々は盟約に則り、日本に介入した国への政治的、武力的制裁も厭わない。我々は秩序を乱し、己の正当性もなく、自分らの利益を優先する者達に徹底的に戦う覚悟である』
遠回しな言い方だが、それが警告であることは明白だった。日本に干渉するのなら、特地に接触しようとするのなら、害意あるものとして戦争すら視野に入れると。
政治などの事には無縁なタスクですら、彼等の言わんとすることが理解できる。同時に、それによって世界がどう変わっていくのかも。
───少なくとも、平和とは程遠いものだろう。直感的にそう察することが出来た自分の感覚を疑うことは1ミリも出来なかった。
◇◆◇
その日の夜。
深夜の自衛隊の施設、勿論定期的な確認が行われている。特にここは、派遣隊にとっても有力な資源などを保管するエリア。そこの一室に寝かされたノワール───野上裕樹の遺体も厳重な管理を受けて、隔離されていた。
巡回の自衛官がその一室を確認して、過ぎ去る。暗闇の向こうにライトの光が消えていくその瞬間、誰もいないはずの部屋に一人の男が現れた。
「────ノワール」
厳重に施されたはずのセンサー類が、誤作動を起こす。触れればブザーが鳴り響くであろう扉を開き、彼────ハイルダインは白い台の上に寝かされた日本人の青年を見下ろしていた。
「………お前は、後悔してなかったのか」
───怨んでなかったのか、化け物に作り替えた自分を。そう告げたハイルダインの顔には様々な感情が渦巻いていた。
ハイルダインは他人を信用しないし、顧みない。彼が心から信用し、顧みるのは、自分の計画に賛同した同胞と協力してくれている仲間たちだ。
だからこそ、仲間の死は心から悔い、心を以て受け止める。永劫の苦しみと呪いに蝕まれ、人として心が欠けたハイルダインが、何よりも喪うことはなかった────生きてきた上で教わった、数少ない信念である。
「─────故郷で安らかに、ノワール。いや、ヒロキ」
静かに寝かされた遺体に、ハイルダインは持っていた花を一輪添えた。まるで弔いのように、遺体の胸元に花を添えたハイルダイン─────背を向けた時には、彼の顔に先程までの情景はなかった。
冷徹極まりない氷のような冷たさと、マグマのように煮え滾った炎のような熱。二つの激情を身に宿した男は、己の計画の為に前を見る。決して後ろを見ることなく、突き進むのだった。
───かつて自分達の仲間であり、自分達を裏切り、全てを奪い尽くした『死神』のように。ハイルダインは己に首にある傷痕を、静かに指でなぞった。
◇◆◇
一時間後、巡回を行った自衛官はその変化に気付いた。遺体の上に添えられた花に気付き、怪訝そうに覗き込んだ───次の瞬間。
ズッ、と暗闇から伸びた刃物が自衛官の首を裂く。喉を切られ、パクパクと口を開閉することしか出来ない自衛官の喉から大量の血がドバドバと溢れる。
首を切った刃物は空中で軌跡を描く。喉を抑え、バランスを崩した自衛官の背中に、刃先を何度も突き立てる。確実に息を止めた、殺したと判断するまでその凶行が止まることはなかった。
その凶行を実行したのは────無機質な機械兵だった。人間的な見た目もなく、全身を金属のフォルムで構成されたヒト型。それは己が殺した自衛官の元から離れ、扉に両手で触れ─────ハッキングにより、ロックを解除した。
『────ジジ、ジジッ…………目標のサンプルを確認』
ふと、近くのモニターが点灯する。画面に映る砂嵐の中で、瞳のようなマークが浮かぶ。その瞳は画面の中で動き回り、ふと真下にある遺体を凝視した。
────夜が明け、異変に気付いた自衛隊の前に広がる現実。部屋の前で殺された自衛官と、忽然と姿を消した野上裕樹の遺体。
どれだけ捜索しても、痕跡すら見つからない。自衛隊は、敵に潜入されたということすら把握すら出来なかった。
分かりやすい今回の話
アメリカ『オメー改造人間の検体手に入れたって?調べたいからくれよ。いいだろ?友好国だし』
日本『は?お前ら日本人をモノ扱いしたな?キレた、お前ら友好国じゃねーわ。条約を外す、敵だから』
アメリカ『ファッツ!?』
日本&EU『色々ありますが俺達は仲良くなります!』
EU『特地ってそもそも日本に門があるわけだし、日本に優先権があるわけですから。我々は日本の活動を支援します』
日本『はえー、助かりますー。お礼になんですが、EUの皆さんは特地で得た資源の取引もさせていただきます。これからは仲良くしましょう────あぁ、他の国の皆さんも宜しくお願いします』
アメリカ『ファッツ!?』
日本『あーでも、アメリカやロシアと中国とは取引厳しいですねー。なんせ少し前に工作員も送り込まれたし………仲良くしたいのは山々ですが、信用しがたいと言いますか………まぁ、その三国は後回しにしますので』
要約、米中露対策の為、日本とEUが同盟結んだ。軍義さんはナチュラルに怒ったけど凄いのはさらっと今までのアメリカとの条約を破棄して、自立の姿勢まで持ち込んだところ。
…………ノワールを拉致したのは、アメリカでもロシアでも中国でもなく、ハイルダイン達でもない別勢力です。
次回から、オリジナルの話になります。まぁ、この小説自体オリジナルなところ多いんですけども。