GATE 狩人 彼の地へと、 導かれし   作:虚無の魔術師

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楽園の軌跡

ハイルダインが消えた後、ロゥリィはずっとテレジアと呼ばれた少女の石像を見上げている。数分は軽く経過した、身動ぎもせずに立ち尽くす彼女に、心配そうに伊丹が声をかけた。

 

 

「…………ロゥリィ」

 

「─────使徒になって五十年前。神殿から離れ、わたしぃはただ放浪してたわぁ」

 

 

静かな口調で、ロゥリィは語り出す。自分とこの地の関係、そこに至るまでの記憶の軌跡を。この地を歩む仲間達に語らねばならないと、理解したからこその選択だ。ロゥリィは凛々しい少女の顔立ちを見つめながら、口を開いた。

 

 

「時には断罪して、時には誰かを助けて、そんなことを繰り返してた────ある日、わたしぃは彼女たちと出会ったのぉ」

 

 

それは野盗達を一人で殲滅した直後のことだった。辛うじて生き延びていた盗賊が、ロゥリィの頭をかち割ろうと岩を叩きようとする。亜神としての、戦いの経験がまだ足りなかった彼女の油断が原因だった。

 

しかしその盗賊を殺し、自分の危機を助けた人物がいた。何処かの国の姫のような、可憐なドレスに身を包む天真爛漫な少女──────名を、テレジア。テレジア・ファーリスと名乗った。不思議な少女だった、ロゥリィが亜神と知っても取り繕うこともなく、ただ純粋にロゥリィという個人を意識していた。

 

 

『ねぇ、ロゥリィ。貴方は一人でいるの?』

 

『…………それが問題かしらぁ?』

 

『一人で生きるのは寂しいわ。どうせなら、私達と一緒に旅をしない? 無理強いはしないわよ』

 

 

断る理由もなかった。どのみち数十年は鍛えながら、亜神としての務めを果たすつもりでいた。当初はただの気紛れに過ぎなかったが、今はテレジアに惹かれていたことはよく分かる。

 

彼女は、多くの仲間と一緒に旅をしていた。多種族混合の一団。亜神もいれば、普通の人間もいる。彼等も皆、ロゥリィを恐れることはない。神殿にいた時は敬われてばかりだったから、新鮮な感覚だった。

 

 

『………やぁ、テレジアの言ってたカミサマ』

 

『カミサマってぇ、わたしぃは亜神よぉ? 分類としては全然違うんだからぁ』

 

『………亜神さまは何て呼べばいい?』

 

『ロゥリィ、ロゥリィ・マーキュリー。貴方はぁ?』

 

『ハイル。ただのハイル…………よろしく、ロゥリィ』

 

 

ハイルダイン────ハイルとは、その際出会った。最初はまだ物静かな少年であった、ロゥリィとしてはそれ以上もそれ以下も感想はなかった。しかし、彼は病弱なのか、何かに苦しむ様子が見られた。人のいない場所で吐血したのを見かけた時は、流石にテレジアに相談したが─────

 

 

『放置?本気で言ってるのぉ?』

 

『────ここにいる皆は誰もが居場所を追われた人達なの。皆が皆、話したくない過去を持っていたりもするわ。ハイルもきっと、私達には言えない秘密があるんだと思うの。言えないんなら、それでいいと思う…………彼が話したくなった時にちゃんと聞いてあげれば良いんだから』

 

 

テレジアはただ優しいだけの人間ではなかった。老若男女、種族問わず、皆が彼女に従うのも頷ける程の器量とカリスマ性だ。少なくとも、大勢の仲間達から慕われている程の人物だった。

 

時が立つごとに、ハイルは弱り果てることもなくなった。周りにも打ち解けるようになった彼は─────何故か、ロゥリィには距離感が近かった。

 

 

『ロゥリィって不死身なんだっけ。俺もだよ、同じ不死身同士よろしくね』

 

 

妙に馴れ馴れしいし、面白い冗談だと当時のロゥリィは軽く受け流していた。だが今思えば、全てが理解できる。ハイルはこの時から不死身だったのだ。だからこそ、ロゥリィに親近感を抱いたのだろう。死ぬことも出来ない肉体を有する同士に出会えたことが、何より嬉しかったはずだ。

 

 

───彼等と出会い、旅をして数年。転機は訪れた。

 

いつものように困っている人助けをしたテレジアの一団───傭兵団なんて呼ばれたりもしているが、保護した王国の住民から助けを乞われた。

 

この国の王は不老不死の研究をしている。その為に罪のない国民に罪を被せ、実験体として利用していると。逃げ出すことも出来ず、国民たちはただ王の横暴に従うしかなかったと。

 

話を聞いたテレジアは即決だった。ロゥリィは呆れたが、人助けに関してはテレジアは頑固者だ。こうなった以上彼女が容易く折れることはない、ハイルと共にロゥリィは自分から折れて、彼女の意思を尊重した。

 

 

────そして、人助けのために国を制圧した。亜神として戦い馴れてきたロゥリィとテレジア率いる亜人の一団は王国の兵士たちも容易く打ち倒し、横暴を働いた国王たちを追放するに至った。問題はその後、主を失った国をどう運営するかにあった。

 

 

横暴から救われた国民はテレジアに王になって欲しいと求めた。しかし彼女は首を縦には振らなかった。複雑そうに考えたテレジアは、ある結論を出す。

 

 

────王のいない国。統治者もなく、人々は互いに手を取り合い生きる国を作ろうと。国民たちもそれに賛成し、彼女の仲間である亜人を含めた国が、今ここに誕生した。

 

 

『花の都 ファーリス?ファーリスの方は分かるけどぉ、花の都ってのはぁ? ここ花なんて無さそうよぉ』

 

『────花は平和の象徴。私達はこの国を花が咲き誇る穏やかな国にしたい。数百年後、この街が花に包まれた平和の地としてあれば、皆が幸せに暮らせるから』

 

 

テレジアは花を好んでいた、愛を尊んでいた。花は優しさと平和を示すものであり、花の美しさに人は惹かれ、花の活気こそが平和を体現するものであるから。

 

彼女は多くを愛していた。花を、仲間達を、この国を、世界を。そして、ロゥリィも。慈愛にも似た、穏やかな彼女の愛は人々の心にも伝わっていき、争いとは無縁の国が出来上がっていた。

 

 

『ロゥリィ、貴方は陞神したら何の神になるの?』

 

『陞神ってぇ………まだ九百年もあるのよぉ。気長に過ごしてればいずれは決まるわぁ』

 

『決まってないなら、私が決めてあげるわ!花と愛の神!ファーリスに飛びっきりでかい神殿作って奉ってあげるから!』

 

『止めてよぉ!?花と愛なんて、わたしぃに全然合わないじゃなあい!絶対、他のヤツにするからねぇ!?』

 

『ハッハッハッー! 今さら手遅れなのだー! テレジアさんと仲良くなった時点で、貴方は花と愛の伝道師!さぁ、花畑と愛を骨の髄まで教えてしんぜよーっ!』

 

『ちょっと!本気でイヤなんだからぁ!』

 

 

テレジアはロゥリィすらも大切に思っていた。ロゥリィはただテレジアに興味を持っただけであり、彼女に全てを尽くすつもりはなかった。なのに、テレジアはロゥリィを友達と呼び、陞神─────正神となったら彼女を信仰するとまで言うのだ。正直、護り神になることに不満はなかったが、花と愛を司る神と呼ばれるのは似合わないと思い、嫌がっていた。

 

 

そんな日々を過ごしながらも、ロゥリィは五年間 短くもない年月をこの国で過ごした。花の都 ファーリス、争いとは対極にある国として世界に名を轟かせ、その繁栄を数年も保ち続けていた。

 

─────あの日、ファーリスにとって忌むべき事件が起こるまでは。

 

 

◇◆◇

 

 

炎。

花の都、ファーリスは数年の間起きたこともない戦火に焼かれていた。亜神ロゥリィの居座る地と知る者の大半は、彼女の強さに恐れを為している。それ故に他国の侵略などは有り得なかった。そう、人の手による攻撃はずっと起きなかった。この日を除いて。

 

 

『───クソ!なんだコイツら!何で俺達の街を!』

 

『怯むな!飛竜なんぞ打ち落とせ!俺達の国を、ファーリスを護るんだ!』

 

 

敵はドラゴンの軍勢だった。

数百匹の飛竜という見るだけ見れば少数で戦力も少ないが、当時の竜たちは今よりも強靭だった。鱗は刃物を通さず、炎の吐息を浴びた者はその身を焼かれ、即死である。

 

だが、ファーリスも伊達ではなかった。ロゥリィを主にした戦士達が、飛竜たちを撃退したのだ。彼女も苛烈な戦いの果てに、亜神としての再生力を消耗した。一休みしようとした彼女であったが、慌てて走ってきた仲間の声に衝撃を受ける。

 

 

─────防衛線を突破された!敵は二人、一人は魔導士だ!

 

 

『────花の都、という割には戦い馴れているな』

 

 

白との黒の法衣に、杖。顔を覆う程の大きな魔女帽子を羽織った男。男は燃え盛る街並みを見て、淡白な感想しか残さない。杖の先を向けるだけで、通路を塞いでいたバリケードが爆発によって薙ぎ払われる。

 

魔導士の男が堂々と門を抜ける。開けた広間に辿り着いた直後、彼の目の前に無数の矢が殺到する。男は杖で地面を叩き、透明な防壁によって矢を全て防ぐ。

 

ダッ!と、左右の建物の扉から影が飛び出す。ワーウルフの大男とキャットピーピルの女戦士が、魔導士の喉元に刃を突き立てるようとする。

 

それを男は、杖を振るっただけで対応する。

 

 

『まぁ、王国をクーデターに容易く掌握したのだ。これ程の実力を有しているのも頷ける』

 

 

二人の戦士は、紫色の魔力の杭に串刺しにされていた。手足や身体を固定され、魔導士に迫った刃がギリギリ届かない。即死したキャットピープルとは違い、辛うじて生き永らえたワーウルフが唸る。

 

 

『ファーリスに…………この平和な国に、何の用だッ!ここは貴様らのような、悪意ある者のいる場所ではないッ!』

 

『─────この国に用はない。強いて言えば、奴等が遺した負の遺産だ。アレを解析すれば、私の悲願に近付く』

 

『何を、言ってやがる────ッ!』

 

『貴様のような無能には、数百年あっても理解は出来ないことだ』

 

 

その場にいた敵全てを、魔導士は殺した。その後広間の中央に立った男は杖を叩き─────地下へと降りる。ファーリスとなる前の国。王が不老不死の研究した果てに造り出した呪いが、そこにあった。

 

 

地下の広大な領域。妙に入り組んだ通路の先にある、ホールのような場所。テレジア達も手出しが出来ず封鎖する以外になかった、前王の求めた不老不死に近付く鍵。

 

 

 

『────見つけたぞ、膨大な生命を宿す古の龍』

 

 

無数の鎖で繋がれた、緑の巨龍。既に生き絶えているのか、龍は開いた口から深紅の血を滴し続ける。水滴は長い間続いていたのか、龍の足元の地面は血の池となっていた。

 

問題は、その血の付近が自然に満ち溢れていた。岩場から伸びたであろう植物が所々映えており、見た目から分かる程の異彩さは、その龍の禍々しさを感じさせる。

 

 

『────『緑龍』グラン・ジーヴァ』

 

 

もう一人、魔導士の後ろから男が現れる。全身をボロ布で覆い隠した、姿も見えぬ男。唯一布から露呈した裸足で歩いてきたその男は、まるで歌でも詠うように語った。

 

 

『大自然に匹敵する生命力を内包した古龍。『赤龍』の近縁種と仮定されたその個体は、己の生体エネルギーで自然を成長させることから『緑龍』と名付けられた─────無害とも言えるその生態の恐ろしさに、人間はすぐ気付いた』

 

『…………』

 

『その龍は、周囲を己に都合のいい環境へと作り替えているに過ぎない。かの『赤龍』が地脈を操作して環境を変えたように、コイツは己の生み出す生命の力で周囲の環境と生き物を平等に作り替えるのさ』

 

 

自然を司る緑の名を与えられたグラン・ジーヴァ。その生態は自然に恵みを与えるのではなく、大地を思うがままに支配する傲慢極まりないものだった。

 

死しても尚、その龍の生命は不滅である。ただ己の無限の生命を溢れさせ続ける。

 

 

『死しても尚、厄介な古龍だな。己の生命で全てを作り替えるとは』

 

『────いいや、ソイツはまだ死んでいない』

 

 

何? と掌で触れながらその力を解析していた魔導士が反応する。既に生き絶えているはずだ、呼吸もなく鼓動もない存在が生きているはずがない。そう考えた魔導士やかつての国王達の考えを否定し、外套の男は続ける。

 

 

『仮死状態だ。グラン・ジーヴァは己の生命力を無限に増幅させる────己でも制御が出来ない程の量をな。コイツは定期的に仮死状態になり、己の生体エネルギーを周囲に振り撒く。そのエネルギーが大地を豊かにし、環境を狂わせる』

 

 

龍という巨体でも消費しきれない生体エネルギー。一時期に生命を止め、仮死になることで己の生命の脈動を止める。その間、肉体に固着したエネルギーを体外へと放出し、目覚めた時に生活しやすい大自然を一から作り出す。

 

ある地方で神と呼ばれ、同じ古龍達からも忌み嫌われた存在。生命を産み出しながら、生命を冒涜したその生き物だからこそ、永遠の生命を求める人間達の目に止まった。

 

 

かつての王国は、この龍のエネルギーによって不老不死に成ろうとした。強ち(あがち)良い線はいっている、外套の男はそう評価した。しかし、だからこそ不可能だった。

 

不老不死、どれだけ殺そうと死なない生命。それは肉体すら変化する必要がある。脆く、死にやすい人間の身体を不死にするには膨大なエネルギー────それ以上に、時間が必要だった。肉体を不老不死に適応させるほどの時間が必要なのだ。

 

エネルギーに順応し、肉体が変化してこそ不老不死になる。だが、グラン・ジーヴァの生体エネルギーはそれには向かなかった。あまりにも純度が濃く、エネルギーが強すぎたのだ。

 

そのエネルギーの濃さのあまり、肉体は急激な変化を遂げる。人のまま不老不死になるのもまた夢の話。過剰な変化に絶えきれず人は死ぬか、人を逸脱した化物になるしかない。前の王国は、それが分からないから不老不死に近付けなかった。

 

 

────最も、彼等の目的は不老不死などではない。そんな俗なものとは違う、大義があるのだ。世界を滅ぼしてもいい、世界以上に優先する意味が。

 

 

『────解析完了した。これだけの生命の巣窟ならばと考えたが、正解だ。お陰で私の悲願があと少しで叶う』

 

『そうか、どうでもいいな。早くオレの願いを叶えて貰おうか』

 

 

グラン・ジーヴァから手を離し、膨大な魔力と術式を取り込む魔導士。しかし彼の喜びも束の間、退屈そうに外套の男が急かす。

 

余韻に浸ることも許されなかった魔導士は表情を変えることなく、術式を展開する。龍の肉体全てに行き渡るとある魔法。それを知っているからこそ、魔導士は問い掛けた。

 

 

『────本気か? 君にとって、この龍は必要なはずだ。それを自爆させるなど、何を考えている?』

 

『「緑龍」が自壊すれば、ヤツの膨大なエネルギーを、世界全体に撒き散らせる。そうすれば全ての生命が進化する。だが、エネルギーは竜だけしか耐えられない。他の生物の大半は絶えきれず自壊するだろう────そうすれば、進化した竜だけが独自の生体として発展していく』

 

 

グラン・ジーヴァの肉体、正確には体を破壊することが外套の男の企みであった。体内で引き起こされた爆発は外側へと働き、今後数十年は死んだままになる量の生体エネルギーを周囲に拡散させる。風に乗せられ、世界全土に届いたグラン・ジーヴァの生体エネルギーがどれだけの影響をもたらすか、考えるまでもない。

 

 

『ヒトでも神でもない、(オレ達)の時代が始まる!!あの世界のような生半可なものではない、竜があらゆる生態系を支配した、超越した世界が!!』

 

『どうでもいいな、私には』

 

 

意趣返しと言わんばかりに淡々と返す魔導士。不愉快そうに外套の男が顔を歪めた直後、二人だけの領域に複数人が立ち入ってきた。

 

 

『─────そこまでよぉ!』

 

 

自分達の国をメチャクチャにされ、義憤に駆られたロゥリィとハイル。二人は得物を構え、ファーリスに攻め込んだ二人の男を狙う。二人の仲間と同行していたテレジアも同じだったが、敵の一人を視認した瞬間、彼女は全身を微かに震わせた。

 

 

『…………メルクリウス、先生』

 

『───テレジアか。久しいな、私の元から去った以来だ』

 

 

大魔導士 メルクリウス。魔法という概念を生み出し、人に与えたと呼ばれる人類最古の賢者。そして、神話の時代を生きた超越者。人類も知らぬ偉業にして禁忌─────『神殺し』を為した天才にして罪人。

 

その男こそ、テレジアを鍛え上げた師匠という存在だった。

 

 

『私は私の願いを、誰もが笑える世界を作る為に貴方の元を去りました─────嘗て貴方が仰ったように』

 

『そうだろうな、私もそのことを責めてはいない。その理由、分かるだろう?』

 

『─────世界は常に誰かの手にある。神の手にも、人の手にも。それは己でもある、と。先生の教え、誰しもが無限の可能性を持ち、実現することが出来るという、先生の論理です』

 

『その通りだ。人は無限の可能性を持つ、無意味な者もあれば神に匹敵する偉業を為す者もいる。私は可能性を肯定する。だから君の行いも、全て許容した』

 

 

グラン・ジーヴァから離れる大魔導士 メルクリウス。テレジアと向き合いながら話し合う彼は静かに、淡々と杖で地面を叩く。

 

瞬間、足元に魔力の術式が伝わる。それはグラン・ジーヴァへと届き、龍の肉体に刻まれた術式を発動させた。

 

 

『─────人の可能性は無限だ。君の願いが叶う可能性を追い求めるのは正しいことだ。だが、その願いが最悪の結末を迎える可能性もあることを覚えておくと良い』

 

『ッ!何をしたの!?』

 

『術式は起動した────テレジア、たとえ君でも解除できない。あと1分以内にこの龍の肉体は崩壊し、内包する膨大なエネルギーが世界全体に撒き散らされる』

 

『────ッ!!』

 

 

ロゥリィとハイルが一早く動く。ハルバードの一撃と矢を引き絞った弓、二つの攻撃がメルクリウスに直撃するより先に─────二人は弾かれるように吹き飛ばされた。不可視かつ防御不可能の攻撃。辺り所が悪く、気絶したハイルを心配しながら立ち上がるロゥリィに────無数の魔法槍が撃ち込まれる。

 

メルクリウスは外套の男を従え、その場から消え去る。全身を固定する槍によるダメージもあり、意識が朦朧とするロゥリィ。彼女が薄れ行く意識の中で認識したのは────

 

 

 

『────テレ、ジアっ……………』

 

 

無数の魔力に包まれ、龍の体に組み込まれた術式に干渉するテレジア。凄まじいエネルギーの爆発に彼女が巻き込まれたのが、ロゥリィが最後に見た光景だった。

 

 

 

 

────結果的に、『緑龍』 グラン・ジーヴァのエネルギーを使ったメルクリウス達の策謀は阻止することが出来た。膨大な生体エネルギーを、ファーリスの地下に封印することに成功したのだ。

 

 

───────テレジア本人を媒体とした、軛のような形で。

 

 

『………はは、ごめんね、皆。心配かけちゃって』

 

 

テレジアはあの龍の存在を前から知っていた。しかしその膨大なエネルギー故に軽率な行動も出来ず、数年も考えた結果、彼女は封印結界の構築を実現させた。

 

莫大に満ちたグラン・ジーヴァの生命力を魔力へと変換し、半永久的にあの龍を地下へと封印する。あの龍は術式を刻まれ、発動した時点で死んでいる。しかし、その遺体はまだ生命力に満ち溢れている。だからこそ、永久に封じる以外の選択はない。

 

何より────封印結界の要はテレジア本人。彼女の肉体こそが器を媒体とした結界の核。テレジアが死に、その遺体を保存すれば、封印は永続的なものになる。

 

 

だがそれは、誰も望まなかった。ハイル達は必死にテレジアを不要とした封印方法を─────彼女を無事に封印から分離する手段を模索した。ロゥリィも、外界へと出てその可能性に賭けて世界中を旅していった。

 

誰もがテレジアを諦めなかった。誰もがテレジアを見捨てなかった。何年経とうと、彼等は研究の手を止めなかった。しかし、現実はあまりにも非情だった─────世界中の魔法を探そうとしていたロゥリィの元に、一つの神託が下ったのだ。

 

 

 

─────【ファーリスの愛姫を殺し、封印を確実なものにせよ】

 

 

エムロイより下された神託。それを側近の右眼から告げられた当初、ロゥリィは初めて理不尽を覚えた。大切な仲間を、友達を自分の手で殺せと言われれば、誰でもそうなるだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

ハッキリ言おう。ロゥリィに残酷な神託を下したエムロイだが、彼なりの理由があった。

 

一つ、他の神々がグラン・ジーヴァの存在を知り、恐怖したのだ。世界を変える程のエネルギーの根源。それの封印を確実なものにしようと、ハーディを含む一部の神が動こうとしていた。

 

他の神々に蹂躙され滅ぼされるよりも先に、封印を果たせと。エムロイは言いたいのだろう。

 

ロゥリィは理解していた、主神の意志を。彼女は確信していた、自分に任された責務というものを。

 

 

ロゥリィ・マーキュリーに─────神託に背くという選択肢は許されなかった。

 

 

 

 

『お止めください!聖下!』

 

斬った。

 

『テレジア様を殺させません!たとえ貴方が相手でも!』

 

叩き潰した。

 

『あの人を救える方法は、封印を確実に出来る方法は必ずあります!だからどうか、止まってください!』

 

殺した─────邪魔する者を、仲間達を自分の手で殺した。無論、全て殺す必要はなかった。殺すべきはテレジアただ一人だけなのだから。

 

だが、花の都にとって、民にとってテレジアはそれ程までに象徴的な存在だった。彼女を死なせない為だけに、戦えぬ者までもが武器を取ってロゥリィに立ち向かったのだ。

 

それは─────友の一人も同じだった。

 

 

『…………ロゥリィ』

 

 

神殿に辿り着いたロゥリィの前に立ったのはハイル。彼は弓を握り締め、信じたくないといった顔でロゥリィを見つめていた。だが、彼女の全身の血───返り血を見て、覚悟を決める。

 

 

『───うッ、ああああああああッ!!』

 

 

叫び、ハイルはロゥリィを弓矢で射貫こうとする。友と呼び、慕った彼女を止めるためにハイルは全力で立ち向かう。

 

自分に生きる理由を与えてくれたテレジアを、守るために。

 

 

『────どうして俺達を、テレジアを裏切った!?俺達は、仲間じゃなかったのか!?』

 

 

違う、と心が叫ぶ。ハイルはロゥリィが心から裏切った訳ではないことを理解していた。あの龍のエネルギーを確実に封印するために、テレジアを殺さなければならない─────神により下された神託であることは、明白だった。

 

戦いの果てに、ハイルは負けた。矢で撃ち抜かれようとも淡々と動くロゥリィに、ハイルの心が揺らぐ。友を傷つけるごとに、彼の魂が悲鳴を上げる。

 

その瞬間、ロゥリィのハルバードがハイルの首に届いた。首の半分まで届いた刃。それは誰もが見て分かる通り、ハイルの即死を示していた。

 

『────のにっ』

 

『………』

 

『信じて、たのに………お前は、テレジアを裏切らないって、俺達の仲間って────信じてたのにィッ!!!』

 

 

叫びながら、ハイルは弓矢をつがえる。最後の一撃が届くよりも先に、彼の足元の地面が崩れ、崩落に巻き込まれた。友を殺した感覚に、ロゥリィの心に冷たいヒビが入る。ファーリスの仲間達を殺した時以上の大きな心の傷を負いながら、ロゥリィは地下へと歩みを進める。

 

神殿の地下────グラン・ジーヴァが眠っていた場所に、テレジアは座っていた。祈るように手を重ね、この空間に浸透する生命力を封印しながら、現れた血塗れのロゥリィに優しく微笑みかけた。

 

 

『…………恨まないのぉ?』

 

『どうして?』

 

『わたしぃは、貴方の国を滅ぼすのよぉ?皆を、ハイルも殺したのにぃ、わたしぃだけがのうのうと生き続ける─────貴方の夢を踏みにじったのに』

 

『─────辛いのはロゥリィも一緒でしょ』

 

 

テレジアはロゥリィを憎まなかった。ただ笑顔を浮かべていた。自分の夢を、異種族問わない理想郷を滅ぼした死神を。今この瞬間、自分の命を奪おうとする親友のことを。

 

 

『………ねぇ、ロゥリィ』

 

『なによぉ』

 

『私を殺すことを後悔するくらいなら、愛の神様になって』

 

『────正気?』

 

『大丈夫。私は貴方にならなれると思うわ。花と愛の姫と呼ばれたこの私の唯一無二の親友なんだから』

 

 

だからお願いね? とテレジアは静かに囁く。祈りながら、彼女は自分の身体を前に差し出した。処刑を受け入れる罪人のように、頭を垂れる親友の姿にロゥリィはハルバードを振り上げる。

 

 

『────さようなら、テレジア。私の親友』

 

『────元気でね、ロゥリィ。私の親友』

 

一振で、少女の頭を斬り落とした。それと同時に、テレジアの封印結界が活性化する。彼女の死後に発動し、永続的な封印が今完了した。

 

滲み出した生命力によって咲き誇った花畑の中に、テレジアが転がる。その頭部を抱えたロゥリィは、自分が殺した仲間達────ファーリスの民の遺体と共に焼き払った。

 

 

こうして、花の都 ファーリスは滅びました。平和と愛を謳った国の崩壊。しかし、その地に起きた禁忌を恐れた人々は近寄ることなく、争いとは無縁の地として─────ある意味では平和を永続させていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

「あ………ぁ」

 

そして、ただ一人。

 

 

「………あああぁ」

 

ただ一人だけ、生き残った少年は絶望した。地上に見える、結界を。テレジアの死と共に発動する封印の存在を。血溜まりの中、死ぬことすら許されなかった不死者の心は、完全に砕け散った。

 

自分の居場所が、完全に失われたことを理解したからこそ。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア ア ア ア ア ア ア アッッ!!!!!」

 

 

空へと、慟哭する。それは、一人の不死者の誕生の産声であった。─────己の目的の為に、一切の躊躇と優しさを切り捨てた、一人の怪物の。




地獄のような終わり方をした過去編。多分普通だったら闇堕ちしてる、ロゥリィだから耐えられた。

グラン・ジーヴァは『赤龍』ムフェト・ジーヴァの亜種というか、親戚です。つまり古龍です。なんで古龍が大昔の特地に居るんですかね…………(知らんぷり)


因みにこの事件を機に、エムロイとハーディは仲悪くなりました。理由としてはテレジアを生前から気に入っていたハーディがコレクションにしようとしたけど、ロゥリィへの負い目からエムロイがファーリスの民とテレジアの魂を回収しました。

そのことにキレたハーディが直談判するけどエムロイは無視し、二神はいがみ合うようになったのです。…………はぁ


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