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「────これが、花の都の結末。平和と愛に満ちた国の終焉よぉ」
テレジアの像の前で、ロゥリィは全てを語り終えた。花の都 ファーリスの栄華とその最期。ロゥリィ・マーキュリーの手で滅びた亡国の全てが、伊丹やタスク達に知らされた。
皆、言葉にならなかった。彼女は自分の手で自分の過ごした国を、仲間達を滅ぼさなければならなかった。仲間からは裏切り者と謗りを受けることも当然、怨まれることすら普通なのだ。それ程の重みを、ロゥリィは一人で背負っていた。
「…………ロゥリィ」
「大丈夫よぉ、これはわたしぃの問題。あの時の悲劇は、彼等を殺したことはわたしぃだけが背負うべきものだから」
慰めはいらない。我が身可愛さではなく、自罰として受け止めていた。あの時の選択、テレジアを殺すためにファーリスに武器を向けた────彼等の信用を裏切り、彼等を殺したことは後悔していない。けれど、その事を誰よりも自覚し、心に留めていた。忘れることも罪から逃げることも、決してあり得ない。
「テレジアの封印は完璧だったわぁ。ここ数百年、あれだけの量のエネルギーをこの地だけに留めたんだからぁ。もうあの時のような、世界に影響する程の生命力はない────テレジアを、封印から解き放っても大丈夫」
「………っ」
「でも、ハイルは───ハイルダインはそれを良しはしない。テレジアを殺したわたしぃがこの地を歩むことを、ハイルはきっと容認しないわよねぇ…………だから、今度も殺すことになる」
あの時のように、ハイルダインはロゥリィを止めるはずだ。亜神として負けるはずがない、そういうつもりはない。ハイルダインはこの世界で暗躍している黒幕の一人であり、自衛隊やタスク達の敵なのだ。彼は多くの陰謀と共に、力を蓄えてきたのだろう。恐らく、ロゥリィを殺せる程の力を。
意固地になるつもりもない。ロゥリィは今この時出会った仲間達を信頼していた。かつてのテレジアの時のように。
「これはわたしぃの問題─────でも、皆に背負わせても良いかしらぁ」
「任せて!私達が一緒に戦うから!」
「………愚問」
「此方こそ!聖下にお力添えさせてください!」
「断る道理もない。戦友の手助けも、ハンターとしては常識だ」
テュカやレレイ、ヤオにタスクは容易く快諾した。少女達と歴戦のハンターの選択を受け、端から聞いていた伊丹は全身の力を抜いて溜め息を漏らす。
「………こんな状況で断れるわけねぇよなぁ」
「あらぁ、何言ってるのぉヨウジぃ。貴方はわたしぃの眷属なんだからぁ、拒否権なんてあるわけないじゃなぁい」
「……………うそぉ」
面倒そうながらも、伊丹は大人しく同行することにした。こうして一行は花の都の奥へと向かう。その最奥で眠る愛姫の封印と、それを見守る亡国の末裔の元へと。
◇◆◇
大神殿 エルリーゼ。
花の都 ファーリスの嘗て、王国だった頃の城を改良した神を奉る神殿。陞神した後のロゥリィの居場所として、テレジアが用意したものだ。結局、テレジアの望みが果たされることはなかったのだが。
その神殿に踏み込んだ一同の前に、荘厳のなる大広間が広がっていた。礼拝の為、神への祈りのためのエリアなのだろうか。そう思っていたのも束の間。
「────数百年も太古、かつて栄華を極めた王国があった」
大理石を踏む靴音のステップと共に、声が響き渡る。無機質な、何かの物語を語るにしては感情が稀薄な声。
「王国の王は不老不死を求めた。悠久を生きる生命を欲し、王は不老不死を叶える為に────多くの龍を殺し合わせ、流れた血を集めた」
大広間の中央にある階段の先に立つ男 ハイルダインは語る。彼に気付き身構える伊丹達のことすら無視し、階段をゆっくりと降りて行く。
「だが王は用心深く、姑息だった。闘争ののちにはてた龍達の血を素直に呑もうとはせず、不老不死になれるか確かめることにした─────病弱の余り、存在すら隠蔽した己の忌み子を使い、効果を試した」
その時の言葉だけ、重い怨嗟を感じた。ハイルダインはこの場にいない誰かへの憎悪を煮え滾らせながら、低い声で言葉を紡いでいく。
「一年の間、忌み子は地かに幽閉されながら、地獄のような苦しみを味わい続けた。肉体を内側から蝕まれる激痛、常に響き渡る龍の憎悪と怨嗟の声。孤独と絶望の中で忌み子はただひたすらに耐え続けた─────そして一年後、王国は滅びた」
────焔に包まれた王国。燃え盛る城。死体すら焼き尽くされた地獄の中で、一人の少年が這い出た。劫火に全身を焼かれ、皮膚という皮膚が爛れ、喉を含めた体内が焦がし尽くされていた。普通ならば、彼は死んでいた。しかし、その少年は燃え盛る地獄の中で───ゆっくりと息を吹き返した。
「龍の生命を弄び、不老不死という禁忌に手を染めた王国は『黒龍』によって焼き尽くされた。が、忌み子は生き残った。等しく灰塵と化した地獄の中で彼だけが生き残れた─────不老不死になったのだ。本来ならば不可能だったにも関わらず」
王が忌み子を使った不老不死の実験は成功した。王国が滅びたその瞬間、彼は一年の歳月を経て────悠久を生きる龍達の血を以て、不死の生命を得た。
災厄に滅ぼされた王は憐れだろう。なんせ自分が忌み嫌い、存在すら抹消した子供が、自分の追い求めた不老不死に至ったのだから。しかし、忌み子にとって、それは呪いに等しかった。
「だが、生き残った忌み子は呪いを受けた。『黒龍』の放つ劫火を直接浴びても死ぬことはなかったが────劫火は消えることなく、その体内に巣食った。死ぬことはなくとも、永劫にその身を焼かれつづける─────人の身で不老不死になった罪だった。その忌み子は、不老不死すら望んでいなかった。ただ人並みに生きたかっただけなのに」
それが、黒龍が人に与えた罰。
多くの龍を虐殺し、その生命を啜ろうとした愚か者達への裁き。しかし、黒龍は知らなかった。不老不死を企んだ者は死んだが、無理矢理不老不死にされた者がいたことを。
謂れのない罪────その罰を与えられ、絶望と苦痛の中で、黒龍への恐怖から逃げ出した少年がいたことを。ただ幸せになりたかっただけの少年は恐怖から逃げ続け、遂には異世界へと渡ったことを。
「俺の本来の名は、ハイル・D・シュレイド。数百年も昔に『黒龍』に滅ぼされたシュレイド王国の忌み子にして─────不老不死になった、王国最後の末裔だ」
そして、花の都 ファーリス 最後の守護者。二つの亡国を生き延びた男、ハイルダインはタスク達を見下ろしていた。神聖なる平和な地に踏み入った外敵への、冷徹なまでの敵意を宿して。
「シュレイド王国の、生き残り────!?大昔に滅びたはずの王族が、不老不死になった今まで生きてたというのか!?」
「シュレイド王国って………タスクが前に話してたあの?じゃあコイツもタスクや父さんと同じ、異世界の人間なの!?それも大昔の!?」
驚きを隠せないテュカ。百数年は生きているエルフの彼女からしても、ロゥリィと同じくらい昔の人間は見たことないだろう。亜神ならば兎も角、分類的な人間は。
「………なるほどねぇ。それが貴方の不死の根源なワケぇ?」
「────言っておくが、俺を殺せるとでも思わないことだ。不老不死は完全、たとえどんな手段であろうとも俺を殺すことは出来ない」
「断言できるのぉ? バラバラにして切り刻めば死ぬヤツもいるわぁ。 亜神だってその一つよぉ」
「─────既に何万も実証している。半分は、自殺だがな」
それが物語る事実は、ハイルダインが死を望んでいたこと。不老不死という事実に、己を蝕む呪いに苦しみ、何度も命を絶とうとしたのだろう─────そして、失敗した。あらゆる死を試しても死ななかった。だからこそ不死身、不老不死なのだ。
達観したように笑うハイルダインに、ロゥリィは悲哀に満ちた眼差しを向ける。亜神のように陞神することも出来ず、ある意味で呪われた運命を永劫に続けることになる。そんな彼に一抹の憐憫を向けながらも、ロゥリィは静かに問い掛けた。
「ハイルダイン、貴方の目的は何?」
「─────我が父の死は必然、自業自得だ。 だが、テレジアはどうだ? 彼女に罪など無かった、幸せになることも許されず、他者の為に犠牲になることを選ばされた」
あの崩壊する花の都の惨状を、ハイルダインは過去に見届けた。自由と平和に生きた第二の故郷は、理不尽と不条理によって滅び去った。
王国と違い、彼等に滅ぼされて妥当と呼べる理由はなかった。自分達はあの生命力を封印しながら、テレジアを助けたかっただけなのに。
帰る場所を再び失い、ハイルは失意のままに世界を旅した。テレジアの死は、仲間たちの死は、花の都の崩壊は、不老不死と劫火の呪いに耐えていたハイルの心に致命的な傷を遺した。
「永劫の刻を歩み、俺は人という生物の愚かさを知った。────ある村が焼かれ、男を殺され、女は犯されていた。その中には、まだ幼い子供もいた。村を襲った国の兵士は、『王に逆らった罰』だと宣っていた。だから、彼等の資産を奪い、陵辱するのか? …………可笑しいだろう?」
「………」
「奴等は楽しそうだった。あの時の顔は、幸せに満ちていた。─────他人の幸せを奪い、奴等は幸せを謳歌していた。それがヒトの本質だと、俺は理解した」
その兵士たちは既に殺した。不老不死でありながら、戦い馴れていたハイルに勝てるわけもなく、アッサリと仕留められた。
殺された彼等を火葬する中、苦悶に満ちた表情のまま生き絶えた少女の遺骸を抱き抱えたハイル。まだ幼い子供が全てを奪われ尽くした事実に、ハイルはふと考えた。
────何故彼等は、こんな目に合わなければならないのか。
「偉くなりたい、強くなりたい、欲望を満たしたい、大金持ちになりたい、不老不死になりたい、神様になりたい─────誰もが持ち得る幸せの願望だ。それを叶える為に、誰かの幸せを奪うこともある。偉くなるために他者を利用し、暗殺し、成り上がる。強くなるために相手を殺し、相手から全てを奪う。不死身になるために他の生命を使い、神になるために邪魔なものを殺す─────ヒトは更に幸福になる為に、他者から奪わなければならない。その幸せを奪う必要がなくても、ヒトは奪うだろう! 何故なら自分が幸せに成りたいから! ただそれだけの為に、ヒトは他者を傷付け、悲しみを生み出す!」
あの兵士達も、小さな幸せの為にこの村を焼いたのだろう。資産を手に入れたい、性欲を満たしたい、力を誇示したい。それだけの為に、戦う力の持たない村の人々は奪われ、一方的に殺された。
数百年の歳月の中で、彼は多くの悲劇を目の当たりにした。理不尽に殺される者、理不尽に他者を害する者、己の利益のために無関係な他者を傷付ける身勝手な争いを、何万も経験した。
テレジアに救われ、彼女のようになりたいと願ったハイルの心は磨耗していった。永劫の時を生き続ける肉体を有しても、魂の消耗は避けられなかった。
人を信ずる心は失望へ、人への期待は落胆へ。次第にハイルは、人を信用しなくなった。人という生き物の本質に、彼等への優しさを、忘れることにした。
「────だから、俺も己の為に生きることにした。この忌まわしい不老不死の肉体と、黒龍より与えられた劫火。この二つが消えるまで、俺が幸せになることはない! 人として生き、人として死ぬ!それが俺の理想だ! その為であれば、俺は何万の生命を犠牲にしても構わない! ヒトは誰しも無限の可能性を持つ────ならば俺にもあるはずだ!大勢の人間の命を利用してでも、幸せを勝ち取る権利が!!」
そして、彼はハイルダインへと成った。恐ろしい程の達観と、数百年を生き続けた冷淡さ、生命に対する見方も、全てテレジアが愛した世界を生きるヒトへの、彼女の願った平和と愛を忘れた愚かな生き物への諦感に他ならない。
人間も自分の都合の為に他人を害するのだ。それならば、自分も好きにしていい。幸せを勝ち取るためなら、誰を殺しても構わないと。
「それが『
「…………違うな。これはあくまでも俺個人の目標であり、計画とは無関係、ただの私事だ。俺の目的、それはもう一つある────」
大剣を構え、叫ぶタスク。その弾劾の声に、ハイルダインは冷酷なままに背を向けた。彼は荘厳な広間、かつては王宮だった階段を登っていく。
「テレジアを滅ぼした厄災─────無限の命を内包した龍 グラン・ジーヴァ。アレは一端に過ぎない。奴等は他の世界に干渉し、滅ぼし、支配している……………いずれはこの世界も時間の問題だろう。奴等は無差別に生命を蹂躙し、全てを冒涜する」
静かな歩みと共にハイルダインの声音が気迫を増す。憎悪にも似た純粋な怒りという激情に身を任せる。肉体を焦がし続ける贖罪の劫火の熱すらも忘れる程の熱さを。
「『
吐き捨てるように、ハイルダインは壁画に触れる。神聖な一室と思われた壁が、否、壁紙が剥がれる。そこに映るのは、巨大な影。
無数の竜、龍を描いた壁画。ハイルダインはそれを忌々しげに見放し、身構えていたタスク達へと宣言した。己の計画、この世界で暗躍する真の目的を─────
「────竜を、龍どもを滅ぼす。来るべき戦争、人類の敵である奴等との衝突のため、この世界を含めた他多数の世界も巻き込む絶滅戦争の為─────テレジアの、あの人が愛した世界を護り通す為」
ハイルダインはそれだけしか言わなかった。無論、タスクや伊丹達にとっては理解できない情報の量だった。龍を滅ぼす、ハイルダインが何故一種族を滅ぼそうと躍起になっているのか。その口ぶりだと、いずれ人と龍の戦争が────龍大戦以上の殺戮が起こることを示唆しているように見える。
「だが、安心しろ。俺はこの世界が憎いわけではないし、人間全てを見下してはいない。お前達が邪魔さえしなければ手出しはしない…………むしろお前達に力を貸すことを約束しよう」
「…………そういうわけにも、いかないわぁ。アンタを放っておいたら、それこそテレジアに顔向け出来ないわよぉ」
「────あくまでも俺の邪魔をするか、良いだろう」
短く呟き、ハイルダインは何処からか外套を取り出す。黒衣のローブに身を包んだその中から、彼は弓矢を抜き放つ。二つの刃を繋ぎ合わせたような弓に、矢をつがえるハイルダイン。
「お前達を邪魔者として、この聖域に踏み込んだ無法者として滅ぼそう─────教えてやる、ハイルダインの研鑽を。九百年、俺が地獄を生き延びてきたのが不死身の肉体以上の強さがあったから、とな」
直後、引き絞った弓から一撃の矢が放たれる。それは周囲の風を巻き込むほどの旋風を引き起こし、破壊と裂傷の渦の中で、タスク達へと襲い掛かった。
ハイル・D・シュレイド
太古の昔、タスク達の世界で栄華を極めていたシュレイド王国の王族。当時の王、ルシェド・A・シュレイドの四人目の息子にして、妾の子。病弱で外には出られない状態だった為、ルシェドからは忌み子として忌み嫌われ、王国の地下に軟禁される。
その後、ルシェドに不老不死の実験として蠱毒によって集めた龍の血を飲まされ、地獄のような生活の中でついに不老不死となる。しかし同時に起きた『災厄』によって王国は滅び、生き残ったハイルは『災厄の影』に怯え、運良く繋がった別世界へと逃げ出した。
ハイルダインの過去編、というかオリジン。ロゥリィと同じ不死身であり同じく九百年を過ごした友達。ロゥリィとの違いは人の醜さばかりを見て、それに耐えられなかった、逆に吹っ切れてしまったこと。
自分の為に他人を踏みにじるのが人間の本質なら、俺も自分の幸せ(人として死ぬ)を得るためにお前らを犠牲にしても良いよなぁ! という思考に陥った。長い時を生きるヤツは心が強くないと大体極端な思想を抱いたり、闇堕ちしたりするんだよなぁ。
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