────ハイルダインの放った一射。彼と同じサイズの弓を引き絞って放たれた矢は人間から放たれたとは思えない威力と速度で、伊丹達へと迫る。
それを防いだのはタスク。前へと飛び出した彼が大剣を握り、矢を吹き飛ばそうとする。だが、振るった刃が矢尻と接触した直後、それによって生じたダメージがタスク・アイアスの肉体に伝わった。
「────ッ!!?」
信じられない威力。マトモに受ければ戦車の装甲すらぶち抜く程の破壊力。ハンターとして鍛え上げてきた肉体に響くダメージに、彼は驚愕を露にする。未だ震える手を無理矢理握り、タスクは伊丹達へと叫んだ。
「奴の矢をマトモに受けるな!一撃で身体が抉られるぞ!」
「………ふんッ、一撃でダウンさせたかったがな。まぁいい、次がある」
その場からどうやって離れたか、天井に片手で張り付いたハイルダインが淡々と見下ろす。タスクがヘビィボウガンの銃口を向け、引き金を引いた時には、彼は凄まじい速度で反対側の壁に張り付いた。
大弓を背中に差し込み、片手で壁に張り付いたハイルダインがタスクのヘビィボウガンの連射を鬱陶しく感じたらしく、舌打ちを溢しながら、身体を覆う程の黒衣を大きく広げる。黒衣にハイルダインの身体が隠れたかと思えば、黒衣の隙間から───────銃弾を超える速度のナニかがタスクの首を狙う。
一瞬早く、大剣でそれを受け止めた。しかしハイルダインの放ったソレは大剣に引っ掛かったらしく、そのまま無理矢理タスクの手から大剣を引き剥がした。愛剣を奪われた直後、彼はハイルダインの放ったそれが、太い鉄線の先に鉤爪を有した、ワイヤークローだと理解する。
「爪!?」
「気を付けろ、タスク!また来るぞ!」
不意打ちに気付いた伊丹の声も間に合わず、ハイルダインは外套の中から新たなクローを射出するワイヤーに繋がれた鉤爪は彼の脇腹に突き刺さり、爪を立てた。
「────ッ!」
皮膚を貫く爪に顔を歪め、苦痛を敏感に感じ取るタスク。しかしすぐさまワイヤーへと手を伸ばす。遠距離からの攻撃に不意を突かれたが、そのままワイヤーを引けば、ハイルダインごと引き寄せることが出来る。
そう思って伸ばした手は、ワイヤーを掴み損ねる。クローから分離したワイヤーはまるで吸い込まれるようにハイルダインの外套の中へと消える。残されたクローがタスクの脇腹に残されただけだが─────
違和感に気付いた直後には、タスクの脇腹でクローが暴発した。
「がッ───!」
至近距離からの爆発。使い捨てのクローの破裂とは言えど、その爆発はタル爆弾に匹敵する威力。強固な肉体でありながらも、そのダメージは少なくない。だが、無視できる程ではない。
「タスク!………クソッ!」
柱に飛び込んだ伊丹が叫び、ハイルダインへと銃口を向け撃ち始める。飛び退いたハイルダインを的確に狙った銃弾は、彼の掌から生じた半透明のバリアによって全て弾かれる。
歩みを止めたハイルダインの意識が伊丹を捉える。瞬時にレレイの魔法による追撃を弓矢で撃墜しながら、自身の身体を覆うローブを払う。
次の瞬間、空中に浮かんだ布切れの合間から三つのワイヤークローが射出される。それは自我を持ったように蠢き、伊丹へと突貫していく。
「───いいっ!?」
アサルトライフルを抱えながら、伊丹は物影から飛び出す。一つのワイヤークローが柱を貫通し、他二つのクローが慌てて離れる伊丹の背を追う。
足を踏み外し、横転する伊丹。二つのクローがそんな無防備な背中に爪を突き立てようとした直後、一瞬でアサルトライフルを構えた伊丹が二つのクローに射撃の雨を浴びせる。
撃墜されたクローを分離させ、ワイヤーを引き戻したハイルダイン。顔色を変えることなく、背中の矢筒から槍のような矢をつがえると、容赦なく引き抜こうとする。
だが、即座に不意討ちを理解したハイルダインが、サーベルを振り下ろしたヤオの一撃を回避する。
「………チッ」
「───当たりだな!貴様の攻撃はあくまでも遠距離に特化したもの! その強力な矢も、接近戦では当てられまいっ!」
「────そう思うか?」
そのまま距離を縮めようと近付くヤオに、ハイルダインはローブの中から複数の球体を放り投げる。小型の鉄製のボールは何らかの光を発していたが、ヤオは即座に切り捨てる。
しかし、彼女が切り損ねたボールが光を強めると、一気に破裂して中身を─────分厚いワイヤーを放出する。同じく噴き出した煙に気を取られたヤオはそれに気付くも間に合わず、全身をワイヤーに縛り上げられた。
「ッ!何だこれは!?身体が────」
「金属製のワイヤーだ。ロゥリィやタスク・アイアスでもなければ引き千切れないだろう…………さて」
身体を締め上げる鉄縄に狼狽えながらも抵抗するヤオ。動けなくなった彼女の付近に立ち、ハイルダインは弓矢による射撃を繰り返す。別の柱に移動した伊丹は、銃口をハイルダインに向けれずにいた。
ハイルダインの狙いは明確だった。仲間を人質にした遠距離攻撃の無力化。あそこまで近付かれてしまえば、迂闊な攻撃は出来ない。レレイやテュカの魔法も、伊丹やタスクの射撃も牽制されてしまう。
敵の仲間を近くに置いて戦闘をする、相手への遠距離攻撃の手段を潰す良い方法である。ハイルダインは数百年の研鑽の中で───数千回も同じやり方を見てきた。だからこそ、その手段の有効さも、対処法も想像に容易い。
─────接近戦。それを理解した上で、ハイルダインは躊躇なく周囲に矢の爆撃を繰り返す。地面を抉り飛ばす一撃を全方位に撒き散らし、距離を詰めることすら許さない。
遠近に対応した、ハイルダインの戦術。ハンタークラスの超人でなければ不可能な技量と実力による弾幕。数秒の絶え間なく降り注ぐ魔力により分裂した矢の雨を打ち破ったのは────矢の雨を掻い潜った複数の魔法であった。
「─────!」
詠唱を刻み、近くから拾った剣を魔法で飛ばすレレイ。ハイルダインは引き絞った矢で複数の剣を撃ち落とそうとする。
だが、レレイの魔法を受けた剣は凄まじい加速を起こし、ハイルダインの放った矢の弾幕を掻い潜っていく。急激に速度を高めた魔法に僅かに驚いたハイルダイン。しかしそれだけで、彼は狼狽えない。
拳を握り、振り回す。それだけで紙細工のように飛ばされた剣は粉々に砕け散った。その背後から迫る剣を片手で受け止め、ハイルダインは付与されていた魔法のことを把握し、考察した。
「同時に二つの魔法を乗せ、一つで速度を上昇させて打ち込む魔法か。中々良いが…………ダメだな」
手に掴んだ剣を握力で砕きながら、ハイルダインは魔法を使用していたレレイを見据える。すぐさま興味を失ったように目を離したが─────ある既視感から、思わず見返した。
彼女を見つめるハイルダインに心当たりでもあったのか、淡々とした声音で問い掛ける。
「────小娘、名は」
「………レレイ・ラ・レレーナ」
「? 母親の姓か。父親の姓は、いや………知らないのか。子供を作ったとは聞いたが、まさかここで出会えるとはな」
あくまで自分のペースで呟くハイルダイン。その言葉からして、彼はレレイの父親にでも心当たりがあるのか、妙に感心した様子だった。
「小娘。貴様に見せてやろう、神代の魔法の一端をな」
膨大な魔力を集中させたハイルダインは指先から黒い液体を垂らす。指先から滴るはずの黒い水滴は空中で静止し、球体と変化する。
それも十本の指全てに。十個の球体を浮遊させた球体を掌の中で転がしながら、ハイルダインはレレイに向けて放った。
「────『
ドドドッ!! と撃ち出された十発の魔弾。すぐに撃墜しようとするレレイであったが、どれだけ魔法を撃とうとその魔弾を撃ち落とすことが出来ない。目の前で、透過して避けられてしまうのだ。
何とか対策しようとするレレイだが、ハイルダインは容赦なく先手を打つ。掌を握ると共に、魔弾がその場から消滅─────いや、レレイの周囲へと移動していた。
即座に詠唱しようとした彼女を、魔弾の爆裂が包み込む。至近距離から魔法を受けたレレイの名を叫んだ伊丹だったが、ふとテュカが吹き飛ばされたであろうレレイを受け止めていたのを見た。
無論、魔法を受けたわけではない。誰かが彼女を突き飛ばしたのだ。────その相手は、爆煙の中から姿を見せた。
ロゥリィ・マーキュリー。ハイルダインの魔法の傷も治った彼女はいつもとは違う真剣そのものであった。ハルバードに力を込める彼女の姿を視認したハイルダインが、咄嗟に足元にいるヤオを踏みつけて人質にしようとする。
だが、踏み込んだ足がからぶった。驚きながら周りを見るとレレイに意識を向けた隙にヤオは少し離れた場所に這って向かっていた。
この距離からでも連れ戻そうかという考えもすぐに消える。直後に動いたタスクが、縛り上げられたヤオを抱え離脱した。はぁ、と困ったように溜め息を漏らしたハイルダインは──────躊躇いもなく矢を引き放った。
しかし、ロゥリィはそれを予見していたらしく、迎撃する。戦斧に弾かれた破壊の一撃は柱や壁を削り取った。そのまま駆け出したロゥリィはハルバードを大きく振り上げ、弓を構えたハイルダインを叩き斬った。
「────ご、ぉッ!」
胴体に一閃を浴び、弓を真っ二つに両断されたハイルダイン。口から血を吐いたその男は、すぐさまニヤリと笑う。ダンッ! とロゥリィの足を踏むや否や、彼女に向けて二つに分かれた弓────二つの刃を振るう。
双剣による上段斬りをハルバードで受け止めるロゥリィ。二人の得物の合間に凄まじい量の火花が舞う。死神の名を冠するロゥリィとハイルダインの力は拮抗していた…………ように見える。
「懐かしいな、こうして切り合うのは─────あの時以来だな。負けてばかりの俺だったが、今は違う!」
ギィン!! と二人が弾かれ合う。吹き飛ばされたハイルダインは双剣の一つを投擲し、ブーメランのように飛ばす。ハルバードで弾き飛ばしたロゥリィだが、そのハルバードが勢いよく引かれる。斧の刃部にワイヤーが絡まっていた。双剣の一振から伸びた、鋼鉄製のワイヤーが。
一瞬の動きを止められたロゥリィに、ハイルダインが追撃を繰り出す。双剣の片割れを以て彼女に斬りかかっていく。
「数百年幽閉されていたお前とは違い!俺は世界は生きてきた! 飽きる程時間はあった!テレジアの望みを、平和な世界を守るために、俺はありとあらゆる力を身に付けてきた!─────お前が!俺を殺し、テレジアを、ファーリスを滅ぼした後にもなぁ!!」
ロゥリィに一撃を浴びせるハイルダイン。彼女がハルバードを縛るワイヤーを引きちぎり、そのまま叩きつけようとした瞬間────投げ飛ばした彼の双剣が戻ってきて、彼女の背中に斬撃を浴びせた。
その際力が緩んだロゥリィの腹を蹴り飛ばす。壁に叩きつけられ、地面に転がった彼女の手足を踏み、ハイルダインは拾い上げた双剣の刃を向ける。
「俺の目的は変わらない!テレジアの願いを、この世界を守護することにある!だからこそ、我等人類の敵である龍を、滅ぼさねばならないのだ!その為に俺は、
「…………ハイルっ!」
「────邪魔をするのなら、誰であっても潰す。たとえお前であろうとも。………それとだ。ハイルは死んだよ。あまっちょろい理想を求めてばかりで、大切な人や仲間を護れない─────あの弱者は」
心底軽蔑したように、過去の己の在り方を吐き捨てるハイルダイン。かつて無力さに絶望したはずの男が、力に固執するようになったのも、他者を踏みにじることも厭わなくなったのも、全て過去に起因している。
過去に縛られ続けていること嫌う男は、今も過去に縛られている。彼が過去から解放されることは、永劫にない。死という、彼にとって絶対に来ない終わりが訪れるまで。
ロゥリィは見た。冷たい顔で此方を見下ろし、短剣の刃を振り下ろそうとするハイルダインの姿を。
─────その背後から、大剣で背中から突き刺してきたタスクの姿も。
「ぐ、はっ─────貴、様ッ」
「今だ!ロゥリィ!」
背中から攻撃を受けながらも、反撃の構えに移るハイルダインを止めながら、タスクが叫ぶ。その声に従うように、ハイルダインの足を払い除けたロゥリィはハルバードを勢いよく振り上げた。
────ロゥリィ!
笑顔で笑いかける、かつての友の姿を思い浮かべながら、ロゥリィはハイルダインの首を斬り落とした。今度こそ、確実に。
ドサッ、と二つの塊が崩れ落ちる。吹き荒れる深紅の血飛沫が、彼の死を物語る。身動きせず、分離した頭と身体が静寂に包まれたことで、空間にも静寂が伝わった。
「…………終わった、のか?」
ヤオの発言に、伊丹は思うところはあった。この状況でそんな発言をするとフラグになる────そう思いながらも、伊丹も心の片隅で頼むからこれで終われと願った。
しかし、彼等の予想を超える最悪が、現実だった。
─────ゾゾゾゾ!! と、周囲に舞った血が真っ黒に変色する。地面に落ちたはずの血液が、まるで形をもった生き物のように集合し始め、ハイルダインの頭部のない身体を動かした。
空中を巡る黒血の奔流が、触手のようにハイルダインの頭部を補足すると切断面へと接触し───振り回しながらも、首へと繋ぎ合わせる。傷口は綺麗に塞がり、ハイルダインは静かに目を開き、余裕そうに首を回し始めた。
「…………まさか本当に斬るとはな。友達と思っていたから、殺さないでおこうとしたのに────まさか友達だと思ってたのは俺だけか? ほんの少しだけガッカリだ」
「───何だ、今のは」
「これが、不死身の正体だ。不老不死なんて言うが、実際は
嫌なものだろ? とハイルダインは困ったように呟く。傷の合った首元を撫でていた彼は伊丹達を睥睨し、諦めたように肩の力を抜いた。
そして、一言。
「────止めだ」
「何?」
「これ以上やり合う気はない。無駄に時間を浪費するわけにはいかないからな。大人しく手を退かせて貰おう」
「…………ふざけるなよ」
これに異を唱えたのはタスク。彼は怒りを抑え込みながら、冷静にハイルダインにヘビィボウガンの銃口を向けていた。
今回の騒動の黒幕。目の前にいるこの男を、見逃す訳にはいかない。彼が、あの機竜に関係していることは目に見えている。その元凶の一人をただで帰すなど、絶対にあってはならない。
今にでも戦闘を再開しようする勢いのタスク。そんな彼の戦意を削ぎ落とすような言葉を、ハイルダインは告げた。
彼にとって、ある種の後悔に繋がる記憶を示す単語を。
「────
────お師匠様っ!
「…………タスク殿?」
その言葉を聞いた瞬間、タスクの様子が可笑しいことに気付いた。呆気に取られたように唖然とした彼が真実を理解したらしく、引き締まった表情を一気に崩す。全身から尋常ではない汗を噴き出し、大剣を握る手が大きく震えている。
しかし次の瞬間、一気に怒りを暴発させたタスクが、凄まじい剣幕で叫んだ。
「────何故お前が!その名を知っている!!」
「知っているも何も、俺はギルドの人間だったからな…………ああ、そうだった。この話は表沙汰にされなかったんだな。それに関しては、心から同情するよ」
「惚けるな!何が言いたい!」
「───お前の知らないことを、教えてやると言っている。この場を見逃せば、次に出会った時に一つだけ話してやるが、どうだ?」
半ば躊躇していたタスクだったが、すぐに武器を下ろすことになった。いつも以上に取り乱したタスクに困惑する伊丹達の横を通り過ぎるハイルダイン。手出しも出来ない彼等の前でハイルダインはふと、ロゥリィの真横で足を止めた。
「ロゥリィ」
「………なぁに?」
「彼女の墓標に、土足で踏み込んだ害獣がいる。訳合って奴は仕留められなかった─────気を付けろ」
それだけ告げると、彼は外套に身を包んだかと思えば一瞬で姿を消した。ハイルダインが消えた後、ロゥリィは足元の地面を、険しい顔つきで見つめるのだった。
Q.ハイルダインが突然戦いを止めた理由。
A.そもそも戦い自体が様子見みたいなものだし、実力をある程度図れたから。