GATE 狩人 彼の地へと、 導かれし   作:虚無の魔術師

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顔のない暗殺者

「………………はぁ」

 

 

ハイルダインの管理する一室で、テューレはベッドの上に寝転がっていた。暇だ、大変暇なのだ。自身を奴隷として扱う仮初めの主 ゾルザルは今も暗躍────テューレやハイルダインからすれば、鼻で笑うようなものだが───の真っ最中であり、今は皇宮から離れている。

 

自身の恋人であり共犯者のハイルダインも、同じく外出中だ。何か野暮用があるらしい。過去の話は知らないが、彼の身体に宿る呪いのことだろうか、とテューレは考えていた。

 

用がある二人がいない為、テューレもやることがない。奴隷として過ごす訳でもなく、フカフカのベッドに背を預け、天井を見上げる。

 

 

「─────これはこれは、テューレ様ではありませんか」

 

 

低く厳つい声。声の主は部屋の中に入ってきた皇宮の兵士だった。ここはハイルダインが皇帝から与えられた領地であり、普通の兵士は立ち入りすら禁止されている。

 

────あくまでも普通の兵士は、だが。

 

 

「…………貴方ね、何の用?」

 

「何の用もございません。我々も暇でしてね、こうしてウロウロするしかやることもねーんですよ。そしたらテューレ様が居たので、暇だから折角声を掛けたんですよー」

 

「あっそう。私も暇なのよね…………」

 

 

変な喋り方をする兵士に、平然と対応するテューレ。まるで知っている人間と話しているような距離感の彼女だったが、兵士の顔を見た途端に怪訝そうになった。

 

 

「………何それ、また新しい『顔』?」

 

「────えぇ、まぁ。皇帝から送られた密告みたいで、丁度欲しかった『顔』なんで、手に入れたんですよ」

 

「別にいいけど…………いい加減元に戻ったら? 兵士の顔したヤツがいると、落ち着かないから」

 

「おっと失礼─────では、この『顔』は止めよっかー」

 

 

途端、兵士の全身が水に包まれる。覆われていたのか、大量の水が兵士の身体から解離していき、空中に停滞する。そこにいるのは兵士ではなく、一人の少年。コク、と能面のような顔を持ち上げた少年は近くの鏡を見ながら、自身の顔を確認し始める。

 

口角を整え、目尻を下げ、笑顔の表徐を整えた途端、少年はそれそれは楽しそうな声音で「うん!これで良し!」と満足そうに、振り返った。

 

 

「しかし、残念だなー。あの『顔』は密偵のヤツだし、もう使いないねー。残念、無念─────まだストックは山程あるし、大丈夫かー」

 

「………相変わらず不思議な能力ね、タウロー。それも『竜人(ドラグノート)』の能力ってヤツかしら?」

 

「えへへ、厳密にはボクの能力なんですケド! この能力を与えてくれたハイルダイン様には感謝感激、雨あられってネ! お陰でボクはボクに成れた訳だし!」

 

 

ニコニコと笑う少年 タウロー。ハイルダインの配下である『竜人(ドラグノート)』の一人であり、テューレもよく話すことのある人物である。いつも元気そうな少年であるが、彼は自身の能力で他人に擬態出来るらしい。ハイルダイン曰く、計画に必要な竜人の一人として重宝されている貴重な人材だ。

 

ただ、少なからずの狂気を宿しているのだが。帝国への復讐に生きるテューレはその性質を理解していたが、敢えて触れないことにした。自分自身、触れて欲しくない部分があるからこそ。

 

 

「あッ!そうだ、テューレ様に頼みたいことがあるんだった!」

 

「…………頼みたいこと?」

 

「最近暇だから、何かド派手なことしたいんだよねー────テューレ様は、何か面白いこと思い付かないすか? ハイルダイン様の役に立つ上で、盛り上がるような話!」

 

 

盛り上がるようなこと。つまり、タウローは何か暗殺をしたいのだろうか。そこで知恵のあるテューレを訪ねてきたらしい。帝国の重鎮だかを暗殺させようかと考えたテューレは近くの机の上に並べてあった書類に目を向け────、

 

 

ふと、ある書類を見て、ニヤリと笑った。悪意に満ちた笑み。これならば、少し面白くなるかもしれない。何より、帝国への破滅に近付くかもしれない。

 

そう理解したテューレは即座に思い浮かんだ一つの計画を、タウローへと語る。

 

 

「…………あるわよ、タウロー。ハイルダインの役に立つ、面白いことが」

 

「えー!ホント!?流石テューレ様!────で、どんなことをすればよろしいんデスー?」

 

「簡単な話よ。殺せばいいのよ、いつものように──────相手は、ニホン人のノリコ。前までゾルザルの奴隷だった女よ。今はジエイタイという連中が保護していると聞くわ」

 

 

書類に記された日本人 紀子の事を伝えるテューレ。正直、私情もあった。同族のために全てを捧げたにも関わらず、同族達から裏切り者扱いされる自分。なのに、紀子は同じ日本人に助けられ、安全を保障されている。何故自分が苦しんだのに、お前だけが救われるのか。

 

だから、殺してやろうという感情もあった。だがそれ以上に、帝国に自滅し欲しいという憎悪によるものが強かった。

 

 

「えー、でも普通に殺していいのー? ニホン人だし、殺すだけじゃ盛り上がらないでしょーよ?」

 

「ただ殺すんじゃないわ。ニホンと講和を結んでいるピニャの指示に見せかけるのよ。そうすれば、連中も怒り狂って、帝国への報復をするはず─────奴隷にされただけで、元老院を吹き飛ばしたんだから。今度はどれだけの被害を出すんでしょうね」

 

「へー、いいね!面白そう! 帝国とニホンの殺し合い!ハイルダイン様の苦労が和らぐ! そうと決まれば、色々と仕掛けてやろーっと!」

 

 

そう言い出すと、タウローは愉快に笑いながら飛び出していった。案外考え無しに見えるが、心配はいらない。タウローはああ見えて暗殺の下準備は順調な男だ。一度も足取りを掴ませたことのない真の暗殺者。その本質を知るテューレは既に気に掛けてすらいなかった。

 

 

「…………もうすぐね。帝国も崩壊し、ゾルザルも絶望する事でしょう。ヤツを絶望の淵に落としてから、盛大に殺してやるわ」

 

クスクス、とテューレは笑みを押し殺す。何年も望み続けた光景を思い浮かべ、もうすぐそれが成就することへの喜びに、胸を弾ませながら。

 

 

◇◆◇

 

 

数日後、アルヌス協同生活組合の部屋。従業員、主任になったことで与えられた個室の主であるデリラは先程まで覚えていた喜びも、一瞬で消え去った。

 

 

「…………何で今更、こんな指令が」

 

 

フォルマル家から送られてきた正式な密書。

内容は、自衛隊が保護した日本人の女性 ノリコと呼ばれる人物を暗殺せよ、というもの。日本と今まで平和にやってきて、仲良くなったというのに、何故このような事をしなければならないのか。

 

やったとして、この事が知られたらどうなるか目に見えている。混乱しながらもデリラは、その事実を否定することしか出来ない。

 

 

「ミュイ様が、フォルマ伯爵家が、こんなことするはずない…………」

 

 

誰かに相談するべきか。伊丹やタスク、彼等なら誤解だと信じて、きっと理由を探してくれるかもしれない。だが、彼等は今アルヌスにはいない。遠方に出ているため、彼等に相談することも出来ない。

 

 

────フォルマル家から送り込まれた密偵であるデリラは、ヴォーリアバニーである自分を拾ってくれたフォルマル家に逆らうことは有り得ない。彼女には、選択肢など最初から無かったのだ。

 

 

そうして、暗殺を決意するのも時間の問題であった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………どうすればいいんだろ、私」

 

 

夜中、医療施設の外で、紀子は煙草を吸って黄昏ていた。無気力そのもの、といった雰囲気に身を包み、彼女は夜空を見上げる。

 

自分が奴隷にされてから、家族は殺され、自宅は失い、挙げ句の果てに────最愛の恋人は化物に改造された果てに殺され、その死体すら行方不明らしい。誰かが持ち出したと疑われているが、時間が過ぎていく度に、紀子の心には喰らい影が募っていき、何時しか諦念に染まっていた。

 

アレだけ泣いていたのに、全く悲しくない。衝撃的な事実に疲弊した心が壊れたのだろうか。

 

だが、死にたいとだけは思わなかった。まだ一つだけ、希望はある。生きることに意味を持てない彼女が唯一、生きようと思うだけの理由。

 

 

「…………まだ生きてるよね、冷花」

 

 

銀座事件の直前、帝国軍に共に拉致された際に一緒にいた親友。彼女とは別れる羽目になったが、まだ死んだという報告はない。自衛隊の皆が探しているから、もしかしたら生きて再会できるかもしれない。そんな小さな期待が、彼女に生きる希望を持たせていた。

 

 

「────紀子さん、ここに居たんですね」

 

「ああ、貴方は………?」

 

 

ふと、施設から出てきた自衛官が姿を現す。此方に駆け寄ってくる自衛官の姿に、彼女は思わず眼が釘つけになった。その自衛官には見覚えがあった────けれど、可笑しかった。

 

 

(あれ? あの人、今日巡回の日じゃなかった気が………)

 

 

いつも夜中の見回りをする自衛官は事前に決まっている。紀子も今現れた自衛官は知っているが、今日は見回りの日ではなかったはずだ。

 

もしかしたら、知らない間に他の人と代わっていたのかもと考える紀子。彼女はその自衛官へと声をかける。

 

 

「ああ、すみません。………少し、外の空気を吸いたくて」

 

「お気持ちは分かりますが…………分かりました。気が済むまでお待ちいたします」

 

「………ありがとうございます」

 

 

優しい笑顔で離れようとする自衛官に頭を下げ、最後の煙草を吸おうとする紀子。ふと思い出し、彼女は胸に掛けたネックレスに触れる。

 

 

「…………せめて、冷花と一緒に帰るから。見守ってて、裕樹(ひろき)

 

 

意識を失おうとも、最期の最期まで自分の事を案じてくれた恋人。今は死んでしまった彼の胸に、そう誓う紀子。片手に持っていた煙草の火を消そうとした、その時。

 

 

「─────え?」

 

 

と、声を漏らした自衛官。唖然としたように紀子を、彼女が触れていたネックレスに、眼を丸くして固まっていた。あの、と声をかけようとする紀子に、自衛官が言葉を漏らす。

 

 

「なんで、持ってるの?」

 

「…………え?」

 

「それって、ノワールのと一緒のヤツじゃ────アイツは死んだって…………え? 同じヤツ? どういうこと? 」

 

 

困惑する自衛官の前で、紀子はふと気付いた。恋人の裕樹は別の名前、ノワールという名前で呼ばれていたらしい。彼は改造された後、自身と同じ『竜人(ドラグノート)』という存在の一員として活動していたと。

 

では、ノワールの名前を知り、彼がネックレスを持っていることを知っているような口振りのこの男は─────同じ『竜人』なのかもしれない。

 

 

「貴方も、『竜人(ドラグノート)』なの………?」

 

「─────いやいや、聞いてないんだケド」

 

 

困ったように、自衛官が口を開く。先程までの優しい声ではなく、おちゃらけたような─────無機質な声。感情を感じさせない、機械のような冷たい言葉。しかしその自衛官は笑顔を浮かべながら、腕を持ち上げる。

 

 

「まぁ、いいや。早速だけど、アンタには死んで貰うよ。恨みはないし、一撃で楽に死なせてあげるから、ネ?」

 

「楽に死ねる、かぁ………じゃあせめて、痛くしないで欲しいなぁ」

 

「うーん、難しいケド、やってみるヨ! 」

 

 

そう笑いかけ、自衛官の男は腕を振り上げようとした────直後、背後から聞こえてきた地面を踏み抜く音に気付く。

 

 

瞬間、自衛官の男は飛び退いた。彼の居た場所に、黒い影が降り立つ。空打ったナイフの火花が散り、暗闇の中で襲撃者の顔が照らされる。

 

閃光の中で彼女────デリラが動く。刃を振るった彼女の斬撃が、自衛官の顔に直撃、その顔を切り裂いた。

 

 

声もなく、倒れる自衛官。フーッと一息ついたデリラは、後ろで唖然としている紀子に声をかける。

 

 

「………大丈夫かい。今、危なかったように見えたけど」

 

「あ、ありがとうございます………えっと」

 

「悪いけど、名前は言えないよ。訳ありなんでね」

 

 

戦化粧をし、ヴォーリバニーの戦士としての姿に整えたデリラは困ったように眼を反らす。咄嗟に飛び出して助けたとはいえ、本来彼女を暗殺しに来たのだ。お陰で暗殺しようにも、やる気が削がれてしまった。

 

何とか誤魔化して逃がすことは出来ないか、そう考え始めたその時、

 

 

 

 

「────いやー、やられたやられた。一撃必殺、無慈悲な一撃。食らっちゃったよ」

 

 

声が響く。倒れた自衛官からの声。ゆっくりと起き上がった自衛官の姿を見て、デリラは息を飲み、紀子は悲鳴を押し殺す。

 

大降りのナイフで顔面を抉られている。にも関わらず、男は平然と話している。その姿は異様どころか、おぞましさすら感じてくる程だ。

 

 

「速さヨシ、角度ヨシ───何より殺意は極上。容赦のない殺意と一撃だった。アンタ殺し慣れてるだろー? 道理で臭うんだよ、戦士特有の血の臭いがね」

 

「………只モンじゃないのは分かってたけど、まさかここまでとはね」

 

 

全身から感じる、凄まじい程濃い血の香り。およそデリラのように殺してきただけとは思えない。まるで血で血を洗う地獄そのものに浸かってきたような、血に飢えた怪物の如く鉄臭い雰囲気。

 

目の前に相対するソレを、人間だとは思っていない。炎龍に匹敵する化物だと、デリラは本能で理解した。

 

 

「───どうせだし、本来の姿を見せてあげるよ。特別にね」

 

そう言うと、自衛官の男の身体が溶けていく。厳密には、表面を覆っていた水が離れていく。ボゴボゴと足元に吸い込まれていく水が消えると、男の姿は少年のものへと変わっていく。

 

仮面のように冷たい顔つきの少年が顔を下げたと思えば、とびっきりの笑顔を向けて微笑む。しかしそれが張り付いたような笑いであることは、何故か認識できた。

 

少年はその身に纏った装束を広げ、自己主張するように口を開く。

 

 

「────初めまして、ボクの名前はタウロー。二種同化型『竜人(ドラグノート)』にして、姿なき暗殺者『百面無相』が一人。君達を殺しに来たよん」

 

 

無邪気な悪意を伴い、竜人は宣言するのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「竜人………君達、達?」

 

 

デリラは竜人なる存在を知らなかった。だが、それ以上に気に掛かったのは、タウローの発言。紀子を狙ったように見えたが、その標的は彼女だけではなく、デリラも含まれているようだった。

 

 

「アタシは兎も角、そこの子を狙うなんてどういうつもりだい? 言っとくけど、闇雲に殺すつもりなら止めた方がいいよ」

 

「キヒヒッ!標的を庇うなんてどういう気変わりだろうねぇ! でも安心して─────そこの女の人、ノリコを殺すのは君ってコトに変わりないから」

 

「…………?」

 

 

言葉の節々に感じる違和感。デリラが彼女を殺す、そんな風に言っているように聞こえるが、意味としては少し違うようだ。

 

 

「あ、ついでに良いこと教えてあげる。最近密書来たでしょ? アレ嘘、アレボクの自演だよーん」

 

「………何だって!?」

 

「嘘だって思ってるぅ? ならこれを見たら────信じられるカナ?」

 

 

そう言うと、タウローの顔を水が覆い始め────別人の顔へと変化する。そうやって顔を変えていくタウローの見せる顔には、デリラも何人か見覚えがあった。前に会った旅商人だったり、フォルマル家に支えている老執事。そして、最後に見せた顔に関しては、忘れたこともない人物のものだった。

 

 

「─────テューレっ!」

 

 

自分達ヴォーリアバニーを帝国へと売った裏切り者の女王。彼女を殺すことだけが、デリラの生きる動力源でもあった。その顔を見せつけるタウローに、デリラは確信した。この少年は、テューレのことを知っている、と。

 

 

「ハハハッ!これで分かった、カナ?…………ボクはどんな人間にも成れる。だからどんな情報を奪えるし、どんな暗殺も可能。暗殺の罪を、誰かに押し付けることだって出来る」

 

「………ッ!」

 

「でもね、完全な擬態には死体が必要なんだよねー。君を暗殺の実行犯にする為にも、殺すこと確定なのサー。そんな訳なのでぇ、君達にはこれから死んで貰うよん」

 

 

告げたタウローは自身の顔を両手で覆う。その上で大きく仰け反りながら、己の力を解放した。

 

 

 

 

「─────【霞龍(オオナズチ)】・【溟龍(ネロミェール)】」

 

 

足元から生じた、蒼と紫の粒子がタウローの姿を飲み込む。水のように変化したヴェールに包まれた塊が内側から吹き飛ばされ、タウローは自身の姿を顕にした。

 

 

半透明な蒼のヴェールを全身に纏う姿は海月のように見える。ヴェールの先には触手らしきものを十本を展開しており、それは生き物のようにピチピチと蠢く。タウローの顔を覆い隠すように装着されたマスクは、奇怪な形状であり、大きく開かれた眼球が中心に刻まれ、左右には三つずつ小さな目が記されている。

 

マスクの下から開いた口元から、タウローは愉快そうな声で言葉を口にする。

 

 

「────さぁ、構えなよん。勝負ってヤツは始まってるんだよん?」

 

 

妖しく点滅する赤い光を灯しながら、竜人としての力を発揮したタウローとデリラの戦いが、闇夜の中で始まるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────クソッ!」

 

「アハハッ! 何逃げちゃってンの!? ちゃんと戦わないと、つまんないでしょー!?」

 

 

戦いが始めて直後、先手を切ったデリラであったが、すぐに攻撃の手を止めることになった。理由は単純、タウローがヴェールに展開された触手を一斉に操り始めたのだ。

 

水のように柔らかい伸縮自在の触手。だが、その威力は侮れない。人体の肉を容易く引き裂き、金属すら切断する切れ味を誇っていることは、壁や床に作られた傷跡からでも理解できる。

 

それが、三百六十度全てに対応して放たれる。正直、攻められないと判断したデリラの直感は正しい。もし懐に潜り込めば、タウローは自身を傷つけられようともデリラに確実な死を与えていたことだろう。

 

 

「ヒヒッ!逃げ足いいねぇ────なら、こうしてあげたらどうかな?」

 

 

タウローは背を向け、一本の触手を振るう。その先に、咄嗟にベンチの裏に隠れた紀子がいることに気付いたデリラは飛び出し、無数の触手の殴打から彼女を庇う。

 

 

「あらあらぁ────呆気ないのねん?」

 

 

嘲るようなタウローの目の前で、デリラは口の中で滲む血の塊を吐いて捨てた。反撃を狙おうとする彼女に躊躇なく、タウローは水のような液体化した腕を振るい、身体を地面に張り付けた。

 

軽薄で考え無しに見える少年だが、油断も隙もない。不意打ちを狙っていたデリラは当てが外れた、と死角に隠した腕にナイフを握り締めながら、歯軋りする。

 

 

「────まぁ、時間もないしぃ、そろそろ殺すよ。君を殺した後の心配はしなくてもいいよん。………代わりに、面白く盛り上げてあげるからサ!」

 

「誰が、死ねるか………! アタシが死ぬのは、テューレを殺してからだ!!」

 

「………あー、テューレ様を裏切り者扱いしてる馬鹿なのね。そっか、そっか。ま、いいよ。勘違いしながら死ぬといいよ、お馬鹿さん」

 

 

詳しく説明するまでもなく、タウローは触手を鋭利に振り上げる。そのまま、デリラを殺す一撃を浴びせようとした、次の瞬間。

 

 

 

 

 

「────何をしているかぁッ!!」

 

 

病院の出入り口から、人影が走ってくる。思わず視線を向けたデリラはそれが迷彩服を身に付けた自衛官、柳田であることに気付いた。険しい顔のまま向かってくる柳田に、タウローは複数の触手を振るって対応しようとする。

 

ダンッ!と、咄嗟に回避した柳田はホルスターから引き抜いた9ミリ拳銃を構え、数発放つ。銃弾はタウローの口や胸に命中した。

 

 

「アバッ!? これ、流石に痛─────ッ!?」

 

 

その瞬間、拘束が緩んだことに気付いたデリラが飛び掛かる。慌てて反撃しようとするタウローの首に、ナイフを不覚に突き立てた。

 

 

「────ギ、ギッ!?!」

 

 

首を引き裂くような一撃に、タウローは抵抗をしようとするが、少しずつ力が抜けていく。刃を引き抜いたデリラの前で、血飛沫を上げながらタウローは崩れ落ちた。

 

 

「…………死んだ、のか?」

 

「みたいだね。ヤナギダのダンナがいなきゃ、危なかったよ」

 

「─────まさか、お前………デリラか?」

 

 

不安そうに拳銃を向けていた柳田にデリラがそう答えると、彼は目の前にいる人物がアルヌス協同組合の食堂で何度も見かけたヴォーリアバニーであることに気付いた。思わず気を抜いた柳田だが、すぐさま警戒しながら問い掛ける。

 

 

「………その姿にその得物、何故ここにいるのか。詳しく聞かせて貰おうぞ」

 

「ははっ、分かったよ。ヤナギダのダンナ」

 

 

全てを白状しよう、とデリラは何故か安堵したように笑う。こんなこと、やるべきではなかったのだ。柳田が現れなければ自分は殺され、紀子を殺した罪をフォルマル家に押し付けられることだったろう。

 

両手を上げて降参したように笑うデリラだったが、ふと周囲の違和感に気付く。

 

 

「…………え? 霧?」

 

「何だ、これ…………いや、ヤツは何処だ?」

 

 

真っ白な煙が、辺りを包み込む。すぐにこの霧が人為的なものだと理解したデリラがタウローの死体を確認しようとするが、その場から綺麗に消え去っていた。

 

デリラも柳田も、『竜人(ドラグノート)』の性能を図り損ねたのだ。タウローは二種混合型の竜人、水を操る『ネロミェール』の力を使用する以外に、もう一つの力───『オオナズチ』によるステルスも使用可能なのだ。

 

 

 

 

 

『─────エヒッ』

 

 

故に、煙の中に隠れた透明なタウローがデリラの背後で笑う。複数の触手を捻らせ、槍のように尖らせた触手をデリラの背後から突き上げようと迫る。

 

当然、デリラは気付かない。隠れていた紀子も、光の屈折による擬態で霧に紛れたタウローの不意打ちに気付かない。

 

 

 

─────僅かに眼鏡のレンズ越しに、違和感を感じ取った柳田以外は。

 

 

「─────ッ!!」

 

 

咄嗟に、柳田はデリラの背後に飛び出していた。何故だか分からない、そもそも自分なそんなことをするような人間ではないことを理解している。他人や部下を扱き下ろす、嫌味なエリートであることは自分自身が嫌になるくらい理解できている。

 

だからこそ、脳内で自問自答していた。何故こんなことを、らしくないことをしたのか。その答えは、すぐに分かった。

 

 

『柳田さん─────もう少し、自分に正直になったら?』

 

 

病室での会合の際、タスク・アイアスが柳田に、告げた言葉。少し先の未来のことばかり考えず、自分がやりたいと思ったことを実践しても悪いことはない、と。銀座を救った英雄の言葉に、柳田は知らずの内に心を動かされていたのだ。

 

 

その決意は────自身の腹を貫かれても、揺るぐことはなかった。

 

 

 

「あ────ぐぅッ !?」

 

「だ、ダンナ………!?」

 

 

脇腹に生じる激痛と強い熱。呻く柳田の前で、デリラは呆然とするしかなかった。そして、自分が彼に庇われたことを理解し、戦意を失い、思わず駆け寄った。

 

 

「ダンナ!ヤナギダのダンナ!? しっかり、しっかりしてくれよぉ!!」

 

 

泣き叫び、身体を揺するデリラ。しかし、腹を抉られた柳田は意識を朦朧としており、声が聞こえている様子ではない。綺麗に抉られた脇腹から止めどなく大量の血が溢れ出している。

 

────そんな彼女の背後で、タウローが腕を振り上げる。この一撃でデリラや柳田を仕留め、任務を完遂させると。張り付いた笑みとは裏腹な、無機質の冷徹さに従い、鋭利に尖らされた触手を叩き込もうとする。

 

 

その、直後だった。

 

 

 

「───────え、ハイルダイン様?」

 

 

ふと、タウローが手を止める。彼の脳裏には、この場にはいない彼の主からの通達が聞こえていた。ハイルダインの企む計画の、次の段階へ移行する事実を。

 

 

「あら、明日? 明日にやるんです?─────じゃあ、しゃーない。ここで止めるかー、残念だけど」

 

 

あっけらかんと、タウローが笑う。そうして、柳田に寄り添うデリラに告げる。

 

 

「あ、ごめんねー。ボクもう帰るから、色々と迷惑かけたね。でも、生きてるから良いでしょ?」

 

「………帰る、だって? こんなこと、しておいて……………何を、言ってるんだ!?」

 

「うーん、ね。でも、明日からもっと面白いことが始まるからさ。ま、君も色々と大変だろうけど、頑張ってネー! じゃ、サヨウナラー!」

 

 

怒りに震えるデリラの弾劾に、タウローは口から大量の白い煙を吐きながら霧の中へと消えていく。待て! と叫ぶデリラだが、タウローの気配はその場から消え去っていた。あまりにも、アッサリと。

 

 

数分後、病院内で夜勤していた自衛隊の部屋に訪問者が訪れる。欠伸をしながら扉を開けた自衛官は、凄まじい剣幕で詰め寄る紀子に引っ張られ、病院の外へと案内される。

 

眠気に意識を持っていかれそうだった自衛官は、病院の外で信じられない光景を目にする。────脇腹から大量の血を流し倒れる柳田と、彼の出血を泣きながら止めようとする多数の骨が折れたデリラの姿があった。

 

 




タウロー

親衛隊の一員である竜人(ドラグノート)。無邪気で自由気ままな政客で、面白いことや盛り上がることに拘る少年。基本的に気分屋であるため、自分がどれだけ頑張ったことでも内容次第ではすぐに止めたりもする。

適合した龍の力は、『溟龍 ネロミェール』と『霞龍 オオナズチ』。この二つの龍の力を組み合わせた、他人への擬態能力を得意としており、それによる暗殺や罪を被せたりも可能。ある条件を果たせば、ほぼ完全な擬態が出来る。


タウローにとっちゃ、典子暗殺やデリラに罪を被せて、イタリカと日本を敵対関係にさせるのも、面白そうってのが理由なんですよね。ハッハッハッ……………笑えねぇ
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