「は、はぁ!?銀座の英雄が捕まったぁ!?」
先の銀座事件にて人々の避難誘導及び襲撃した敵軍の撃退に尽力したことで異例の昇格を果たした軍人
数日前に起きた『銀座事件』、それを早期解決に尽力した男、『銀の英雄』。彼の纏う鎧の色と現場が銀座であったことから、偶然とは言い難く人々からそう呼ばれるようになった。
今や日本国内は彼のことで賑わっている。ニュースの大半も『銀座事件』の全貌と、人々を守る英雄のことでずっと持ちきりだ。いいかげんと呼ばれるような伊丹も、純粋に興味はあった。
そんな英雄が、まさか警察に捕まっているとは思いもしないだろう。それも、よりによって銀座事件を引き起こしたテロリストの関係者として。
「…………これに関しては君に同感だ。何を考えているんだ、警察は! 仮にも人々を救った英雄だぞ!? それを容疑者として逮捕するなんて、世間に知られたらバッシングどころの話じゃないぞ」
生存者たちの話、銀の英雄が人々を守るために戦ったという事実に揺るぎはない。世間の評価は色々とあるが、彼を英雄として崇める者も少なくはない。
そんな最中に人々のために戦った彼を容疑者と言い出して捕まえるなど、世間から強い批難を浴びても可笑しくないことだ。暴動の可能性すら有り得てしまう。
「そ、それで………政府はどうするんすか?」
「当然、彼と話し合うんだ。彼が少なくとも、我々の味方ということは彼の行いが証明している。…………此方としては下手に出なければいけないが、文句は言ってられないだろう」
あれだけの軍勢を容易く薙ぎ払える英雄、彼を味方に率いれるだけでどれだけの価値があることか。異世界へと繋がる門は自分達が占拠している。この難題をどうにかするのも、あの英雄の力がなければ難しいことだ。
政府は公式に、あの英雄と和平を結ぶらしい。その為に今日彼と話し合うつもりだと。今現在は警察が拘留している彼を、政府の人間が迎えに行っているらしい。
その対話の結果を待っているだけか、と肩の力を緩めた伊丹たちの元に一人の隊員が訪れた。
「ひ、檜垣三佐!伊丹二等陸尉!大変です!」
汗を噴き出した隊員は全力で駆けつけたのだろう。その様子が普通ではないと感じた二人は、何故か嫌な予感を感じた。その感覚が間違いではなかったと、次の言葉で理解する。
「『銀の英雄』が、脱走しました!」
「…………は?」
「警察署から正面から脱走した、と…………そのまま門を通って行ったとのことです!」
「はあああああああああああっっ!!!?」
二人の絶叫が、周囲の基地に響き渡る。後に他の隊員たちも同じ反応をするのは、後の話。
◇◆◇
少し前、警察署にて。
「ふー、御馳走様。美味しかったです」
「…………嘘だろコイツ。ホントに全部平らげやがった」
一室に隔離されたタスクは、腹を撫で一息つく。彼の目の前では大きなどんぶりの器が六つも並んでいる。どれも綺麗に召し上げられていた。刑事と思われる男は本当に大盛りのカツ丼を全て食べ尽くしたタスクの大食いっぷりに絶句していた。
さて、ここで一つの疑問が湧くことだろう。
「刑事さん、有り難う。あれだけの食事を用意してくれて、腹が満たされたよ」
「ホントに大食いなんだな、英雄さんよ。ま、それで大勢救えるんなら儲けものだな」
食事をくれたことに感謝を述べるタスクに、刑事は呆れながらも感心した様子だった。もうお分かりだろう。言葉が通じるのだ。異世界人であったタスクも、日本語を流暢に喋れている。
それにはもう少し時間を遡り、数分前の話になる。
◇◆◇
「………………困ったな」
拘留されてから数時間、タスクは頭を抱えることも出来ず溜め息を吐くしかなかった。言葉も通じない以上、彼等が何が言いたいのかも分からない。相手方もそれが理解できているらしく、膠着状態が続いていた。
手錠の掛けられた両手を適当に眺めていたタスクだが、ふと周囲の空気が変わったのを理解する。人の気配が消えた。その感覚を全身に感じながら、タスクは扉の先を見つめる。
すると、突然扉が静かに空いた。
「────久し振り、元気にしてた?」
現れたのは、白いドレスの少女だった。紙の色も肌も白く、まるで白そのものといった少女。しかし瞳だけは違う。赤く輝く瞳を有した少女はミステリアスな笑みを浮かべる。
「…………始祖か。ここまで来るなんて驚きだな。この建物の人はどうした?」
「何もしてないわ。ただ時間の流れを遅くしてるだけ、そうすれば下手に反応されないもの」
「そうか────いや、お前が無闇に殺すヤツでもないのは、俺が分かってることか」
「ふふ、理解してくれて嬉しいわ」
平然と対話するタスクの顔は少しだけ強張っていた。無理もない。目の前にいるのは普通の人間ではない。厄災の根源、それ以上の存在が目の前の少女なのだ。彼女が本当の姿か、仮初めの姿をしているのかはタスクすらも知らないのだが。
「何の用だ?お前がわざわざ来るなんて、余程のことだろ」
「そんな風に言わなくても良いんじゃない? 貴方を二度も助けに来たのに」
「二度……………まさか、あの時の傷はお前が?」
ギルドナイトの男から受けた矢。あの傷で酷く死にかけたが、まさか助けたのが彼女だとは思いもしなかった。感謝を述べようとしたところで、ふとタスクの脳裏にある可能性が浮かんだ。
「…………なんか細工したか?」
「教えて上げるわ。時間が来たらね」
やっぱり、なんかしたらしい。タスクは辟易したように溜め息を漏らす。自分の都合で好き勝手にする始祖だ、と呆れ返るのも一瞬、彼は本題を聞き出そうと詰め寄った。
「それで?ここに来たのは、俺を助けるためだろ?出してやるって話なら遠慮する」
「へぇ?閉じ込められてるのは貴方も困るでしょ」
「彼等は人の為に動いている。人であるなら、人のルールに従うまでだ。彼等の意思に免じて、一日はここに居るつもりだ」
「ボレアスみたいなこと言うわね、貴方。まぁそこは同感だけども」
自分の親戚でも思い出しているだろう少女だが、話が脱線していることを思い出したのかすぐさま話題を戻した。
「なら一つ、貴方の手助けをして上げるわ」
「…………出ないぞ、俺は」
「分かってるわよ。その代わり、知識をあげる。ここと、もう一つの世界の言語を。これがあれば、少しは困らないでしょ?」
少女が机に腰を掛け、タスクの頬に触れる。その瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。多くの情報、それが複数の言語の内容だと理解するのは時間の問題だった。
「そろそろ時間ね。じゃ、私もここを離れるとするわ」
「────お前は、何もしないのか?」
「出来ないの。私達が動けば、世界のバランスが歪むわ。二つの世界の自然を狂わせることはあってはならない。私達が動くのは、命を冒涜したモノが本格的に動き出したその時よ」
やはり、少女は全てを知っていた。あの機械の飛竜のことも、ギルドナイトに扮した男のことも────何者かが『竜大戦』の起爆剤となりえる惨劇を再現しようとしていることすらも。
「私がするのはこれまで。後は頑張ってね、人類の守護者」
「────ああ、お前こそな。竜を見守る者」
かつて殺し合ったといえど、二人はある意味で理解者であった。タスクはその場から一瞬にして消えた少女の痕跡を静かに見届ける。
◇◆◇
そうして、日本語を理解したタスクはまず最初に食事を求めた。混乱していた刑事はすぐさまそれに応えてくれた、という話だ。
「い、今なんて言った?」
「──────ここから出ていくって言ったんだ」
両腕に手錠を掛けられたタスクは目の前で言葉を失う刑事にそう断言した。あまりにも堂々とした態度の彼に、刑事は呆れ果てているようだ。
「な、何を馬鹿なことを言ってる!?お前自分の立場を分かっているのか!?」
「理解している。その上で発言しているんだ」
「しょ、正気かよ!それに、どうやって逃げる!今だって手錠掛けられてるのに──────」
バギンッ!! と、タスクは両腕を振るう。それだけで手錠は容易く壊れた。顎が外れたのか愕然とした刑事は慌てたように拳銃を取り出す。
「────動くな!動くと撃つぞ!」
「脅しは聞きません。撃たれようと、俺はここを出ていきます」
「俺だって脅しじゃねぇ!本気で撃つぞ!分かってるのかテメェ!?」
冷や汗をかきながら拳銃を頭に突き付ける刑事に、タスクは身動ぎしない。覚悟しているというのは眼で分かった。荒い呼吸を繰り返す刑事の男は、振るえながら問い掛ける。
「なんだよ、お前…………どうしてそんな顔出来る?」
「─────俺には、やらなきゃいけないことがあります」
拳を握り締め、タスクは語る。己が受けた依頼、その先にある恐ろしい陰謀の可能性を。生命を踏みにじる、悪意のある者達の企みを。
「大勢の生命が失われる戦い、それを起こさせる訳にはいかない。生命を冒涜した行為を企む奴等を、俺は止めなければいけない。一人のハンターとして」
「…………それを、お前一人でするってのか?無謀だろ」
「────一人でもいい。何もせず、後悔するよりはずっとマシだ」
だから自分はハンターになった。だからこそ、誰よりも強くなったのだ。たった一人で戦い続けられるように、己の無力さに後悔することもないように。
ずっと銃口を向けていた刑事は、彼の覚悟を理解し諦めたように拳銃を下ろす。項垂れたまま、呟いた。
「………………行けよ、英雄様」
「有り難う、ご飯。御馳走様です────旨かったですよ」
「俺に言うんじゃねぇよ、ったく」
立ち去ろうとするタスクを見届ける刑事。はぁ、と溜め息を漏らす。これで彼を逃がした責任を自分を背負わなければいけない。いや、それもいいかと思っていると、タスクが何かを放り投げてきた。
「おわっ!?────な、なんだこれ。なんかの玉か?」
「見逃してもらったお礼です。上の人にはこれで許して貰って下さい」
そう言い残すと、彼は近くの窓を開けて飛び下りていった。それだけで姿は見えなくなる。刑事はやれやれと肩を竦め、手渡された玉を軽く握り締めた。
そして、タスクは密かに『
◇◆◇
一方、帝国にて。
「───敢えて言上いたしますが、大失態でありましたな」
大広間にて、帝国の長たる皇帝の前で一人の男が声を挙げていた。その光景を、数十人の男達が聞き入れている。周りにも聞こえるように、男は皇帝へと呼び掛ける。
「遠征に向かった軍、六割の損失!生き残った兵達も心が折れ、戦えようもありません。それなのに、この損害を引き起こした敵はただ一人と! この未曾有の損害をどう補うのか?─────皇帝陛下は!この国をどのように導くつもりか!」
「…………カーゼル侯爵。卿の心中は察するものである。しかし、狼狽えることはない」
戦力の六割を失ったと言うのに、何をそこまで平然としていられるか、と心中穏やかではないカーゼル侯爵。だが彼も、皇帝がそこまで落ち着いている理由を心から理解できていた。
「ハイルダイン。そなたの言う通り、中々手強いな。異世界の国というのは」
「─────ええ、その通りです陛下。私の言葉の意味、理解していただいて何よりです」
近くの柱の影から現れた、青い装束の男。名を、ハイルダイン。貴族のような服装をしたその男は、最近帝国に現れた客人であった。当初はただの芸遊人かと思われていたが、彼が来てから皇帝は大きく考えを変えることになったのだ。
いつしか、彼は皇帝に認められる程まで力を増した。今回の進軍の起因、異世界の存在を仄めかしたのも、他でもない彼であったからだ。
しかし、彼も最初は皇帝に進軍は止めるようにと忠告していた。それを無視した皇帝は、彼の忠告の意味を理解し、彼の言葉の重みを再確認したようだ。…………カーゼル侯爵には、ハイルダインが敢えて皇帝に異世界へと攻め込むように、その情報を語ったように見えてはならなかった。
「異世界は、技術も大きく違います。陛下が進攻なされた世界も、こことは明らかに違う。もし今の時点で戦争になってしまえば、帝国は一夜にして火の海となり滅び逝くでしょう」
「ハイルダイン殿!客人と言えど、無礼が過ぎますぞ!」
「無礼?────私はあくまでも、帝国の行く先を案じた故です。皆様が滅びる未来を、私も見たくはありません」
周囲からの強い声に、ハイルダインは冷静ながら一礼を示す。彼の言葉に批難を口にした男も困った様子だった。「構わぬ」と、皇帝が一喝する。
「未だ敵は健在である。征服を為す筈であった国とも戦えておらぬ。その状況でこうも話し合いをしている時間も惜しい。ハイルダインよ、余が聞きたいのはそなたの作る兵器についてだ」
それは、一ヶ月前となる時期。
ハイルダインが皇帝達の前で見せた、兵器。それを目の当たりにした帝国の人間は信じられない、と愕然と震えた。こんなものが存在していいのか、と。
「余も、皆も覚えておろう。あの強靭な兵を。刃も槍も通らぬ、炎でも死なぬ────痛みすら感じない。あの炎龍の力を賜ったような、龍の力を得た人形兵を。
あの時、余は確信した。あの兵こそ、帝国に必要な力だ。あの兵を従えることが出来れば、帝国は大陸を、異世界をも統一できよう」
客人である筈のハイルダインが力を増したのは、それが理由だった。無敵の兵器、否、兵を作り帝国に提供する。屈強な兵の性能を見せたハイルダインは、そう皇帝に持ちかけた。
当時は半信半疑だった皇帝も、今回の戦いをもって理解した。普通の兵では駄目なのだ、と。より強く、無敵の強さを持ち、感情に流されぬ究極の兵士が必要だと。
それ故に、ハイルダインの要求を皇帝は容易く快諾した。
「─────ハイルダイン。そなたの作るあの兵は、どれだけ作れる?」
「
要求は一つ、兵の開発に必要な土地の提供。それだけで十万も超える兵を、帝国に無償で提供するという。帝国としては有り難い話でしかない。むしろここで頷かない者はいないだろう。しかし、皇帝はその場で首を振ることは出来なかった。
「…………ハイルダインよ。そなたも理解しておろう。今や門は異世界の地の国に制圧されておる。何時奴等が動くかも分からぬ今、一月も待つのは厳しい話ぞ」
「ご安心を、陛下。既に此方でも準備をしておりました」
ハイルダインが指を鳴らすと、室内に黒い布を纏った男女が姿を現す。彼等はハイルダインの背後に並び、ザッ! と跪く。彼等の前で同じように膝をついたハイルダインは背後の男女を見せながら、口を開いていく。
「────陛下にお話しした兵、それ以上の強さを有した者達です。彼等は一騎当千の将軍に等しい。彼等がいれば、この帝国に仇なす敵を討ち滅ぼすことは容易いでしょう」
「………ならば、そなたは何を望む?」
「恐縮ながら、我々を『親衛隊』として────特権を与えて戴きたい」
周囲が大いにざわめき始めた。つまりそれは、好き勝手にやれる権利を与えて欲しいとの言っているのだ。横暴すら許されてしまう。普通であれば、受け入れられる話ではない。
「帝国に仇なす敵を、邪魔者を己の意思で判断し排除する特権を。我らに与えて戴きたいのです。…………ですが、あくまでも望みであり、要求ではありませぬ。陛下の意向に背くことであれば、引き下がります故に────」
「────赦す、ハイルダインよ。そなた達を『親衛隊』として特権を与える。帝国に牙を剥く逆賊を、そなた達の意思で判断し、排除せよ」
「─────有り難き幸せ。陛下の為に、尽力させて戴きます」
ハイルダインは、皇帝にとって有能とされる男だった。今まで彼は皇帝に成果を見せ、客人から有能な駒として見られるようなっているくらいだ。だからこそ、皇帝は彼に特権を与えた。今までの成果に免じ、自由を許したのだ。
「時に、ハイルダインよ」
「ハッ、如何致しましたか」
「そなたは別世界から来た者と聞く。ならば、奇っ怪な言葉を話す男に心当たりはあるか?」
「?御言葉ですが、私の世界にも男は多く、誰のことだか分かりかね─────」
「その男は、銀色の鎧を纏っていたと聞く。凄まじい力と技術で、我が軍を蹂躙したという話だ」
瞬間、ハイルダインは目を見開いて息を呑んだ。即座に頭を下げた彼は冷徹な顔とは裏腹に、熱を帯びた両眼を鋭く尖らせる。
「───────生きていたのか、あの男」
チリ、と熱が周囲の空気に伝う。誰かが暑がった途端、ハイルダインは静かに力を抜いた。彼は深呼吸をし、皇帝へと話し始める。
「心当たりはあります。私の世界の人間です────奴ならば、帝国の軍を退けるのも難しくはないでしょう」
「成程、そなたの知る者か。その男について、次の議題の時に聞いてもよいか?」
「…………ええ、陛下の意向であるのならば」
◇◆◇
皇帝との謁見が終わり、自らの拠点に戻ったハイルダインは静かに飲み干していたワインの味を噛み締め、窓際に腰掛けていた。
「…………生きていたとはな、本当にしぶとい。いや、あの『黒龍』を撃退したという逸話もある。そんな奴が、簡単に死にはしないか」
問題は、奴がこの地に訪れる可能性。もしそうなってしまえば、ハイルダインとしても厄介だ。いずれ自分達に気付く可能性もある。
だが、案ずることはない。
今、自分の背後には帝国がある。彼等の力がある限り、ハイルダインの計画が揺らぐことはない。あのハンターが自分の敵になったとしても、帝国を相手に一人で立ち向かうのも何時まで持つか─────。
「ハンターだろうが、何だろうが、あの御方の計画を────俺の悲願の邪魔はさせん」
ワイングラスが突如砕ける。身体に飛び散るワインが彼の服に染み渡る─────と、同時に蒸発した。ハイルダインはグラスの破片で切れた掌に溢れる血を、直後に沸騰する己の血液を潰すように握り締める。
「その為にも、帝国はまだ必要だ。俺達の計画のために、骨の髄まで余すことなく────有効活用してやろう」