GATE 狩人 彼の地へと、 導かれし   作:虚無の魔術師

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計画始動

先日起きた騒動にて、病室に運ばれた柳田とデリラ。脇腹を軽く抉られた柳田もだが、全身の骨が複雑骨折していたデリラも重傷だ。集中治療中の為、何が起こったのか話は聞けない。唯一無事であった紀子から話を聞かされた自衛隊一同は驚くことになった。

 

 

────見回りに来た自衛官が、タウローという竜人が化けた偽物だった。彼の目的はデリラと紀子を殺し、デリラが紀子を殺したように仕向け、イタリカと日本の関係を悪化させるつもりだった、と。

 

事実確認のために動いた自衛隊は、デリラの私室から密書の存在を確認する。フォルマル家の印を使用したそれは、間違いなく伯爵家の物と疑う余地はない。

 

そのことを追求するためにイタリカに向かおうとした自衛隊であったが、突如上からの通達により動きを止めることになる。この事態を把握した内閣、軍義総理よりある人材が派遣されることになったのだ。

 

 

─────特務執行官、なる存在が。

 

 

 

アルヌスの基地にて。

ゲートの前に並ぶ自衛官一同。彼等は皆、本国から派遣される特務執行官なる人物の出迎えの用意をしていた。その立場上、自衛隊よりも上であるからこそ。

 

 

「………特務執行官って何だっけ?」

 

「────確か、軍義総理が特地関連の問題を解決する為に結成した組織───『特務衛戦機関』の一員って聞いたな」

 

 

整列していた栗林の疑問の声に、気を引き締めた富田が率直に答える。『特務衛戦機関』、軍義総理が特地関連した問題─────他国の干渉や、ゲート外部で発生した理解不能な異常事態に対応するために設立した秘密組織。

 

その存在は、内閣の一部にしか公表されておらず、伊丹と個人的な関係のある嘉納を含む数人の閣僚も最近認知したばかりだった。

 

組織全体の構成も、内部構造も不明。噂によれば、アメリカや中国、ロシアに対抗するために集められた愛国者の集まりであり、それらの大国でテロや内乱の扇動をしているという話もある。

 

故に、自衛隊内部でも不安視されている存在だ。その一員とされる執行官がこの特地に訪れるのだ。彼等の心境は複雑なもので渦巻いているだろう。

 

 

そして、多数の自衛官に囲まれ────ゲートの向こうから、一人の人間が現れた。

 

 

「…………ここが特地か」

 

 

漆黒の軍服に、漆黒の軍帽。挙げ句に顔半分を隠す眼帯。まるで歴史上で語られる帝国やナチの親衛隊を連想させる、黒一色の人物。氷というよりも金属特有の冷たさを宿す男は、敬礼する基地の司令官 狭間浩一郎へと顔を向ける。

 

 

「─────総理のご意向により、君達に協力することになった。特務執行官 無月・エクリプスセブンだ」

 

「────本基地の司令官の任を任されている、狭間浩一郎です。お会い頂けて光栄です、執行官殿」

 

「世辞は不要だ。それより、本件の執行を優先したい」

 

 

淡々と答える執行官 無月に対し、手を差し出し握手を望む狭間司令だったが、無月はそれを素通りする。そのまま資料を要求する彼の態度に整列していた自衛官の何人かが怒りに顔を歪めるが、手で制した狭間司令が部下から渡されたクリップでまとめられた書類を無月へと手渡した。

 

それを受け取り次第、凄い勢いで資料を読む無月執行官。全ての内容を把握した彼は静かに両目を伏せ、歩きながら言葉を続ける。

 

 

「────イタリカ、か。私が行こう。移動できる物を用意してくれ」

 

「車で移動すると時間が掛かりますので、ヘリで宜しいですかな?」

 

「構わない。早く移動できるなら、それに越したことはない。…………そうだな、イタリカのフォルマル家周辺の捜査をしたい。誰か居るなら、連れていきたい」

 

「あっ!それなら自分が!」

 

 

淡々とする無月の言葉に、整列していた倉田が即座に食い付いた。彼としては無月に着いていく理由は単純だ。イタリカ、フォルマル家のメイドであり一目惚れしているペルシアに会いたいからだろう。

 

この状況で私情に動ける倉田には、栗林も富田も純粋に尊敬を向けるしかない。当然、倉田の趣味や本心も知らない無月は突然食い付いてきた倉田に眉をひそめる。

 

 

「…………君は?」

 

「あ、失礼しました! 自分は倉田三等陸曹です! 少し前に、イタリカのフォルマル伯爵家には伊丹隊長と共に同行していました!ですので、多少の案内や便通は出来るかと考えてます!」

 

「───良いだろう、着いてきてくれ。他に同行する者は?」

 

「私も、同行しましょう。執行官殿の警護も必要ですので」

 

 

そうか、と自分に同行することになった二人に対し、そこまで気にしていない無月。ヘリの中での空気を考えず、ペルシアと会えることばかり考えている倉田に、狭間は困ったように嘆息するしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

数時間後。

フォルマル伯爵家に着いたヘリから降り立った執行官 無月と倉田、狭間はメイド長含むメイド達に出迎えられる。ペルシアに手を振る倉田が狭間に鉄拳を受けていたのは、省略する。

 

 

「………執行官様、ニホンの御仁が来られるとは。このような場しか用意できず、申し訳ありません」

 

「御託はいい。我々がここに訪れたのは、貴方達に訪ねたいことがあるからだ」

 

 

応接室にして案内され、丁寧な対応をするメイド長 カイネ。しかし、彼女の対応を無視するように立ち上がった無月はバッグから取り出した密書、その便箋を彼女の前に差し出す。

 

 

「その信箋は、フォルマル家の物。違いはないか?」

 

「…………ええ、確かに。これは当家の信箋、ですが───」

 

「─────重ねて聞くが、デリラというヴォーリアバニーに心当たりは?」

 

 

その瞬間、カイネを含めたメイド達が息を呑んだ。デリラの事を話題に出されたでもあり、冷酷なまでに無機質な視線を向ける無月への畏怖もあったからだ。

 

 

「…………存じております。彼女は当家の密偵として、アルヌスとニホンの動向を探るように、と」

 

「それだけ聞ければ充分。この件は我々が持ち帰る。今後、イタリカとの関係は後日通達する」

 

 

そう言って席を外そうとする無月。当然、不穏な雰囲気を隠しきれないメイド長はそのことを聞こうとする。

 

 

「お待ち下さい………その話とは、一体」

 

「────私はイタリカ及びフォルマル家への不信を案じている。この件を機関に持ち帰り、私はイタリカ及びフォルマルとの交流を断絶するようにする所存だ」

 

 

一気に、メイド達の顔に戸惑いが生じる。訳も分からないといった様子を押し殺し、カイネが無月に一礼をしながら話す。

 

 

「申し訳ありません、我々としても事態が把握できていません。何か粗相がありましたら、正式に謝罪させていただきます…………」

 

「────君達が送った密偵 デリラが暗殺未遂を起こした。我々の保護した、日本人拉致被害者のだ」

 

 

そんな彼女たちを更に驚かせる事実を、淡々と提示する無月。狼狽えながら詳しく追求しようとするカイネだったが、同行していた狭間浩一郎が流石にと苦言を呈する。

 

 

「………無月執行官。彼女はこの件の被害者と言える立場でもあります。これを理由にイタリカとの交流を断絶するのは、些かやり過ぎかと…………」

 

「────送られてきた密偵が、暗殺を決行しようとした。それだけでも本来ならば大問題に等しい。君は、同盟を結ぶ相手に密偵を送るような勢力と、手を取り合うと?」

 

 

ギロッ、と鋭さの増した眼光を向ける無月。怒りや敵意などはない、彼は自分にとって当たり前の事実だとしか思っていないのだ。

 

狭間も知らないが、無月は才能や実力で執行官に成っただけではない。何より強いのは、その愛国心。国に害するモノには容赦はしない。冷徹なまでに軍人として極まっているのだ。

 

 

「狭間司令、貴方が特地に関する特権を与えられていることは承知している。だが、我々は貴方以上の特権を有している。この件に関しては我々『特務衛戦機関』に一任されている─────我々の決定に、反意を唱えることは許可していない」

 

「…………」

 

「確かに、彼女の立場は従来の犯罪者よりも複雑だ。彼女自身は他者に利用され、冤罪という形にされかけているのかもしれない。────だが、彼女が武器を取り、暗殺を決意したという事実に変わりはない。その時点で、彼女は犯罪者とされているはずだ…………違うか? 狭間陸将」

 

 

要するに、黙って従えと言いたいのだろう。愛国心が強すぎる者達が多いと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 

無月の詰問を受けながら、狭間は静かに口を開いた。

 

 

「────無月殿、デリラという娘がどういう娘か知っていますか?」

 

「知らないな。況してや興味などない。犯罪者の人なりなど」

 

「いいや、知るべきですな。彼女だけを悪と論ずるのは、無知ゆえの傲慢です。そのような考えが、かつての日本国でも冤罪という事象を犯してきた…………違いますかな、執行官殿」

 

「────執行官に、『特務衛戦機関』に反意を持つか」

 

 

落ち着いた声で語る狭間の言わんとすることを理解した無月は腰のホルスターに手を掛ける。実弾を装填した拳銃、執行用の得物を持ち上げようとした次の瞬間、背後から栗田がアサルトライフルの銃口を向けてきた。

 

 

「…………下心だけの凡愚かと思っていたが、よもやこの為に着いてきたのか?」

 

「………いえ、そんな訳では。ただ、自分は自分の信じた正義に従うまでっす」

 

「……………ふん。どいつもこいつも」

 

 

少し考えた後に、諦めたように呟く無月。ホルスターの拳銃から手を放し、溜め息を漏らした執行官はカイネへと声をかける。

 

 

「────フォルマル家の便箋を管理しているのは誰だ?」

 

「………執事のバーソロミューです。彼は最近、無断で欠勤しておりますので………」

 

「────奴が書いた密書、昔のものを持ってきていただきたい。奴本人がこの件に関わっているか、知っておきたい」

 

 

ふと、無月がメイド達に目を向ける。ペルシアとマミーナ、二人を見据えた彼は淡々と告げた。

 

 

「……………それと、そこの二人を借りたい。特に鼻が利く者が必要だからな」

 

 

◇◆◇

 

 

イタリカ付近の町。そこに訪れたのは、無月と倉田、彼等に同行するペルシアとマミーナであった。

 

 

「あの………執行官様、その密書に何かあるんですか?」

 

「…………執行官は止めろ。何故だか分からないが、お前にそう呼ばれると背筋が凍える…………こういう場では、馴れ馴れしくて構わない」

 

「えぇ、でも………一応上司より上の方ですしぃ」

 

「その上司より上の方に銃口を向けたお前の胆力は考えものだな。────自分の性癖の為に、同行しようとするのも」

 

 

先の騒動の際、その胆力を認めたらしく無月は倉田を気に入ったらしい。良い意味でも悪い意味でも図太いメンタル、自分に正直なところ(趣味や性癖も一応含めて)を評価しているようで、ことあるごとに部下に勧誘している。

 

当然、倉田はそれを断っているが、無月も余程気に入っているらしく、諦めるつもりもないらしい。

 

 

「無月様。私も気になってましたけど………その密書から何か分かったのですか?」

 

「……………お前達は、数日前のバーソロミューを覚えているか?」

 

 

興味本位で問い掛けたペルシアに答えるように、無月はそう切り出した。倉田に聞いたわけではない、執事 バーソロミューと付き合いの長い マミーナやペルシアの二人についてだ。

 

二人の答えは、半ば分かりきっていたものだった。特に変化はなかった。いつも、バーソロミュー本人だと。表向きはメイドであり、裏側の仕事も任される二人のお墨付きだ。ならばそれに違いはないのだろう。

 

「…………そうか」と険しい顔の無月は、手に持っていた密書を三人に見せた。

 

 

「───これが奴の書いた密書、数ヵ月前のものだ」

 

「この赤いのって…………バーソロミューの指紋すか?」

 

「そうだ。この位置を覚えた上で────これを見ろ」

 

 

そう言って、無月が見せたのは今回届いた密書。紀子暗殺を指示する内容の密書であった。その内容に顔をしかめるマミーナであったが、視線をずらすとそれに気付いて目を見開いた。

 

 

「指紋の、位置が違う………?」

 

「そうだ。バーソロミューは前々から書類を持つ時の指の位置と、今回の密書に残された指紋の位置がずれている。本来ならば可笑しい話だ。人間は無意識下で持ち方や歩き方が一定のものになる。今回の密書を除いて、今までの書類の持ち方も全て均一に近いものだった─────だが、今回の持ち方は明確に違う」

 

 

朱肉によって型どられた指紋の位置のズレ。恐らくこの紙を持つ際の指の位置で、無月はバーソロミューという男の異変を察知したのだ。

 

 

「ってことは、その密書を書いたのはバーソロミューとは別人だと?」

 

「………いいや、指紋はバーソロミュー本人のものだ。だが、クセだけが違う。そこだけが致命的に可笑しい。奴の痕跡を探るためにも、君達に着いてきて貰ったわけだ」

 

 

 

彼が辿り着いたのはある宿屋であった。その主人に声をかけ、無月達は宿の中へと立ち入っていく。

 

 

「………三日前、バーソロミューは道端で出会った娼婦を連れてこの宿に泊まった。だが主人の話では宿から出てきたのは娼婦だけであり、バーソロミューが出てきた姿は見なかったらしい」

 

「…………単純に見なかっただけでは?」

 

「────情報部の者も、この部屋の調査を行った。その結果、床や壁から大量の血痕が確認された。恐らく、バーソロミューのものと思われる」

 

 

ここだ、と無月は目的の部屋の扉を開ける。宿屋としては普通に変わりない、簡素な一室。しかしそこに踏み入った瞬間、ペルシアとマミーナは露骨に顔をしかめた。

 

 

「…………この血の匂い。恐らくバーソロミューは」

 

「そうだ。私としても、殺された可能性を考慮している。…………だが、それでは可笑しいのだ」

 

 

 

「バーソロミューが密書を用意し、デリラに届けたのは二日前。だが、検出された血液の状況から、バーソロミューが死亡したのは三日前─────奴が密書を用意するなど、不可能なはずだ」

 

「では、私達が見たのは………バーソロミューに化けた別人?」

 

「ならば、この密書にある指紋はなんだ? これはヤツ本人のものと違いない。─────バーソロミューに化けた何者かは、どうやって本人の指紋を手に入れ、難なく信箋を持ち出せた?」

 

 

信箋の管理をしている者は、バーソロミューという執事のみであり、彼以外は関与すらしていない。漏出を防ぐため、持ち出す人間を限定するため。ならば、バーソロミューは何者かにその情報を漏らしたのだろうか────無月はそれを違うと否定した。

 

 

「デリラに罪を押し付けようとした黒幕、タウローと名乗った少年は他人に擬態する能力を有していたと聞く。会話の中で、奴はある条件でなければ完璧な擬態は出来ないと口にしていたらしい」

 

「ある条件………」

 

「行方不明の死体、小道具すら不要の擬態。殺す必要がある。私の推察では─────ヤツは死体を喰らうことで、他人に完全に成り代われるのだろう」

 

 

◇◆◇

 

 

今日の帝都、皇宮は大いに賑わっていた。それもそのはず、銀座事件の戦いで自衛隊に投降し、捕虜されていた者達が解放されることを祝う式典であり、人類の絶対的な敵として恐れられていた 炎龍の死を祝う祭りでもあったのだから。

 

 

「───おーおー、盛り上がってるな。奴等、これからの未来も知らずに愉快そうだ」

 

「…………そうですね。平和そうで憐れみすら感じます」

 

 

皇宮のすぐ近くに用意されたハイルダインの拠点。ベランダから観察するは十人の男女たち。その中には伊丹達と相対したディーンやセルドラ、クロムやタウローがおり、彼等は全員がハイルダインの仲間である『竜人(ドラグノート)』であった。

 

 

「タウロー、仕上げは?」

 

「へへ、ちゃんと仕組んできましたよん。皇帝サマが間違いなく飲むように、ネ?」

 

「充分だ。後は、時間の問題だな」

 

 

押し殺すように笑いを溢したハイルダインは立ち上がる。机の上に置かれたグラスを手に取り、夜景を背に向ける。

 

 

「────諸君、長い休暇もここまでだ。これからは俺達の理想─────『滅龍計画』の為に働いて貰うぞ」

 

 

食事を口にしたり、椅子に座っていたりしていた者達もハイルダインの様子を理解するや否や、近くにあったワインの入ったグラスを手に取る。ハイルダインは彼等を見据え、笑みを深めるのだった。

 

 

「クロム、アルトリンデ、タウロー、ディーン、セルドラ、セレーティア、スカロウル、ヨツカド、ティエス。そして、今は亡きノワール。我が十人の同胞達、今を生きる九人の仲間達よ。我等が宿願を祝い─────乾杯だ」

 

 

そして、同時に酒を口に含む。ハイルダインは突如皇宮に轟く悲鳴や騒ぎ声を無視し、グラスを机に置いて立ち去る。

 

────毒の仕込まれた酒を呑んだ皇帝 モルトは、式典の最中に血を吐いて倒れた。悶え苦しむ彼は後に訪れた医者達の治療を受ける暇もなく、絶命したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

数分後、駆け足で自室へと駆け込んだゾルザル。事態が理解できぬ様子の彼を更に困惑させる者が、自室の中で待ち構えていた。

 

 

「やあ、何だか慌ただしいなぁ。ゾルザル」

 

「────ハイルダインっ!?貴様、何故ここに……」

 

 

机の上で酒を口に含むハイルダインの姿に、ゾルザルはほんの一瞬だけ戸惑う。何故ここにいるのか、そう口走ろうとしたゾルザルだったが、即座に全てを理解するや否や、低い声で問い掛ける。

 

 

「ハイルダイン………父上が毒殺された。アレは貴様の仕業だな?」

 

「陛下が、毒殺? なんのことやら、さっきから騒がしいのはそれが理由か」

 

「今更惚けるか! 貴様が父上を邪魔だと思っていたのは分かっている! だが、何故今殺した!? やるにしても、俺達の味方を増やしてからでも良かったはずだ!」

 

「────ふん。式典の最中、殺してやるとでも思っていたクセに、どの面で」

 

 

図星だったのだろう、明らかに言葉を詰まらせるゾルザル。自分がちやほやされないことに嫉妬でもしたのか、単純な男だ、と呆れながらハイルダインは心の中に留めていた悪態を─────躊躇なく、口に出すのだった。

 

 

「────全く、お前は馬鹿な男だな。ゾルザル」

 

「な、何だと!? ハイルダイン、貴様っ!!」

 

「俺が最初からお前に全部協力すると思っていたのか? 俺としてはもう、お前は不要だ。お前を殺し、俺達は帝国を支配させて貰うさ」

 

 

ゾルザルに協力していたのも、帝国での立場を確立するため。皇帝を殺した今、ゾルザルと素直に協力する必要もない。何なら自分のことをよく知るゾルザルには死んで貰った方が楽だ。

 

そう口にし、外套の下から大弓を露にするハイルダイン。明確な殺意を受け、後退りしていたゾルザルは、直後に笑い出した。

 

 

「ハハッ…………ハハハハハハッ!! 俺を殺すだと!? 馬鹿は貴様の方だったな! ハイルダイン!」

 

 

瞬間、ゾルザルは取り出した笛を勢いよく吹いた。同時に、部屋の中に複数人の重装備の衛兵が現れる。自身を囲む兵士達を睥睨したハイルダインは、彼等が現れた理由を理解する。

 

 

「………貴様の私兵か。思った通り、慎重なヤツだ」

 

「俺が貴様に殺される可能性を考慮してないと思っていたか? 俺とて無能ではない。自分の周りに兵を用意してないはずがないだろう!」

 

 

大弓を下げるハイルダインに、降参の意思を示したと感じたであろうゾルザル。彼の声音は高らかと弾んだものとなり、最早自分の勝ちを疑ってすらいない。

 

 

「さて、裏切り者のハイルダインよ。父上を暗殺した貴様を殺し、その遺体を街中に晒せば臣民も俺の事を認めるだろう。臆病風を吹かした父上とは違い、帝国を導くに相応しい新たなる皇帝として」

 

「…………」

 

「だが、俺とて感情的な男ではない。…………今ここで俺に忠誠を捧げ、一生を俺の為に尽くすならば、赦してやらんこともない。どうだ? 対等な立場ではないが、お前に意味を与えてやるぞ? ハイルダイン」

 

 

 

「────ここまで馬鹿だとは、呆れたものだ」

 

 

嘆息するハイルダインの言葉の意味を、理解しようとしたその時。

 

 

 

瞬時にハイルダインが放った一矢が、衛兵の頭を消し飛ばした。衛兵達が動き出す前に、数発の矢が兵士達の身体や頭を抉っていく。

 

 

「こ、殺せっ! ヤツを殺せぇっ!!」

 

 

狼狽えながらも叫ぶゾルザルに、兵士達は怒声を以て応じた。盾を前に突き出し、剣を構え突撃する兵士達にハイルダインは逆に迎え討つ。

 

 

弓につがえるはずの矢を槍として、そのまま盾をぶち抜く。兵士の一人を串刺しにした後に、ハイルダインは血反吐を溢す兵士の頭をねじ切り、跳躍した瞬間に数発、破壊の一射で此方を捉えた兵士の身体を爆散させた。

 

着地した直後、外套から2つのワイヤークローを射出。放射された鉤爪二つは兵士二人の頭と胸を貫き、そのまま残った衛兵と共に薙ぎ払われる。

 

 

「な、なっ、なぁっ………!?」

 

 

今度こそ言葉を失ったゾルザル。腰を抜かさなかったのは、前に似たような光景を目の当たりしたからだろう。タスクと栗林の時のような蹂躙劇に唖然とするゾルザルに、顔に飛び散った血を拭い、ハイルダインが口を開く。

 

 

「…………俺は常に強さを保ってきた。数百年間、俺は己だけを鍛えてきたからな。貴様みたいに、部下に身を護らせるような俗物とは─────格が違う」

 

「────ッ!」

 

 

腰に帯刀していた剣を引き抜こうとするゾルザルの腕を、ハイルダインの矢が撃ち抜く。ほぼ同時に、片方の手首と両足の腱が消し飛ばされた。

 

 

「がぁあッ!!?────俺を、殺してどうする!? それで、帝国を支配できるとでも!? 俺が死んだだけでは何も変わらん!ディアボやピニャが、代わりにるだけだ!」

 

「……………二つ、訂正してやろう。殺すのはお前であり、ゾルザルには生きて貰う。そして、お前を殺すのは、相応しい相手を用意してある」

 

 

パチン! と指を鳴らすハイルダイン。すると、部屋の隅に差す影からユラリと人影が現れる。影が少しずつ近付くことで、ようやくゾルザルはその人物が誰なのか分かった。

 

 

「───てゅ、テューレ」

 

「─────この日を、待ち望んでいた」

 

 

幽鬼のように揺れるテューレの手には、ナイフが握られている。部族の女王であった彼女が、同族と国を護るために己の身体と共に捧げた刃。それを手にしたテューレの瞳は、あの日から抱き続けた憎悪に燃えていた。

 

 

「全部知ってた。貴方が私との約束を最初から守っていなかったことを。同族達を奴隷にし、私が裏切ったように仕向けたことも。全て、ハイルダインが教えてくれた」

 

「ま、待て、テューレ! 俺はお前を愛していただろう!? そんな俺を殺す気か!?」

 

「────私は全てを捧げたのに、同族達から裏切り者とされて、殺意すら向けられている。それでも、私は生きてきた。ゾルザル、貴様を、貴様の全てを奪い去る為に───」

 

 

恨み言を吐きながら、テューレはナイフをゾルザルの胸へと突き立てた。少しずつ、苦しめるように。彼女の耳にはゾルザルの言葉など聞こえてはいない。自身の憎しみに囚われている彼女には、聞く余地もない。

 

 

「が、あ───ッ! やめ、止めろ! テューレ! ハイルダインっ! テューレを、止めろ! 俺を殺せば、帝国を動かせん! 俺が必要だからこそ! お前は俺と協力したのだろうがっ!!!」

 

「ああ、そうだ。ゾルザル・エル・カエサルは必要だ。俺達の傀儡となる帝国の支配にはな。だからこそ、お前には消えて貰うのさ。ゾルザル」

 

 

鼻で笑うハイルダインに助ける気がないことを理解したゾルザルは絶望する。両手足首を破壊されたゾルザルには、テューレに抵抗することも出来ない。今も尚、テューレが胸に突き刺した刃は少しずつ深く入っていこうとしている。

 

何秒か、何分か。テューレが今までの憎悪を刻み込むようにゆっくりと押し込む刃に、ゾルザルは絶望に近い慟哭を轟かせる。いっそのこと、早く殺して欲しいと願いながら。

 

 

銀座事件の元凶の一員、大勢の人の命を奪い、奴隷としてきた皇太子 ゾルザルは死んだ。自身が全てを奪い、奴隷として飼ってきたヴォーリアバニーの女王に報復される形で。

 

 

 

 

「─────」

 

「…………気分はどうだ?」

 

 

血の池の中で、テューレは足元に転がる遺体を見下ろしていた。絶望そのものといった、慟哭のまま亡くなったゾルザル。彼の胸に突き立てた刃を下げたテューレは、ポッカリと空いた心に触れるように、自身の胸を撫で下ろす。

 

 

「………思ったより、アッサリしてるのね。正直、実感がないわ」

 

「そうか。だが、噛み締めろ。お前は遂に、復讐を果たした。お前が望み続けた、復讐をな」

 

 

そう言い、ハイルダインはテューレの頭を優しく撫でた。そのまま自然な流れで彼女の手に触れると、豪快に抱き抱えた。

 

 

「………さて、風呂にでも入るか。これで一目を気にする必要もなく、共に居られるからな。まずは穢らわしい血を洗い流しておこう」

 

「…………ええ。久し振りに貴方と愛し合える。そう思えば、アイツを殺したのも悪くなかったわね」

 

 

同じ野望の元に、協力し合っていたはずの二人。しかし不幸に在る立場を共感し、結果的に愛し合ったハイルダインとテューレ。二人は凄惨な光景と化したゾルザルの私室から立ち去っていく。

 

 

暗闇の影に、付け足すように告げながら。

 

 

「─────後は任せるぞ。予定通り、動かしていけ」

 

「────はァい、了解でーす」

 

影から現れた少年は心から愉快そうに笑い、舌舐りをするのだった。食事を楽しみにする子供のような、無邪気さを宿しながら。

 

 

◇◆◇

 

 

それから数分後。笛の音を耳にしたゾルザルに荷担する主戦派の若い兵士達が、ゾルザルの私室へと飛び込んでくる。

 

 

「─────殿下!御無事ですか!?」

 

 

 

 

「…………遅かったではないか、お前達」

 

そんな彼等を迎え出たのは、無傷のゾルザルであった。彼は血に濡れた剣を手にし、周囲の死体を冷たく見下ろしている。当然、若い子爵を含めた兵士達は戸惑いを隠せない。

 

 

「で、殿下………この死体は、一体」

 

「先程物音がしてな。賊の者かと思い此奴等を呼び出したのだが、突如剣を向けてきたのだ。何とか先程、全員切り伏せた所だ」

 

「────流石殿下!これだけの兵士を一人で返り討ちにするとは!」

 

「……………恐らくは、父上を暗殺した者の手先だ。俺を始末し、帝国を物にしようという魂胆。おおよそ、ディアボが関係しているかもしれん」

 

 

誰も、この光景の違和感を疑わない。兵士の死体全ては明らかに超常的なものに殺されているはずなのに。これだけの惨劇の中で、ゾルザルが無事であることに疑問を持たない。

 

本物の超常を知らぬ者達には、目の前のゾルザルに起きた異変にすら気付けない。それは、きっと仕方のないことなのだろう。

 

 

「─────お前達に仕事を頼みたい。信頼に値する者を集め、軍団を掌握せよ。────これより、次期皇帝たる俺がこの帝国を導こう」

 

「ッ! 承りました! 我等一同、ゾルザル殿下に付き従う所存です!」

 

「準備を終え次第、公的にも宣言をするつもりだ。このような姿では、臣民にも顔が立たん。着替えをしてから向かう。それまでは、貴公らに任せるぞ」

 

 

ハッ! と高らかに宣言した兵士達は高揚したように昂っている。軍歌のように響く足音にも、その波長が見て取れた。背を向けて着替えようとするゾルザルは、ふと鏡を見る。

 

 

 

「…………ふゥん、やっぱり良い顔だナ。皇族サマは」

 

 

口笛を吹きながら、着替えていくゾルザル。その顔に張り付いた笑みは、新しいプレゼントに喜びを隠せない子供のように無邪気さに満ちたものだった。

 

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