GATE 狩人 彼の地へと、 導かれし   作:虚無の魔術師

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変わり行く帝国

モルト皇帝の暗殺により、その息子である皇太子ゾルザル・エル・カエサルが翌日に皇帝として即位した。その大きな理由としては、ゾルザルの暗殺未遂。話によるとゾルザルが衛兵達に命を狙われ、返り討ちにしたことが大きな理由になったらしい。

 

───暗殺されるような人物が、今回の件に関係しているとは思えない。そう判断し、決定を下した元老院はその直後に何者かに暗殺されたが、ゾルザルの手によって揉み消された。

 

即位したゾルザルは直ちに帝国内の官僚を選定した。自身に従順に従う者だけを残し、意見したり逆らったりする者は僻地に飛ばしたりした。

 

その過程で、ゾルザルはハイルダインを宰相として抜擢する。宰相となったハイルダインは帝国の領土である荒野などに大規模な施設────通称、『工場』を開発させる。

 

 

その間、ゾルザル─────ハイルダインが不要と断じた官僚などは彼等の下にある配下達によって排除されていった。そして、その対象には第二皇子 ディアボも含まれていたのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────クソ! ハイルダインめ!」

 

 

自身の宮廷の中で、ディアボは急いで身支度をしていた。理由は簡単。自身が皇帝暗殺の主犯の疑いを掛けられているのだ。

 

当然、そんなはずがない。もし本気で暗殺を企んでいたのなら、証拠など残すはずがない。ディアボの存在を厄介視したゾルザル─────いや、ハイルダインの策謀であった。

 

 

本来ならばもっと様子を見計らって、自身の立場を選ぶつもりだった。だが、ディアボの意思も関係なく、排除しようという意思だけがあった。

 

ハイルダインは、『ディアボは信用に値しない。馬鹿で煽てればいいゾルザルと違い、奴は頭の回る小物だ。どうせ此方を出し抜こうとすることは目に見えている。土壇場で裏切られる位なら、最初から消しておく』という考えがあっての事だ。

 

 

「どうする? 今すぐにでも逃げ出すか────いや、駄目だ!逃げた後で、どうするというのだ!? どうせ指名手配にされ、兵に捕えられるか、民衆に売られるかの違いだ! 他の勢力に身を預けようにも─────」

 

 

閉ざされた私室の中で、思考を張り巡らせるディアボ。しかし、答えという答えは出てこない。これがゾルザルだけならば良かったが、ハイルダインという参謀がいる限り、間違いなく自分は殺される。

 

だからこそ、最善の選択が他の勢力に保護して貰うことだが、自衛隊や日本に助けを乞おうにも間に合わない。彼等と繋がりのあるピニャの周囲にも、ハイルダインの私兵が潜んでいるかもしれない。

 

いっそのこと、全てを棄てて逃げ出そうか。自暴自棄になったディアボがそう考えるのも無理はなかった。しかし、そんな彼の目の前にも、希望が現れた。

 

 

 

「…………?なんだ、これは?」

 

 

資料を束ねた机の上に置かれた、四方形の物体。黒い液晶の面に覆われた正方形の物体に見覚えはなかった。何処で手に入れたのか、そう思考したのも束の間。

 

 

 

 

 

『─────やぁ!初めまして! 君が帝国の第二皇子 ディアボかい?』

 

 

突如、声が響く。聞いたこともない、男性の声。それはディアボの前に置かれた四方形から発されている、いや送られているように聞こえた。

 

 

『落ち着いて。軽く話をしたい所だが、まずは僕と取引をしないか?』

 

「と、取引だと?」

 

『君の安全を保証しよう。その代わり、契約して欲しい。君の持つ知識を、この世界の情報を提供してくれれば良い。それだけで、君を彼から匿い、衣食住全てを保証する。…………どうかな、悪い取引ではないだろう?』

 

「…………」

 

『契約成立かな。それでは、君をそこから連れ出してあげよう。宜しく頼むよ────これからも』

 

 

◇◆◇

 

 

「…………で?取り逃がしたと?」

 

「は、はい………西宮に出向いた時には。私室の方に閉じ籠っていたと思い調べましたが、外に逃げた痕跡もなく………今他の兵にも捜索させていますが────」

 

「…………窓や隠し通路も無し、か」

 

 

宰相となったばかりのハイルダインが下した司令の失敗を、重装備の兵士達は怯えながら告げることになった。冷徹に考え込んでいた彼は背を向けながら、兵士達に告げる

 

 

「兵を撤収しろ。どのみち、奴はもう見つからん」

 

「ハッ────失礼致します!」

 

 

許されたことに安堵する兵達の事など、頭にはない。ハイルダインはベランダの外へと出るや否や、青空を見上げる。いや、睨みながら手にしていた酒を口に含んだ。

 

 

「────欲深い『企業』どもめ」

 

 

何かを忌み嫌うような、不機嫌な態度を隠すことなく。

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、時期にして数日が経過し。軍部を完全掌握したゾルザルは帝権の確立の為、新たな組織が発足した。

 

 

────帝権擁護委員部『オプリーチニナ』。ゾルザル、及びハイルダインの意向に反意を示す者を捕らえ、処罰する。頭にコボルトの兜を装備し、帝政を乱す者を執拗なまでに生い立てる彼等は帝国の内側から『掃除夫』と蔑称されている。

 

同時に、『オプリーチニナ』は末端の組織であり、彼等は新皇帝 ゾルザルの直属ではなく、ある一つのグループの直属として動くことが多い。

 

 

それこそが、宰相 ハイルダインが暗躍していた頃から従えていた『竜人(ドラグノート)』達、通称『親衛隊』である。帝国の影から暗躍を続けていた彼等は宰相となったハイルダインにより公的に、帝国の軍属として認められることになった。

 

構成員は九人のみ。在る者は開発された『工場』の運営を、在る者は軍部の統括を、在る者は皇帝として振る舞い、各々が帝国を影から動かしている。

 

そんな彼等に、ハイルダインは新たな名を与えた。帝国を揺るがす一つの力、抵抗すら許さぬ権威の象徴として。

 

 

 

────『ヒドラ』。

九つの頭を持つ竜の刻印を旗に掲げる宰相直属の親衛隊。彼等は新たな変革を遂げた帝国がかつての栄華を、最強の座を取り戻したと言わせる程の力を世界に見せつけたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、今帝都にて。大きな騒ぎが広がっていた。大きく見れば一つではなく、複数。それも街中などではなく、貴族や爵家の殆どが─────『オプリーチニナ』の弾圧、粛清を受けていた。

 

 

「────カーゼル候に帝権千犯の疑いがある! 邪魔をするのならば斬り捨てるぞ!」

 

「────悪逆に従う狗どもがッ! 我等大恩あるカーゼル候には手出しはさせんぞ!」

 

 

そして、騒動の一つは帝国の重鎮 カーゼル侯爵の屋敷でも起こっていた。カーゼル候を捕縛しに訪れた『オプリーチニナ』と、屋敷内で武装した男達が争い始めたのだ。

 

皇帝により抜擢された組織と、屋敷の人間。相手をしようにも、勝敗は決まったも同然────とはいかなかった。

 

 

「ぐッ……!?」

 

「どうしたコボルトども! それでも帝国軍人か!? 皇帝の意思を語るのであれば、全身串刺しになってでも突撃してみせろ!」

 

「馬鹿な………何だ、コイツらは────まさか、退役軍人か!?」

 

 

オプリーチニナは知らなかった事実。彼等を迎え討った男達の正体は、かつて帝国で戦い続けていた元兵士。ある戦場で撤退し、現役から退くことになった誇りを忘れてない軍人達であったのだ。

 

────銀座事件で一人の英雄に破れ、続けて集ったアルヌスでの戦いで生き残った敗残兵。しかし、圧倒的な戦力による蹂躙を受けた戦争を生き延びたエリート。実力は兎も角、覚悟や度胸は『オプリーチニナ』を遥かに凌駕している。

 

 

「────ええい!何をしているか!たかが古参の敗残兵などに苦戦しおって………!」

 

「隊長!後方の部隊から伝達────『あの方』が動きました!」

 

「何!?『あの方』が!?」

 

 

 

────瞬間、空に凄まじい轟音が響いた。同時に青空を突き抜ける真紅の流星。それは、アルヌスの戦いを生き延びた敗残兵達にとって見覚えがある者であった。

 

 

「アレは…………アルヌスで見た、黒い鉄の竜!?」

 

「だが、少し違うぞ! あんなに小さくはなかった!」

 

 

太陽の光に照らされた、黒銀の飛龍───戦闘機に近い、ナニか。左右に展開した翼から真紅の光を放出し、超加速で空を飛翔するソレは────突如、空中で翼を広げた。

 

 

瞬間、翼から噴き出した真紅によって超加速を一気に低速させる。それと同時に、翼が動いたことで明るみになったヒト型────その脇から展開された二つの鉄の棒から、無数の弾丸が元兵士達に浴びせられた。

 

 

「ぎゃあッ!?」

 

「ぐああ!?」

 

 

弾丸の雨から逃れられず、数人の男たちが全身を撃ち抜かれる。肉塊に近い惨状になった彼等の前に、速度を緩めた飛翔体が地面へと着地した。

 

ガシャガシャ、と翼が折り畳まれていく。翼脚を背中に備えた飛翔体は、全身を黒いスーツその上に銀色の装甲を纏った機械のようなフォルムをしていた。顔を覆うバイザーや装甲には、緋色のラインが点滅しており、胸元のアーマーの隙間からは蒸気が噴出している。

 

ゆっくりと立ち上がった機人のような男に、圧倒されていたオプリーチニナ達が一気に反応を示した。心から望んだ、歓喜を。

 

 

「────クロム様だ!クロム様が来れられたぞ!」

 

「『ヒドラ』最強と呼ばれる御人だ! この戦い、我等の勝ちが決まったッ!」

 

 

『ヒドラ』、もとい親衛隊所属 『緋天彗星』 クロム。ハイルダインに信頼される程の圧倒的な戦闘力を有する『竜人(ドラグノート)』の中でも最強の一角とされており、『ヒドラ』のエースの一人でもあった。

 

 

「───クロム様。 よもや貴方様が動かれるとは…………我等の無力さ、不甲斐なさに申し訳が立ちませぬ」

 

「……………部隊を下がらせろ、ヴォフムス隊長。敵はオレが排除する」

 

 

この部隊を指揮する隊長 ヴォフムスにそう命じたクロムは後退していくオプリーチニナ達の横を通り過ぎ、前へと歩み出る。その堂々とした立ち振舞いには、歴戦の元兵士達を圧倒していた。

 

 

「────死にたくない者は投降しろ」

 

「………」

 

「オレは親衛隊として自由を許されている。カーゼル候以外の人命を奪うことは命令されていない。だからこそ、今退けば見逃す。それでも尚挑むのであれば、容赦はしない」

 

 

強さからの余裕ではないことは、男達も分かっていた。嘘ですらないことも。投降すれば、彼は本当に自分達を殺さずに見逃すだろう。

 

だが、彼等は武器を下ろすことはない。それどころか、逆に構え始めた。

 

 

「………俺達は敗残兵、生き残った負け犬だ。だがな、負け犬にも覚悟はある。恩人を売って生き延びるなんて恥は晒せねぇ────そんなことする位なら、喜んで死んでやるよ!」

 

「…………そうか」

 

 

クロムの漏らす嘆息に、残念だと言う感情はない。元兵士達の言葉と覚悟を受け止めたのだろう。静かに下げた両腕から力を抜いたのも一瞬────腰に備えていたブレードを二対、抜き放った。

 

 

「────ならば、殲滅する」

 

 

そう告げ、戦いは始まった。

二本のブレードを手に歩み出るクロムに、元兵士達が飛び掛かる。長剣で斬りかかる男の先制を避け、クロムは右手に握るブレードを一振。

 

 

────それだけで、男の身体が真っ二つに斬られた。続けて突っ込んできた男にも、クロムは左手のブレードを振るい、頭から半分に切断する。

 

当然、人間を簡単に切断することなど普通の人間でも出来ない所業だ。強靭な力と強さを有する『竜人(ドラグノート)』だからこそ、為し得ることが出来るのだ。

 

 

「───陣形を固めろ!盾で姿を隠せ!」

 

(盾で防御陣形を………いや、違うな。あくまでも、盾は囮。オレが剣で破壊した瞬間を奴等は狙うつもりか)

 

「ならば、望み通り突破しようか────」

 

 

直後、盾に身を隠した元兵士達の目の前で、クロムの人影が大きく動いた。折り畳まれていた翼、翼脚が大きく広げられているのだ。まるで爪のような鋭利な翼脚が振るわれ、それだけで防御に見せかけた陣形は大きく瓦解する。

 

 

「う、あああ───ッ!!」

 

 

発狂したように突撃する男や、それに続く者達。彼等はもう一つの翼脚から放たれた鋭い刺突によって命を散らす。最後の一人、彼等を束ねていた男は────腹の底から叫びながら、突撃していった。手にしていた剣を投げ、クロムに弾かせる。そして、今しがた殺された仲間の武器を広い、距離を縮めたクロムの胸元へと滑り込んだ。

 

 

「─────ッ!」

 

 

突き立てた刃は、胸元のアーマーによって刀身から砕かれた。刀身を失った剣に意識が持っていかれた男に、クロムはブレードを納刀し、自身の右腕────手首に装着した、鋼鉄の杭を装填した金属の塊────パイルバンカーを打ち込んだ。

 

 

「ガ、は────ッ」

 

 

心臓ごとを胸を粉砕された男は血反吐を吐きながらよろける。煙を吹くパイルバンカーを格納したクロムを見据え、元兵士の男は忌み嫌うように、最後に吐き捨てた。

 

 

「皇帝の───宰相の、小飼いめ────」

 

「…………」

 

 

崩れ落ちる死体を見届け、クロムはその場で翼脚を折り畳む。駆け寄ってきたオプリーチニナ、その隊長と言葉を交わす。

 

 

「───標的はカーゼル候。それだけを捜し出せ。屋敷の人間、抵抗しない者を殺すことは許さん」

 

「ハッ!了解致しました! お前達、そうとの事だ! クロム様の御慈悲を損なわぬよう、心掛けよ!」

 

 

ヴォフムス隊長の指揮により、屋敷内に突入するオプリーチニナ。先程下した命もあり、抵抗する者以外は無闇に殺さないはずだ。クロムは彼等を信じ、その場から背を向ける。耳元に装着したインカムから通信を行う。

 

 

「此方、クロム。応答を願う」

 

『────此方、ヨツカド。クロムか、カーゼル候の行方はどうだ?』

 

「………今捜索させている所だ。何か問題でも?」

 

『今、他の貴族達を捕縛していたが、連中から面白い話が聞けたのでな。─────屋敷にはカーゼル候は居ないぞ』

 

 

同じ『ヒドラ』のメンバーからの報告に、クロムは顔をしかめた。何故それが分かるのか問い掛けた所、ヨツカドの答えは明白だった。

 

 

『曰く、カーゼル候は信頼できる親戚の元に身を寄せているらしい。今、スカロウルがオプリーチニナを率いて縁者一同を粛清しているが─────俺が怪しいと思うのは、テュエリ家だな』

 

「────そこにカーゼル候が居ると?」

 

『ま、俺の勘だがな。どうする?』

 

「………愚問だな。オレが行こう」

 

 

そう告げると、クロムは翼を展開する。ガシャガシャ、と肉体を変化させ、彼の宿す竜としての側面────『バルファルク』の因子を濃く発揮した、『飛翔形態』へと移行する。

 

 

「クロム隊長!? どちらへ!?」

 

「────テュエリ家へ向かう。ヴォフムス隊長、屋敷の人間は他のオプリーチニナに見つからぬように帝都から逃がせ。見つかった場合、オレの名前を出せ」

 

 

慌てて屋敷の外に出てきたヴォフムスに告げると、竜に近い姿となったクロムは地面を蹴り、爆音と共に空に飛び上がった。飛翔する赤い閃光と化したクロムは向かう、火の手が上がってたテュエリ家へと。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、テュエリ家は現在、オプリーチニナによる襲撃を受けていた。カーゼル候を匿った容疑で突入され、屋敷の人間は殺された。─────屋敷に避難していたカーゼル候とテュエリ家の娘 シェリーは逃げ、残った当主と妻である二人は屋敷に残り、オプリーチニナを出迎えた。

 

オプリーチニナの油断を突き、油を浴びせ火を付けた二人。彼等の不意打ちにより、オプリーチニナの数名が焼き殺されることになった。そして二人は離れることなく、燃え盛る屋敷の中に在中していた。

 

 

「────いやぁ、スガワラから貰った酒は本当に強いなぁ。シェリーの亭主となる男と汲み交わしたかった」

 

「………わたくしは、孫を抱きたかったですわ」

 

 

火の手を前にして、二人は笑顔を崩さなかった。娘が生き延びたことで満足したのだろう。一矢を報いることも出来た二人は、この屋敷と最後を迎える覚悟であった。

 

 

そんな最中、焔の中から人影が現れる。銀のアーマーを身に纏った竜人 クロムであった。

 

 

「────テュエリ家の当主と、その奥方だな?」

 

「オプリーチニナ、では無さそうだ。君は?」

 

「親衛隊『ヒドラ』、クロム。貴方達に聞きたいことがある」

 

 

二人は、やはり顔色を変えない。いつもの調子で振る舞う二人に、クロムは淡々と問い掛ける。

 

 

「─────此方にカーゼル候がいたはずだ。どちらに?」

 

「さぁね、私達は存じてないよ。もしかしたら、門の向こうにでも行ってるのでは?」

 

「────話して下されば、お二方の娘の身柄は保証しよう。我が片眼と片腕、望むのならば我が命に掛けて」

 

 

宣言したクロムの眼を見据え、沈黙するテュエリ家当主。しかしすぐにフッと笑い、両手を広げて話し始めた。

 

 

「………シェリーはカーゼル候と共に逃げているはずだ。捕まえようとは思わない方がいい。聡明なあの娘のことだからね、逃げ切れるはずさ」

 

「─────貴方」

 

「大丈夫だ。彼は信用に値する。そういう眼をしているからね」

 

 

不安そうにする奥方も、自身に満ちた当主の言葉を信じたようであった。

 

 

「娘は見逃すが、貴方達は無理だ。助け出しても、オプリーチニナを数名殺害していることで裁かれるだろう。───少なくとも、この場で死ぬ以外に選択肢はない」

 

「………そうか。まぁ、残当だろうなぁ」

 

「─────だからこそ、オレが介錯する」

 

 

静かに、腰から二刀のブレードを抜き放つクロム。焔の中、歩み寄るクロムの姿は死神、いや処刑人のそれであった。

 

 

「苦痛は与えないように、一撃で仕留める。貴方達の遺体は丁重に葬るから、安心して欲しい」

 

「…………律儀だな、君は」

 

 

 

穏やかに笑う二人が互いの手を握る。寄り添うように立つ二人に向かい、クロムは振り上げた二対のブレードに力を込め────業火の中で、二人の男女を一撃で殺すのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────本日のテュエリ家の騒動でぇ、優秀で勤勉なオプリーチニナの委員が八人、亡くなってしまいましたぁ」

 

 

数時間後、燃え尽きたテュエリ家の残骸の前で、作戦行動に移ったオプリーチニナの部隊が集められていた。テュエリ家の中から回収された遺体を前にした一人の男────包帯を全身に巻き、法衣を身に纏った奇怪な男が、伸ばした声で語っていく。

 

 

「テュエリ家の当主も死にましたがぁ、肝心のカーゼル候は捕らえられず仕舞いですねぇ……………委員長殿ぉ」

 

「で、ですがきっと焼け死んだはずです!カーゼル候が亡くなった以上、講和派の勢いは弱まっていくと────」

 

「────いけません、いけませんねぇ………」

 

 

この部隊を指揮する隊長に、男 スカロウルは詰め寄る。穏やかな笑みと裏腹に、粘り付いた疑心が青ざめる隊長の心を少しずつ削り取っていく。

 

 

「一体、何時私がカーゼル候を殺せと言いましたかぁ? 私はねぇ、カーゼル候を捕らえろと言ったのですよぉ。貴方達には捕らえることと殺すことは同じことなのですかねぇ?」

 

「い、いえ………そのようなことは」

 

「────貴方もですよ。委員殿」

 

 

ギョロリ、とスカロウルが眼を向けた先には───包帯に身を包まれたオプリーチニナの委員がいた。テュエリ家に突入し、二人に油を掛けられた一人だ。何とか生き延びた彼は、当然失敗の責任を追及される立場にあった。

 

 

「…………当主相手と侮り、屋敷に火をつけられた。その結果、貴方以外の委員が亡くなった訳ですが………弁明はおありですかなぁ?」

 

「申し訳、ありません………スカロウル様」

 

「ふぅん、まぁ良いでしょう。肝心なカーゼル候も焼け死んだ訳ですし、とっとと撤退しましょうか」

 

「─────あら? もう帰るのかしら、スカロウル」

 

 

背を向けようとしたスカロウルを呼び止めたのは、毛皮のローブを身に纏ったヴォーリアバニー。宰相ハイルダインの補佐に抜擢された、テューレであった。

 

 

「おぉ、これはこれはテューレ様! このような場所に出向かれるとは! 」

 

「世辞は置いといていいわ、スカロウル。それより、カーゼル候の捜索はまだ続けて貰うわよ」

 

「………? カーゼル候は焼け死んだと聞いていますが?」

 

「────生きて逃げているらしいわ。クロムからそう報告を聞いているけど」

 

 

笑顔のスカロウルは、そのまま硬直した。空気自体が凍り付いた感覚の中、一言も発することが出来ないオプリーチニナ一同。ギチギチ、と首を回したスカロウルの不気味な一声がさらに空気を重くするのだった。

 

 

「………どういうことですかな、委員長殿」

 

「そ、そんな馬鹿な…………少々お待ちを!確認して来ますので!」

 

「────他の兵を使って確認は終えたけど、テュエリ家の中に隠し通路を見つけたわよ。どうやらそこから逃げたみたいね」

 

 

戸惑う委員長の発言に、テューレが淡々と付け足す。その言葉を聞いて青ざめる委員長に、スカロウルがフラフラと身体を揺らす。

 

彼は立ち尽くす委員長と火傷の目立つ委員の二人の前に歩み出る。

 

 

「…………ということはぁ、カーゼル候をむざむざ取り逃した挙げ句、委員八人も無駄死に────ということになりますねぇぇぇ…………」

 

「───す、スカロウル様………我々は」

 

「……………………怠、慢」

 

 

───瞬間、スカロウルは委員長の頭を掴み、そのまま頭部に膝を叩き付けた。顔面を、鼻を砕かれた委員長は血を流しながら、悶え苦しむ。

 

そんな様子に言葉を失う火傷の目立つ委員の顔を、スカロウルは掴んだ。そのまま大の大人を持ち上げながら、スカロウルは左右の眼をギョロギョロと回しながら、おぞましい声音で語り続ける。

 

 

 

「オプリーチニナ、それは皇帝の為───ハイルダインの為の配下なのですよ? 役割に忠実、どんな敵にも食らい付くコボルトであれと、皇帝やハイルダインは選りすぐりの貴方達を抜擢したのです」

 

「す、スカロウル様………っ!」

 

「なのに、貴方達は何です? 肝心のカーゼル候を逃し、八人も死なせるとは。ハイルダイン様の期待を損なうなど、この眼は二つもいらないですよねぇ………?」

 

スッと、指が動く。両手で顔を固定したかと思えば、右手の親指を見開かれた眼球へと添える。無理矢理眼を開かれた委員は、火傷による苦痛も忘れ、必死に許しを乞う。

 

 

「ヒッ………御許しを、スカロウル様!」

 

「なんと情けない、己の失態くらい注ぐ覚悟くらい見せなさい─────愚か者が!」

 

 

そして、躊躇いもなく、スカロウルは委員の片眼の眼球を潰した。言葉にならない悲鳴、絶叫、手を離された後に悶える委員を無視し、スカロウルは両手を広げ、空を見上げる。

 

 

「────あ、あ。………ああ、何と言う怠慢! 何と言う愚鈍! 何と言う、無能! 神よ、大いなる神よ! 彼等の愚かさを御許し下さい! 我々人間の無知さ、無力さに憐れみを! 我等は必ずしや大望を─────我等の敵、『暴虐の龍災』を打ち倒しますので! どうか我等、人間に慈悲を向けんことを!!──────大いなる、おぉいなる神よぉぉおおおお!!!」

 

 

涙を流しながら、天に向けて叫ぶスカロウル。狂っているのか、と言わんばかりに戸惑うオプリーチニナ一同。そんなスカロウルの様子に、テューレは溜め息を漏らすしかなかった。

 

 

────『死骸纏衣』 スカロウル。竜人(ドラグノート)の中でも、屈指の不安定さを宿す人物。タウロー同様、二種混合────二体の古龍の因子を宿しているが、それに適合した影響で、精神が不安定な状態へと成ってしまっている。

 

元々、彼は神を信仰する敬虔な信徒であったらしいが、とある過去のトラウマと古龍の因子の影響による、情緒がイカれてしまったのだ。

 

 

「────この二人を『工場』へ! まともに職務も果たせない者に、オプリーチニナたる資格はありません故!

 

 

 

 

他の者は今すぐ、捜索を開始しなさい! カーゼル候と、生きているテュエリ家の娘を捕らえなさい! 生きているのならば手足を切り落としてでも生きたまま! 死んでいたなら、その首を切り落として箱に詰めなさぁい! ────ハイルダイン様の期待を裏切らぬよう! 無理はしないように、なるべく早く!!」

 

 

ハッ! と、オプリーチニナ達は即座に動き出す。スカロウルはフラフラと首を揺らしながら立ち去っていき、テューレはその姿を最後まで見届けながら燃え尽きた屋敷の残骸の前に立ち尽くしていた。

 

しかし、何も感じることはなかったのか、背を向けてその場から歩き去るのだった。

 

 




クロム


竜人の親衛隊『ヒドラ』の一員であり、最強と呼ばれるエースの一人。二つ名は『緋天彗星』『天彗龍』バルファルクの因子を宿し、飛行形態と呼ばれる龍の姿へと変化も可能。『協力者』から買い取った武器───多数の重火器を取り込んでおり、空中から飛来し、高火力で相手を一掃することを得意としている。

無益な殺傷を好まず、一般人や女子供は率先して見逃すことが多い(ヒドラは基本的にある程度の自由を許されている)他人を責めたり、無理に処罰したりもしない為、兵士達からの評判も良く、彼の直属である第七部隊、第八部隊からは「クロム様が上司で良かった」と言われる程である。


ハイルダインには強い忠誠以前に、彼の掲げる『滅龍計画』に心から賛同しており、過去に龍に対し何らかの被害を被っていると見られている。
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