「─────どうです? 初瀬三曹」
「…………空域を離脱しました。いつも通り、周辺の警戒をしている様子でした」
悪所の拠点から覗く二人、初瀬と黒川。拠点の屋上の板を上げ、双眼鏡を覗く初瀬は深い安堵を漏らした。帝都の空を駆ける赤い閃光。それが消え去ったのを見届けた後に、初瀬は確信を口にする。
「あの機影、やはりロルドム渓谷で見たものです」
「アレも人間、竜人でしょうね………」
「理解がし難いです。ノワールならば納得はいきますが、アレは最早竜と呼べるのでしょうか」
初瀬は改めて、その姿を異様なものとして見ていた。戦闘機のような形状で飛翔する存在。全身に兵器、砲身や銃身を展開するその姿は、武装を纏った竜のソレであった。
そして、初瀬は改めて考える。アレが自分達と同じ、人間なのか、と。
「やはり理解に苦しみます。何故彼等は、ハイルダインに従っているのか。まさか、無理矢理従わされていのかも……」
「…………それは、違うかもしれませんわ」
義憤に駆られる初瀬に、黒川は否定を以て答えた。まだ自衛官として非の浅い────正義感が強い彼は不満そうに黒川に疑問を投げ掛ける。
「何故です? 彼等が望んであのような姿になったと? そう言いたいのですか?」
「私達は、彼等に何があったのかを知らない………そうならなければ生きていけなかったのかもしれません」
ハイルダインは、野上裕樹が自分の意思で竜人に成ったと言っていた。奴隷として使われ、炭鉱で死にかけていた彼をハイルダインは助け、彼を延命させるために竜人にした、と。
それを望んだのは、野上裕樹本人だとハイルダインは語っていた。生き別れた恋人に会うため、彼女を日本に帰す為に、野上裕樹は怪物へとなり果てることを選んだ。
その覚悟は─────自我を失ってまで、帝宮に飛来した死に体のノワールが、物語っていた。
「悪所の人々が手段を選べないように、彼等もそうやって『竜人』になる以外に、選択肢がなかったのかもしれません。自分達に力を与えたハイルダインに従うのも、それ以外の選択肢が無かったはずです」
────彼等には、それしか救いが無かった。自分達の未来を選ぶ余地などなかったのだ。無論、それを可哀想な事と考えてはいけない。彼等だって、きっと自分の意思で選んだのだ。自分自身の考えで、ハイルダインの手を取ったのだ。
。
「…………ですが、自分は………」
「考え過ぎですよ、初瀬三曹。今すぐ彼等と交戦するって話でもないですから、無理はなさらないでくださいね?」
「───ハッ! 了解であります!」
ビシッ! と敬礼する初瀬に柔らかい笑顔を浮かべる黒川。堅物というより真面目過ぎる初瀬だが、こうして一緒にいると聞き分けが良く純粋で嫌いではない。むしろ、個人的には好きという感情があるかもしれない。
拠点の中に戻った二人の元に、何人かの娼婦たちが集まってくる。その中に見知った顔がいることに気付いた黒川は、すぐさま口を開く。
「………どうでした?」
「やっぱり帝都は荒れてるよ。掃除夫や親衛隊が対立する貴族や官僚を弾圧して回ってるらしい…………ついさっきも、私らの前で貴族たちが連行されてったね。見た感じ、数十人は軽く越えてたね」
黒川と交流の多い、娼婦たちのリーダー格のミザリィがキセルを口にしながら告げる。仲間たちも調べてはいたが、帝国────『親衛隊』は貴族たちの殆どを殺してはいない。それどころか生け捕りにして何処かへ送っているらしい。意外なのは、彼等の大半は殺さないことを徹底しているのだとか─────それ程までに、生きてる人間が必要なのか。
「数十人…………昨日だけでも数百人は連行されてたのに、一体何処へ連行しようと言うのでしょう………」
「さぁ、私らは興味ないね。ただ、西方の領地に送るって話してるのは聞いたけど………」
「西方の領地…………『監獄』の方ですか」
西方にある帝国の領地。そこには巨大な基地、『監獄』が備えられているらしい。外からも様子は見られない。皇帝へ牙を剥く反逆者を送り込んでいることと、外から出てきた者はいないこと、それ以外の事実は何一つ分からない。
「…………」
心なしか、黒川は嫌な予感を感じていた。
外部からの監視すら拒絶するような基地の中で、一体何をしようとしているのか。見られたくない何かを隠しているのか、と。隠しきれない不安を胸に膨らませるのだった。
「ねー、お兄ーさん。私達と遊ぼーよ」
「──い、いえ!! じ、自分は仮にも自衛官でありますのでっ! 仕事中に遊ぶ訳には────」
「え! じゃあ終わったら良いの? なら後で一緒にどう!?」
「えぇ!? いや、その………自分は……」
そんな風に考えていた黒川の視線は、隅っこで娼婦の少女達に絡まれて赤面している初瀬に向いた。真面目ながら悲しませないように対応しようとする彼の優しさは理解している。…………のだが、少し面白くなかった。
「………どうしたんだい、クロカワ。気味悪い顔じゃないか。年下の娘に嫉妬でもしてるのかい?」
「─────」
ポーカーフェイスを取っていた黒川の笑顔が更に深まっていく。同時に吹き出す黒いオーラに気付いた初瀬は自分が何をしたのかも分からず、身震いするしかなかった。それこそ、肉食獣を相手にした小動物のように。
◇◆◇
ガァン! と、金属音が鳴り響く。
しなやかなサーベルの刃が、鋭く振り下ろされる。しかし、その刃を受け止めるのは、巨斬刀のような大剣。片手で振るわれるとは思えない大きな刃が、サーベルをへし折らん限りの力を振るう。
「────っ!」
「一撃で決めようとするな。 隙を突かれてやられるぞ」
振り払われるままに吹き飛ばされたヤオに、タスクはそう告げる。すぐに体勢を立て直した彼女がサーベルを振るい、タスクへと斬りかかる。そんな彼女の一撃をいなし、タスクは大剣による大振りの斬撃で地面を叩き割る。
咄嗟に回避したヤオへ追撃を行いながら、タスクは淡々と説明していく。
「いいか、大きな相手はその分隙が大きい。常に相手に先手を掴ませろ。相手の動きを見抜き、パターンを予測しろ。 大きな隙を見せた時だけが、攻撃のチャンスだ。勝つためには、相手の全てを知り尽くせ」
「…………っ!分かり────!?」
「ペースが乱れたぞ。思考、意識、肉体、其々を上手く動かせ。どちらかが狂えば、大きな隙を作る。人間にとっての隙は致命的だ。気を付けろ」
ハッ! と応えたヤオは同時にタスクへと突きを放つ。それを受け止めながら、戦いを続ける二人────それを見ていた外野は、大いに盛り上がっていた。
「────あれだけ動いて息一つしてねぇな」
「まぁ、実質亜神レベルの人だから………ロゥリィは勝てる?」
「………まぁ、五分五分ってとこかしらぁ。流石に圧勝、とまではいかないわよねぇ」
「……………」
ドン引きしたように顔を引き攣らせる伊丹の隣で、ふと疑問を覚えたテュカが真剣に見ているロゥリィへと語りかければ、彼女は笑みを浮かべながらやる気を見せる。その一方で、レレイは一人静かに何かを読んでいた。
────タスクの知識をまとめた、彼の世界のモンスターを記す書類。一部の娯楽に飢えた自衛官達────尚、事実を知った司令官により、減給の処罰を受けたが────彼等の手により作られたそれは、タスクの許諾を受けたことで自衛隊内部で読み回されることになっていた。
因みにレレイが読んでいるのは、タスクが特別に譲り受けた代物であり、彼女は暇があれば良く読んでいる。────モンスターの生態、というより彼女的には『古龍』という存在への興味関心が強いらしい。
「………………」
「どうした、栗林。タスクに相手でもしてほしいのか?」
「────ちょっと黙っててください。今真剣に見てるんです」
「あ、はい。ゴメンナサイ」
食い入るように見つめる栗林に茶々を入れようとした伊丹は、今までのような態度とは明らかに違う不機嫌そうな様子に押し黙るしかなかった。「…………やっぱり、あの人しかいないのかも」という呟きに何も言えない。下手に口を出せば、半殺しでは済まないかもしれないから。
次は私が、と疲弊しきったヤオの代わりに相手を頼む栗林。更に盛り上がる外野一同。訓練中の自衛官達すら気になり始める特訓は─────人智を超えた激戦になった、とだけ記録しておく。
◇◆◇
数日後のアルヌス、自衛隊の基地内部。
会議室に集められた全員────タスクやロゥリィ、テュカやレレイ、ヤオを含めた自衛官以外の人間も集められたその場所で、狭間陸将が口を開き始めた。
「────諸君らは知っているだろうが、モルト皇帝が暗殺され、ゾルザル皇太子が皇帝になってから、帝都では独裁が続いている。
講和派の勢力、及びゾルザルに逆らう反対勢力は宰相となったハイルダインが統括する『ヒドラ』、『オプリーチニナ』によって弾圧、処刑されている事態だ。………これにより、帝国内部はゾルザル率いる主戦派に大きく傾いている」
「………ゾルザルはハイルダインと結託している、と言うべきなのでしょうか」
「いや、恐らくは違う。互いに利用し合い、互いを排除しようと伺っているのかもしれん…………それにしては、まだ推測しかできない。だが、帝国内部の密偵から、重要な情報を引き出せた」
自衛隊としては、今の帝国の現状を見守ることしか出来ない。下手に手を出せば、戦争を始める口実を作りかねない。忌々しいが、様子を見計らう以外にない。
だが、無論。何もしないという訳では無い。
「帝国は近い内に我々に全面戦争を仕掛けるつもりらしい。その為の戦力として、『竜我兵』なるものを増産しているようだ」
「………『竜我兵』?」
「詳しくは分からんが、ハイルダインが帝国に取り入ったのはそれが皇帝の目に止まったからと聞く。…………ピニャ殿下の話を聞いたボーゼス殿から、興味深い話を聞けた。
曰く、竜が如くの力と肉体を有した兵隊。矢や魔法は愚か、我々が持つ銃にすら対抗しうる戦力、らしい。この話が本当であれば、我々としても無視できるものではない」
自衛官達がざわざわと騒ぎ、タスク達も表情を引き締める。『
ハンターとしても、個人としても、ハイルダイン達のやり方は容認できるものではなかった。
「内部の密偵から、『竜我兵』の増産場所の一つを知ることができた────西方の領土に建造された、巨大な『監獄』の中だ」
モニターに提示されたのは、ある程度測られたこの世界の地図。帝国の領土を表す大規模な土地の西側に、その大規模な建造物の存在が記されていた。
────『監獄』
元々はハイルダインがモルト皇帝から与えられた土地に作った建造物であったらしいが、今回の騒動を境に帝国への反逆者や重罪人を送り込む『監獄』として機能することになったらしい。
ほぼ間違いなく、そこで『竜我兵』の増産を行っているのだろう。送り込まれた人々は、そこで労働力として利用されているのかもしれない。
「我々の目的は、この『監獄』の攻略にある。だが、『監獄』は思ったよりも堅牢で守りが厚い。すぐにでも無力化したいが、数ある要因を考慮し、様子を見るしかない現状だ」
「………その要因とは?」
「この『監獄』の主は、『ヒドラ』の一人らしい。純正の『竜人』、タスク殿でなければ相手にならない存在だ。我々が出会えば、炎龍の時のように防戦一方になるのだろう。何より、内部の戦力は未知数だ。不用意に動けば、最悪の可能性すら有り得る」
「様子見、ってか………?」
苦笑いしながら呟く伊丹に、答える者はいなかった。現状、あらゆる作戦は総理によって認可されているが、戦争になりかねない行為は原則的に禁止されている。それ以外であれば、自分達が行えるのは攫われた日本人の保護だが、彼等の行方も分からない以上、手の出しようがない。
────その瞬間。
「────お話の最中、失礼」
凄まじい風と共に、声が響く。室内に吹き荒れた暴風に資料が巻き上げられる中、いち早くタスクとロゥリィが動く。互いに武器を構えた二人は────会議室の入口に佇む一人の男の姿を見た。
「誰だ、お前は」
「貴方達の言う『監獄』、そこを管理するドラクル騎士団が一人、スパロウという御名を賜っている」
それだけ言うと、スパロウはペコリと頭を下げる。礼儀正しいその男に警戒を緩めず、武器を向けるタスクとロゥリィだが、すぐに狭間陸将に止められた。
…………突然現れたとはいえ、相手の目的をまずは知らなければならない。そう告げる陸将の考えに納得したらしく、タスクもロゥリィを武器を下げ、警戒しながらも話に耳を傾けることにした。
「初めまして、日本の軍隊 自衛隊諸君。私が貴方達の前に現れたのは他でもない─────我等の主、セレーティア様から伝言があるからだ」
淡々と告げるスパロウに、狭間陸将は顔を歪めながら問い掛ける。
「セレーティア? 知らない名だな、何者だ?」
「───ハイルダイン様の配下、親衛隊の一人───『絶界凍冰』の竜人たる御方だ」
「…………『絶界凍冰』?まさか、それはあの……!?」
────帝国の侵略は他国にまで及んだと聞く。タスクや、自衛隊が帝国を圧倒した直後、不満を募らせた諸外連合国の反攻作戦数人の竜人が制圧した。その一つが、『絶界凍冰』と呼ばれた女性。五万の大軍を一人で退け、連合国の一国を沈めた竜姫。
数ヶ月前、事態を知った自衛隊が部隊を派遣。辿り着いた彼等が見たのは────氷の世界に囚われた兵士の亡骸、そして環境が狂い、雪国と化した滅びた国の跡地だった。何とか氷解し、凍死を免れた兵士は怯えながら、女性の存在を告げた。
────龍の姫が、冬を連れて現れた────と。
その事態を知ったタスクは、その女性が『古龍』の力を使えるのだと確信した。そこまで天候を、土地の性質を狂わせられるのは『古龍』以外に有り得ない。そう警句を唱えるタスクに、自衛隊は疑うことはなかった。
それ故に、その存在が動いたことが、自分達に接触してきたことに戸惑いを隠せない。だが、その次の言葉がその場にいた全員に更なる衝撃を与えた。
「『貴方達の探している日本人、知っている者達の場所を教える』、と仰られている」
「…………何が目的だ?」
「────タスク・アイアスと望月紀子、この二名をセレーティア様の『城』へと招待したい」
今度こそ、自衛隊含めた全員が大いに戸惑う。その動揺を一喝で静めた狭間陸将は険しい顔で、スパロウと向き合い、言葉を紡いだ。
「………悪いが、断らせて貰う。タスク殿は我々日本の客人であり、同盟を結んだ相手………何より、望月さんは一般人だ。二人を貴方達の根城に連れて行かせる訳にはいかない」
「────フム。では、もう一つ。面白いことを教えてあげましょう。我々が知る日本人、その一人の名前を」
勿体ぶるような態度に、強気な姿勢を崩さない狭間陸将。だが、スパロウの告げた言葉は他の者を絶句させるようなものであった。
「────『
「…………は?」
「その日本人は我々の城に居ります。セレーティア様の元に来るであれば、必ずや会えることでしょう」
「なんで………そんな………っ」
スパロウの言葉を聞き、タスクが明らかに狼狽した様子を見せる。その様子に違和感を覚えた伊丹が落ち着かせながら、問い詰める。その名前に心当たりがあるのか、と。
「その子は、紀子さんの友達だ」
「…………何?」
「聞いたんだ、彼女から。緋室冷花────彼女は、紀子さんやノワール………裕樹と一緒に帝国に拉致された、日本人なんだ」
その事実を知った狭間陸将は頭を抱え、他の者と共に短時間の会議を行った。タスクや伊丹、ロゥリィ達を除いた会談の結果────スパロウの話に乗る、ということであった。
◇◆◇
「────セレーティア様」
白銀に包まれた大広間。白雪と氷結で構築されたその玉座の間にて、一人の男が頭を垂れていた。黒い軍服を纏う、騎士風の男。スパ共に、『ドラクル騎士団』なる組織の一員であった。
「スパロウからの報告です。自衛隊の連中が動きました、目的の二名を連れて此方に向かっているとの事です」
「────フフッ、そうですか」
絶対的な忠義に満ちた男の声に応えたのは、穏やかに満ち足りた声音。薄氷の玉座から飛び降りた女性が、静かに降り立つ。
────白を通り越した白銀の長髪。蒼色と白で飾った荘厳なドレス。お姫様のようなその女性だが、人間ではない特徴が一つだけあった。片方の髪の隙間、もとい額から伸びた氷の角。
竜の要素を混ぜたような女性は、おっとりとした様子で男に語り掛ける。
「その二人は、私の所に連れてきてください。それ以外の方は…………」
「ご心配なく、侵入してくる者は一人残らず殲滅致します。貴方の眷属たる、ドラクル騎士団が」
「フフ、そうでしてね。では、頼りにしますよ」
男の言葉に笑顔で応えた女性は彼の頭を撫でて、歩き出す。撫でられた当の男は喜びを噛み殺したように、「………失礼します」と玉座の間から出ていく。
「────フフッ、早く会いたいわ。ノリコ」
一人っきりとなった女性は玉座の間で楽しそうに舞っていた。心の底から、期待するように。彼女は玉座に向けて視線を上げると、恍惚とした表情のまま言葉を漏らした。
「─────お待ち下さいませ、ハイルダイン様。私が貴方の望みを叶えますから」
────絶対零度の『
因みに、本編中に語られたタスク関連の本ですが、タスク本人の体験談を綴った冒険譚の本もあります。数ヶ月もしない内にアルヌスは愚か、日本を含めた多くの国に人気の作品になる訳ですけども。