「おー、おー。派手にやってるなぁ、あの龍も」
人のいない荒野の高台で、男が遠くを見て声をあげていた。彼の視線の先では、燃え盛る町があった。恐らく近くまで行けば悲鳴が聞こえるのだろう、逃げ惑う人が焼かれる光景から目を離し、男は空を見る。
炎と煙の中、空を飛び回るは巨大な赤龍。翼を広げ飛び回る龍は炎を撒き散らし、町を逃げ惑う人の何人かを喰らっている。
遠方を見ていた男は、隣にいる仲間を呼んだ。
「なぁ、セルドラぁ!あの龍が俺達の目的なのか!」
「…………喧しいですよ、ディーン。此方は記録を取ってるですから、後にしてください」
眼鏡を押し上げながら、淡々と何かを書き続ける男。生真面目、厳格、そう言った言葉が相応しい理知的な男 セルドラと呼ばれた学者と思われる男性は、短く嘆息しながら作業を続ける。
「ええ、そうですね。我々の目的の為には、純粋な龍が必要です。あの龍を手にする為にも、データの回収は必要不可欠となります」
「フーン。じゃあ、あそこのエルフ達はどうする?助けるか?」
「────馬鹿を言わないでください」
重い腰を上げ、立ち上がったディーンと呼ばれる活気に満ちた男を、セルドラは静かに睨んだ。その際も、彼は作業の手を止めることはない。
「ハイルダインからの命令はあの龍の調査であり、回収というもの。そこに龍に襲われた者の救助は加えてはありません。助けるだけ、無駄ですよ」
「……………見殺し、か。良い夢は見れんなぁ」
「…………イヤミですか? 私の進行に、何か不満でも?」
「いや、お前さんの考えだ。従うと言ったのだから、文句は言わんさ」
クハハッ、と笑ったディーンはズカッ! と腰を下ろして座り込む。襲われる人々を見過ごすことに何も感じないのか、感じた上でこの態度なのか。本人にしか分かり得ないことだ。
そうそう、と何か考えたのか、彼は隣にいるセルドラに疑問を投げ掛けた。
「エルフと言うのは、どういう種族だったか。知ってるか?セルドラ」
「────人間と対して違いはありませんよ。強いて言えば、耳が違うのと美人が多いという話です」
ピクリ、と反応するディーン。余計なことを言ったな、とセルドラが嘆息していると、ディーンが満面の笑みを浮かべながら口を開く。
「……………セルドラ、少しいいか?」
「駄目ですよ。データを取ってる最中なんですから」
「しかしなぁ…………美人は可愛いんだぞ? 失われるのは世界の損失とも呼べるんじゃないか?」
「世界は広いです。損失といえど、数百程度のものです。それだけで世界に響くようなものではありません。ただ愛でたいだけなら奴隷でも買ったらどうです」
「むう、俺はそんなつもりではないのだが…………」
そうして話している内に、命が失われていく。エルフの町が全滅した光景を、彼等は其々の感情を浮かべる。ディーンは憐れみ軽く祈り、セルドラはつまらなさそうに書類をまとめている。
そうして、二人は飛び去っていく赤龍の後を追う。その龍の情報を掴むため、動いていくのだった。
◇◆◇
「────酷いな。アレは駄目だ」
燃え焦げた町の様子を遠くから見届けていたタスクは、直感でそう判断した。生存者はいない。アレだけの炎の中で生き残れるなど奇跡に近い。彼は即座に諦め、その場所から離れて進んでいく。
冷徹なようだが、仕方ない。時間を無駄にしてはいけない。行うべきは何よりも、最善の選択なのだ。
そうして道行く道を歩いていたタスクは淡々と進み続ける。途中見つけた野生動物を適度に狩り、肉焼きセットで丁寧に焼く。
「───テンテンテンテンテン…………はい、上手に焼けましたーっ!」
何度も繰り返した呼び声と共に、綺麗に焼けたお肉を頬張りながら歩いていく。肉焼きセットを回収し、骨のついたこんがり肉で腹を満たしていく彼の視線の先で、何かが見えた。
「アレは、行列か…………もしかして、キャラバン?」
そしてすぐに、違うと理解した。よく分からない鉄の塊が幾つか動いている。双眼鏡越しに見たタスクは、へぇと素直に感心した。
「なんだアレ、動物も無しに動かせるのか? それにあれは砲台か?砲を乗せたまま動けるなんて、ネコ式火竜車より凄いじゃないか」
見たこともない物に対しては素直に好奇心も湧く。アレがどんな風に動いているか、興味しかない。自分でこれなら、ナグリ村の皆はどう思うだろうか。きっと大いにはしゃぐことだろう。
(そう言えば…………皆、元気にしてるかな)
彼が思い出すは、ドンドルマに雇われる前の話。彼が一介のハンターとして成長してこれたのは、ある一団に所属していたことが起因している。
既に解散しているが、彼等は元気にやっているだろうか。また会いたい、と懐かしい記憶を思い返しながら小さな声で呟いたタスク。いつの間にか過去に耽っていた自分に首を振った彼は、気持ちを切り替えようと空を見上げる。
その瞬間、彼の視界を巨大な影が横切った。
「──────竜?」
赤い竜。リオレウスのような飛竜とは少し違う、アレは手が備わっている。自分が知る竜種の中でも特殊なものらしい。見届けようとしていたタスクだが、その竜の狙いを理解した。
「まさかアイツ!あの人達を!?」
そのまさかだった。どうやらあの竜は人を襲うことが習慣となっているのかもしれない。或いは食事のためか。少なくとも、彼にはそれを見過ごす道理はなかった。
何故なら彼は、竜を狩る為にある─────ハンターなのだから。
◇◆◇
「二尉!ドラゴン出現!隊列後方が襲われています!」
「クソ!こんな開けた所で………! 戦闘用意!」
銀座に現れた門から、異世界へと活動を始めた自衛隊。その隊長を任された伊丹耀司は、避難した人々を襲う赤龍───否、『炎龍』への攻撃を始める。
何故こうなったのか、それは少し前に遡る。周囲の調査を行っていた伊丹達は滅びた村で、エルフの少女を保護した。彼女を連れ、近辺の町に着いた彼等は再び動くことになる。
その理由は、エルフの村を襲った『炎龍』にある。人やエルフにとって厄災にも等しいその『炎龍』は数十年に一度活動し、一度人を食うと味を覚えるらしく────何度も人里や町を襲うとのことだ。
その事実もあり、避難を始める町の人々の援助を行う自衛隊一同。彼等が安全な場所に行くまで助けようとしていた彼等の前に、『炎龍』は人を襲うために現れた。
人々を守るため、総動員で立ち向かう自衛隊であったが、
「────全ッ然効いてないっすよ!?」
「かまうな!当て続けろっ! 撃て撃て撃て!」
全身を鱗で覆われた強固な龍を前に、自衛隊の武装では有効打にすらなり得なかった。思わず弱気になる仲間を叱咤し、撃ち続けるも────カン!と弾ける音しか聞こえてこない。
しかし、『炎龍』にとっては鬱陶しいらしい。凄まじい眼力で睨み据えた赤い龍は向きを変え、装甲車で撃ち続ける自衛隊に向けて深く息を吸い込む。
「ヤバイ!
仲間に呼び掛け、回避を促す伊丹。だが、ドラゴンの口から炎が吐き出されるより先に─────ドォンッ!! と、強い一撃が龍の頭部を大きく揺らした。
「な、何が起こったんだ…………?」
「に、二尉!あっ、あそこに!」
混乱する伊丹の前で隊員が指差す。その先には、煙を吹かす銃器を片手で持ち上げる鎧の男がいた。その姿を、伊丹は忘れたことはない。というか、生涯忘れられないだろう。
「────『銀の英雄』っ!?」
銀座事件の活躍者にして、大勢の日本人を救った英雄。警察署から脱走した後に『
彼は大型の銃器────ヘビィボウガンを片手に握ったまま、今度は大剣を握り直す。此方を見据える男が自分を撃ったと気付いたのだろう、怒りを伴った唸り声を慣らし、『炎龍』はタスクへと全身を向ける。
「────行くぞ、赤龍!」
それだけ告げると、タスクは動いた。しかし、彼が此方に迫るより先に、『炎龍』の放つ炎の砲弾が迫る。人間一人を容易く焼き焦がす熱量の炎。それをタスクは────大剣の一振で斬り、消し飛ばした。
「──────!」
「う、嘘だろ!?」
これには炎龍も、伊丹たちも驚きを隠せない。炎を斬るなんて馬鹿げた芸当過ぎる。日本の侍でもやりはしないだろう。炎が消え行く最中、タスクはヘビィボウガンの銃口を向け、数発の弾丸を撃ち続ける。
散弾による衝撃波。鱗を抉ることはなくとも、ダメージは伝わる。強い怒りに震えた『炎龍』は口から炎を噴かしながら、動きを変える。ズンズン、と歩み寄る龍はどうやら接近戦に切り替えたらしい。
────それが最悪のミスだと、『炎龍』は直後に理解した。腕を振り上げ叩きつけようとしたが、その時にはタスクの姿は見えない。
「──────悪いな。俺は『これ』が一番得意なんだ」
そう告げたタスクは大剣を片手で振るい、炎龍の背中を叩っ斬る。背後に回られたと判断し、龍は向きを変えようとするが、タスクはその隙に足元に狙いを定める。
タンッ!と、重量の多い武器を扱うとは思えない身軽さで飛び出した彼は『炎龍』の足首を斬る。もう片方の足にヘビィボウガンの銃口を押し当て、彼は炸裂弾を直接浴びせた。
「────ギャオオオオオオオッッ!!!!」
足を狙われ、バランスを崩す『炎龍』。何とか立て直そうとするが、プロハンターにとって一瞬でも意識を外せばそれが明確なチャンスとなる。
即座に龍の体躯を駆け上がったタスクはヘビィボウガンを仕舞い、大剣を両手で握る。振り上げた大剣に力を込め、込み上げる筋力を溜め込んだ一撃を、脳天目掛けて振り下ろした。
ハンマーでも叩きつけたかのような衝撃が、『炎龍』の全身に響く。頭部に溜めの一撃を叩きつけられ、『炎龍』の意識が大きく歪む。その瞬間を、傍観していた自衛隊も見逃さなかった。
「────今だ!動きが止まった!全員撃て!」
「撃てって、どっちを!?」
「アホか!決まってるだろ、あのドラゴンだ!『銀の英雄』には当てるなよ!いいな、絶対だぞ!」
直後に、自衛隊達が銃撃を再開する。最初は歯にも掛けず無視しようとした『炎龍』であったが、直後に弾丸は眼を狙い始めた。思わずを隻眼を閉ざし、動きを止めてしまう龍は知らない。
彼等が眼を狙い始めた理由は、自分が殺し損ねたエルフの少女の情報によるものだということは。
「────勝本!パンツァーファウスト!」
「よっと…………後方の安全確認────ヨシ!」
(馬鹿!とっとと撃て!!)
呑気に周囲を確認する勝本なる隊員に、自衛隊全員が同じ考えに至った。しかし彼がマイペースなのか、或いは狙いが定まらないのか中々撃とうとはしない。何とか引き金を引き、彼が持つパンツァーファウストの榴弾が放たれる。
「うはっ………ガク引きしやがった。当たらないよ、ありゃ」
頭を抱えそうになった伊丹の顔が、直後に蒼白に染まった。何故なら大きくずれた榴弾の先に居るのは『炎龍』ですらない。炎龍の相手をしているハンター、タスクの方へと迫っている。
────やりやがったな、勝本!!! と、再び自衛隊の心が一つになる。しかし、彼を責めてる場合でもない。もしタスクに当たってしまえば、彼に危害を加えたことになってしまう。
「避けろ!『銀の英雄』っ!!」
乗り出して叫ぶ伊丹の声に、タスクは反応を示した。咄嗟に顔を向けた彼は自分に迫る砲弾の弾頭に気付いたらしい。彼は伊丹の言う通り、急いで飛び退く──────
ことはせず、あろうことか弾頭を片手で掴み取った。
───────は?
今度こそ唖然として、動きを止めてしまう。何だそれは、何で簡単に掴めるんだ、と彼等が感じるのも無理はない。爆発しないのは、彼が起爆に振れていないからだろう。
弾頭を掴んだタスクは、即座に『炎龍』を見据える。体勢を立て直したであろう龍は此方にブレスを吐こうとして、バランスを崩したらしく横転しそうになる。
足下を見ると、投擲されたハルバードが『炎龍』の足を挫かせたのだろう。装甲車から投げた人物をチラリと見たタスクは、動きを止めてくれたことに感謝をしようと誓い────弾頭を勢い良く投擲する。
ッッッッドッ!!! と、弾頭が『炎龍』の腕の付け根を貫く。腕の内部へと弾頭が進んだ直後に、ようやく起爆すると共に爆破を引き起こした。
内側からの爆裂を受け、『炎龍』の片腕は勢いよく引きちぎれた。片腕をもがれ、咆哮を響かせる炎龍は自衛隊とタスクを憎悪に近い感情を向けて睨む。
緊張する自衛隊とは裏腹に、タスクは平然としていた。それどころか同じように強い意思を宿した瞳で『炎龍』見据え返す。それに気圧されたのか、短く唸った龍は────何処か遠くへと飛び去っていった。
次第に、避難していた人々が事実を理解し、喜びの声をあげる。だが、彼等と対照的に自衛隊の雰囲気は険しかった。
(────あの人、どうするスか?)
(一応警察から逃げたんだろ?普通なら拘束して連れていくだろうが…………)
(いやいや!相手はドラゴンと普通にやり合えるんでしょ!?そんな相手を拘束なんて出来ないし、やったら国民の批難が最高潮ですよ!!)
(─────よし、俺が話してくる。着いて来れるかも聞いてみよう)
この時ばかりは、頼りない伊丹の勇気に皆が称賛を送りたかった。いつも伊丹をオタクと言いよく思っていない女性隊員の栗林ですら、伊丹の発言には感涙を覚えた程である。それ程までに、あの英雄との対話は凄いものだった。下手したら国が滅びるかもしれないのだから、当然のことだ。
「あ、あの…………その」
言葉が通じますか、と聞こうとした伊丹。冷静な理性が「そんな聞いても分からなかった意味ないだろ!」と喚き散らしていたが、そんなことどうでもいい。緊張で可笑しくなりそうな空気の中、伊丹の前でタスクは口を開いた。
「────やぁ、初めまして」
「ッ!?日本語が、話せるのか!?」
「ああ、話せるさ。俺はタスク・アイアス。ハンターだ、それで貴方達は?」
唖然とする自衛隊一同。まさか異世界の人間と思われていた英雄が、既に日本語を理解しているとは。驚きながらも伊丹は平静を取り戻す。少しでも対応を間違えないようにと、自衛隊に入った直後だけの生真面目な雰囲気を漂わせ、一礼の姿勢を取る。
「お会いできて光栄です、『銀の英雄』。自分は伊丹耀司二等陸尉です」
「…………あの、聞きたいことは色々あるんですけど、銀の英雄ってのは────俺のこと?」
「え、えぇ………まぁはい」
その態度も、やはり一瞬だった。すぐさまいつもの調子に戻った伊丹に、自衛隊の何人かは声なき絶叫を響かせていた。しかし、タスクは気にする様子もなく、話は普通に通じているみたいだ。
「────まぁ、そういうわけで。貴方には一緒に来て貰いたいんですけど、大丈夫ですか?」
「俺としては構いませんけど…………すぐには無理です」
「………理由をお訊きしても?」
「─────あの龍に襲われた人達の墓を作っておきたいですから」
「………………自分達も、手伝わせていただきます」
それだけで、タスクと自衛隊の心は同じになった。炎龍に襲われて亡くなった人々の亡骸は多くはないが、少ないとも言えない。
燃え焦げた死体も貪られた死体も、同じく埋めて弔う。彼等がそうしている間に、遠くで見ていた二人の男が意見を交わす。
「────まさか『炎龍』が深手を負うとはな」
「…………これに関しては同感です。なんですか、アレは。ジエイタイという奴等の戦闘力も無視は出来ませんが、一番の化物はあの鎧の男です。下手すれば奴は、私達を殺すことも不可能ではなかったはず」
「だがどうする?龍が必要な以上、あの腕も無視は出来んだろう。……………奪うか?」
「本当に止めてくださいよ。あんな化物集団、無策に挑むつもりはありません。─────この件はハイルダインに報告します。後は彼の意思に従うことにしましょう」
「うむ、そうだな。そうしよう」