「─────いやはや、君には感心するしかないな、伊丹二尉」
帰還した部隊の報告を読み終えた陸将にして、『特地派遣方面指揮官』────この異世界の調査と遠征の責任を担う強面の男、狭間浩一郎は素直に感心するしかなかった。
は、はぁといつものような力のない返事をする伊丹に、狭間は文句の一つも言ってやりたいくらいだった。それは他の部下も、伊丹の上司も同じなはずだ。しかし、彼の上司である檜垣三佐は怒るどころではなく、感情の行き場が散乱していた。
まず、言いたいことがあるとすれば一つ。現地の住人をこのまま連れて帰ってきたことについてだ。町を失った避難民である為、自衛隊としては保護する以外の選択肢は存在しない。この点で言えば、何故此方に確認を取らないと、彼の上司が憤っていたが、次の事実を前に怒りが一気に消し飛んだ。
もう一つ────これが一番の問題だ。あの銀座を救った『銀の英雄』が、伊丹達と一緒に来たのだ。彼の話によると、避難民を襲った『炎龍』から人々を救う為に戦ったとのことらしい。その後、伊丹は日本語の通じる彼に同行を求めた結果─────龍の犠牲となった避難者の埋葬をした後ならいい、と快諾したとのこと。
そのハンターは、今避難者達と同じように過ごしている。炎龍を倒した一人という事実もあり、避難者全員から興味を引かれているが、彼はそのことを理解しているだろうか。
「その『銀の英雄』───タスク・アイアスから何か要求はあったか?」
「強いて言えば、自分にも目的があるから………動く時は動きたい、と。俺達のことを理解してくれてはいるみたいで、当分は同行してくれるみたいです」
「…………あの強さでそこまでの人格者とは、完璧な超人だな。こっちの無理に付き合わせているようで申し訳が立たん」
自分のやりたいことがあると言うのは、彼の逃走を許した刑事の話から聞いている。その刑事曰く、相当重要なことらしい。少なくとも私情ではなく、何か大きなことの為に動いているという事実は、狭間陸将にとっても分かりきっていた。
「────しかし問題は、政治家たちが納得するか。いや、外国も黙ってはいないだろう」
あの軍勢を一人で撃退した、鬼神のようなハンターを知り、世界各国が大きく動いた。米国はそのハンターを手に入れようと圧力を効かせ、ロシアは懐柔出来ないかと画策し、中国は人質で従わせられないか、と彼の思いや考えを無視した陰謀を張り巡らせている。
今や大国が彼の処遇で睨み合っている。一体何処が、あの英雄を手に入れるか、と。その事実を総理から聞かされた時、狭間陸将も思わず舌打ちをしそうになった。
「さて、ひとまず本題に入ろうか。伊丹二尉」
「は、はぁ………本題、とは」
「あの英雄と、避難民。この二つをどうするか、だ。無論、我々としては保護するに越したことはない。タスク・アイアスとも協力関係を維持したい」
「…………自分は、部隊の仕事もあるんで」
「──────君が連れてきたのだ、君が責任を持ちたまえ。伊丹二尉、彼等のことは君に一任しよう」
伊丹は食い下がった。しかし陸将も引き下がらず、何とか彼に押し付け────いや、任せることにするのだった。後に諦めたように項垂れた伊丹が部屋の外へと出て、深い溜め息を漏らした。
◇◆◇
自衛隊の拠点の付近。そこに避難民の者達や自衛官が集まり、武器を下ろしたタスクの語る話を聞いていた。
「────そうだな、アレは俺がハンターと成ったばかりの、まだ新人の話だった。大砂漠を船で渡っていた俺たちの前に、あのモンスターは現れた」
最初、彼が自分の体験を語るようになったのは子供たちにせがまれたことにあった。『炎龍』を倒した自分に熱心な子供たちに困っていたタスクは彼等を宥める為に、体験談でも話そうと思い至ったのだ。
その時、興味を持ち始めた老人を境に、何人もの人間が彼の話に聞き耳を立てていた。訓練や仕事を終えた自衛官達も、半ば興味津々という感じだ。
「豪山龍 ダレン・モーラン。山のような巨大なその龍は砂漠の海を自由気ままに泳ぎ、俺達の船を沈めようと襲いかかってきた」
「…………質問、ダレン・モーランは何故貴方達の船を襲ったの?」
「────ダレン・モーランは他の個体よりも攻撃的な性格らしい。砂漠の海を自分の縄張りとしている以上、外敵には容赦が無いんだろう……………当初はまだ武器も扱えていない俺には船にあった武装で挑むしかなかった」
足元の地面に、タスクは枝でその姿を書く。あまりにも大きな龍、いや自分達の知る龍と欠け離れた姿に老人とその弟子も驚きを隠せない様子だ。
当時、船に積んであった砲や激龍槍、大銅鑼を多用して迎撃したタスク。岩石を飛ばし、体当たりを行う巨龍に狼狽えることなく立ち向かった。この程度、恐れていてはハンターには成れない、と己を震い立てながら。
「するとな、ダレン・モーランが砂の中に消えたかと思えば─────突然砂漠から飛び出して、俺達のいる船の真上を飛び越えたんだ」
「は、はぁ!?そんな馬鹿な話が………っ!?」
「ああ、あの時の俺じゃあ到底敵わないモンスターだった。幸い、援助に来た船の援護がなければ────俺もきっとやられていたな」
そう頷くタスクに子供たちは楽しそうにはしゃぎ、自衛官や老人を含む者達はあんぐりと口を開いて絶句するしかない。そんな龍が相手だったら、自分達は勝てたのか、確信すら出来ない。
「そんな困難を切り抜けた俺は、あの人と出会った。あの人に誘われた俺は、あの人の、『団長』の所属する組織『我らの団』の一員として迎え入れられた─────それが、俺にとって忘れたこともない出会いの思い出だ」
過去の体験の一つを話し終えると、拍手や歓声が返された。どうやら話を聞いた彼等も満足したらしい。何よりだ、と嬉しそうに笑うタスクだったが、話を聞いていた一人が手を挙げてきた。
「ねぇ、少し聞いてもいいかしらぁ?」
自身の身体と同じ大きさのハルバードを軽々と持ち上げるゴスロリ服の少女。彼女があの時、『炎龍』の動きを止めてくれた相手らしい。感謝を口にしようとしたが、少女は大丈夫と遠慮を示した。
彼女、ロゥリィ・マーキュリーは先程から気になっていたであろう疑問を投げ掛ける。
「貴方が苦戦した敵────全力で殺し合った龍は、どのくらいいるのぉ?」
「………正直、数えるだけでも割りといる」
クスクスと笑う少女の前で、過去の歴戦を思い返したタスクは淡々と記憶を語っていく。
「過去の話だと、『轟竜』ティガレックス、『黒狼鳥』イャンガルルガ、『黒蝕竜』ゴア・マガラ、そして『天廻龍』シャガルマガラ。苦戦したのは他に入るが、死を覚悟したのはコイツらだ。ルーキーの頃は、本当に危なかった。全力の殺し合いで、俺も何度か死にかけた」
「………ふぅん、じゃあ最近は?」
「………………悪いな、答えられない。これに関しては機密の情報だからな」
Gクエスト以降の内容は、簡単には明かせない。信用できる者以外に、口外することは出来ないのだ。何より、絶対に明かせない存在もあるため、黙秘するしかない。
その存在を話すということは、知った者達の命に関わる。それだけはしてはいけないと、タスク達ハンターは暗黙の了解によって理解していた。
機密と聞き、ある程度理解を示した自衛官達は大人しく従った。ロゥリィは不満そうであったが、タスクの口が硬いと理解すると、素直に諦めた。
「…………いつの間にか馴染んでる」
出会ってすぐなのに、皆と仲良くしている英雄の姿に、伊丹は苦笑いするしかない。やはり彼は狭間陸将が言うように、完璧超人なのかもしれない。
◇◆◇
「───ハイルダイン、少し良いか」
帝都にて、皇帝のご機嫌取りをいつものように終えた客人 ハイルダイン。演技を止め、息を吐き出そうとした彼を呼び止めたのは、皇帝の娘たる皇女だった。
「これこれは、ピニャ殿下。いつものような麗しき姿とは違ったその御姿。相も変わらず美しいものですね」
「…………世辞は良い。言わずとも、陛下に告げ口などはせぬ」
「──────フッ、これは失礼」
演技を消したハイルダインは余裕の笑みと共に頭を下げる。彼女、ピニャ・コ・ラーダ。側室の娘であり、モルト皇帝からも信用を受けている第三皇女。正直ハイルダインは、彼女を高く評価している。
他の皇子や皇帝より、彼女の性根と意思の強さはあまりあるものが見られる。帝国を滅ぼす時、最も脅威となるのは彼女だけだ、とハイルダインも考える程に。
「先刻、エルベ藩が何者かの襲撃にあった」
「────敵はあのジエイタイ、ですかな」
「分からぬ。金属を纏った何かが、エルベの地を襲ったと聞く。デュラン陛下だけが、何とか生き残ったらしい」
帝国の周域にある諸外国が一つ、焼き討ちされたらしい。ハイルダインはジエイタイとやらの仕業ではないかと聞いてみるが、ピニャはそうとは思ってはいないらしく、別の可能性を視野に入れている。
「妾は陛下からその敵の調査を任された。もし敵がジエイタイと言うものであれば、奴等の戦力を確かめてくれ必要がある」
「それで、殿下は私に何の御用で?」
「ハイルダイン。お前は竜に関する研究していると聞く。エルベの地を襲ったものが、竜だと考えられるか?」
短い沈黙の後に、彼は首を横に振った。
「…………竜と言えど、我等にとっては未知のものです。それが竜であるという確証もなしに、考えられるものではありません」
「実際に確かめねば分からぬか─────ならば妾はそのモノを調査する!それが竜だと判明した時、ハイルダイン!お前の力を借りるぞ!」
「ピニャ殿下─────お気を付けて」
凛々しい表情を引き締め、側近を連れて行くピニャを一礼して見送る。彼女が去っていった後を見過ごした後、ハイルダインは俯いた顔を冷えきったものへと変えた。
「…………残念です。姫君、貴方がもう少し無能であれば長生き出来たでしょうに」
◇◆◇
その数時間後、ハイルダインの元に部下からの連絡が来た。エルベ藩王との対面した彼女は次の場所へと向かったらしい。生き残った王から、敵に関する話は聞けなかったのだろう。
それは幸いだった。何故ならエルベの地を焼いたのは────ハイルダインの命令によるものだからだ。
「デュラン王も、それを理解したからこそ姫に真実を話さなかったのだろう。姫が帝国側の人間であり、俺達と同じという可能性があるから」
自分達の実験のため、もう一つは計画のためにエルベ藩を襲う必要があった。それは皇帝から与えられた特権があっての行動であるが、皇帝にはこの話は内密にしている。なんせこれは自分の計画のための行動なのだから。
「ディーン、セルドラ。炎龍は放置だ、お前達にやって貰いたいことが出来た」
「…………先の話のことですか?」
眼鏡を押し上げたセルドラと、近くの椅子に座ったディーンが此方を伺う。先の調査結果を纏めた書類を引き寄せ、二人に新たな命令を下した。
「ピニャ殿下はイタリカのファルマル伯爵領に向かっている。彼処には丁度、盗賊団がいたはずだ」
「盗賊団から姫君を救助し、皇帝陛下に恩を売るということか!」
「いや、盗賊団を利用しろ。姫をそこで抹殺しておけ」
その発言に、ディーンではなくセルドラの方が顔を歪めた。彼の意図は理解している。おそらく、余計なことに踏み込みすぎたのだろう。その意図は理解しているが、懸念要素は他にもある。
「………宜しいのですか?それはつまり、皇帝を敵に回すということに成り得ますが…………」
「筋書きはこうだ。お転婆な姫は自分の所有する騎士団を置いてイタリカに向かい、運悪く盗賊団に敗れる────抵抗空しく致命傷を受け、凌辱される所をお前達が救助する」
「……………」
「しかし、尽力虚しく姫君はその場で生き絶えてしまう。後悔後も立たず、我等は姫君の遺体を皇帝陛下の御元へとお届けする。そうすることで、我等は皇帝から感謝されることだろう。密かに愛した可愛い娘の亡骸を送り届けたのだからな」
「─────成る程、暗殺か。相変わらず寝心地の悪いことばかりだな!」
皇帝に恩を売るため、ではなく。あくまでも適当な方便だろう。彼の本当の目的は自分達の暗躍に気付こうとしているピニャ皇女の始末。それを確実するために、二人を送り込もうというのだ。
当の二人は露骨に反応しても、嫌がる様子は見られない。慣れているのか、彼の命令を拒否するつもりがないのかもしれない。
「始末の際、邪魔者がいれば排除しろ。お前達に備えた『力』も使え。ただし、やり過ぎるなよ?」
「分かっているとも!………少しくらい歯応えのある敵ならいいんだがなぁ!」
「…………仕方ありませんね。こういうのは私の趣味ではないですが、多少は付き合いますよ」
それだけ言うと、二人は静かに去っていく。恐らく、目的の盗賊団を利用しに行ったのだろう。ハイルダインはソファに全身を任せ、「期待しているぞ」と 彼等から届く吉報を待つことにした。