兵士の守りが強固だったはずの東門は、少しして陥落した。理由は多く存在している。防衛している側の兵士たちの油断と慢心。
緑の人と呼ばれる自衛隊とタスクたち、彼等が援軍として来たことを知った兵たちは心の底で安心しきっていた。彼等がいれば、自分達が負けることはない、と。
もう一つは、あまりにも統率の取れた敵の盗賊団。力を任せの攻撃ではあるが、それこそが防衛をする兵たちを容易く圧倒できていた。それに、矢を軌道を反らす鳥人族の女性の援護、策謀を得意とするセルドラの指示もあり、彼等は意図も容易く第一陣を破り、第二防衛線へと突入する。
木製の柵のバリケード越しに侵入してくる盗賊団に警戒を緩めない民衆や兵を含む一群。彼等は盗賊団が持ってきたものを見て、顔色を変えることになる。
「奴等、死体を………!」
「ありゃあ、ペテロんとこのヨメさんじゃあ!」
「テリウス!クソ!なんてことだ………」
襲撃時に殺されたであろうイタリカの人々の亡骸。それを丁寧に扱わず引きずってきた彼等の悪辣さに、民衆も兵も恐怖を隠せない。しかし、奴等の行為は更に醜悪なものであった。
死体を、彼等の生首を柵の向こうへと放り投げる。悲鳴や絶叫が響く中、盗賊たちは口々に挑発を飛ばしていく。柵の向こうにいる彼等を、自分達の元へと誘き出そうとしているのだろう。
怒りに震える民衆の前で、女性の死体を辱しめようとする兵士。彼女の恋人であろう男が怒りのままに怒鳴っていた、次の瞬間。
「─────何をしている!」
凄まじい怒声を響かせ、セルドラが姿を見せた。命令を効かずに先行した盗賊たちの様子を確かめようとした彼は、盗賊たちの悪行を理解するや否や、露骨な嫌悪に顔を歪める。
「下衆が………ッ!おい、何を勝手に行動している! 私の命令でここまで上手く勝てたのだろう! ならば黙って私に従え!─────ッ!」
「………セルドラさんよぉ、俺達はアンタの部下じゃねぇんだ。あんまり嘗めた口聞かれると、アンタでも容赦しねぇぜ?」
盗賊の一人が、セルドラの首に剣を突き立てる。刃先を肌に向けられたことで、彼も何かを思ったのだろう。口元を静かに閉ざし黙り込んだことで、大人しく従ったと思ったのだろう。
「へへ、分かりゃあいいんだ。アンタは俺達に力を貸してくれりゃあ────────あ?」
瞬間、男は自身の視界が暗闇に変わった。何が起こったかも理解できず、頭を失った男が地面に倒れ込む。他の盗賊団は、信じられないものを見るような目で男を、セルドラを見ていた。
一瞬だけ巨大化したセルドラの手が、獣のような剛腕に変じたのだ。それで男の頭部を握り潰したのだ。
「…………低俗で、下劣で、野蛮な猿が。私が理性的に動いていれば、付け上がりやがって」
返り血を浴びたセルドラは眼鏡を押し上げる。彼の顔は、憤怒に満ちていた。血管を浮かび上がらせた男は頭部を失った男の死体を踏みつける。破壊しても、彼の怒りは収まらない。
「やはり、猿は猿だな。どれだけ強くても、知性が、品性がなければ野蛮に変わりはない。その猿が、私に武器を向けるなど、愚か極まる。…………私も、君達への態度が甘かったらしい。
私に従え、野蛮な猿ども。この私が貴様らに勝利を与えてやる」
死体だったものの上で、セルドラは宣言した。盗賊団と協力関係にある彼だったが、もう我慢ならない。コイツらを自分の下で支配してやらなければ、勝手に動くも分からない。
しかし、セルドラの要求に素直に従う彼等でもない。
「ふざけんな!テメェ、ここでブッ殺して────」
斬りかかろうとした一人が、セルドラの後ろから現れた影に食われた。思わず動きを止め、彼等全員がそれを見上げてしまう。今にも突撃しようとしていた民衆も含めて。
「…………グルル」
ブチ、と上半身を食い終えたのは緑色の甲殻に覆われた竜。腕ではなく翼を有した、翼竜種────所謂飛竜である。緑の竜に睨まれた盗賊団に、最早抵抗する意思は見られない。誰もがセルドラに従うという意向を示していた。
「………分かればいい────さぁ、やれ」
興味を失ったセルドラが、緑の飛竜に指示を送る。すると彼の言葉を理解しているのか、バリケードの方に向き直った飛竜は口の中に炎を溜め込み─────柵を吹き飛ばす威力の火炎を砲弾のように放った。
だが、しかし。
火球が柵を消し飛ばすよりも先に、飛来してきた少女のハルバードが炎を切り裂く。風圧と鈍器によって炎を消し去った少女は、目の前の状況を見て心から、喜ばしそうに笑う。
そんな彼女の隣に降り立ったのは、銀色の鎧の男。東門の援護へと訪れたタスクは大剣を握り、隣に立つロゥリィと視線を交わした。
「私の方が、一足早かったわぁ」
「…………勝負してたか?」
呆れるように呟いたタスクは、ふと顔色を変える。視線の先にいる緑の飛竜。それに見覚えがあった。というか、記憶のものと相違ない。警戒心を伴ったタスクが、隣に立つ少女に告げる。
「気を付けろ、ロゥリィ」
「あの竜ねぇ。知ってるのぉ?」
「『雌火竜』リオレイア、俺の世界に存在する竜だ。そこまで強くはないが…………厄介なヤツだ」
「そう?じゃあ貴方に任せるわぁ。私は…………雑兵をやるから」
「────任せた」
それだけ告げ、二人は動く。ロゥリィは盗賊団の相手を、タスクはリオレイアを、各々の獲物への攻撃にかかった。
「─────ッ!!」
唸り声をあげたリオレイアが走り出す。此方に狙いを定めたように距離を縮めると、人を容易く食い千切れる強靭な顎で噛みついた。
しかし、タスクは難なく回避する。噛みつきを寸前で避けたタスクは、リオレイアの真横に曲がり込み────大剣の突きを放つ。バギッ!! と、甲殻にヒビが入り、一撃が竜の肉体に伝わっていく。
咆哮を響かせたリオレイアがその場でたたらを踏む。今の一撃が効いて、よろけ始めた。と思うのが狩りに馴れてきたハンターの思考だろう。
しかし、熟練のハンターにとっては違う。それは、仰け反ったような動きは、リオレイアというモンスターを表す特徴的な攻撃の前動作であった。
直後、飛び上がった一回転する。不意打ちのサマーソルト。だがそれは、リオレイアの尻尾に生えた刺───毒を伴った二段仕掛けの不意打ちだ。
────タスクはそれを、瞬時に飛び退いて回避する。即座に全身を捻った彼は振るった大剣の刃でリオレイアの尻尾の刺を何本か切り落とした。
咆哮を響かせたリオレイアが、その場から飛び去る。離脱したかと判断したタスクは視線をふと周囲に向ける。
楽しそうに、ロゥリィは敵の盗賊団を一掃している。圧倒的だなぁと感心しながら、彼は自分に襲いかかる敵を容赦なく斬り伏せ、叩き潰す。何人か仕留め、敵の本陣へと向かっていると、眼鏡の男性─────セルドラが待っていた。
「…………驚きましたね。私の『フローディア』に傷を与えるとは」
「『フローディア』?まさかお前、ライダーか?」
彼の世界の話で、遠くの地にはモンスターを心を通わせて戦う『モンスターライダー』という人間達がいるのを聞いたことがある。あのリオレイアが、恐らく彼の言う『フローディア』だろう。そのライダーかと思ったが、セルドラは分かっていないらしい。
「…………生憎、私はライダーというものではありません。彼女は私の相棒みたいなものですがね。───ですが、私は貴方を知っていますよ。最強のハンター、タスク・アイアス」
「─────俺のことを知ってるのか」
「私自身は、よく知りませんがね。ハイルダインから聞いただけです……………我々の計画を邪魔する、厄介な敵と」
落ち着きながら眼鏡を押し上げるセルドラ。いつの間にか巨大な檻の隣に移動した彼はタスクを静かに見据える。明らかに自分のことを理解しているセルドラを、自分の追う敵と判断したタスクは大剣の剣先を向けて告げた。
「お前達が何を企んでいるのか、教えて貰うぞ」
「それは無理です。何故なら貴方は、ここで死ぬのですからっ!!」
ズンッ!! 、と巨大な獣の手へと変容させたセルドラが、檻の壁を破壊する。瞬間、壊れた壁をぶち破り、巨大な影が凄まじい勢いで飛び出してきた。
その姿に、タスクは愕然とする。
2本の湾曲した角、襟巻き状の頭部が特徴的な飛竜。ルーキーから成長したハンターの頃、彼が何度も苦戦を強いられた敵。それと、ほぼ同一だった。
「────ディアブロス!?」
角竜、ディアブロス。
草食とは思えぬ程の凶暴性を持つ、本物の怪獣。ルーキーのハンターならば、間違いなく殺されると言っても過言ではない化け物だ。
タンッ!、と飛び上がったセルドラが、空を飛ぶリオレイアの背中に乗る。自分を乗せた雌火竜の上で、セルドラはディアブロスに指示を飛ばした。
「─────さぁ!暴れなさい!我等が従えし、暴竜!奴を、この町全てを破壊するがいい!」
「──────ヴ ゥ エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッッ!!!!」
甲高い咆哮を響かせたディアブロスは、目の前にいるタスクへと狙いを定め、突撃を始める。巨体からは考えられない速度で走り出した角竜に、タスクは大剣を構えながら迎撃した。
◇◆◇
「────何処に隠れたんだぁ? 緑の軍団!出てきてくれると嬉しいなぁ!」
ウキウキとした様子を隠さず、声を弾ませながら、ディーンは周りに向けて呼び掛ける。野郎に喜ばれるために出るわけないだろ、と伊丹を含む自衛官が心の中で吐き捨てた。
ディーンの放つ光玉の爆撃から逃れるため、兵士達を避難させた伊丹たちは閃光弾を使い、彼の視界から離れることに成功した。周囲の建物の中に隠れながら、ディーンの隙を伺っている。
返事が返ってこないことに、「悲しいなぁ!」と笑いながら言うディーン。そこまで気にしている様子もなく、彼は笑顔を浮かべながら動き出す。
「ならば!手当たり次第吹き飛ばすまでだな────ッ!」
「──────!」
一発の光玉を放ち、爆発を引き起こすディーン。しかし、その方向に誰も隠れていない。攻撃の合間を狙い、数人の隊員がディーンに向けて弾丸を浴びせる。
しかし、ディーンは大して効いてないようだった。
「ははっ!痛いな!だが─────そこだな!!」
頭を撃たれたにも関わらず、平然と笑ってのけた男は隊員たちの隠れていた建物に目掛けて光玉を放ち────吹き飛ばす。咄嗟に回避行動を取っていた隊員たちは走りながら銃を撃ち続けるが、ディーンはそれを片手で防いでいく。
「あ、アイツ頑丈すぎだろ!?」
「マジで炎龍レベルなんじゃないですか!? あの男!!」
伊丹も倉田も、泣き言を吐いていた。銃弾が直撃しても、あの男に傷すらついていない。炎龍といい、本当に自分達の技術力では太刀打ちできない敵と対面したくないと、心から思う。
「ハハハ!いいぞ!いいぞ!俺を相手にここまで持ちこたえる人間は他にはいなかったが─────これならどうかなぁ!!」
ディーンが放つ光玉が、周囲に撒き散らされる。爆発に巻き込まれた伊丹が飛び退いて、物陰から離脱する。だが彼は、思わず心臓が止まりかけた。
隠れていたはずのテュカが、爆風によって放り出されたのだ。そして、ディーンが彼女へと意識を向けていた。
(まず────ッ)
考えるより先に、伊丹が彼女の前に出る。銃が通じない相手と理解しているが、それでも銃口をディーンの顔へと差し向ける。全身を震わせながらも、伊丹は退くことだけはしなかった。
そんなことも気にしていないのか、ディーンはテュカの姿を見つめた後、思い出したように口を開いた。
「……………君、エルフか。────ああ、思い出した!炎龍に襲われていた村の!生きていたとは幸いだったな!助かったのは一人だけか?」
「あの、村の………?何で、そのことを」
「知ってるも何も。見ていたわけだからなぁ」
腕を組みながら、何ともなさそうに告げる。意味が理解できないテュカの前で、伊丹はその言葉を完璧に理解していた。その男が、炎龍に焼かれたエルフの村を見て、どんな対応を取ったのかも。
「それだけ強いのに…………彼等を見殺しにしたのか!?」
「仕方あるまいよ。俺達の目的はあの炎龍の調査だったからな。エルフの救助は作戦に含まれていなかった─────お陰で炎龍の情報を得ることは出来た。俺達の計画に大きな進展となった……………必要な犠牲だったさ、彼等は」
本気で言っている。エルフ達を炎龍の調査の為だけに見殺しにし、彼等の犠牲に価値はあったと。嘲りも侮蔑もなく、ディーンは疑う素振りもなく確信と共に語ったのだ。
思考が白熱する。目の前の男の無慈悲な発言に、伊丹は強い怒りを覚えた。彼女、テュカは炎龍によって故郷も仲間も、家族も失った。そんな彼女の前で、エルフ達に起きた理不尽に意味があったと、ディーンは告げたのだ。
引き金に力を込めた伊丹の殺気を感じ取ったディーン。彼は口元を緩め、己の考えを改めることにした。
「─────良い顔をするな。間抜けな男と考えたが、訂正するべきだな!」
「…………っ!」
「その覚悟に敬意を評し、お前も一撃で消してやろう。何、痛みはないさ! 一撃だからなぁ!」
掌に光玉を浮かばせて、ディーンが伊丹へと詰め寄る。覚悟を決めて銃を撃とうとした伊丹だったが、部下の隊員の声が響き渡った。
「────スタングレネードっ!!」
咄嗟にテュカを抱き締め、彼女の耳と自分の耳を塞ぐ伊丹。突然の行動に何かを察知したディーンは両目を塞ぎ、目の前に飛んできた投擲物が勢いよく破裂する。
閃光弾、そう判断したディーンは眼を閉じることで視界を守った。しかし目を見開いた彼は、直後に違和感に気付く。
「…………? 音が聞こえんな」
スタングレネード、光と音の炸裂に彼は対応できなかった。鼓膜に受けた大きな音によって、ディーンは周囲の音を察知できなくなったのだ。だが、それだけだ。
目の前で、テュカを連れて離れようとする伊丹を見据えたディーンは無意味だと告げる。掌に浮かべた光玉を放出しようとした彼は、伊丹が何かをチラッと確認したのを目視で認識する。
(?後ろか、後ろに何が─────)
振り返ったディーンの前には、空中に浮かぶ鉄の塊があった。自衛隊の戦闘ヘリ。伊丹たちの要請を受け、基地から派遣されたヘリの一機が目の前に来ていた。
『伊丹二尉────アイツが敵か!?』
「────普通の銃じゃダメだ!機関銃を使え!」
伊丹の指示に、戦闘ヘリを操る自衛官は疑問を持たなかった。仲間の言葉を疑うことなく、目の前の敵が本当の脅威だと認識し、武装を展開する。ヘリの下部に取り付けられた機関銃のスイッチを押し、笑って応えたディーンへと狙いを固定する。
直後、機関銃の弾丸の雨が放射される。轟音と共に降り注ぐ弾丸の雨を前に、笑みを深めたディーンは─────無数の弾丸を全て受けた。
「────ハ、ハハハハハ…………ッ!!」
「う、嘘だろ………まだ生きてるのか」
ディーンは全身から血を流しながら、愉快と言わんばかりに腹を抱えている。機関銃の掃射を受けても尚、彼を殺すには至らない。いや、致命傷でないだけで、当て続ければ彼も死に至るかもしれない。
「いやはや、俺もここまで追い込まれたのは初めてだ!君達には感謝と、最大級の敬意を示さねばなるまい!」
「…………勝利をくれるってか?」
「勝利ではなく!俺の真の力の一端を披露しよう!!」
無数の穴の開いた黒い外套を放り捨て、ディーンは拳を握り締める。その瞬間、彼の顔や肌に赤黒いラインが浮かび上がり、脈動を始めていく。
周囲の空気が熱を帯び始める。何かが起きようとしている、そう察知した伊丹たちが攻撃を行おうとするが、それよりも先に。
「──────『
ディーンの姿が、赤い光の粒子に呑まれる。深紅の光のヴェールに包まれた彼の姿が─────先程とは別物へと変貌した。
無数の鱗を伴った翼、同じような肥大化した竜の尾。赤黒いラインを顔に展開したディーンは、驚愕を隠せない自衛隊へと視線を向ける。
「改めて、自己紹介をしようか」
ディーンは楽しそうに、胸の高鳴りを抑えきれずに笑みを深めていた。
「俺たちは、『
直後、彼の顔をバイザーが覆う。無機質な光のラインが刻まれたユニットを装着したディーンが翼を広げ、戦闘を再開するのだった。