【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
どうしてこんな事になったのだろうか。
己の不幸を呪いながら、歩みを進める。
ついに、この日がやってきてしまった。
私の運命を左右する忌々しい日。
生意気な後輩である大川と勝負する日。
勝ったら、平穏が手に入る。
でも、負けたら野球部に入部。
因みに勝負の内容は分からない。
バットもグローブも用意した。
首を洗っとけと言われたので、入念に洗った。
準備は万端だと思うが……。
「……勝てる気がしないわぁ」
そう呟いた私の目の前には扉。
この扉の先は屋上であり、屋上にたどり着いたら最後、勝負をしなければならなくなる。
今すぐ逃げたいが、逃げる事は出来ない。
何故なら、裏番としての威厳が無くなってしまうから……もう、本当に泣きそうだ。
私はひっそりと野球の練習を続けていた。
その甲斐あって、ストレートの自己最速は150キロを超えているので、並の相手なら簡単に捻れる確信がある。
けども、今回ばかりは相手が悪すぎる。
大川アキラは全盛期の光ヶ丘ガンバーズで正捕手を務めていた秀才。
そして、私はシニアにもリトルにも入らず、弱小中学校でプレーしていた無名の投手。
実力差は明白だ。
唯一の勝ち筋である一打席勝負でも負けると断言できる……。
「どうしました、先輩。扉の前で立ち止まって」
……なんて考えていると、いつの間にか後ろにいた大川に声をかけられる。
驚きのあまり、全身がびくりと跳ね上がりそうになるのを抑え込んで、ゆっくりと振り返った。
「べ、別に何でも無いわよ。それよりも、さっさと案内しなさいよ。まさか屋上で勝負するつもりじゃないんでしょう?」
「……勝負する場所は既に決めているので、俺についてきてください」
ここだけの話、私は野球部の練習をこっそりと見学した事がある。
特に理由はなく、興味本位で。
その時の大川は笑顔を浮かべながら積極的に声を出していたので、快活そうな印象を抱いたものだ。
……でも、今の彼はなんか怖い。
表情は険しいし、言葉も冷たい。
背丈が高くて肩幅は広くて体は筋肉質。
その上、坊主頭の大川が神妙な顔つきをしていると、そこらの不良よりも威圧感がある。
そんな彼を前にしても、「裏番としての周十羽」を演じ続けている私は我ながら凄いと思う。
自分で自分を褒めてあげたいくらいだ。
「着きましたよ。それでは、勝負を始めましょうか」
数分ほど歩いた後に足を止める。
特に会話もなく、大川の後をついていって辿り着いたのは想定外の場所。
「勝負って……ここ、教室よ?」
大川が指定した場所は教室。
黒板があり、教壇があり、ずらりと机と座席が並ぶ平凡な教室だったのだ。
「ここでどうやって勝負するのよ。こんな狭い場所じゃ野球の勝負なんて出来ないわ」
「何を勘違いしているんですか。俺は勝負の内容が野球だなんて、一言も言ってませんよ?」
「え?」
虚を突かれた。
勝負の内容は野球に関するものだろうと、私は決めつけていた。
だがしかし、そう言われてみれば確かに大川は勝負の内容について、一言も語っていない。
「勝負は野球に関するものではなく……一対一のババ抜きです」
「ば、ばば抜き?」
「なんですか、その反応。もしかして、ルールを知らなかったりします?」
「バカにしてるの?知ってるわよ、ババ抜きのルールくらい」
こちらを小馬鹿にするような態度を見せる大川に怒りを覚えた私は声を荒げる。
本当にいけすかない後輩だ。
先輩を敬うそぶりすら見せていない。
だけれど、これは好都合だ。
正に願っても無いチャンス。
実力差が如実に出る野球に関する勝負よりも運の要素が強いババ抜きの方が勝てる可能性が高い。
ババ抜きをやろうとする意図はさっぱり分からないけれど……随分とお間抜けね、大川。
私は塵芥高校で「裏番としての周十羽」を一年間も演じ続けてきた女。
ポーカーフェイスには自信がある。
それに数十人に袋叩きにされそうになりながらも無傷で生還した運の強さもあるし……この勝負、負ける気がしない。
あれだけ怖かった大川も、今となっては坊主頭の高校生にしか見えない。
こうなってしまえば私は最強。
……もう何も怖くない。
「勝負を始めましょう。身の程知らずの貴方に格の違いをたっぷりと教えてあげるわ」
勝つ。
絶対に勝つ。
勝って、平穏な生活を手に入れるのよ!
◇
ぐにゃあと視界が歪む。
私の手にはカードが2枚。
ジョーカーとハートの4。
それに対して、大川の手にはカードが一枚。
そのカードは間違いなく、数字が4のカード。
つまり、彼が私からハートの4のカードを奪い取った瞬間に勝負は決するという事だ。
無機質に現在の状況を説明すると、勝機があるように感じるが、絶対に私は負けると断言できる。
ポーカーフェイスに陰りは無かった。
挙動だって自然だった筈だ。
それなのに大川は私が持つジョーカーを引かないどころか、触れもしない。
まるで、私が有するカードの内訳を完璧に見透かしているかのように。
薄ら笑いを浮かべながら、淡々とジョーカー以外のカードを引いていってしまうのだ。
このままだと、この生意気な後輩に純然たる敗北を突きつけられてしまう……と、考えていると大川の手がにじり寄ってくる。
ジョーカーには目もくれず、ハートの4を掴み、私からなけなしの希望を奪い去ろうと……。
「周先輩」
「な、ななな何よ?」
「怯えないでくださいよ。取って食ったりはしませんから」
「この私が怯えてるって……ね、寝言は寝て言いなさいよぉ……」
「……そうですか。でもまぁ、先輩が怯えてようが怯えてなかろうが関係ないですがね。今の時点で俺の勝ちは確定してますし」
大川はハートの4のカードから手を離す。
想定外の行動に驚いた私がびくりと肩を振るわせると、彼はにこりと微笑んだ。
「本当に今のままで良いんですか、先輩。大好きな野球を真剣に取り組まずに束の間の平穏を享受する……こんな生活を続けて満足できますか?」
「……余計なお世話、極まれりね。別に、私は野球なんて好きじゃないわ」
「嘘つかないでください。先輩は今でも野球の練習を続けていますよね。指先にマメが出来てるので、一目で分かります。野球が好きじゃない人がマメが出来るまで投げ込んだりしませんよ」
「…………」
見え透いた嘘をついても、大川はすぐに看破してしまう。
恐らく、私が心の奥底に隠している感情も、既に見抜いているのだろう。
……正直に言うが、私は野球がしたい。
練習ではなく、試合がしたい。
マウンドに立って、おおきく振りかぶって、ミットに向かって投げたい。
相手打者を三振に切ってとる快感をもう一度味わってみたいのだ。
だから、一人で練習を続けた。
塵芥高校野球部の練習をこっそりと見に行ったのだって、彼らが羨ましかったから。
なんなら、大川に誘われた時もほんのちょっとだけ嬉しかった。
けれど、それ以上に怖い。
チームを背負って、投げる事が恐ろしい。
心に根付いたトラウマが、私が私に期待する事を許さないのだ。
あれは、私が中学生だった頃……。
「ちょっと、失礼します」
大川にハートの4のカードを取られた。
脈絡なく、自然な動作で。
それを目にした瞬間、遠い記憶に浸ろうとしていた思考が停止する。
「え……え?」
「これで俺の勝ちですね。約束通り、野球部に入ってもらいますよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。流れが……話の流れを無視するのは駄目じゃない?」
大川は勝ち確定の状態で手を止めた。
その上、私に問いかけたり、一人で野球の練習を行っている事を指摘した。
……ここまで丁寧にお膳立てされたら、野球をやりたがらない私と対話する事で、野球部に勧誘するフェーズだと思うだろう。
何らかのトラウマを有しているために競技から離れている天才を、主人公が説得するのはスポーツモノの漫画でお決まりの展開なのだから。
先程告げた「話の流れ」とはそういうことだ。
だが、大川は私が想定していた「話の流れ」をガン無視して、勝負に勝利した。
問答無用とでも言わんばかりに。
「話の流れって何ですか。そんなの俺は知りませんねぇ」
「嘘、絶対に嘘よ!じゃあ、何で手を止めたの。会話を試みた理由を説明しなさいよ!」
「周先輩の反応が見たかっただけです。要するに、ちょっとした悪戯ですね……それよりもキャラが崩壊してますが、大丈夫そうですか?」
「他人事みたいに言わないでよ、あんたのせいでしょう!全然、大丈夫じゃないわよぉ!」
心がもうぐちゃぐちゃだ。
「裏番としての周十羽」を演じる事は出来ないし、演じたとしても大川の前では意味が無い。
性悪なこいつは昨日の時点で私の本性を見破っていたに決まってるのだから。
「ふふふ、これでもうお終いね。私は試合で炎上しまくって、化けの皮が剥がれる。そうなったら、これまで私を恐れていた不良共が襲いかかってきて身も心もボロボロ。何もかも失った私は自らの手で己の人生に幕を閉じるのよ」
「入部届、机の上に置いておきますね。必要事項を記入した上で明日、部室に持ってきてください」
「ほんっとにブレないわね、あんた……」
大川は私の想像を遥かに超える性悪。
悲嘆に暮れる私に慈悲なんて与えないし、気遣うそぶりすら見せない。
今のこいつを野球部の人達に見せてやりたいくらいと、強く思った。
「……俺は先輩の過去だとか、心の中で抱えてる葛藤とかは知りません。でも、先輩の潜在能力の高さと野球に対する情熱は知ってるつもりです」
「だから、何よぉ……」
「少なくとも、先輩は野球から逃げることはしなかった。後先考えずに、がむしゃらに練習を続けた……だから、そう悪い結果にはなりませんよ」
ゆっくりと扉が閉じられる。
コツコツと足音が遠ざかっていく。
捨て台詞を吐いて去っていった大川は背を向けていたため、どんな表情だったのかは分からない。
……だけど、声色はとても優しかった。
私の事を慮ってくれている、と勘違いしそうになるくらいには。
「ああやって、落として上げる事で野球部の人達の好感度を稼いでいるのね……姑息な男だわ」
……でも、私はそう簡単には絆されないけれど。
この先、私が大川に好意を抱くことはない。
どんなことがあっても、絶対に。
これにて、二章は完結です。
一区切りついたという事でキャラの掘り下げなどをしたいな……と考えているので、後々アンケートを行うかもしれないです。
塵芥高校の面々はともかく、他校のキャラはそういった機会に恵まれないので……。