【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
「base THE ball」とは、日本中で大人気な男性アイドルユニットである。
「歌って踊れて野球ができるアイドル」が売り文句であり、メンバー全員が
ちなみに同じような女性アイドルグループも存在するらしいが、そちらの方はあまり人気がないらしい……というのはひとまず置いといて。
そんな彼らが他の高校と練習試合をするとなれば、当然ながら全国の女性ファンが押し寄せることになり……。
「まさか、タダで響くんのご尊顔を拝めるなんて、もう死んでも良い……いや、ここで死ぬ!人生で一番幸せな今、この瞬間にィィイ!!」
「おい、不良共!あたしのアイドルに手を出したらどうなるか、分かってんだろうなァ!」
「いつからあんたのモノになったのよ。調子に乗ってんじゃないわよ!!!」
このようになる……いや、普通はならないのだけど、普通ではないので、こうなってしまう。
乱暴な野次に、純粋な声援に、それ以外の悍ましい発言などが、ひっきりなしに飛び交っており、正にカオスとしか言いようがない。
アナウンスで注意喚起をしたり、愛取高校側が配備した警備員が巡回しているものの、そこまで効力を発揮していないように見える。
……唯一の友達と塵芥高校の試合を観戦する今日という日を心待ちにしていたのに、水を差されてしまった。
それが、ほんの少しだけ悲しい。
「不愉快。まさか本当にこんなやり方を用いているなんて」
最近は一緒に野球の練習をしたりする仲である静香ちゃんが苦言を呈する。
その表情は険しく、激しい嫌悪感を抱いているのは火を見るより明らかだ。
「こんなやり方って……?」
「愛取高校は過激なファンを利用して、先輩達を威圧しようとしている。真っ向勝負では勝てないから、少しでも相手のパフォーマンスを下げて、勝とうとしている」
「……そう、なのかな?」
「間違いない。練習試合の日程と場所をファンに公開したり、過激な行動をするファンに注意をするだけで追い出したりしないのが、その証左」
そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。
本当にファンの行動を抑制したいのであれば、練習試合を秘密裏に行ったりなどの対策を行う筈。
それなのに、愛取高校の人達はさほど効果のない対応をするに留まっている。
まるで、注意喚起を聞かない過激なファンが悪く、対策を行なっている我々に非はないとでも言いたげに。
……これは、一部のファンを都合よく利用する悪質な行為であり、インターネットで炎上するリスクもあるが、今のところは大きな問題になっていないため、上手く立ち回っているのだろう。
因みに愛取高校は人気投票でレギュラーを決めている事から、実力自体はそこまで高くない。
だが、今年の春の大会ではベスト16に入るほどの好成績を残していて……考えれば考えるほど、静香ちゃんの意見が正しいと思えてくる。
私が想像していたよりもアイドルという存在は恐ろしい。
……正確に言えばアイドルではなく、汚い手を使ってまで試合に勝利して、知名度を上げようとする大人達が恐ろしいのだろうが、今回の相手は今までの相手とは一味違う。
「来た。私の推し……先輩率いる野球部の人達が」
静香ちゃんの声を耳にした私は思考を止める。
ぞろぞろとグラウンドに現れたのは、外見こそ至極真っ当な高校球児に見えるが、断じて普通の球児ではない人達。
日本きっての不良校、塵芥高校野球部ナインであり、彼らの表情に緊張の色はない。
過激なファンの言動なんて一切気にせずに平常心を保つ様子は、見ていてとても安心感がある。
「1番 サード 響くん」
ついに、試合が始まった。
相手のバッターは「base THE ball」のリーダーであり、野球の実力も申し分ない三年生の響さん。
チーム内で一番長打力がある彼が一番を務める理由は至極単純で、クリーンナップの面々よりも人気がないから。
そして、人気がない理由はアイドル業よりも野球を優先しているからであり……やっぱり、人気投票でレギュラーを決めるのは良くない文化だと思う。
ソシャゲのガチャと同様に滅ぼすべき悪しき文明だ。
それに対して、塵芥側のピッチャーはこの試合が初登板の周さん。
塵芥高校の裏の番長であり、一年前にビルを崩壊させて大量の不良を病院送りにした過去がある結構ヤバい人だ。
嘘のような話だが、実際にニュースにもなった事件なので、嘘ではないのが恐ろしい。
そんな彼女の容姿は長い銀髪に紫色の瞳。
一見すると、人形のように見える姿は……。
「光莉さんに酷似している。他人の空似とは思えないほどに」
静香ちゃんが私の考えていたことを口にする。
「胸の大きさは大分違うけど。あの人はグラマラスだけど、光莉さんはぺったんこ。まな板同然。低学年の小学生以下」
「ちょ、ちょっと言い過ぎじゃないかな……」
流石にこれは私の考えではなく、静香ちゃんの考えであるとだけ言っておきたい。
静香ちゃんは時折、世良光莉に辛辣な物言いをする事があるけれど、何か恨みでもあるのだろうか。
「いつになったら、投げんのよ!」
「ぶんぶんぶんぶんキャッチャーのサインに首を振って!貴女は蜂の生まれ変わりなの!?」
「ぶんぶんぶんと、蜂がとぶ……ってか!?」
待てども待てども進まない試合展開にイライラし始めたのか、野次がどんどん激しくなっていく。
周さんがキャッチャーである大川さんのサインに首を振りまくっているのだ。
スレによると、彼女は見た目に違わない女王様のような性格をしているらしいし、大川さんのリードに何か文句でもあるのだろうか……なんて考えていると、第一球が投じられる。
「やったやった、ツーベースヒット!」
「響くん、すごおおおおい!!」
結果はツーベースヒット。
周さんが投じたボールの球威はヘロヘロで、コースも甘い。
ホームランを打たれなかったのが奇跡とすら思えるほどのクソボールだった。
……スレで見た話とは全然違う。
周さんは150キロの球を軽々と放る事ができる速球派だった筈だけど、今日は調子が悪いのかな。
「フォアボール」
続く2番、3番打者にはフォアボール。
投げる球の速度はそこそこあるもののキレはなく、打者にとっては見極めやすい上に、そもそもストライクゾーンにまともに入らない。
……私の脳裏に一つの可能性が浮かぶが、すぐに立ち消える。
初回でノーアウト満塁。
投手にとっては苦しすぎるこの局面でも、周さんは涼しい顔でマウンドに立っているから。
「きゃああああああ!!!」
場内に少女達の歓声が響き渡る。
周さんが4番打者に対して投げた球は、ど真ん中の棒球。
打ってくださいと打者に向かってお辞儀していると錯覚するレベルのストレートだった。
私の中で消えた筈の可能性が、浮かび上がる。
もしかして、周さんはメンタルクソ雑魚なノーコンピッチャーなのでは……?
見た目や表情や言動こそ、女王様っぽいけれど、それは演じているだけなのでは……?
ちらりと静香ちゃんの様子を窺う。
「やはり、どうしようもないレベルのノーコン。それは間違いない。だけど、素材は一級品……」
ぶつぶつと独り言を述べている。
それも、口元に笑みを浮かべながら。
その反応が、私の仮説に説得力を持たせる。
周さんがクソ雑魚メンタルなんだとしたら親近感が湧くなと、考えていた次の瞬間。
「…………」
あれだけ騒がしかった球場が静まり返った。
大川さんがタイムを要求した後に周さんが投じた一球はど真ん中のストレート。
だが、速度もキレもノビも、ホームランを打たれたストレートとは一線を画していた。
ガラリと変わった球場の雰囲気なんかどうでも良いと言わんばかりに、周さんは150キロ超えのストレートと同速度のSFFを投げ続ける。
コースも配球もお構いなし。
合理性の欠片もない野球ゲームのような投球に対して、6番も7番も8番もぶんぶんとバットを振り回し、あっという間に三者三振。
「これで、分かったでしょ?私はわざと点を取られたのよ。あんたらの得点力を確かめるためにね」
「そうですか。その言葉が言い訳でないことを俺は祈りますよ」
「……そう。なら、今まで通り黙ってボールを受け続けなさい。言い訳かどうかは結果で示してあげるから」
しかし、周さんは笑わない。
試合開始時と何も変わらない涼しい顔のままであり、大川さんと話している最中は不機嫌そうに振る舞っている。
……私の仮説はあっさりと否定された。
周さんはノーコンであることは間違いないが、少なくともクソ雑魚メンタルでは無かったのだ。
「ねぇ、静香ちゃん……」
「これ以上ないほどにアウェーな状況で投げさせて、投手にストレスをかける。その上で煽るような言葉を投げかけ、怒りの矛先を捕手に向ける事で心の枷を外す。現段階で出来る最高のピッチングを今この状況でお披露目したのも、投手の欠点を可能な範囲で覆い隠した状態で他校にその存在を知らしめるため……」
「し、静香ちゃん……?」
……ダメだ。
静香ちゃんと意見を交換したかったが、自分だけの世界に入っているので出来そうにない。
こうなると、どんなに話しかけても無駄だ。
ここは大人しく、試合を観戦することにする。
打って変わって、塵芥高校の攻撃。
愛取のピッチャーは「base THE ball」の一番人気で4番ピッチャーを務める亜礼久さん。
130キロの直球にスローカーブ。
そして、風を纏うことで球質を重くさせるストレートの魔球を武器にしているサウスポーの彼は決して悪いピッチャーではない。
悪いピッチャーではないのだが……塵芥打線の前では通用しなかった。
強豪校にも引けを取らないクリーンナップは勿論のこと、下位打線にも悉く打たれる。
ピンチを切り抜けるために使用する魔球も痛打されるため、瞬く間に泥沼に嵌り、5回で7失点。
愛取高校は次々と投手を投入するも瞬く間に炎上する一方で、周さんは無双する。
ストライクゾーンに放られるストレートはバットに当たっても、せいぜい内野ゴロ。
ワンバンするSFFは速度的にストレートと見分けがつかないため、空振ってしまう。
純然たる力と力の勝負でバッターを捩じ伏せる様は、圧巻の投球と形容できるものだった。
こうなってしまうと、野次も罵声も関係ない。
普段から過酷な環境に身を置く塵芥野球部の面々には精神的な攻撃なんて意味がなく、それ以前に卑劣な小細工で覆せないほどの実力差が両者の間には存在していたのだ。
◇
その後は山場もなく、試合が終わる。
スコアは13-4。
7回コールドで塵芥高校が勝利した。
結局、この試合は最後まで周さんが投げていたが、球威が衰えることは無かった。
基本的に三球勝負だった上に愛取打線が焦って早打ちしていたとは言えど、試合終了直後に大川さんの胸ぐらを掴む元気があるのはシンプルにすごいと思う。
それにしても、怒りに身を任せて大川さんの胸ぐらを掴むほどに気性が荒い人を一瞬でも同類だと感じた私の目は節穴過ぎる。
やはり、周さんは正真正銘の裏番であり、コンクリートを素手で砕いたり、クマとタイマンして勝利したり、人を睨みつけるだけで気絶させたりするような雲の上の人なのだ。
「今日はありがとう。とても有意義な試合だった」
「こちらこそありがとうございます。次は夏の大会で会いましょう」
「ははは、それは勘弁願いたいかな。でも、仮にそうなったら次は正々堂々と戦うと誓うよ……僕はもうこんなの懲り懲りなんだ。今日は本当にごめん」
「……頑張って下さい。陰ながら応援しています」
愛取高校のキャプテンと塵芥高校のキャプテンが互いの健闘を讃えながら、談笑する。
私のような部外者には微笑ましい姿に見えるのだが、一部の人々はそうではないようで……。
「何よ、あの姫カット女……響くんに色目使いやがってぇ!」
「許せない、許しておかないわ。真実の愛の名の下に成敗しないと気が済まないッ!」
「でも、あいつ塵芥高校の番長らしいわよ……?」
「関係ないわッ!相手がどんな相手だろうと、私は立ち向かう。響くんを護るために!!」
一部のファンの人達の言動は依然としておっかない。
この人達、アイドルのためなら本当になんでもしちゃうのではないだろうか。
愛が重いのも考えものだ。
塵芥高校を応援していた私達がここにいると、彼女らに何をされるか分かったものではないので、一刻も早く帰りたい。
そう考えた私は隣に座る静香ちゃんに声をかけようとする。
「あの銀髪女、絶対に許さない。先輩の胸ぐらを掴むなんて。私が塵芥高校に入学したらその時は」
静香ちゃんはふふふと笑う。
でも、目が笑っておらず、周さんの姿をじっと捉えて離さない。
……やっぱり、愛が重いのは考えものだと、私は強く思ったのだった。
これまで、試合描写はあっさりめでしたが、夏の大会中は結構長めになる予定です……!