【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww   作:門崎タッタ

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分析し尽くされた勝利③

 

 覚悟していた。

 私達は敗北すると。

 理解していた。

 私達と彼らの間に埋め難い力の差があると。

 その上で、想定外だったのは……。

 

「また打った!」

 

「いいぞー!塵芥高校野球部!」

 

 こんなにも、一方的な展開になる事。

 打球は外野の奥深くまで転がり、打った打者と塁上にいた走者は全速力で走る。

 中継に入った私がボールを受け取った時、走者は既にホームベースを踏んでいた。

 スコアボードを見ると、12-1。

 五回の表でこの得点差。

 現在、ツーアウトであとアウト一つ取れば終わる筈なのに、全く終わる気がしない。

 ……どうしてこうなったのだろうか。

 私達は努力してきた。

 真剣に練習に取り組んで、データを集めて、戦略を練って……試合に勝つために途轍もない時間を野球に費やしてきた。

 自分たちが弱い事は理解していたから、才能の差を縮めるために心血を注いできたのに。

 まさか、うちのエースである堀先輩がこんなにもあっさり攻略されてしまうだなんて……と、心の中で弱音を吐いていると、打球が飛んでくる。

 セカンドを守る私の方へ。

 

「っ……」

 

 心の中がぐちゃぐちゃで、体が動かない。

 落ち着いて処理すれば難なく捕球できる筈なのに、ゴロ性の打球が私の足の間を通り抜けていく。

 ……やってしまった。

 守備しか取り柄のない私がエラーしてしまうなんて……今すぐ、消えたい。

 今の私達はあまりにも惨めだ。

 1回の裏にまぐれでこちらに点が入って、勝てるかもしれないと浮かれて。

 4回の表で10点も取られて、すぐに絶望の淵に叩き落とされて、今この瞬間も蹂躙され続けている。

 こんなの、公開処刑と何も変わらない。

 もう試合なんかやめて、一刻も早く家に帰りたい……。

 

「タイム、願います」

 

 堀さんがタイムを要求する。

 そして、内野陣に集まるよう、手招きをする。

 多分、怒られるだろうな。

 私がイージーゴロをトンネルしなければ、チェンジになっていたのだから。

 

「ドンマイです。ミスを引き摺らずに切り替えましょう。まだまだこれからですよ!」

 

 だけど、その予想は外れた。

 堀先輩は怒ったり、愚痴をこぼすでもなく、笑顔を浮かべながら味方を鼓舞したのだ。

 私たちの中で、一番辛い思いをしているのは、滅多打ちにされながらも一人で投げている堀先輩である筈なのに。

 

「……もう、止めようぜ、堀」

 

「止めよう、とは?」

 

「惚けんなよ。これで12点差。俺たちがこの点差をひっくり返す可能性は……相手ピッチャーから一点奪う可能性すら0%だ。こんな状況で、どんなに頑張っても無意味じゃないか」

 

 キャッチャーである林先輩の発言を聞いた私達は、揃いも揃って俯きながら口をつぐむ。

 言葉には出来ないが、みんな考えている事は同じなのだろう。

 この状況で気合を入れてプレーしても、みっともないだけだ、と思っているのだ。

 それは、私も例外ではない。

 

「……林の言う通りかもしれないですね。この点差をひっくり返して、塵芥高校に勝つ可能性は微塵も無い。そう僕のデータも言っていますし、全てを投げ出してしまえば楽になれる」

 

「そうだろ?なら……」

 

「だけど、絶対に試合を投げたりしませんよ。確かに、僕達はここで負けてしまうのかもしれない。無様な姿を大衆に晒しているのかもしれない。ですが、僕達はこの数年間、勝利を目指して努力してきたじゃないですか!全員で支え合いながら、厳しい練習を耐え抜いてきたじゃないですか!」

 

「…………」

 

「ここで試合を投げ出せば、そのかけがえのない日々が全て無駄になってしまいます。このチームのキャプテンとして、エースナンバーを背負う者として、それだけは許容出来ないんです。このチームで積み重ねてきた大切な時間を無駄にすることだけは……何があってもしたくないんですよ!」

 

 ……誰も口を挟まなかった。

 常に冷静で、理知的な堀先輩が感情を吐露するのは初めてだったから、というのもある。

 だが、それ以上に、弱小であるこのチームで一番努力してきたのは、他の誰でもない堀先輩であるのを全員が知っていた。

 どんな時も率先して声を出して、チームが勝つために自らのこだわりを捨ててサイドスローに転向して、休日は他校の視察をしてデータの収集をしていた堀先輩の姿を、ここにいる全員が見てきた。

 だからこそ、誰も口を挟めない。

 ……言葉には出来ないが、みんな考えている事は同じなのだろう。

 

「……まだ試合は終わっていません。気合を入れていきましょう!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 何としてでも、一矢報いてみせる。

 私達自身の努力を……堀先輩が積み重ねてきた努力を無駄にしないためにも。

 

「ここまで全て三振……俺以外はみんな打ってるんだ。この打席は絶対に打ってやる!」

 

 私は本当に馬鹿だった。

 堀先輩と野球が出来るのは、今日この試合で最後なのに。

 一時の感情に流されて、全てを投げ出そうとして……その贖罪はしなければならない。

 7番打者の城之内さんはここまで三振しかしてないが、絶対に油断はしない。

 何があっても絶対に取ってみせる……と、決意した矢先に打球が飛んでくる。

 芯に当たったのか、打球の勢いが強くて、普通に取っても間に合わない。

 リスクを恐れずに一か八か跳躍して、ひたすらに手を伸ばす。

 すると、ボールは地面に触れる事なく、私のグラブの中に収まった。

 

「ナイスキャッチです、南さん。助かりました」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 ベンチに戻る最中、堀先輩に声をかけられる。

 無我夢中でしたダイビングキャッチ。

 試合で成功したのは初めてだった。

 

 

 5回の裏、ツーアウト一二塁。

 絶対に来ないと思っていたチャンスがやってきてしまった。

 

「3番 ピッチャー 堀くん」

 

 ……それも、僕の打席で。

 バットのグリップを強く握る。

 息を吸って、ゆっくりと吐く。

 

「堀ー!打てよー!」

 

「頑張ってください、堀先輩!」

 

 死ぬ気で僕に繋げてくれた林と南が、塁上から声援を送ってくれる。

 その声援が力になるのを感じる。

 これは、データにならない感覚。

 理屈でモノを考える僕と相反する概念であるが……不思議と悪い気分にはならない。

 

「ストライク!」

 

 望月が投じてきたのはナックルボール。

 相変わらず、不規則な軌道で揺れている。

 この球を捉えるのは僕の実力では不可能。

 ……ならば、ヤマを張るのは高めのストレート。

 低めのストレートやナックルボール、チェンジアップや高速ナックルは全て見逃す。

 そこまでしなければ、望月の球は打てない。

 彼女が格上の投手である以上、リスク承知で勝負しなければ勝ちは拾えないのだ。

 

「ストライク!」

 

 続けて、ナックルボール。

 ストライクゾーンにぽんぽんと投げ込んでくる。

 これで、追い込まれてしまった。

 ノーボールツーストライクは圧倒的に投手有利なカウント。

 この状況からヒットが出る可能性は極めて低い。

 ……本当にストレート待ちでいいのか?

 ストレートにヤマを張っているのを、相手バッテリーは気づいているのではないか?

 塵芥のキャッチャーは、中学時代に全国大会三連覇を成し遂げたチームの扇の要だった選手だ。

 僕の思考なんて読めて当たり前……いや、迷っちゃダメだ。

 ここで別の球にヤマを張ったところで、必ずしも打てるとは限らない。

 寧ろ、スイングに迷いが出る分、打てない可能性の方が高いと断言できる。

 もう、ここまで来たらデータや理屈ではない。

 この極限状態で信じるべきは、この日までに僕が積み重ねてきた目に見えない努力。

 今この瞬間、僕は本当の意味でデータを捨てる……!

 

 望月が第三球を投じた。

 僕は、自分に出来る最高のスイングで迎え打つ。

 その結果、バットの芯でボールを捉える。

 打球は綺麗な放物線を描いて、レフト方向に飛んでいく。

 ……頼む。

 ヒットになってくれ。

 これが、僕に出来る最高のバッティングなんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…‥アウト!」

 

 ……しかし、無情にもボールはレフトのグラブの中に収まる。

 

「やった!と、取れた!汚名挽回だぁー!」

 

「俺、馬鹿だから良く分かんねーけどよぉ。それを言うなら、名誉返上じゃねぇか?」

 

「うるせえ、百地!いいとこなしだった俺が活躍できた事が大事なんだよぉー!」

 

 僕は足を止めて、外野を確認する。

 手応えはあった。

 ヒットになるべき打球だった。

 それでもアウトになったのは……外野がやや左方向に集まっていたから。

 ……なるほど、そういうことか。

 これは、流し打ちが得意な僕専用のシフト。

 僕がストレートを待つことも、ストレートを流して打つことも織り込み済みで、打たせて取ったのだ。

 非力な僕に打たれたとしても、外野の頭を越えることはないから。

 純粋な野球の力量はもちろん、僕達が得意とする情報戦すら、相手の方が上手だった。

 塵芥は僕達のデータを集めており、実力に差があるにも関わらず、最後の最後まで全力で迎え撃ってくれた。

 格下としてではなく、対等な相手として。

 この勝利は、正に分析し尽くされた勝利。

 こんなにも素晴らしい相手と戦えて、チームメイトのみんなも諦めずに頑張ってくれて、本当に最高の試合だった。

 高校野球最後の締めくくりとして文句なし。

 ……悔いなんて、ない。

 

「……それでも、勝ちたかった。僕は、このチームで、みんなで一緒に甲子園に行きたかった……」

 

 ない筈なのに……僕は溢れ出る感情を、両目から流れ出る涙を抑える事ができなかった。

 

 

 試合に、勝った。

 スコアは13-1。

 5回コールド。

 望月さんが投げ切ってくれたお陰で、リリーフとして出場する予定だった私の登板機会も無かった。

 上位打線のみならず、下位打線も活躍できたので、理想的な初戦だったと言えるだろう。

 二回戦の相手である日美々(びびび)高校は毎年一二回戦で敗退している高校なので、負けは多分ない。

 そのため、このチームは上り調子で3回戦に臨むことが出来る。

 ……きっと喜ぶべきなのだろう。

 だけど、手放しには喜べない。

 

「すみません……すみません!私が不甲斐ないせいで3年生の夏はこれで……」

 

「泣かないで下さい、南さん。敗戦はあなたの責任ではないのですから」

 

 相手ベンチで、出井田工業の選手が泣き崩れている。

 三年生のみならず、一年生や二年生まで。

 出井田工業の選手は例外なく上手かった。

 このレベルになるまで、私の想像が及ばないほどの研鑽を積んできたのだろう。

 ……それでも、負けてしまった。

 夏は終わってしまったのだ。

 3年生の中には、高校で野球を辞めてしまう人もいるだろう。

 悔しさや後悔の念で押しつぶされそうになっている人も、あの中にはいる筈だ。

 全力で取り組んできた事が終わってしまった時の反動は、途轍もなく大きい。

 そのことを思うと、胸が痛む。

 私が光ヶ丘ガンバーズに負けた時、悔しさとやるせなさで眠ることすら出来なかったから。

 野球に関わる事柄を見たり聞いたりするだけで、上手く息ができなくなった事があるから。

 彼らの気持ちは良く分かる。

 ……私は、本当に。

 

「勝ってよかったのかって?」

 

 この声の主の正体は間違いなく、アキラだ。

 心の読まれた事に、今更驚きはしない。

 恐らく、私の表情を見て、考えている内容を察したのだろう。

 そんな事はどうでもいい。

 ……それよりも、私は何を考えていたんだ。

 私の使命は、アキラを甲子園まで連れて行く事。

 何者でも無かった私を見つけ出してくれた彼の夢を叶える一助にならなければならないのに……勝って良かったのか、とはなんだ。

 下らない私情を挟むな。

 アキラに優しくされてるからって、図に乗るな。

 本来なら、私は今も家に引き篭もっている人間。

 そんな私を救い出してくれたアキラに報いる事以外、考える必要は無い。

 

「勝負事は残酷だ。勝者と敗者がはっきりと別れてしまう。だからこそ、今の久奈のように葛藤するのは悪い事じゃないよ。寧ろ、一個人の人間としては健全な事だと俺は思う」

 

「そうなの……かな?」

 

「そうだよ。まぁ、わざと負けるように……」

 

「そんなことしない!絶対に、しないよっ!」

 

「大丈夫。久奈がそんなことしないって、分かってるよ。それで、話の続きだけど、勝者と敗者が明確に別れてしまうからこそ、勝者には義務が生じると俺は思うんだ」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。

 誤解されてなくて良かった、と一安心する。

 ……それにしても、義務とは何だろうか。

 

「勝者の義務は勝ち続ける事。敗者の思いを背負う事でも、敗者を気遣う事でも無い。頂点に立つ、その時まで勝ち続ける事だと俺は思うんだ……そうしなければ、敗者は報われない」

 

 そう語るアキラの表情はちょっと怖い。

 その上、言葉には重みがあって……彼の価値観の根底に触れていると、確信する。

 中学生の時、アキラは常勝無敗の光ヶ丘ガンバーズの正捕手を務めていた。

 あの世良光莉と組んで、目の前に立ち塞がるシニアチームを叩き潰してきた。

 ……才能ある球児の心をへし折ってきた。

 そんな生活の果てに、導き出した答えが勝ち続ける事だったのだろう。

 二度と立ち上がれなくなった者の分まで、自分が勝ち続けると心に決めたのだろう。

 正直に言うと、心の底から同意できるわけではない。

 この考えが真理であるとは思わないし、少し歪んでいるとさえ思う。

 

「アキラの言いたい事は分かったよ……私も勝者の義務を果たす。頂点に立つまで、甲子園で優勝するまで勝ち続けるって心に誓うよ」

 

 ……それでも、私はアキラに野球人生の全てを捧げると誓ったのだ。

 その決意は微塵も揺らいでいない。

 葛藤する事は悪くない事だと、アキラは言ってくれたけど。

 今日という日を境に葛藤もしない。

 やっぱり、私は自分の意思とかどうでも良くて、アキラのために野球をする事が至上の幸せなのだ。

 

「そっか。嬉しいよ……心の底から」

 

 アキラは口元を歪める。

 その笑顔は不気味だけど、私に心を開いてくれた気がして……嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

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