【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
【一回戦、勝ったよ】
私達とは別の球場で行われている一回戦。
その事をアキラくんから送られたLANEで知る。
今すぐ返信したいところだが、既読はつけない。
「聖女様。間もなく試合が始まりますので、準備のほどよろしくお願いします」
「はい。分かりました」
その理由を、トイレの個室から出てきた私を待ち構えていた
アキラくんとやりとりするなら、たっぷりと時間がある時の方が良い。
時間の都合上、あっさりとお話が終わるのは勿体無いからね。
「聖女様、聖女様っ。今回の試合、絶対に活躍してみせるので、私の勇姿を見ていてくださいね!」
「期待していますよ。ですが、あまり気負わずに」
「はいっ。頑張りますっ!」
横並びになりながら、犬塚さんと話す。
……正直に言って、この子は苦手だ。
私を慕ってくれているのは素直に嬉しいけれど、いくら何でもべったりすぎる。
トイレまで付いてくるのは流石にやりすぎだ。
何度も注意している筈なのに、一週間後には忘れているので、私はもう色々と諦めた。
ちなみに彼女は惚けているわけではなく、本当に注意を忘れているのでタチが悪すぎる。
やはり、聖女として振る舞うのも楽じゃない。
どんなに取り繕ったとしても、私の心根は聖女なんて肩書とは正反対な性格が悪い人間。
……だけど、今更普通の生活なんて出来ないのだから、割り切るしかない。
聖女でない私に、価値なんてないから。
「シートノック、終了二分前です」
ベンチに戻るのと同時にグラウンドへ目を向けて、
人の心を読むためには、仕草や表情を丹念に観察する必要があるので、この時間は無駄にできない。
「さぁ来ーい!」
地大末の選手の動きに固さはない。
どの選手も緊張する事なく、淡々とボール回しを行なっており、そんな彼らの心の中にあるのは、確固たる自信。
地大末学院は県内屈指の強豪校。
部内では熾烈なレギュラー争いがあるだろうし、その競争の中でレギュラーを勝ち取ったのだから、自信を持って当たり前なのだが、それでも歪。
なんたって、彼らが抱いている自信は、自らの実力に対する物ではなく……地大末学院の実質的な指揮官である「
「刈村の指示に従えば勝てる」という思考から生じる自信なのだから。
そして、レギュラーメンバーは共通して刈村沙霧を盲信しているので、不気味でならない。
……私も人のことを言える立場ではないけど。
「シートノック、終了です」
先行チーム、地大末学院のシートノックが終わると、両校の選手がグラウンドへ集まる。
整列挨拶をするために。
聖アリーヴェルデナ学園のキャプテンを務める私の前に立つのは刈村であり、彼女はこちらを見て、にこりと微笑む。
そんな彼女の内心は穢れのない綺麗なもの。
「正々堂々戦いたい」や「試合に勝ちたい」といった、健全な思考回路……の、ように見える。
……私が有している心を読む技能は自分で言うのも何だが、正確無比だ。
アキラくんのような例外を除いて、心が読めなかったり、心を読み違えた事例は一つとしてない。
今日の試合に備えて、刈村沙霧の素性は調べた。
彼女が出場した試合のビデオも見た。
そのため、心を読むための前提条件は満たしている……けれども、私の心が警鐘を鳴らす。
刈村沙霧の心は偽りのモノであると。
この人はアキラくんと同類の人間であると。
なぜなら、彼女は……アキラくんと同様に、不慮の事故によって、魔法が、魔球が見えなくなってしまった人間なのだから。
◇
4回の表、地大末学院の攻撃。
ツーアウト一二塁で、スコアは0-0。
この局面で迎える打者は……。
「3番 レフト
坊主頭の青年がバッターボックスに入ってきた。
このバッターは絶対に抑える……と、自らに言い聞かせて気合を入れる。
だが、やる事は変わらない。
打者の心を読んで、キャッチャーにサインを出して、打たせて取る。
この戦法はアキラくんに攻略されてしまった。
それでも、私が投げる時はこれが一番ベスト。
球威がある訳でもなく、変化球にキレがある訳でもない。
コントロールしか能がない私が地大末打線を抑えるためには、刈村沙霧に看破されているリスクを恐れずに、打者の心を読んで投げるしかないのだ。
「ファール」
打球は勢い良くバックネットに突き刺さる。
タイミングが合っている証拠だ。
私が投じた第1球は内角低め、カットボール。
3番打者は内角の直球に目付していたので、打ち損じを狙ったのだが、そう上手くはいかない。
ちょっとやそっとの動く球では、地大末の選手のパワーと金属バットの相乗効果によって、強引にヒットにされてしまう。
因みに、一二塁のランナーも力で押し切られてしまって出塁を許した。
心を読んでいたのにも関わらず。
「ボール」
ストライクゾーンに入れるつもりだった球が大きく外れた。
コントロールが乱れ始めているのだ。
……ブラスバンドによる応援歌が耳に届く。
ベンチ入りする事が出来なかった地大末学院の選手達が、スタンドで声を出して、応援している。
彼らは皆、地大末学院の勝利を……私達の敗北を願っている。
そして、それは目の前にいる3番打者も同じ。
「刈村まで、繋ぐ」「絶対に打つ」「最後の夏なんだ。甲子園に行きたい。どんな事をしてでも」
そんな感情がダイレクトに伝わってくる。
「ボール」
私は幼い頃から聖女として生きている。
だから、他人に害意を向けられる事も、醜い感情を向けられる事も慣れていた。
それでも、地大末学院の選手達のような、野球に人生の殆どを捧げてきた人間の執念をぶつけられるのは生まれて初めてで……私は動揺している。
狙っているコースも思考回路も全て分かっているのに、どこを投げても打たれる気がする。
私には彼らのように積み重ねてきた物がない。
経験も努力も、何もかもが足りない野球初心者である私の限界はここなのかもしれない……。
「聖女様ー!!」
……後ろから声が聞こえてくる。
「こっちに打たせてくださいっ!貴方様の忠実なしもべである犬塚響の方に!」
「いざという時はバックに任せてください」
「何が何でも、アウトにして見せますよー!」
声をかけてくれるのは聖アリーヴェルデナのみんな。
彼らは心の底から私を信じてくれている。
その事を実感して、力が湧いてくる……なんて、事はない。
けれども、頭は冷えた。
私は一呼吸おいた後に、打者の心を読む。
そして、大きく振りかぶって、投げた。
「……っ」
3番打者のスイングは鋭い。
本来なら、ぐんぐんと伸びていく筈なのに打球はボテボテのゴロ。
サードが軽快に処理をして、ファーストに送球する。
「アウト!」
……私には魔球がある。
打球の性質を反転させる魔球が。
この球を投じるのは5回以降のつもりだった。
刈村沙霧は間違いなく、私の魔球に適応してくる。
或いは既に対抗策を練っているかもしれない。
そのため、投げられる回数が17回しかない以上、出来るだけ温存しておくべきだと考えていたのだ。
しかし、温存して点が取られたら意味がない。
プランは崩れたが、それでも問題はないだろう。
「流石は聖女様です。美しくて、美しい投球でしたっ」
「ありがとうございます。犬塚さん」
「やっぱり、聖女様は美しい、美しい、美しい!」
「……いくら何でも、語彙が少なすぎません?」
美しいしか褒める語彙がない犬塚さんは置いておいて。
……野球はバッターとピッチャーが一対一の勝負をするスポーツではない。
ピッチャーと守備陣、9人とバッターが勝負するスポーツ。
なので、私が打たれたとしても、守備陣がアウトにしてくれれば問題はない。
打たせて取るのではなく、いざという時は打たれて取ってしまえばいいのだ。
それを思い出す事が出来た。
「私、聖女様のために点をとってきますからね。何が何でも絶対にっ!」
「犬塚だけではありませんよ。私だって活躍して見せます」
「それを言うなら僕だって!」
いつ如何なる時でも私を信じて疑わなくて。
心の底から私の事を思って行動してくれる犬塚さんが、聖アリーヴェルデナのみんなの存在が。
「ええ、頼りにしていますよ。皆さん」
……この状況では、これ以上ないほどに私の心の支えになっていた。
◇
「想定外の展開」
ノートに何かを書き込みながら、静香ちゃんがそう呟く。
……確かに、想定外の展開だ。
聖アリーヴェルデナ学園が一点リードしたまま、5回の裏が終わるだなんて。
4回の表にピンチを迎えたものの、聖女さんはあっさりと3番打者を抑える。
そのまま5回の表も魔球を交えたピッチングで地大末打線を抑え込み、5回の裏では犬塚さんのタイムリーツーベースで先制。
地大末学院のエースである竜田さんの魔球である「スネークスライダー」を犬塚さんは完璧に捉えてみせたのだ。
静香ちゃんが言うには、聖女さんは4回まで魔球を温存していたらしいし……ジャイアントキリングが現実味を帯びてきた。
私が推している塵芥高校が順当に勝ち進むと、3回戦で地大末学院か聖アリーヴェルデナ学園と戦う可能性が高いので、個人的には聖アリーヴェルデナに勝って欲しい……!
「でも、勝つのは地大末学院」
私の願望を打ち砕く静香ちゃんの発言。
いくら何でもタイミングが良すぎる。
やっぱり、彼女も聖女さんのような読心能力を有しているのではないだろうか。
「ここまでの試合展開は聖アリーヴェルデナ学園にとって、都合が良すぎる」
「それは、聖女さんの試合運びが巧みだから……じゃないの?」
「違う。刈村沙霧は手段を選ばない人間。本気で勝ちたいのなら、カット戦法で聖女を潰す。聖女さえ潰せばまともな投手なんていない……投手層が薄い聖アリーヴェルデナ学園を潰すのなんて容易」
反論したいが、ぐうの音もでない。
見た感じだと、地大末学院の選手はベンチの指示に不満なさげに従っている。
そのため、刈村さんがカット戦法で聖女さんを潰せ、と命じれば彼らは従うだろう。
……それにしても、静香ちゃんの言い方が引っかかる。
「本気で勝ちたいのなら」 だなんて、そんな言い方では刈村さんが本気で勝ちたがってないみたいではないか。
「刈村は勝ちたがってないよ。彼女が野球をやっている理由は他にある」
静香ちゃんは俯きがちにそう告げる。
その発言の根拠を尋ねようとして、止めた。
何故なら、彼女の表情は今までに見た事がないほど……不快感を露わにしていたから。
因みに聖女様は他人に見られないように、トイレでスマホを弄っていた悪い子です。