【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
「9回の表
応援歌が鳴り響き、声援も大きくなる。
ここまで、幾度となくピンチを迎えたりしたけれども、依然としてスコアは1-0。
私達、聖アリーヴェルデナ学園が一点リードしている状態で最終回を迎えた。
「よろしくお願いします!」
審判に一礼した後にルーティンを済ませたバッターが、こちらを睨みつける。
気合十分のように見えるが、仕草や表情で見て取れる心は異なる。
「絶対に塁に出る」「一回戦で負けたくない」「こんなところで終わりたくない」
…‥等々の感情で胸が一杯になっている彼の中に、気合いなんてモノはない。
私を睨んでいるのは強気な姿勢を見せて、焦燥感を隠そうとしているだけ。
このような精神状態の選手を抑えるのは簡単。
そう自分に言い聞かせて、第一球を投じる。
「ストライク!」
ストレートをど真ん中。
これ以上ない絶好球を見逃した打者の表情が暗くなる。
……これで、打たれる可能性は無くなった。
先程まで取り繕っていた外面は見る影もなく、焦りを前面に出している打者の心は手に取るように分かる。
「こんな球を見逃すなんて、何をやっているんだ」と、思っている彼の選球眼は狂って、難しい球にも手を出すようになる。
なので、後はボールゾーンに際どい球を投げ続ければいい。
「アウト!」
私の目論見通り、外角のボール球に手を出した3番の打球はふらふらっと上がった。
ファールゾーンに打ち上げた打球をファーストが捕球して、ワンアウト。
「……ふぅ」
ほっと、胸を撫で下ろす。
……私は相手の過去や人物像を把握した上で、仕草や表情などから心の声を推測しているだけ。
ゲームや漫画のように読んだ相手の心の声が可視化されたりするわけでは無いので、どんな時も確証を持てはしない。
そのため、ある程度、心が読めているとは言えど、ストレートをど真ん中に投じるのはゴリゴリとメンタルが削られる。
このように精神的な疲労が溜まる選択を下す局面が、この試合は何度もあった。
それだけでなく、現在の球数は100を優に超えており、肉体的にも疲労が蓄積していて……正直、かなりしんどい。
今すぐにでもマウンドを降りて、しっとりしてるアンダーシャツを脱いで、シャワーを浴びたい。
髪や肌のケアなんかお構いなしにベッドに潜り込んで、アキラくんとお話ししたい。
……それでも、私は。
「ワンアウトですよ、聖女様っ」
「球、走ってますよ」
「如何なる打球が来ようとも、手足が千切れようとも、捕ってみせるので安心して投げてください!」
最初から最後まで、私を信じてくれたチームメイトのみんなのために投げ抜きたい。
それが、今は一番大切だ。
……私は、何度も何度も地大末学院の選手に打たれてきた。
けれど、負けじとみんなもファインプレーで、ヒット性の当たりをアウトにしてくれた。
そのお陰で、今も無失点で抑えられている。
頑張っているのは私だけではなく、後ろを守ってくれているみんなも一緒。
曲がりなりにも聖女として生きている者として、彼らの頑張りに応えて見せたい。
「4番 ファースト
「ボール」
「ボール」
「ボール」
「フォアボール」
刈村沙霧に対する策はこの状況でも変わらず、徹頭徹尾、バットを振らせない。
彼女は春の大会で敬遠されたケースを除くと5割も打っており、本塁打も量産している化け物だ。
私が読んでいる心は偽りのものである可能性が高い上に見えていない筈の魔球も、塵芥高校との練習試合でアキラくんがホームランを打った事例がある以上、彼女にも打たれるリスクはある。
なので、刈村沙霧に対しては敬遠する。
彼女はさほど足が速くないので、二塁を盗まれる事はあっても三盗は絶対にない。
「5番 サード 伊万里くん」
ゲームセットまで、ツーアウト。
この二つのアウトを取るために必要なのは、平常心を保つ事だ。
慢心しても力んでもいけない。
いつもの通り、打者の心を読んで、配球を考える。
5番打者の伊万里が得意としている球種はストレートで、得意なコースは内角。
今までの打席では二本ヒットを打っており、私が投じたのはいずれも外角の変化球。
これらの情報を加味した上で、打者の立ち姿を観察する。
ベースに覆い被さるように立っており、如何にも外角を狙っている雰囲気を醸し出している……が、これは罠。
間違いなく、彼は内角を狙っている。
ベース近くに立っているのは、誘いだ。
それを承知で、私は内角を狙って投げる。
待っていた、と言わんばかりのフルスイング。
金属バットと硬球がぶつかり合い、打球は空高く上がる……事はなく。
「アウト!」
地面に触れずにショートのグラブの中に収まった。
私が投じたのはカットボール。
……確かに5番打者は内角を狙っていた。
だがしかし、目付していたのはストレート。
これまでの打席で彼は変化球を悉く打っていたので、カットボールは無いと考えていたのだ。
これで、ツーアウト。
「6番 ショート 村岡くん」
この打者さえ抑えれば私たちの勝利だ。
相手ベンチの様子を窺う。
特別なサインは無い。
次いで一塁ランナー、刈村沙霧の様子を窺うと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、私を見ていた。
「なんで、こんなことに」「完全に想定外だ」「私が一回戦で負けるなんて」
彼女の心は後ろ向きな気持ちで埋め尽くされている。
正に、万事休すといった感じだ。
「ストライク!」
打者は大袈裟に空振る。
もちろん、演技でもなんでもない。
そんな彼の姿を見ても、ベンチは指示を出さないし、刈村沙霧も動かない。
……これで、終わりか。
結局、最後の最後まで刈村沙霧は特別な指示を出さなかった。
その理由は恐らく、私達を侮っていたから。
聖アリーヴェルデナ学園相手ならば、対策なんてしなくても勝てる……とでも思っていたのだろう。
実際、そう思われても納得できるほど、地大末学院と私達の実力には差がある。
だが、私を始めとした聖アリーヴェルデナのみんなは度重なるピンチを乗り越えて、死力を尽くして一点をもぎ取った。
ポテンシャルを遺憾なく発揮する事で、明確に存在する実力差を埋めてみせたのだ。
「ストライク!」
勝利まで後ワンストライク。
遊び球は無し。
次の一球で、私の魔球で勝負を決める。
……あの地大末学院を追い詰める事が出来たのは、チームメイトが居てくれたから。
この一球が打たれても、きっと皆ならアウトにしてくれる。
そう信じて投げるだけで、ゲームセットだ。
……もう、何も怖くない。
なぜなら、私は一人ではないのだから……!
◇
「人心掌握術が並外れてるって聞いてたから、ちょっとは期待しとったけど、こんなもんなん?」
打席に立っている刈村沙霧は笑う。
心の底から私を嘲るように口元を歪めて。
9回の表、ツーアウト。
たった一つ。
ワンアウト取るだけで試合が終わるのに、私たちの守備は終わらない。
現在のスコアは……24-1。
あっという間に23点も差がついてしまったのだ。
実際にマウンドに立って、投げていた私ですら現状把握がままならない。
……本当にこれは、現実なのだろうか?
私達はついさっきまで、1-0で勝っていたのに。
6番バッターにホームランを打たれてから、歯車は狂い始めた。
それまで、人間味を見せていた地大末学院の選手達が揃いも揃って、感情を失ったのだ。
表情は無表情になって仕草が機械的になる。
自我を出さずに野球をするその姿は、刈村沙霧という指揮官に統率されている軍隊のよう。
彼らの心は全く読めなくなり……その時を境に地獄が始まった。
投げては打たれて、投げては打たれる。
これが本来の姿、とでも言いたげに地大末学院の打線が火を吹いたのだ。
野球を始めたばかりの私が彼らを抑えられていたのは心を読む、という特殊な技能があったから。
その技能が失われた私になす術など無い……というよりも、初めから心を読めてなんかいなかったのかもしれない。
地大末学院の選手達が今まで私に見せていた感情は全て、偽りのもの。
心を読めていると思い込んでいる私を良い気にさせた後に、最後の最後で絶望させるための布石。
この試合の最初から……私は刈村沙霧の掌で踊っていただけだったのだ。
それを自覚した私は動けなくなってしまう。
「……っ」
「どうして、こんな事に…」
「…………聖女、様……」
後ろを振り向きたくない。
みんなの心が読めてしまうから。
今の私は酷い姿をしている。
聖女の時の威厳なんて微塵もない……涙目で、惨めにも両足が震えている情けない姿。
こんな姿を見て、私を聖女だと疑わない人間なんて、一人もいない。
……私の化けの皮は剥がれてしまった。
聖女という存在は偶像に過ぎない事が、周知の事実になってしまった。
普通の人間でしかない事が、チームメイトのみんなや試合を見に来た信者にバレてしまったのだ。
「はよう投げて。このままじゃ、いつまで経っても試合が終わらんよ?」
刈村沙霧の心が読める、読めてしまう。
試合前の偽りの姿ではない。
本当の心が。
私を叩き潰して、再起不能にしようとする……純然たる悪意が。
もう、投げたくない。
投げたって打たれるだけだ。
頼みの魔球は投げられない。
6番に投げたので、最後。
魔球無しでは地大末打線は抑えられない。
……9回の表は永遠に終わらない。
私の心が本当に壊れてしまう、その時まで延々と……。
「……タイム」
ベンチで控えていた監督がタイムを要求する。
「審判。我々は試合を放棄する」
その声を聞いた瞬間、救いの手を差し伸べられたような気分になる。
試合なんて、どうでも良かった。
チームメイトのみんなもどうでも良い。
今は野球に関するものを目に入れたくない。
……私の心はそれだけだった。
◇
私達が試合を放棄した後の記憶は定かではない。
聖女らしく謝罪して。
聖女らしく言葉を紡いで。
聖女らしく笑って。
……耐えきれずに、その場から逃げた。
その場しのぎの仮面を被ってやり過ごす事すら、今の私には出来なかったのだ。
「誰も一緒にいてやらんとは……意外と人望がないんやねぇ」
昨日まで聞き覚えがなかった声。
だけど、今は誰よりも脳裏に刻まれている声が私を呼び止める。
「いや……違うなぁ。愛しの聖女様がこの世の終わりみたいな顔しとるから、腫れ物を扱うみたいに接しないといけないんやね」
黒髪サイドテールの少女……刈村沙霧はけらけらと笑う。
何故、彼女がここにいるのだろうか。
そんな疑問が沸々と浮かび上がるが、口にする気力はない。
彼女の存在を無視して歩みを進めようとすると、ガッと肩を掴まれる。
「うわ……今にも泣きそうになっとるやん。可哀想やわぁ」
言葉とは裏腹に、楽しそうに微笑む刈村。
こんな奴、相手にしなければ良い。
さっさと逃げれば終わる話だ。
それは私も分かっているのに……自らの心に身を任せて、口を開いてしまう。
「貴女は……何で野球をやっているんですか?」
刈村の行動の全てが私の神経を逆撫でする。
けれども、私の口から出たのは単なる疑問だった。
彼女の心は悪意で満ち満ちている。
その底知れぬ感情の源は何なのか。
それを知りたいという欲求が、怒りを発散したい気持ちを上回ったのだ。
自暴自棄になっているからか、或いは心が完全に折れているからか。
怒りを差し押して、疑問を優先した理由は自分でもさっぱり分からないが。
「…………」
私の問いを耳にした刈村の表情が一瞬だけ固まるが、すぐに元に戻る。
他人を不快にさせる歪な表情に。
「一生懸命、野球をやってる奴らの心が折れる瞬間を見たいから。それ以外にある訳ないやん。こんな欠陥だらけのスポーツをやる理由なんて」
この言葉に偽りはない。
どこまでいっても刈村は、野球をプレーしている人達を害する事しか考えていない。
それは、紛れもない事実。
「……金輪際、野球やらん方がええよ。聖女ちゃんは。馬鹿相手に愛想振り撒いてお金稼ぐのが、お似合いなんやから」
刈村は立ち去っていく。
最後まで、私を貶しながら。
……私は彼女の過去を知っている。
心を読むために、丹念に調べ上げた。
生い立ちから、魔法が見えなくなった経緯まで。
そんな私だからこそ、言える事がある。
「哀れ、ですね……彼女は」
不思議と恐怖心や怒りは消え失せていた。
ぽつぽつと雨が降り始める。
……なんとなく、この雨はしばらくの間止まないだろう、と思った。