【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
あけましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願いします!
次の投稿まで少し期間が空きそうなので、生存報告代わりのお正月短編になります……!
……あの時の情景は、今でもはっきりと、鮮明に覚えている。
ユニフォームを着た少年少女……ベンチに入れなかった人々がスタンドで懸命に声を出す。
野球が好きで好きでたまらない観客の熱気が球場を包み込み、異様な雰囲気を醸し出す。
そして、何よりも。
たった一校しか掴めない栄冠を求めて、試合に臨む選手達の姿が何よりも美しくて……野球を愛する人の心を掴んで離さない。
日本国民を魅了する夏の風物詩。
数多の高校生の人生と夢をかけた大舞台。
全国高校野球選手権大会。
その舞台である甲子園球場に、私と彼はいた。
記念すべき100回目を迎える甲子園の決勝戦。
名実ともに高校No.1とされている「
この時の私が惹かれていたのは生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染の少年、大川アキラ。
「凄ぇな、野球って。こんなに面白いスポーツだったんだ……!」
試合は央坂光耀が勝利した。
それも、劇的な逆転サヨナラ勝ちで。
その様子を見守っていたアキラは興奮冷めやらぬ、と言わんばかりに瞳を輝かせている。
「よし、決めた。俺はエースで四番になって、甲子園で優勝して、世界で一番の野球選手になる!」
アキラは生まれつき要領が良くて、どんな物事も器用にこなしてしまう。
なので、特定の物事に熱中する経験がない。
親の勧めで習い事やスポーツなどを始めても、すぐに飽きてしまうのだ。
だからこそ、私は嬉しい。
特別な人間であるアキラが野球の練習を一生懸命やれば、必ず頂点に立てるはずだから。
……だけど、エースで4番はダメ。
「えー!どっちもはダメ、ずるだよっ。私だって、4番かエースになりたい!どっちかにして!」
「……しょーがねー。なら、俺はエースだな。一番目立っててカッコいいし」
アキラは特別な人間だけど、オンリーワンは許容できない。
私だけが側にいて、同じ景色を見続けるのだ。
生まれた時からずっと一緒にいる私には……アキラと同じ特別な人間である私にはその権利がある。
「本気を出した俺は爆速で成長するからな。置いてかれんなよ〜、渚」
「それはこっちのセリフっ。練習をサボったりしちゃダメだよ……私はいつだってどこだってアキラのことを見てるからね!」
アキラも私も、確信している。
私達二人なら、栄冠を勝ち取る事ができると。
互いに互いの才能を信じているからこそ、通じ合っているのだ。
特別な人間の価値を真に理解できるのは特別な人間だけ。
アキラの真価を分かっているのは私だけで、私の真価を分かっているのはアキラだけ。
だから、二人の間にはどんな人でも入れない、と疑わなかった。
……けれども、それは大きな間違いであり、この時の私は知らなかったのだ。
私とアキラは大海を知らない井の中の蛙に過ぎず、比類なき才能を有する特別な人間が、この世界には存在するという事を。
◇
目が覚める。
日付は1月の1日。
時刻は午前5時ちょうど。
さっきまで夢を見ていた私の脳裏に微かに残っているのは……幸せだった幼少期の思い出と忌々しい銀髪の少女の後ろ姿。
これは最悪な組み合わせと言わざるを得ない。
最上級のステーキにマヨネーズをかけられたような気分で、実に不快だ。
新年早々、この世界で最も嫌っている特別な人間のことを考えるなんて、縁起が悪いにも程がある。
厄は払わなければならない。
そう考えた私はベッドから飛び起きて、スマホからアキラの位置情報を確認する。
「家には……いないなぁ。早起きして、ランニングでもしてるのかな?」
仮にそうだとしたら殊勝な事だ。
野球に全てを捧げている彼らしいとも言える。
早速、会いに行こう。
こんな朝早くに偶然を装って遭遇するのは不自然極まりない。
だがしかし、私がストーカー紛いな行動をしてる事は本人にバレてると思うので、取り繕ったって意味がないだろう。
……それに、アキラはもう私の事を見ていないのだから、何をしたって見向きすらされないのだ。
◇
「ナイスボール!」
暗がりな空には似合わない快活な声が耳に届く。
紛う事なきアキラの声だ。
彼は初日の出を見に行くのでもなく、ランニングをしている訳でもなく。
「……うるさい。いちいち声に出さないで。自分が良い球投げてる事は言われなくても分かるわ」
私が心の底から嫌ってる女……世良光莉と練習していた。
それも、野球を始めたばかりの私とアキラが特訓していた思い出の場所で。
あの時の私たちのように、二人きりで。
「……ははっ。そうだよな、悪い」
愛想笑いを浮かべたアキラはボールを返す。
……アキラは変わってしまった。
甲子園のマウンドに立つことに拘っていたのに、あっさりとキャッチャーに転向してしまった。
傲慢不遜で唯我独尊を地でいく面白い性格だったのに、人当たりが良くて、常に笑顔を絶やさない退屈な人間になってしまった。
それも全て……小学生の時にこの場所で私とアキラが世良光莉に負けてから。
私は四番を、アキラはエースをあいつに奪われてから、何もかもが変わってしまったのだ。
「ミットを動かさないで」
「すまん、気をつける」
世良が投げて、アキラが捕る。
中学生である二人が早朝に野球の練習をしている異様な光景。
この状況は示し合わせて出来たものではないと断言できる。
恐らく、一人で練習している世良を見つけたランニング中のアキラが、練習に付き合うと言い出したのだろう。
……いつ如何なる時も世良光莉が一番。
自らを容易く蹴散らして見せた彼女の才能を引き出すために、捕手として最大限努力する。
今のアキラはそういう奴になってしまった。
世良光莉が持つ無限大の才能に魅入られて。
「……アキラはさ。今、どんな気持ちで野球をやってるの?」
私の問いに答えるものはいない。
かつて、私達は通じ合っていた。
以心伝心だったと言っても過言ではない。
楽しい感情も悲しい感情も。
ありとあらゆる感情を共有していた。
けど、今は違う。
どんなに話しても。
どんなに見ても。
どんなに聞いても。
どんなに後をつけても。
どんなに監視しても。
どんなに盗聴しても。
私は、彼の気持ちがさっぱり分からない。
当然、今でも仲は良い。
一緒に登下校したり、何処かに遊びに行ったり、自主練したりするのはしょっちゅうだ。
それでも、アキラは私の事を見ていない。
理解しようとも、してくれない。
「そろそろ終わりにしよう。投手の肩は消耗品、投げ過ぎはよくないからな」
「……そうね。クールダウンのストレッチ、付き合って」
「オッケー」
アキラは世良の言う事を何でも聞く。
文句も不満も溢さずに。
今の彼が見てるのは世良光莉だけだ。
彼女以外の存在は眼中にはない。
そして、肝心の世良はアキラが自身に尽くすのを、当たり前の事と言いたげに振る舞っている。
その事を意識しながら手を握ると、爪が皮膚に刺さって、ポタポタと血が滴り落ちた。
……アキラの隣は私の場所だったのに。
二人で一緒にいるのが当たり前だったのに。
そこは貴女の場所じゃない、と大きな声で叫びたい。
「ねぇ……アキラ」
「何?」
二人の会話を盗聴器を用いて盗み聞きしながら、この場を後にする。
懸命に負の衝動を抑え込む。
今は、甘んじて、受け入れよう。
私には力がない。
世良光莉を倒すための力が。
アキラを取り戻すための力が。
「あけましておめでとう。今年もよ、よろ……足を引っ張らないで。私の全力を受け止められるのは、貴方しか……居ないんだから」
「……ああ。こちらこそよろしくな、光莉」
悲しみや憎しみも、殺意でさえも。
全てを糧にして、バットを振るう。
研鑽を積み、自らを磨き上げて……世良光莉よりも私の方が特別だって、思わせてやる。
そうすれば、いつの日か。
……幼い頃のような関係に戻れるはずだから。