【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww   作:門崎タッタ

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愛と恋とニセ聖女

 

 

 聖丘(ひじりおか)由佳里(ゆかり)という人間は空っぽだ。

 生まれてすぐに捨てられたので、両親の顔すら覚えていない。

 怪しげな宗教団体が経営する孤児院では、捨てられないように他人の顔色ばかり窺って生きていた。

 とにかく自我を殺して、嫌われないように。

 その結果、人の心が読めるようになった。

 会話や仕草、表情などを丹念に観察して、相手の思考の癖を分析する。

 それだけでも十分ではあるが、相手の過去を知れれば考えていることが手に取るように分かる。

 友達の相談を聞き、大人の相談を聞き、偉そうな人の相談を聞く。

 相談の最適解を答える必要はなく、相手が望む答えを差し出す。

 そのような媚売りを続けていく内に、私はいつの間にか聖女として崇められるように。

 聖丘由佳里として、ではなく、アリーヴェルデナ教の教祖……聖女として生きるようになった。

 

 多分、私には人心掌握の才能があったのだろう。

 1日に数回ほど、見知らぬ人の話を聞き、その人にとって都合の良い返答をするだけで、お金が湯水のように湧き出てきた。

 もちろん、私を利用しようとする人も現れたが、少しお話しするだけで改心する。

 どんなに私を嫌っている人でも、私のために何でもするようになる。

 やがて、アリーヴェルデナ教は名実ともに私の所有物になった。

 

 でも、何の感情も湧いてこない。

 信者が捧げてくれるお金を使って、豪遊してしまおうとか。

 自分の才能を活かして、この世界を牛耳ってやろうとか。

 そんな事には興味がなく、ただただ聖女としての役目が果たせれば良い。

 結局の所、私はどこまで行っても空っぽで、自我がない人形であると。

 周囲の人間が望む聖女を演じない私には存在価値がないと、本気で思っていた。

 ……野球というスポーツを始め、大川アキラという少年に出会うまでは。

 

 

 鬱屈とした心持ちで、歩道を歩く。

 ここ最近、眠れていないので瞼が重い。

 寝ようとすると、2回戦の情景が。

 地大末(じだいまつ)学院の刈村(かりむら)沙霧(さぎり)に心をへし折られて、聖女という偶像が破壊された瞬間が脳裏をよぎる。

 信者の皆さんや、チームメイトのみんなに、私という人間は聖女でも何でもないと。

 空っぽな人間であると露呈してしまった。

 それが、辛くて辛くて堪らない。

 空虚な自分なりに積み上げてきた全てが無駄になった事で、本当に何も無くなってしまった。

 存在価値すら見失ってしまったのだ。

 ……けど、それでも。

 

「こんばんは〜、聖女ちゃん」

 

 アキラくんに連絡をしていた。

 私と同じく……私よりも人心掌握術に長けている彼と話したいと、心の底から願っていたから。

 

「あったかいココアとあったかいお茶、どっちがいい?」

 

「……ココアを所望します」

 

「はい、どうぞ。火傷しないように気をつけてね」

 

 自分で言うのも何だが、今日の私は変だ。

 口調もおかしい。

 表情もおかしい。

 それ以前にアキラくんに対して、夜の公園で会いたいと連絡した事自体がおかしい。

 非常識にも程がある。

 しかし、彼は動じない。

 公園のベンチに腰掛けて、隣に座る私が口を開くのを待っている。

 

「何か、聞いたりしないんですか?いきなり、夜の公園で会いたいと言い出した理由……とか」

 

「もしかして、聞いて欲しかった?」

 

「……実を言うと、聞いて欲しかったです。でも、もういいです。大方、私の目的は把握しているようですし」

 

「誰だって気づくよ。この前の聖アリーヴェルデナの試合を見れば」

 

 なんというか、トゲトゲした物言いだ。

 人好きのする話し方を、普段から徹底している彼らしくない。

 

「いつもと雰囲気も、喋り方も違いますね」

 

「それはお互い様だろ?俺は腹の探り合いをしに、ここに来た訳じゃない。友人の相談を聞きに来たんだ。聖女ちゃんが素を出すなら、俺も素を出す。そうでもしないと、人の心が読める君のためにはならないだろ……まぁ、普段の俺がいいなら、モードを切り替えてもいいけど」

 

「……いえ、モード切り替え無し、素のアキラくんでお願いします」

 

「了解」

 

 今のアキラくんは非常に軽薄だ。

 何を考えているか、イマイチ分からないアキラくんとは別人のよう。

 ……だけれども、不思議と悪い気はしない。

 寧ろ、心を開いてくれているようで。

 他の誰にも見せない一面を私にだけ見せてくれているようで、ちょっぴり嬉しい。

 

「単刀直入に言うけどさ。今回の件はなるべくしてなったって感じじゃね?」

 

「……え?」

 

「だって、そうだろ。これまで、聖女ちゃんはチームメイトにとって完璧な聖女像を演じてきた。だから、チームメイトは誤解してしまった……君が完璧な存在であるとね」

 

「………えっ、え?」

 

「君は完璧な人間じゃあ無いんだからさ。完璧な聖女なんて演じなきゃ良かったんだ。そうすれば、人々は盲信することは無かった。解釈違いだって、起こることも無かったんだ」

 

 ぐさりぐさりと言葉の刃が胸に刺さる。

 紛れもない正論であり、反論できないからこそ、精神的に大ダメージを受けてしまう。

 ちょっぴり嬉しい気持ちは瞬く間に吹き飛んだ。

 ……少しくらい、慰めの言葉をかけてくれたっていいじゃないか。

 私が傷ついている事は分かっているのだから。

 

「でも、こんな事言ったってしょうがないか。もう過ぎた事だしね」

 

「そうです。もう終わった事なので、ぐちゃぐちゃ言ったってどうしようもないです。どうせなら、これからどうすべきかを教えて欲しいです」

 

「……なら、まずは教えてくれよ」

 

「何を、ですか?」

 

「君がこれから、どうしたいのか。それを知らなきゃ、話は始まらないからな」

 

 これから、どうしたいのか。

 不意に告げられた言葉がとてつもなく重い。

 正直、考えたことすら無かった。

 聖女としての私が壊れた瞬間に、私の人生は終わったと確信していたから。

 ……私は、何がしたい?

 死にたい、というのは嘘だ。

 本当に死にたいのなら、大川くんに連絡を取らずに死んでいる。

 完璧な聖女でいたい、というのも嘘だ。

 今回の件で、自分の限界を知ってしまった。

 永久にボロを出さないのは不可能に近い。

 

 それならば、他には何がある?

 空っぽで空虚で、ずっと他人の顔色を窺って生きてきて、自我が希薄な私には、何が……。

 

「自分に嘘をつくなよ」

 

「いきなり、何を言ってるんです?私は自分に、嘘なんか」

 

「自分には何もない……なんて嘘つくなよ。あるじゃねーか、野球が」

 

 確かに、そうかもしれない。

 今まで、私は他人に言われるがままに生きてきた。

 けれども、野球を始めたのは自分の意思だ。

 プロ野球の中継をテレビで見て、興味本位で始めた。

 きっかけこそ何気ないものの、野球はとても楽しかった。

 練習は厳しいけれど、続ければ続けるほど、上手くなるのが実感できた。

 チームメイトと共に試合に臨んで、勝ち負けに関係なく、笑顔でプレーできれば満足できた。

 相手打者を三振させた時の快感は中毒性があるし、味方がスーパープレイをした際にはぐっと胸が熱くなる。

 他にも、野球には魅力があって……間違いなく、私はこのスポーツに夢中になっている。

 空虚でも、空っぽでも無かったのだ。

 

 瞼を閉じて、脳裏に焼きついている情景を思い出す。

 どんなに投げても相手の攻撃が終わらず、際限なく打たれるのは苦しかった。

 刈村沙霧の悪意を前にするのは、辛かった。

 何よりも、頼りにしていたチームメイトに見限られたのではないか……と思うと、今でも胸が焼き切れそうになる。

 だが、もう二度と投げたくないとは思わない。

 寧ろ、無様な負け方をして悔しいと感じている。

 出来ることなら、聖アリーヴェルデナのみんなと一緒に野球を続けて、リベンジがしたい。

 ……だって、私には野球があるのだから。

 

「アキラくんの言う通り、ですね。確かに、私には野球がありました」

 

「だろ?目を見れば分かるよ。俺も野球の魅力に取り憑かれた哀れな被害者の一人だからな」

 

 アキラくんは笑う。

 続けて、私も笑う。

 きっと、アキラくんも。

 野球をやっていて、辛い思いをした事が幾度もあるのだろう。

 自分よりも才能がある選手を間近で見て挫折したり、不慮な事故によってプロになる事が出来なくなったり。

 それでも、彼は野球を続けた。

 諦めずに腐らずに野球というスポーツと向き合い続けたのだ。

 

 恐らく、刈村沙霧も。

 野球に取り憑かれた亡霊で。

 ……アキラくんが、本当に心が折れてしまった時の姿が彼女なのだろう。

 だからこそ、わたしは哀れに思ったのだ。

 想像を絶するほどの体験をしても、決して折れる事は無かったアキラくんの存在を知っていたから。

 

「もう一度野球をやるためにすべき事は、たった一つだけだな」

 

「まずは、チームメイトのみんなと向き合ってきます。聖女としての私ではなく、一個人の人間として……かなり、不安ですけど」

 

「大丈夫だよ。由佳里なら、きっと何とかなる」

 

 名前で、呼ばれた。

 随分と久しぶりに。

 覚えていてくれたのだ。

 名乗っても居なかったのに、アキラくんが私の名前を……。

 そう考えると、頬が赤くなる。

 我ながら、チョロいと思うが、私は彼に好意を抱き始めていた。

 友達としての好意ではなく、恋愛的な好意を。

 でも、仕方がないと思う。

 アキラくんは私に向き合ってくれた。

 私にとって都合の良い慰めの言葉ではなくて、心からの言葉を伝えてくれて。

 そのお陰で、自らの過ちに気がつき、本心を知ることも出来た。

 彼と会わなければ、私の心は折れたままで。

 自殺する事も視野に入れていたかもしれない。

 つまり、アキラくんはわたしの恩人であるわけで、好きにならない方がおかしい。

 私は悪くなくて、全てアキラくんが悪いのだ。

 

「ねぇ、アキラくん。私は野球だけが全てじゃないですよ」

 

「へぇー。他に何があるの?」

 

「真実の愛を知った私には、アキラくんに対する無限大の好意があります」

 

「ごめん。俺、今は誰とも付き合うつもりは……」

 

「口にせずとも分かってます。だから、私は生涯をかけて、アキラくんの心を射止めてみせます」

 

「あのさ。俺、こういう時、どういう反応をすればいいか分からないんだけど」

 

「どんと構えていれば良いのです。親愛なる由香里が俺の心を奪う時を待ってるぞ……という愛の囁きもあれば尚良しです」

 

「何も良くないよ。てか、キャラ変わり過ぎ」

 

「ふふふ……ゆかりんと呼んでもいいですよ」

 

「頼むから、俺の話を聞いてくれっ!」

 

 アキラくんは見るからに困惑している。

 それでも、手加減はしないつもりなので、覚悟の準備をしておいて欲しい。

 私は野球も頑張って、恋愛も頑張る。

 その上、聖女としての職務も放棄しない。

 甲子園に出るのも、ヒロインレースに勝利するのも、恋と愛を知ったニセ聖女であるこの私。

 ……聖丘(ひじりおか)由佳里(ゆかり)なのだ。





 投稿が遅れてしまい、申し訳ないです。
 大学の試験が近いため、次の話の投稿も遅れてしまう可能性が高いです。
 重ねてお詫び申し上げます……!
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