【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
生まれてすぐに捨てられたので、両親の顔すら覚えていない。
怪しげな宗教団体が経営する孤児院では、捨てられないように他人の顔色ばかり窺って生きていた。
とにかく自我を殺して、嫌われないように。
その結果、人の心が読めるようになった。
会話や仕草、表情などを丹念に観察して、相手の思考の癖を分析する。
それだけでも十分ではあるが、相手の過去を知れれば考えていることが手に取るように分かる。
友達の相談を聞き、大人の相談を聞き、偉そうな人の相談を聞く。
相談の最適解を答える必要はなく、相手が望む答えを差し出す。
そのような媚売りを続けていく内に、私はいつの間にか聖女として崇められるように。
聖丘由佳里として、ではなく、アリーヴェルデナ教の教祖……聖女として生きるようになった。
多分、私には人心掌握の才能があったのだろう。
1日に数回ほど、見知らぬ人の話を聞き、その人にとって都合の良い返答をするだけで、お金が湯水のように湧き出てきた。
もちろん、私を利用しようとする人も現れたが、少しお話しするだけで改心する。
どんなに私を嫌っている人でも、私のために何でもするようになる。
やがて、アリーヴェルデナ教は名実ともに私の所有物になった。
でも、何の感情も湧いてこない。
信者が捧げてくれるお金を使って、豪遊してしまおうとか。
自分の才能を活かして、この世界を牛耳ってやろうとか。
そんな事には興味がなく、ただただ聖女としての役目が果たせれば良い。
結局の所、私はどこまで行っても空っぽで、自我がない人形であると。
周囲の人間が望む聖女を演じない私には存在価値がないと、本気で思っていた。
……野球というスポーツを始め、大川アキラという少年に出会うまでは。
◇
鬱屈とした心持ちで、歩道を歩く。
ここ最近、眠れていないので瞼が重い。
寝ようとすると、2回戦の情景が。
信者の皆さんや、チームメイトのみんなに、私という人間は聖女でも何でもないと。
空っぽな人間であると露呈してしまった。
それが、辛くて辛くて堪らない。
空虚な自分なりに積み上げてきた全てが無駄になった事で、本当に何も無くなってしまった。
存在価値すら見失ってしまったのだ。
……けど、それでも。
「こんばんは〜、聖女ちゃん」
アキラくんに連絡をしていた。
私と同じく……私よりも人心掌握術に長けている彼と話したいと、心の底から願っていたから。
「あったかいココアとあったかいお茶、どっちがいい?」
「……ココアを所望します」
「はい、どうぞ。火傷しないように気をつけてね」
自分で言うのも何だが、今日の私は変だ。
口調もおかしい。
表情もおかしい。
それ以前にアキラくんに対して、夜の公園で会いたいと連絡した事自体がおかしい。
非常識にも程がある。
しかし、彼は動じない。
公園のベンチに腰掛けて、隣に座る私が口を開くのを待っている。
「何か、聞いたりしないんですか?いきなり、夜の公園で会いたいと言い出した理由……とか」
「もしかして、聞いて欲しかった?」
「……実を言うと、聞いて欲しかったです。でも、もういいです。大方、私の目的は把握しているようですし」
「誰だって気づくよ。この前の聖アリーヴェルデナの試合を見れば」
なんというか、トゲトゲした物言いだ。
人好きのする話し方を、普段から徹底している彼らしくない。
「いつもと雰囲気も、喋り方も違いますね」
「それはお互い様だろ?俺は腹の探り合いをしに、ここに来た訳じゃない。友人の相談を聞きに来たんだ。聖女ちゃんが素を出すなら、俺も素を出す。そうでもしないと、人の心が読める君のためにはならないだろ……まぁ、普段の俺がいいなら、モードを切り替えてもいいけど」
「……いえ、モード切り替え無し、素のアキラくんでお願いします」
「了解」
今のアキラくんは非常に軽薄だ。
何を考えているか、イマイチ分からないアキラくんとは別人のよう。
……だけれども、不思議と悪い気はしない。
寧ろ、心を開いてくれているようで。
他の誰にも見せない一面を私にだけ見せてくれているようで、ちょっぴり嬉しい。
「単刀直入に言うけどさ。今回の件はなるべくしてなったって感じじゃね?」
「……え?」
「だって、そうだろ。これまで、聖女ちゃんはチームメイトにとって完璧な聖女像を演じてきた。だから、チームメイトは誤解してしまった……君が完璧な存在であるとね」
「………えっ、え?」
「君は完璧な人間じゃあ無いんだからさ。完璧な聖女なんて演じなきゃ良かったんだ。そうすれば、人々は盲信することは無かった。解釈違いだって、起こることも無かったんだ」
ぐさりぐさりと言葉の刃が胸に刺さる。
紛れもない正論であり、反論できないからこそ、精神的に大ダメージを受けてしまう。
ちょっぴり嬉しい気持ちは瞬く間に吹き飛んだ。
……少しくらい、慰めの言葉をかけてくれたっていいじゃないか。
私が傷ついている事は分かっているのだから。
「でも、こんな事言ったってしょうがないか。もう過ぎた事だしね」
「そうです。もう終わった事なので、ぐちゃぐちゃ言ったってどうしようもないです。どうせなら、これからどうすべきかを教えて欲しいです」
「……なら、まずは教えてくれよ」
「何を、ですか?」
「君がこれから、どうしたいのか。それを知らなきゃ、話は始まらないからな」
これから、どうしたいのか。
不意に告げられた言葉がとてつもなく重い。
正直、考えたことすら無かった。
聖女としての私が壊れた瞬間に、私の人生は終わったと確信していたから。
……私は、何がしたい?
死にたい、というのは嘘だ。
本当に死にたいのなら、大川くんに連絡を取らずに死んでいる。
完璧な聖女でいたい、というのも嘘だ。
今回の件で、自分の限界を知ってしまった。
永久にボロを出さないのは不可能に近い。
それならば、他には何がある?
空っぽで空虚で、ずっと他人の顔色を窺って生きてきて、自我が希薄な私には、何が……。
「自分に嘘をつくなよ」
「いきなり、何を言ってるんです?私は自分に、嘘なんか」
「自分には何もない……なんて嘘つくなよ。あるじゃねーか、野球が」
確かに、そうかもしれない。
今まで、私は他人に言われるがままに生きてきた。
けれども、野球を始めたのは自分の意思だ。
プロ野球の中継をテレビで見て、興味本位で始めた。
きっかけこそ何気ないものの、野球はとても楽しかった。
練習は厳しいけれど、続ければ続けるほど、上手くなるのが実感できた。
チームメイトと共に試合に臨んで、勝ち負けに関係なく、笑顔でプレーできれば満足できた。
相手打者を三振させた時の快感は中毒性があるし、味方がスーパープレイをした際にはぐっと胸が熱くなる。
他にも、野球には魅力があって……間違いなく、私はこのスポーツに夢中になっている。
空虚でも、空っぽでも無かったのだ。
瞼を閉じて、脳裏に焼きついている情景を思い出す。
どんなに投げても相手の攻撃が終わらず、際限なく打たれるのは苦しかった。
刈村沙霧の悪意を前にするのは、辛かった。
何よりも、頼りにしていたチームメイトに見限られたのではないか……と思うと、今でも胸が焼き切れそうになる。
だが、もう二度と投げたくないとは思わない。
寧ろ、無様な負け方をして悔しいと感じている。
出来ることなら、聖アリーヴェルデナのみんなと一緒に野球を続けて、リベンジがしたい。
……だって、私には野球があるのだから。
「アキラくんの言う通り、ですね。確かに、私には野球がありました」
「だろ?目を見れば分かるよ。俺も野球の魅力に取り憑かれた哀れな被害者の一人だからな」
アキラくんは笑う。
続けて、私も笑う。
きっと、アキラくんも。
野球をやっていて、辛い思いをした事が幾度もあるのだろう。
自分よりも才能がある選手を間近で見て挫折したり、不慮な事故によってプロになる事が出来なくなったり。
それでも、彼は野球を続けた。
諦めずに腐らずに野球というスポーツと向き合い続けたのだ。
恐らく、刈村沙霧も。
野球に取り憑かれた亡霊で。
……アキラくんが、本当に心が折れてしまった時の姿が彼女なのだろう。
だからこそ、わたしは哀れに思ったのだ。
想像を絶するほどの体験をしても、決して折れる事は無かったアキラくんの存在を知っていたから。
「もう一度野球をやるためにすべき事は、たった一つだけだな」
「まずは、チームメイトのみんなと向き合ってきます。聖女としての私ではなく、一個人の人間として……かなり、不安ですけど」
「大丈夫だよ。由佳里なら、きっと何とかなる」
名前で、呼ばれた。
随分と久しぶりに。
覚えていてくれたのだ。
名乗っても居なかったのに、アキラくんが私の名前を……。
そう考えると、頬が赤くなる。
我ながら、チョロいと思うが、私は彼に好意を抱き始めていた。
友達としての好意ではなく、恋愛的な好意を。
でも、仕方がないと思う。
アキラくんは私に向き合ってくれた。
私にとって都合の良い慰めの言葉ではなくて、心からの言葉を伝えてくれて。
そのお陰で、自らの過ちに気がつき、本心を知ることも出来た。
彼と会わなければ、私の心は折れたままで。
自殺する事も視野に入れていたかもしれない。
つまり、アキラくんはわたしの恩人であるわけで、好きにならない方がおかしい。
私は悪くなくて、全てアキラくんが悪いのだ。
「ねぇ、アキラくん。私は野球だけが全てじゃないですよ」
「へぇー。他に何があるの?」
「真実の愛を知った私には、アキラくんに対する無限大の好意があります」
「ごめん。俺、今は誰とも付き合うつもりは……」
「口にせずとも分かってます。だから、私は生涯をかけて、アキラくんの心を射止めてみせます」
「あのさ。俺、こういう時、どういう反応をすればいいか分からないんだけど」
「どんと構えていれば良いのです。親愛なる由香里が俺の心を奪う時を待ってるぞ……という愛の囁きもあれば尚良しです」
「何も良くないよ。てか、キャラ変わり過ぎ」
「ふふふ……ゆかりんと呼んでもいいですよ」
「頼むから、俺の話を聞いてくれっ!」
アキラくんは見るからに困惑している。
それでも、手加減はしないつもりなので、覚悟の準備をしておいて欲しい。
私は野球も頑張って、恋愛も頑張る。
その上、聖女としての職務も放棄しない。
甲子園に出るのも、ヒロインレースに勝利するのも、恋と愛を知ったニセ聖女であるこの私。
……
投稿が遅れてしまい、申し訳ないです。
大学の試験が近いため、次の話の投稿も遅れてしまう可能性が高いです。
重ねてお詫び申し上げます……!