【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww 作:門崎タッタ
それからは、あっという間だった。
刈村さんの後方には巡回していた警備員が控えていたらしく、瞬く間に先輩は取り押さえられた。
特に抵抗する訳でもなく、あっさりと。
警備員が現れた時点で諦めたのか、私に対して何も言わずにそのまま連れていかれたのだ。
そして、すぐに監督がやってきて。
取り敢えず、今日は寮に戻る事になった。
事件に関する詳しい話は、後日行うらしい。
「今日は、災難やったねぇ」
「はは…‥本当、ヤバかったっス……」
寮へと戻る帰り道。
隣を歩く刈村さんが、不意に話しかけてくる。
依然として、彼女は微笑を携えていた。
刈村沙霧。
地大末学院の野球部に所属している一年生で、外見も儚げで可愛いし、コミュ力も高い。
その上、野球まで上手いため、非の打ち所がない……という訳ではなく。
とある事情があって、魔力を視認できず、魔球が打てないそうだ。
「本当に、〇〇さんが無事で良かったわぁ」
両手の指先を突き合わせる仕草。
どこか間延びしている語尾に、独特な方言。
それらの所作や言動がぴったりと調和している。
本当に、刈村さんはお淑やかで清楚。
だけれど、常日頃から近寄り難い雰囲気を身に纏っていた。
人当たりは良いけど、目は笑ってないというか。
どうにも、裏表がありそうな気がして、仲良くする気になれない。
本音を曝け出すと、私は怯えているのだ。
何を考えているのか、分からない彼女に対して……とは言っても、恐れているのは私だけで。
他の部員の人達は、刈村さんを野球部のアイドルか何かのように扱っているけれど。
「助けてくれて、本当に感謝ッス。刈村さんは命の恩人ならぬ、貞操の恩人ッスよ」
「あまり気にせんでええよ。人として当たり前のことをしただけやから」
淡々とやり取りを行う。
あまりにも薄っぺらい言葉の応酬。
刈村さんには心の底から感謝しているけども、それ以上に私は疲れていた。
好きでもない人に乱暴されかけて、そのせいで色々と面倒な事が起きそうで。
正直、今は誰とも話したくない。
「気にするな、というのは無理な話ッスよ。感謝の言葉程度じゃ、受けた恩には到底見合わないし……私に出来ることなら何でもしたいくらいで」
「それ、本気なん?」
何気ない一言を耳にした瞬間に、刈村さんの目の色と声色が一変した。
彼女は不意に立ち止まり、光が宿っていない瞳でこちらを射抜く。
お互いに口を開かず、虫の声すらしない。
完全たる静寂の中、ぼんやりと輝く月明かりの下で私達は向かい合う。
そんな状況は幻想的でも何でもなく、ひたすらに不気味としか言えない。
先輩に襲われている時にすら流れなかった冷や汗が、じわりと流れ出るのを感じた。
「本当に、何でもしてくれるん?」
どんな答えが返ってくるのか、聞く前からわかっている筈なのに。
こんな問いかけに意味はあるのだろうか。
……ああ、嫌だ。
毅然とした態度で、首を振りたい。
安易に「何でもする」と言った過去の自分をぶん殴りたい。
それ程に、本能が危険信号を発している。
刈村さんの「何でも」は碌なモノでは無い。
根拠なんてないのに、そう確信していた。
「……ええ。私に出来る事なら、何でもするッス」
だけど、こう言うしかない。
何故なら、恩があるから。
刈村さんは……私を助けてくれた人であるため、何としてもお返しはしなくてはならない。
「感謝の言葉程度では、受けた恩には見合わない」と、口にしたのは他でもない私自身だから。
◇
翌日。
私と刈村さんは、部屋の前にいた。
……とある人物に呼び出されて。
「「失礼します」」
「……来ましたか」
二人揃って入室した私たちの存在に気がついた監督が、手に取っている資料から目を離す。
この人こそ、地大末学院高校野球部の監督。
テレビ等のメディアにも取り上げられるほどに有名な名物監督その人である。
女性とは思えないくらいに長身で、胸が大きくて、練習外は基本的に敬語で、腹筋はバキバキで、それでいて美人。
色々と属性過多な彼女は、見るからに怪訝そうな表情を浮かべた。
「刈村さんの事を呼んだ覚えはありません。何故、ここに居るのですか?」
至極真っ当な疑問が投げかけられる。
監督の言う通り、今回呼ばれたのは私だけ。
先日の事件に関する話をするために呼ばれたのは、被害者の私だけなのだ。
であるのに、刈村さんもここに居る。
……その理由は本当にシンプルなもので。
「〇〇ちゃんに頼まれたんですよ。当事者である私にもついてきて欲しいって。ただでさえ精神的に不安定やから、正確な証言が出来るかわからんし、至らない点を補足して欲しい……って」
刈村さんはつらつらと嘘を並び立てる。
もちろん、頼んでなんかない。
監督と話がある私に同行する事を望んだのは他でもない彼女自身であり、権利を行使して話し合いの参加を希望したのだ。
「しかし、この話は非常にデリケートな問題。出来る事なら、部外者の耳には入れたくないのです」
「それはその通りですが、本人が良いって言ったので。ねぇ、そうよね……〇〇ちゃん」
急に投げかけられた問いに対して、こくりと頷く事で肯定の意を示す。
すると、監督は露骨に表情を顰めた。
誰も口を開かないため、部屋の中には重苦しい雰囲気が流れ出す。
……何故なのか、一切わからないけれども。
監督は、刈村さんが話し合いに参加する事を良く思っていない。
明らかに、彼女の存在を邪魔だと感じている。
「……まぁ、良いでしょう。本人が本当に望んでいるのであれば」
私の心臓はバクバクと音を鳴らす。
何となく、嫌な予感がするから。
ちらっと隣を見ると相変わらず、刈村さんはニコニコと貼り付けたような笑みを浮かべていた。
肝が据わりすぎている。
監督は不機嫌で、私は緊張していて、刈村さんは悠々自適。
正に三者三様、もうめちゃくちゃである。
今すぐに、寮に帰りたい。
そして、布団にダイブしたい。
この空間にこれ以上居たら、寿命が縮むどころか心労で死んでしまうかもしれない。
本能的に、そう感じていると……。
「今回の事件が起きたのは、他でもない私の責任です。その事を、まずは謝罪させて下さい」
いきなり立ち上がり、頭を下げる。
練習中は鬼のような監督が。
「ちょ、ちょっと、監督っ! 頭を上げて下さい! 決して監督の責任では……」
「その上で、失礼を承知で、〇〇さんに頼みたい事があるのです」
「あ、え……頼みたい事、ですか?」
「ええ。今回の件なのですが……この騒動を公にはしないで頂きたいのです。当然、暴行を行った生徒は退学処分にしますし、接触ができないようにします。ですので、どうか……」
あまりの出来事に動揺が隠せない。
今の監督は、本当に監督なのだろうか。
普段は誰よりも厳しい監督が、今この瞬間は一生徒である私に頭を下げている。
それも一心不乱に、心の底から申し訳なさそうな佇まいで。
……こんな姿を目の当たりにしてしまうと、嫌ですとは言えない。
別に、私も大事にしたい訳でもないし。
あの先輩が退学処分になって、今後関わる事がないのなら、刑事事件にしなくても……。
「さっきから、何言ってはるの? そんなん、ダメに決まっとるやろ」
今までに聞いた事のないほど、冷たい声が耳に届く。
ゆっくりと声の主を確認すると、彼女は嘲笑うように監督を見据えていた。
声の主、刈村さんは淡々と言葉を紡ぐ。
「しょーもない人やね、本当に。情に訴えかけて全てをうやむやにしようとして。ぜーんぶ、正直に言ったらええのに」
「……何を、ですか?」
「〇〇ちゃんが大事にしたら、色んな不祥事を揉み消してきた自分に不利益しか無い。だから、やめて下さいって言えばええやんって、言ってるのが分からへんの? 随分と惚けるのが上手い人やなぁ」
人を舐め腐って、小馬鹿にした態度。
やはり、刈村さんは裏表がある人だったのか……という驚きよりも先に発言の内容に気を取られる。
……色んな不祥事を揉み消してきた。
確かに、刈村さんはそう言った。
「か、刈村さん。それってどういうこと?」
「そうよね。気になるよね、〇〇ちゃん。今回の事件のような問題が発生した時に、監督さんは情に訴えかけて揉み消そうとする。それでも被害者側が納得しなかったら、必ずこう言うんよ」
「…………」
「この事件が公になってしまったら、野球部は出場停止処分になる可能性がある。そうなっても良いのか……って」
思わず、言葉を失ってしまう。
仮に、刈村さんの発言が事実だとするのなら……こんなの、恐喝と何ら変わらない。
地大末学院高校野球部は強豪校なので、部員の野球に対する熱量は凄まじく。
外部の目が届かない閉鎖的な環境である事も相まって、毎日膨大な量の練習を行なっており、甲子園を目指して、必死に努力している。
そんな中で、野球部が公式戦に出場できなくなるリスクを対価に、問題を公にできるかと聞かれたら……少なくとも、私は出来ない。
自分の告発が原因となり、野球部が出場停止処分になってしまったら、野球部には居られない。
部員の大多数から嫌われるのが目に見えていて、最悪の場合は虐められたりするかもしれない。
そうなったら、地大末学院に通う意味もない。
何故なら、私は……大学の推薦を勝ち取るために、この学校で野球をしているのだから。
「それって、本当なんですか、監督」
「…………」
「沈黙は肯定……と、思ってええんやない?」
刈村さんは満面の笑みを浮かべていて、監督は何も言わずに俯いたまま。
この状況が、事実を物語っている。
本当に、監督は脅しのような真似をしていて。
地大末学院の部員の野球部を慮る気持ちを利用して、様々な問題を闇の中に葬っていたのだろう。
「それだけやなくて、他にも色々しとるよねぇ。例えば、閉鎖的な環境を利用して外部の情報を遮断する事で、選手の思考や価値観を歪めさせたり。これはブラック企業でよく使われる手法やね」
「…………」
「今回の事件がきっかけになって、外部の目が学校内に入ってきたら……時代錯誤な今の方針が取り沙汰される事、間違いないわ。そうなったら、監督の立場だって危うく……」
「……刈村さん。貴女は、何がしたいのですか? 何の目的があって、こんな状況を作り出したんですか? 面倒なので、回りくどい言葉を使わず、要求を簡潔に述べて下さい」
俯いていた監督が顔を上げる。
彼女の表情には、焦りも怒りもなくて。
ただただ無表情で一切の感情が抜け落ちている。
多分、私に対する謝罪も申し訳そうな顔つきも、全部が演技だったのだろう。
……だが、決して怖くはなかった。
恐ろしくも、不気味でもない。
不思議と、何の感情も関心も抱かない。
「それなら、単刀直入に言わせてもらうわ……監督さん、私と勝負せん?」
待ってました、と言わんばかりに刈村さんはそう告げる。
その姿は、先日の時のような。
昨日、寮へと戻る帰り道で、私から「何でもする」という言葉を引き出した時と全く同じように見えて。
やっぱり、何よりも不気味で、恐ろしくて、言葉にし難い恐怖を感じてしまう。
「監督さんが率いる2.3年生のチームと、1年生を率いる私のチームで試合をする。それで、もし私達が勝ったら……」
玩具を前にした幼子みたいに楽しそうで。
何人もの男性を陥れた女性みたいに妖艶で。
絶対に相入れなさそうな双方の要素が、絶妙に合わさったような表情に佇まい。
それらはきっと意図的なモノで、これまでの出来事も今の状況も……全てが計算尽くだったのだろう。
そう確信して余計に恐怖を感じるが、今更目を離す事なんて出来ない。
刈村沙霧という少女の存在に、否応にも惹きつけられてしまうのだ。
自分でも、本当に、訳が分からないけれど。
……それでも、これだけは言える。
きっと、この人は。
「このチーム、地大末学院野球部は私のモノって事で、よろしゅうなぁ」
……自分の才能に見切りをつけた私の野球人生を、大きく変えてくれる人であるに違いない、と。
案の定、3話構成になりました!
もうちょっとだけ続きます!