【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww   作:門崎タッタ

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橋爪心の堕落

 

 本当に興味本位で特別な理由もなく、底の深い沼に足入れた事があった。

 ジャンプしながら沼に入ると、ずぶずぶと靴が沈んでいく。

 幼い頃はそれが面白く思えて、馬鹿っぽく笑いながらその光景をただただ眺めていた。

 すると、次第に足も浸かっていく。

 ぞわりとする冷たい感触が肌に直に触れて気持ち悪く感じ、脱出を試みる。

 でも、足が抜けることはない。

 どんなに力を入れても、幼い子供の力では抜け出すことが出来ないのだ。

 この時に焦りを覚え、もがいても、もう遅い。

 闇雲に動いても悪影響にしかならず、ゆっくりじっくりと全身が沈んでいく。

 懸命に声を出しても沼地には私以外の人が居ないため、誰も助けには来ない。

 抵抗虚しく落ちていくばかり。

 何故か、その記憶が脳裏をよぎっていた。

 

「ス、ストライク……バッターアウト……」

 

 1年対2.3年の紅白戦。

 絶対に勝てるはずのない試合。

 なのにも関わらず、私達は……。

 

「ゲームセット。6-4で紅組……もとい1年チームの勝ち、やね」

 

 マウンドに立つ少女、刈村沙霧は相変わらずの胡散臭い笑顔を浮かべている。

 敗北した2.3年生は勿論、勝者である筈の1年生も黙り込む中、彼女だけは悠然と振る舞っているのだ。

 今の状況はあまりにも、現実味がない。

 ここ最近は甲子園に出場できてないとは言えど、地大末学院は地区大会で毎回ベスト4に入る実力を有する強豪。

 そんな野球部のスタメンに選ばれた先輩方に、入部して間もない私達が勝利したという事実は簡単に受け入れられない。

 言うなれば当事者であるのに他人事のような、不思議な感覚を覚えた。

 

「……監督さん。約束は覚えてます?約束通り、地大末学院野球部は私の指揮下で動くって事でええやんな?」

 

「……こ、こんなの、認めません。絶対に何かの間違いです。私の、私が鍛え上げた子達が、入ってきたばかりの1年生に負けるはずがない」

 

「何言うても実際、負けとるやん。まぁ、負けた責任は先輩方にはのぉて、指揮能力の低い監督さんにあるけどなぁ」

 

「っ!」

 

 神経を逆撫でする目的で放たれた言葉を耳にした監督は、ちらりと2.3年生の方に目を向ける。

 すると、彼らは揃いも揃って目を逸らした。

 刈村さんの言葉が事実であるとでも言いたげに。

 

 今回の試合の内容は酷いものだった。

 こちらのチームの4番もピッチャーも刈村さん。

 その上、作戦立案や細かい指示出しすら務めた彼女は、大車輪の活躍を見せた。

 合計2本のホームランを放ち、9回4失点で試合を締めて、的確なタイミングで指示を出すことで得点の機会を作り出した。

 それ以前に敵チームのスタメンの長所や短所を洗い出し、監督の作戦の傾向を推測して的中させるなど……功績を一度挙げ始めたらキリがない。

 それに対して、監督が率いる2.3年チームは先輩方の高いポテンシャルを活かしきれていなかった。

 前半においては刈村さんに対策されている事も察せずに、セオリー通りの指示を出すだけ。

 後半に至っては焦りを抑えきれず、安易に強攻策を試みて得点機会をドブに捨てる体たらくだった。

 因みに、試合に出ていた人の中には明らかに手を抜いていた先輩もいて。

 ……もしかしたら、刈村さんが裏で手を回していた可能性もあるかもしれない。

 

「それでも、一野球部員に指揮権を譲渡するなんて、出来ません。私には監督としての責任が」

 

「井上崇。須藤雄太。菊池拓也……この三人の名前、覚えとる?」

 

「……はい」

 

「3年ほど前に行われた野球部内の陰湿な虐め。それによる不登校や自主退学……監督さんは可哀想だと思わんの? 監督としての責任云々を語る前に人としての道理を学んだ方がええんやない?」

 

「…………」

 

「言っとくけど、揉み消そうとしても無駄やから。証拠は揃えとるし、世間に公表する準備も済ませとる。橋爪ちゃんの件も合わせたら、対外試合禁止は勿論、監督さんの進退にも関わるやろな」

 

 監督は、もう何も言わなかった。

 顔を真っ青にしながら、地面にへたりこむ。

 恐らく、全てを諦めたのだろう。

 彼女は絶望したような表情を浮かべ、地面に手をつきながら呆然とするだけだった。

 

「良かったねぇ、監督さん。因果応報って言葉の意味を身を挺して学べて。後は私が全部やったげるから、もう余計なことはせんでね?」

 

 刈村さんはクスクスと笑う。

 本当に嬉しそうに、心の底から楽しげに。

 他人が苦しむ光景を見て悦に浸る姿は、どうしようもないくらい歪んでいるように見える。

 実際、一部の例外を除く1.2.3年生の部員は、ぎゅっと口を閉ざしていた。

 異常者を見るような視線を彼女に向けながら。

 でも、それでも私は……抑えきれないほど急速に胸が高まるのを感じた。

 どくんどくんと鳴る心臓が煩くて堪らない。

 黒一色のモノクロだった世界に色がついたような錯覚すら覚える。

 このトキメキの理由は、自分でも薄々気がついていた。

 

 

 

 それから、野球部は変わった。

 過剰すぎる上下関係も、時代不相応な感情論に基づいた練習も、部内に流れていた嫌な雰囲気も。

 全て消え去って、新しい形に生まれ変わった。

 多数の部員が刈村さんをアイドルのように扱っていた背景もあり、改革はスムーズに行われたのだ。

 当然ながら、疑念を抱いていた部員もいた。

 しかし、今では全員信頼を寄せている。

 何故なら、春の大会で好成績を残すことが出来たから。

 指揮能力を疑問視する声を実績で黙らせてしまったので、誰も何も言えなくなってしまったのだ。

 常日頃から刈村さんの思う通りに動き、カラスは白いと刈村さんが言えば、揃いも揃ってカラスは白だと信じる。

 その様子はあまりにも歪で、きっともう元の形には戻らない。

 地大末学院野球部は、完全に刈村さんの手中に収まってしまった。

 

「橋爪ちゃん、一緒に帰らん?」

 

「もちろん、願ってもないッス」

 

 二人で肩を並べながら、夜道を歩く。

 クソキモ先輩に襲われかけたあの日と同じように。

 お互いに口を開かないが、気まずいとは思わない。

 あの時は、不信感を抱いていたのに。

 今では、心から信頼するようになっている。

 

「私の計画通りに物事が運んだのは全部橋爪ちゃんが居てくれたから……本当に、ありがとうなぁ」

 

 刈村さんが急に立ち止まり、ぺこりと頭を下げる。

 脈絡が一切ない感謝。

 だが、困惑したりはしない。

 いつの間にか、私と刈村さんは一緒に行動するようになっていた。

 だからこそ、分かる。

 今、彼女がどんなことを考えているのか。

 どんな感情で私の隣を歩いているのか。

 それが、私にとって何よりも嬉しい事だった。

 

「気にしないで欲しいッス。逆に、こっちが感謝してるッス。私に出来ることなら何でもしたいくらいには」

 

「それ、本気なん?」

 

 あの時と似た問答だけど、抱いている感情は正反対。

 昔の私は本気では無かったけれど、今の私は本気だ。

 比喩でも何でもなく、刈村さんのためなら何でもしたいと思っている。

 だって、彼女は憧れの存在だから。

 諦めかけていた甲子園出場の夢を現実にしてくれる可能性を秘めている救世主なのだから。

 

「本当に、何でもしてくれるん?」

 

 どんな答えが返ってくるのか、聞く前からわかっている筈なのに。

 こんな問いかけに意味はあるのだろうか。

 きっと、刈村さんの「何でも」は碌なモノでは無い。

 前だってそうだったから、今回もそうに違いない。

 心臓が激しく脈を打ち、背筋に冷や汗が流れる。

 ……ああ、最高だ。

 私が彼女を頼りにしているように、彼女も私を頼りにしてくれている。

 その事実が、危険信号を発している自らの本能を凌駕する。

 そうして、私は沼の中に己を沈めると、刈村さんに全てを捧げると、心に決めた。

 

「ええ。私に出来る事なら、何でもするッス」

 

「そう。本当に、嬉しいわぁ。これから一緒に頑張って……野球をやる全ての愚か者共に引導を渡して、夢の舞台の頂点に立とうなぁ」

 

 刈村さんはそう言って、満面の笑みを浮かべる。

 その姿を見ていると、心を開いてくれたように感じるが……この笑顔も偽りのものなのだろう。

 ほぼ間違いなく、私の事なんて使い勝手の良い道具としか思っていない。

 でも、それで良い。

 甲子園に行きたいというのは、幼い頃から胸に抱き続けていた絶対に叶えたい夢。

 何を犠牲にしてでも成し遂げたい夢。

 だからこそ、私は何でもする。

 刈村さんの言う通りに……いや、思考に同調して、彼女の願う通りに行動する。

 きっと、多くの人に恨まれる事になるだろう。

 一人の野球人として評価されることはなく、高校で野球を辞めることになるだろう。

 ……それが、何だというのだ。

 誰に何と言われようとも、私は刈村沙霧に最後まで着いていく。

 それこそが、彼女の悪意に救われた者の責務だと信じているから。





 お待たせしてしまい申し訳ありません。
 本日より、投稿を再開します。
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