【悲報】魔球蔓延る野球が大人気な世界に生まれた俺、魔球が打てないwww   作:門崎タッタ

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登場人物が多くてごちゃついているので、前書きでまとめておきます。

地大末学院高校

刈村沙霧
橋爪心

塵芥高校
大川アキラ=主人公
脇谷久菜=クラスメイト
佐々海景=パーカー
百地=ゲーミングモヒカン
望月時雨=和服美人
楠森雛=なのです先輩
周十羽=プリンちゃん


執念の行方①

 

 球場には異様な雰囲気が流れていた。

 ピリピリしているような痛々しい空気。

 その原因となっているのは、間違いなく……対戦相手の地大末学院野球部の面々である。

 

「…………」

 

 試合前の守備練習を行っている彼らは誰一人として声を出さない。

 それは、声を出す事が美徳とされる高校野球において、あまりにも異質で不気味な光景だった。

 地大末学院野球部は、スポーツマンシップのない戦法が問題視され、方々で非難を受けている。

 実際、この試合を見に訪れた観客の多くが刺々しい視線を送っていて。

 殆どの人間が、敗北する事を願っているだろう。

 なのにも関わらず、彼らは一切動揺を見せない。

 ただただ淡々とシートノックを行う姿は、まるで何者かの指示通りに動くロボットのようだった。

 

「なーなー。こんなひどい雰囲気の中、野球プレーして楽しいのかな? 俺が地大末の選手だったら、嫌すぎてサボっちゃうよ」

 

 退屈凌ぎにバットを弄りながら、その様子を眺めていた景がこてんと首を傾げる。

 その問いに答えたのは、防具を着用している最中のアキラだった。

 そして、それを手伝うのは私。

 先日、彼の家にお呼ばれした脇谷久奈である。

 試合の前に防具を着る手伝いをするのは、いつの間にか私の役割になっていた。

 ……正確に言うと、そういう流れにしたのは、毎試合押しに押している私自身なので、いつの間にかとは言えないかもしれないが。

 

「楽しくは、ないかもな。でも、みんながみんな、楽しむために野球をやってる訳ではないし、俺にはどうにも言えないな」

 

「ふーん、そういうものなんだ……因みに、アキラは何のために野球をやってるの?」

 

「どうしても、勝ちたい奴がいるから」

 

 即答したアキラは、何かがいつもと違う。

 上手く言えないが、ドロドロとした執念のような感情が瞳に宿っているように見えたのだ。

 そもそも、中学時代にシニアの全国大会を三連覇したチームの正捕手を務めていた彼に勝てなかった相手などいるのだろうか。

 一度考え始めると、気になって仕方がない。

 アキラが勝ちたい人は、どんな人なのだろう。

 男の子?……それとも女の子?

 男の子であっても女の子であっても、アキラに意識してもらえるってだけで羨ましい。

 出来ることなら、私もアキラの心の深くに残るような人になりたいと思っているから。

 ……あまりにも恥ずかしいので、本人には絶対に言えないけれど。

 

「皆さん。そろそろ整列の時間ですよ。グラウンドへ向かいましょう」

 

「……だってさ。そろそろ行こう、景、久奈」

 

「おっけー、今日も頑張ろうなー!」

 

「う、うん」

 

 些細な疑問を抱いた私が口を開こうとすると、タイミング悪くシートノックが終わった。

 望月先輩やアキラの言葉に従い、グラウンドへ歩みを進めると、両校の選手が揃い向かい合う。

 私の正面に立ったのは、先日の作戦会議で名前が上がった要注意人物である橋爪心さんだった。

 根本のみが黒いセミロングの金髪と、耳元につけている銀色のピアスが印象に残る彼女は、目元を細めてヘラヘラしながら、こちらを見ており。

 他のチームメイトには目を向けず、私の顔をじっと見つめているので、嫌な気持ちになる。

 どことなく、舐められているような、見下されているような気がしてならないのだ。

 

「礼!」

 

「「お願いします」」

 

 球審の声に合わせて帽子を取り、頭を下げる。

 次いで、ベンチに戻ろうとすると、依然として私の姿を見据える橋爪さんと目が合う。

 彼女は声を出さずに口を動かしたのを最後に、自軍のベンチに引き上げていった。

 

「覚悟しておいた方がいいッスよ」

 

 橋爪さんは確かにそう言った。

 ハイライトの無い瞳の奥に、底知れぬ悪意を携えながら。

 

 

 一回の表、地大末学院の攻撃はこちらが事前に想定していた通りに進む。

 率直に言うと、相手は望月先輩に球数を放らせる露骨な待球作戦を試みたのだ。

 1.2番は凡退、そして3番と4番の刈村にフォアボールで、5番は凡退。

 早いカウントは打たず、追い込まれてない限りナックルは見逃し、ストレートであってもボール球は振らない。

 こちらの先発である望月先輩。

 彼女の決め球は投げる側も変化を制御できない変化球のナックル。

 その性質上、通常の投手よりも球数が多くなってしまうため、待球作戦は有効な戦法だと思う。

 実際、以前の試合で望月先輩は、刈村沙霧以外の地大末学院の打者を抑え込んだので、まともに勝負するより、少しでも早く降板させる方が良い。

 もっと言うと、望月先輩よりもリリーフとして登板する私の方が与し易いと判断したのだろう。 

 つまり、この作戦は、春の大会で我ら塵芥高校が神皇帝学園に行った作戦と酷似している「2番手攻略作戦」という訳だ。

 

「一回の表で27球も投げさせられたか。すみません、俺が不甲斐ないばかりに」

 

「気に病まないで下さい。寧ろ、アキラくんのリードに助けられているくらいですから」

 

「時雨、大川を甘やかしちゃダメなのです! 最低でも10球以内に抑えろとしっかり言わないと!」

 

「それは流石に無理難題すぎません……?」

 

 望月先輩と楠森先輩とアキラの三人が準備を整えながら、仲睦まじく会話している。

 一回の表で27球程度ならば、5回で確実に100球は超える。

 チームの方針上、酷使は絶対にしないから……恐らく、最悪の場合だと5回、そうでなくとも6.7回から私が登板することになるだろう。

 周先輩は安定感に欠けるため、今回のような1点を争う試合だと起用しにくいのに加え、次の試合で登板する予定という事情があるので。

 

「……随分と気負っているのね、貴女」

 

 思いもよらない人から話しかけられる。

 反射的に振り向くと、女王様のような態度で足を組みながらベンチに座る周先輩の姿があった。

 

「緊張が顔に出過ぎよ。無様な姿を晒したくないのなら、ちょっとは肩の力を抜きなさい」

 

「あ、はっ、はいっ。了解です!」

 

 びっくりしすぎて、返事が吃ってしまう。

 まさか、周先輩に話しかけられるとは思わなかった。

 今まで、一度たりとも面と向かって話した事が無かったと言うのに。

 ……だが、それよりも。

 先程の発言は、もしかして、目に見えて力んでいる私を鼓舞してくれているのだろうか。

 常に孤高な一匹狼で、塵芥高校の裏番長で、女王様みたいな高圧的な口調や態度で、150キロを平然と投げるフィジカルモンスターの周先輩が。

 

「……そろそろ、貴方の打席よ。ネクストに行かないと、注意されちゃうわ」

 

「あの……周先輩、ありがとうございます!」

 

 率直な気持ちを伝える。

 確かに困惑はしたけれど、それ以上に感謝で胸がいっぱいになっていたから。

 こういった状況で声をかけてくれる人がいるのは本当にありがたいことだと思うから。

 それに加えて、同じピッチャーである周先輩と仲良くなりたいという下心がちょっぴりある。

 

「……ふん。余計な事言ってないで、さっさと行きなさい」

 

 そう一方的に告げた周先輩は、ふいとそっぽを向いてしまった。

 関係性を築くのはかなり時間がかかりそうだが、それはそれでこれはこれ。

 切り替えて、打つのに集中しなくては。

 

 ネクストバッターズサークルで、バットのグリップに滑り止めのスプレーをしながら、打席に立つアキラの姿を確認する。

 先頭打者の百地くんが凡退したのでワンアウト。

 カウントはツーボール、ツーストライク。

 相手投手が投げた魔球の数は、ゼロ。

 どうやら、相手陣営はアキラに対して、魔球を投げる作戦を採用しなかったようだ。

 ピッチャーの力で捻じ伏せる自信があるのだろうが……なんて考えていると、快音が鳴り響く。

 強烈な打球が三塁線へ飛び、白線の上を物凄い速度で駆け抜けて。

 地大末のサードが横っ飛びするも、グラブの中には収まらない。

 そして、レフトが内野へボールを返した時には、二塁上にアキラの姿があった。

 

「ナイバッチ、アキラ!」

 

 ベンチへ戻った百地くんや、ネクストへ向かう準備をする景がアキラのヒットを讃える。

 正に、値千金のツーベースヒット。

 一回の裏から、待望の得点機が訪れた。

 ここで大事なのは焦らず、気負わない事。

 急いては事を仕損じるという言葉がある通り、チャンスといって気合いを入れる必要はない。

 あくまで、平常心で。

 現在の状況を整理した上で、今の自分にできる最大限の結果を残せば良いだけだ。

 

 相手投手の名前は竜田順平。

 坊主頭と鋭い三白眼が印象に残る彼は、地大末学院の2年生で、最大球速は145キロ。

 球種はストレート、ドロップカーブ、高速スライダーの三種。

 魔球の名前はスネークスライダーで、蛇のようにぐにゃぐにゃ曲がりながら進み、最後に打者の手元で逃げていくように大きく曲がる。

 投げられる回数は14回で、特筆すべき弱点はないクオリティの高い魔球……といった感じだった筈。

 

「3番 セカンド 脇谷さん」

 

 球審へ礼をした後に、ほっと一息ついて打席に立ち、バットを構える。

 すると、竜田さんはじろりとこちらを睨みつけた後、矢継ぎ早に投球モーションに入った。

 

「ストライク!」

 

 小気味良い音を立てて、白球がミットに収まる。

 アウトローにストレート。

 正直に白状するが、手が出なかった。

 今の私が彼と小細工なしで真っ向勝負をしても、絶対に打てないと断言できる。

 それも全て、中学3年の時の……。

 

「あーあ。心折れて引き篭もらずに練習してれば……って感じッスね」

 

 地大末のキャッチャー、橋爪さんがぼそりと呟く。

 ……なんでその事を?

 まさか、過去を調べて……と、反応してしまいそうになるが、相手の方を見たりはしない。

 審判に抗議したりして、一度でも囁きを意識してしまえば、敵の思う壺。

 集中が乱されてしまった時点で私の負けだ。

 

『変化球打ちも上手いけど、ストレートには滅法強い。スイングスピードが並の打者よりも速いからストレートを狙っていても、甘いコースの変化球に対応できるんだ』

 

 アキラと初めて出会った日。

 彼は私の能力をこのように評していた。

 でも、今の私はスイングスピードも早くないし、ストレート打ちも対して上手くない。

 

「ファール」

 

 内角に投じられた直球にバットを合わせる。

 しかし、タイミングをうまく合わせられないため、白球はファールゾーンへ転がっていく。

 力がなくても、タイミングよく芯に当てれば硬球は飛んでいく。

 しかし、1年間のブランクがある私は下半身が弱く、全身の力を生かしてバットを振れない。

 140キロの直球なんて打てないし、スタミナも無ければ、足だって遅くなった。

 

 それも全て、中学3年時に世良光莉に負けて心が折れ、家に引き篭ったから。

 大好きだった野球から目を背けて、何もせずに過ごしてしまったから。

 きっと、真面目に練習していれば、こんな風にはならなかった。

 今よりもっと野球が上手くて、アキラの役に立てていたに違いない。

 要するに、地大末のキャッチャーである橋爪さんの言う通りなのだ。

 その上で、過去はどう足掻いても消えないし、やり直すことも出来ない。

 まずは、その事を認めなければならない。

 

 でも、あの経験が無ければスレを見ることなんて無かったし、塵芥高校に入ろうとも思わなくて。

 ……きっと、アキラとは出会えていなかった。

 だから、全てが無駄だとは思わない。

 心が折れた経験も、塵芥高校に入学したことも、全部が自分にとって必要な出来事だと信じている。

 そう思うからこそ、自分の能力を全力で生かして、今の状況を打破するしかない。

 身体能力が衰えようとも、勝負できる手札が……私には、これまで培ってきたテクニックがある。

 と、自らに言い聞かせて覚悟を決めた。

 

「……っ」

 

 来たる第3球、狙い球を絞った私は腕を畳み、ミートすることに専念する。

 投じられたのは内角を抉るような高速スライダーで……私が待っていた狙い球だった。

 変化球は性質上、ストレートよりも飛ぶ。

 非力な私であっても、当たりさえすれば……!

 

 白球とバットが衝突する。

 鈍い音が鳴り、ふわりとボールが宙に浮かぶ。

 その行方を見ることなく、全力で足を動かした。

 

「内野の頭越える! 回れ、大川!」

 

 ウチのチームの三塁コーチャーの声が響き渡る。

 それに呼応するようにアキラが快足を飛ばして、ホームベースへと向かう。

 ギリギリのところで内野の頭を越えたボールを捕球した外野によるバックホーム。

 どちらも無駄のない正確な動作。

 タイミングはほぼ同時に見えた。

 

「……セーフ!」

 

 僅かな沈黙の後、主審が判定を告げる。

 喉から手が出るほど、欲しかった先取点。

 何よりも大事な一点を、手に入れる事が出来たのだ。

 思わず感情が溢れ出した私は、ギュッと小さくガッツポーズを作る。

 

「脇谷〜、ナイバッチ!」

 

「大川もナイスラン!」

 

「佐々海も続くのです。ゴミ箱の底力をいけすかない野球エリート共に見せつけてやるのです!」

 

「任せてくださいよ、おチビ先輩っ」

 

「せ、先輩の私をおチビって言うな!」

 

 ベンチはてんやわんやの大騒ぎ。

 まだ勝ったとは限らないのに大袈裟ではないかとは思うが、致し方ないだろう。

 春の大会で戦った地大末学院。

 2-1で敗北した私達は竜田さんの投球に手も足も出なかったので、その分喜びもひとしおだ。

 内心だと冷静ぶってる私だって、本音はみんなとこの感情を分かち合いたい。

 今この瞬間に塁上にいなければ、飛び跳ねたいくらいの嬉しさだ。

 

「随分と浮かれとるなぁ。まだ試合は始まったばかりやのに」

 

「…………」

 

 こちらを嘲笑っている不快な声。

 振り返らずとも、声の主は分かる。

 地大末の一塁手で、どこの方言か分からない変な喋り方の奴は一人しか思い浮かばない。

 

「こんなの、演出にすぎひんから。気を引き締めた方がええよ……引き篭もりちゃん」

 

 刈村沙霧。

 アキラによると、めちゃくちゃ性格悪いけども、野球は人一倍上手い少女。

 尚且つ、地大末学院を指揮する立場を持ち、バッティングにおいて天性の才能を有するが、魔球を視認できない弱点を抱えている。

 

「あ、そうやぁ。心ちゃんが言い忘れとったみたいやけど……今日の試合の主役は貴女やから。改めて、覚悟しといてな?」

 

 その上で、聖女改め、ゆかりん曰く……野球をプレーする者全ての心をへし折ろうとする人格破綻者その人であり。

 彼女の瞳にも、試合前のアキラと似通っているドロドロとした執念が宿っているように見えた。





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