例えばこんなサンデーサイレンス。 作:にわとり肉
まともに眠れなくなって
あてがわれたベッドがふかふか過ぎて落ち着かないってのもあるけど、そんなことなんか目にならないぐらいの状態に、
今日も俺の中で
効果覿面だよ。うるさくって眠れやしない。
死のうと思ったって死ねない。アイツが身体を縛って止めてくる。死んだところで
戻りたい。戻りたくって仕方がない。そして、戻ったら唯一の親友をぶっ飛ばしてこう言ってやるんだ。
「ウマ娘の身体なんてクソ喰らえ」
ってね!!!
◇◇◇
「……」
ぬるくて、でも安心する。さっき感じた死ぬほど息苦しい感覚が嘘みたいだ。ただ寝ていただけなのに……。
そう、寝ていたんだ、でも、この感覚はウチの布団じゃない。この脳が溶けそうな心地よさは、懐かしい感覚は違う。
俺は、今どうなってる……!?
「ごぼっ」
重い、腕が……!?
なんだよ、この巨大なビーカーのような……!? 水が入って……!!
こんな、知らねぇぞ俺は! 俺は水槽の中で寝るような趣味は、いや、そもそも、俺は布団の中で寝ていたんだ!!
「なんがばっ……!? ガボっ!?……」
苦しい! 息が苦しい!!
誰か、誰でも良い、俺を助けて、助けてくれよ!!!
そこの
『……!! これは……』
助けて、くれよぉ……。
「っはぁっ……!!!」
知らない空気が俺を満たす。なんだか甘い感じの匂い。
くらくらしてた頭がしゃんとしてきて、見えるのは、まさしく知らない天井。そして、今度こそ俺は布団に寝かしつけられているらしい。それに、スースーする感じ、俺は
「はぁ、……すぅ、ふう」
起きあがろうと全身に力を込めると、俺の体は意外とすんなり動いた。いや、当たり前のことの、筈だが。肌寒いから布団はくるまったまんまにして、一通り部屋を見回してみると、やっぱりここは俺んちの俺の部屋ではなく、行ったことないけど、高級ホテルか何かみたいな雰囲気の部屋だ。
そして、俺が寝ているのは随分と高貴そうな柄の布団。ウチの天日干しをサボってる布団とは大違い。さっきの溺死しかけた感じといい、あの
だっておかしいじゃないか。あの女の人、
全く。何が何だか……
「……」
何かおかしい。何がおかしいって、今、俺の頭で何か
そおっと布団から手を抜き出し、頭に進めていく。いや、気のせいなら良いんだ。こういう時自意識過剰になっちゃうものなんだろ、人間は。俺はまだ12なんだから尚更……。
そっと、そおっと手を伸ばして____
「いっ……!?」
咄嗟に手を引いてしまった。指先に何か触れたのだ。それに、その、何かが
つまり、
「……」
「……っ、さむ……」
ふと、俺は布団がはだけてることに気づいた。妙に肌寒いと思ったのはそういうことだ。それで、目を下に向けた。頭の何かに手をやったまま。
「……」
なんだか、俺の体じゃないみたいに、こけた左半身。それに、傷もニキビも毛も生えてないまっさらな白い肌に、…… 筋肉の膨らみじゃない、胸の膨らみ。
「なんだこれっ!?」
おかしい、何もかもおかしいじゃないか。俺はこんな透き通った高い声してない。こんな胸の膨らみなんてないし、もっとがっちりしてたし……!!
もっとっ……
「……」
____思わず布団を蹴飛ばしていた。俺の全身が、生まれたままの姿が露わになっていた。
俺の脚がなかった。そこにあるのは、やけに内側に膝が曲がってるように見える、毛一つない、ごつごつもしてない、スラリとした脚。
そして、その。
「……」
ふと、後ろで布団が擦れる音がした。そして、尾骶骨の付近がこそばゆい。
振り向くと、真っ黒な毛束がシーツの上に置かれていた。それが続いていたのは、俺の尻の付け根。
それは、俺から、生えていた。
「っ……!!」
鳥肌がぞぞっと立って、居ても立っても居られなくて、さっき部屋を見回した時、母ちゃんの化粧台みたいなのはみつけてた。だから、
俺はその前に飛び出した。まるで自分の体みたいに動かせた。
そこについていた小さな鏡。それは、当たり前に像を結んだ。
「……」
知らない女の人の顔を。
しっとりした黒髪で、顔を二分するように生えた前髪に白い流星のような毛束を混じらせて、頭に動物、そう、
俺では無い誰かの顔を。
その時、すぐ隣で、ガチャリと音がした。
「……ん、気がついていたんだね」
振り向いたら、記憶に新しい、馴染みのない顔がいた。
明るい茶髪で、頭にウマの耳を生やした、綺麗な女の人。
◇◇◇
アグネスタキオン。それが、この部屋に入ってきた女の人の名前。
「……」
冷ややかな視線を間近で受けてるのがわかる。でも、俺を見てそんなふうにしていられるってことは、俺を
だから、俺は平気で、白衣の襟元を両手で掴み上げられた。多分、鬼の形相ってやつだろう。
「……なんなんだ、これは」
「ふぅん、なんだ、とは、つまり?」
「俺がこんなんになってることを説明しろってことだろ……!!!」
アグネスタキオンと名乗った女は抵抗もせず、ただ俺を見てくる。
「君、
俺は疑問を抱くことなく言った。
「〇〇」
それを聞いても、アグネスタキオンは薄気味悪い無表情をやめない。
「〇〇君、君の疑問に答えるよ。これは私の
「……」
足をぷらぷらさせているアグネスタキオンを下ろして、俺は改めて身体を見る。やはり、どこからどうみても全裸の女だ。でも、それなら変じゃないのか。
なんで、両手とはいえ、人一人持ち上げて重さも感じないのか。
アグネスタキオンは、皺のよった襟元を伸ばして俺を見た。嫌な視線だ。
「…… さーて。〇〇君、キミ、
「うま、娘……?」
アグネスタキオンから飛び出してきたのは、聞いたことのある単語。
そう、俺の唯一の友人のハマってたやつか。競馬の擬人化とか言っていた。つけっぱなしのテレビからCMも横耳に挟んでいたような……。
なら、空想上の存在じゃないか。
「よくわかってなさそうだけども、まあちょっと力の強い、竹を斜めに切ったような形状の耳、尻尾の生えた女と思ってくれて良いよ」
それは全部、俺に当てはまっている。なら、俺はなんだ、アニメとかゲームの世界にでも転生したってか。アイツが聞けば泣いて喜びそうだ。
「俺はそれになったってことか」
「物分かりが良くて____」
「わかるかよ……!」
苛立ち任せに前に出ると、アグネスタキオンは顔を青くして後退りした。
「そ、そんなに怖い顔しないでくれよぉ! 確かに君の今の身体は私が再生したものだが、〇〇君が受肉してしまうというのは全くの想定外! 私の故意ではないんだよぉ!!」
「口だけならなんでも言えるだろ!!」
「ひーん!!! す、すまないと思っているよぉ!!!」
何がそんなに恐ろしいのか、アグネスタキオンは、俺が一歩出れば、一歩後退り。
……本当に何も知らないのか。
すると、少し俺の表情が柔らかくなったのかもしれない。アグネスタキオンは倒していた耳を立てる。
と、いうのもだ。考えてもみれば、俺は随分変な立場になってるじゃないか。再生ーだとか言ってるのから見るに、ようは強化人間とかクローンとか、そういうSF的存在に魂だけ乗り移ってしまったとか、そういうものなんだろう。
俺は今“元に戻せないのか”と口を開こうとしたが、戻ったところで一人のなんの取り柄もない男に戻るだけだろ。それと比べて今はどうだ。
頭はちゃんとおかしいけど、現実じゃ見たことないぐらい可愛い子と二人っきり。俺も結構可愛い女の子に。なんだかアイツと深夜テンションで語らった状況とにている。中学一年にしてこんな虚しい妄想を、と一人で悶えたような状況。いざ直面してみると、ものすごく美味しいんじゃないのか。
「……俺はこれからどうすりゃ良い?」
「そうだねぇ、一先ずここにはいてもらわないと……」
俺は、不謹慎かもしれないがドキドキしている。冷静になってきて、自分がなんなのかわかってきて、ものすごいワクワクしてきた。
別に俺は俺が嫌いってわけじゃなかった。でも、今の方がよっぽど面白そうじゃないか。
この時は、そう思っていた。
「……!?」
胸がギュッとして、骨身に染みるような鼓動が波紋のように全身に伝わる。
手が勝手に握られた。俺の手が勝手に動いている。
「……っ、誰っ!?」
「……な、なんだ? ……カフェと同じか……?」
声はしない。でも、何かがおかしい。身体が思うように動かない。
頭に訴えかけてくる何かがある。言葉じゃない、肩を叩かれているようでもない。直接情報だけを流し込まれているような感覚。
とても、不愉快で、肋骨の内側を掻きむしられているような気持ち悪い感覚。
「誰だよ……!?」
「……サンデー、サイレンス?」
____なんとなく頭に浮かんできた言葉。多分、これはアイツの名前なんだと思う。
俺と一緒にこの体にしがみついてる、獣の名前。
コイツ——サンデーサイレンスと向き合って、俺は一ヶ月を苦しんで過ごした。