例えばこんなサンデーサイレンス。 作:にわとり肉
あれから一週間。
漠然としていた不安感が、ひとまずは振り払えたような気がする俺は、タキオンと話せるようになった。アイツも俺を怖がらなくなったんだと思う。結構一緒に過ごすようになった。
アイツの言うことは小難しくてわかりにくいし、扱いにしてもぞんざいにというか、年長者的な感じが出てきてるけど、前のような居心地の悪さはなくて、恥ずかしくて言えやしないが、正直近くにいてくれてありがたいと思っている。
「……っ」
でも、気掛かりは他にもある。それは、俺の頭の問題だ。知能とかそういうことではなく。
「痛むのかい?」
「……」
昼先、2人で部屋(最近知ったけど、ここはタキオンの部屋らしい)の中でくつろいでいるって時に。脳の細胞を握り潰してんじゃないかって頭痛の波がきた。活字びっしりの本を投げ出して寄ってきたタキオンの心配も、この頭痛に効果はない。
まともに眠れてないのは今も続いている。夜になるとアイツ、サンデーサイレンスが頭の中で騒ぎ立てる。そのせいで、俺はせいぜいまどろむことぐらいしかできない。
タキオンが作ったっていう睡眠薬を使ったこともある。それで声も関係なく、無理やり眠ってしまおうって魂胆だった。
結果、俺は起き抜けに吐いた。よりにもよって布団に。
何度か試したが、毎度の如く、俺の枕のそばの受け皿にきったない音を垂れ流すことになった。
他にも、その。添い寝してもらったり。それは色々な意味で寝れなかった。普通に。アイツは俺の気持ちも知らんで熟睡だったって。毒されてきてはいるが、俺の感性はまだまだ男の気が強いっていうのに……。
頭痛薬で抑えるとかも試したが、結局ぼんやり頭の奥底に痛みが残って気持ち悪い上にぼうっとして何もできなくなるわという始末。しかし、それでどうにかするしかないってことで、今は頭痛薬を飲んで抑えることにしている。
「君を苛むものを治せずにトレセン学園に戻るとは…… 心苦しいよ」
そう言って、タキオンは俺の隣にかけてくる。
「死ぬわけじゃないし…… って頭撫でるな、薬飲むから……」
揺れ動く視界を、胃がきゅっとする感じを我慢して、半ば俺のものになってるベッドから立ち上がり、側の棚に置いてある水入らずの頭痛薬から一錠とって飲み込む。
ミント系の風味がついたそれは、何故だかとっても美味しいように感じて不思議だ。しかも、これを飲んでる時だけは、アイツが機嫌を良さそうにしている気がする。煩わしいのは変わらないけど。なんでだろう。好きなのかな。
こめかみを押しながら背中を丸めて座ってると、また頭の上でこしょばゆい感じがする。
「んぅ!」
「いやあ、なんだかね。こんなことを言うのもおかしいんだがね。君には構いたくなるんだよ…… ふむ、母性という奴かな……」
それを聞いた途端。俺の頭の中でアイツが騒ぎ始めた。言葉じゃない叫びのような衝動。伝わってくる感情は……。
舐められたとでも思ってるのか。
◇◇◇
暇。
使用人が何人もいて、毎日のように清潔に清掃してくれるような家だから、天井のシミを数えるような遊びもできやしない。
視界の際でカーテンがふらふらしているのが煩わしくて寝返りを打つと、すぐ近くに本があった。さっきまで読んでた本。でも、それを開く気も起きない。そもそも、俺はそこまで本読むの好きじゃないし。頭痛いし眠いしうるさいし。
タキオンは昨日トレセン学園に復学したし。
退屈。すでにぐずぐずな俺の脳がもっと腐りそうだ。
テレビの画面なんて見れたもんじゃないし、寝れないし。……この家の中に、俺に構ってくれる人いないし。というか、煙たがられてるのが目に見えてるし。
トイレとかで部屋の外に出た時、寝不足で感覚がやけに大きくなってるからわかるんだ。タキオンみたいな目線じゃない目線が。ちくちく爪楊枝で突いてくるみたいな目線が。
耳鳴りみたいなアイツの気配もムカつくし……。
「むぅ……」
足を上げて反動つけて立ち上がり、立ちくらみでふらついて、視界がしゃんとして落ち着く。頭の中で鼓動を打ってるみたいな感覚も、ゆっくりおさまっていく。
ここにいたって息が詰まるだけだ。溶けた脳みそでもそれはわかる。
「……」
それについては、サンデーサイレンスも同意しているのかもしれない。
____そんなこんなで、俺は外に飛び出した。許可をとるのは難しいことじゃなかった。放任、無関心。それがこの家の方針なのか。
やけに眩しい日差しに目を細めて、灰のパーカーの袖を捲って手を出して。外は肌寒くて、乾いた風が吹きつけてきている。部屋の空気よりよっぽどうまい。
門を潜って完全に敷地から飛び出して。俺の足は止まってしまう。
……どこへ行くか。
「……」
その辺を歩き回るだけでも良いんだけども。発見や心揺さぶられることを望んでしまうのが人の性なんだろう。この前は別の意味で揺さぶられたんだから、もっと面白そうで行ったことがないところ。
「……」
そうか、なら。
◇◇◇
一人旅、いや、やかましいのとの二人旅。タキオンから渡された、湯水のようにお金が湧き出る魔法のカード一枚が入った財布をジーンズのポケットに感じながら、うつらうつらと電車に揺られて小一時間。俺は府中市に入った。
とはいえ広がってるのは至って普通の都市の風景。昼過ぎの駅前だから人が多いが、まあこんなもんだろう。サンデーサイレンスはものすごいうるさくなったけど。
あそこ——トレセン学園までには少し歩かなきゃいけない。俺はのんびりと人混みの中を行った。
正直気が散って仕方がなかった。本当にアイツがうるっさくて仕方ないからだ。どうやら人混みが嫌いな様子だった。
これ以上騒がれると頭がパンクしそう、と言ったところで人がはけてくれたのは僥倖だった。同時に、周りの風景も少し建物に住宅が増えていた。
そして、トレセン学園に行くっていう大目標はあるものの、そこに真っ直ぐ行く気はさらさらなかったのだ。
住宅街と雑木林の合間のようなところにある広々とした空き地、そこに通りかかった時だった。
そこには、多分私有地が何かなんだろうが、数十人ウマ娘が集っていた。それだけのウマ娘が揃っているなら、彼女達が何をしているか。一ヶ月と一週間はこの世界にいれば大体わかる。
だから、俺の足は、杭に紐を括った柵を乗り越えて、そのウマ娘達の元へ向かってしまったのだ。
____そこで、やらなきゃ良かったなんて、ありきたりな後悔をする羽目になるとは知らずに。