例えばこんなサンデーサイレンス。 作:にわとり肉
ちょっと広い空き地があれば、そこにいつのまにかウマ娘が集まって野良レースが開かれるというのは本当らしい。期待通り、集まっていたウマ娘達は、皆一様に、カラーコーンで区切られた小さなコースを走るウマ娘を眺めている。
「……んぁ? なんだあお前。見ない顔だなあ」
ハッとして、俺に声をかけてきたウマ娘を見た。視線がどんどん集まるのを感じる。どれもこれも好奇の視線だ。
ドコドコと駆け足の音が聞こえる。それに、芝を掻き分ける乾燥した音。
右手左手、後ろに前、全てにウマ娘が立ち塞がる。
「なんだいそのブカブカのカッコ! 変なの! 脚どーなってんのよ!?」
「どっかで見たことある顔な気もするなあ」
「オメー寝不足だなぁ!」
囲まれた。よくよく見てみれば、なんだかみんな体格も良いし、ピアス開けてたりタトゥーシールなのか本物なのか知らないが、そういうのしてたり……。トゲトゲしい。
頭痛がさらに強まった気がする。明らかに藪蛇だったんじゃないのかこれは。
「オラおめえら! コイツ怖がってるじゃねえかよ」
その時、人の壁を分け入って出てきたのは、とりわけ厳めしくて、筋骨隆々な風体のウマ娘。どんな鈍いやつでも、コイツがボスだってことがわかるって感じの。サンデーサイレンスはわかってなさそうだけど。
と、そいつが俺の顔を覗き込んでくる。ちょっと汗の匂いがする。
ギラギラした目をしていて、そこに俺が写っている。
「……いや、怖がってはねえな。妙な目してやがる」
すると、何が面白いのか、目の前のボスウマ娘は、腰に手を当てて、歯を剥き出しにして笑った。
「名前は!」
「……、サンデーサイレンス」
咄嗟に名乗ったのはアイツの名前。今では俺の名前でもあるもの。
「よぉし! サンデーサイレンス! お前、今からアタシと走れ!」
「……!」
走れ。
つまり、俺は今からこの人とレースを。レースって言ったって、目の前の整備もされてない芝生の上を走るだけだが、レース……。
一週間と少し前まで、毎日時間を無駄に潰していると自覚しながら、ぼうっとつけっぱなしにしていたテレビで、俺が面白いと感じた数少ないもの。それがレース。
見て消費してただけだった俺が走る。
一瞬頭痛を忘れて、俺は口を開いていた。
「やる。走るよ」
面白そう、という短絡的衝動に身を任せた。
____それが、俺の後悔の大きな原因だった。
◇◇◇
「でもよお、コイツこんなカッコじゃ走れねえぜ?」
「おいお前! コイツに替えの服貸してやれ! タッパがねぇのはお前だけだからな!」
「アタシ!?!? 帰りはどーするってのよ!」
「一回だけだろ! 返してもらえ!」
ぶすぶす文句が背中に突き刺さるのをを感じる。貸してもらったスポーツウェアはピッタリで、知らない人の匂いがする。
元々俺は陸上部に入ってた。短距離走者だった。だから、走ることは好きなのだ。
久しぶりに俺の心は踊っている。俺の心は。
反面、サンデーサイレンスの気持ちも、俺にひしひしと伝わってきている。
走りたくないらしい。
……別に、身体の主導権はほとんど俺にある。あの一ヶ月で、サンデーサイレンスが俺を縛ってくるのは
はずだ。
飛び跳ねて腿上げをして、あまり動いてない割には動く身体で、俺はカラーコーンの内側に入る。そこには、ここのボスを含めた四人のウマ娘が待ち構えている。
「おいサンデーよぉ! 負けたって恥ずかしかねえぜ!」
「つまんねえものは見せんなよー」
「あんま汗掻くなよッ!!!」
ヤジを背にしていると、ボスのウマ娘が俺の前に来た。
「ルールは単純。ここの特設トラックを三周走って、あそこの板を過ぎたらゴール!」
指し示した場所には、ゴール、とペンキか何かで雑に描かれた板切れが、少し斜めになって地面に突き刺さっていた。
顔を戻すと、ボスのウマ娘に見下されていた。
自信満々、慢心に耽ったって感じの笑顔だ。
「いいな、お前の目は。……ま、お互い全力でな!」
俺は頷くだけだった。
ワクワクしているからか、緊張しているからか、胸が熱く高鳴っていた。