例えばこんなサンデーサイレンス。 作:にわとり肉
レース
ウマ娘が発走する前に入る鉄のゲートなんて、そんな大層なものがこの空き地にあるわけがない。あるのは芝に引かれた白い石灰の線。
「おっしゃあ!」
「ま、お手柔らかにな? サンデー君よ!」
そこに、俺を含めた5人のウマ娘が横に並ぶ。厳正なるジャンケンで決められた俺の場所は、公式レースの数え方に例えるなら二枠三番。つまりど真ん中。
隣を見れば、筋彫りの深い脚を伸ばしたり腕を回したりして用意してるボスのウマ娘がいる。伸ばして屈んで、としていると、筋肉が盛り上がったり伸びたり。
確かに普通の人の足よりムキムキだけども、これが200m走を大体10秒で終わらせることができるとは思えない。それを容易く行えて、なおかつ、スピードは落ちるけど3000とか4000mは人より早く走れるというのだから、タキオンの言う通りウマ娘は不思議だ。
……
反面、俺の足は白くて細い。
「なんだよ、オメー脚好きなのか?」
ハッとして顔を上げると、ちょっと居心地悪そうにしたボスのウマ娘の顔に見下ろされていた。
「いや、別に、俺は……」
「ボスの脚すげ〜よな! トレセン学園の奴らにも負けてねーよ!」
「機嫌いいと触らせてくれるぜ!!」
俺をフォローしたいのか素なのか。多分素なんだろうが。ちょっと顔の表面が熱い。いや、だって普通に変態じゃないか。
「別にいーけどよ、そういうのレースの後な!」
汗くせーかも知んねーけど、と、ボスのウマ娘は笑っていた。
ちょっとだけ、この人の周りに人が集まってる理由がわかった気がする。
「____はーい! さっさと始めるっすよ〜」
ふと、なんかふわふわする声のした方へ向くと、ゴール板のそばに1人のだるそうなウマ娘が立っていた。スターター係らしい。
「っしゃぁ!!!!」
____ギラついた目をさらに輝かせたボスのウマ娘の声が、場の空気を確かに塗り替えた。雑念の中に混じっていた確かな闘志。それが噴出してきた感じ。
俺の身体も引っ張られて、血が沸き立つような感じがして、体温が上がって気分が良い。ただ、引っかかる感じは拭えない。アイツはまだ嫌がっているみたいだ。
関係ない。今はただ、この感覚に任せて走ってみたい。
___隣のウマ娘が、そのまた隣のウマ娘が、背を屈めてスタートの体勢を取り始める。
あれだけ騒いでた外野は、冷や水浴びさせられたかのように静かになっている。
「位置に着くっす〜」
力なく腕を振り上げたスターターを見た俺も、かつてそうしていたように、上体を倒して腰を高く保ち、両腕を垂れ下げる。ギリギリまで脱力して飛び出すのが俺のやり方。
視線を隣、ボスのウマ娘に向けると、ただ前を見据えていた。多分、俺が見ていることにも気づいていない。極度の集中というものか。
これは、うかうかしていられない。
「ふぅ……」
体を止める。脚に力が入ってじんわり熱く感じる。
左右から聞こえる息遣いが、尖った感覚に突き刺さっていく。顔の表面が鼓動しているみたいに感じる。
鼓動で身体が震える。
あぁ長い。この時間が一番長い。
早く。
早く……!!
「スタートっす〜」
「シャァっ!!!!!」
咆哮と共に、左右の肉体が弾けるように前へ飛び出す。風圧で髪が後ろに引き伸ばされる。
出だしは同時、二人が飛ばしてるだけだ。
「すぅ……!!」
芝の上を走るなんて経験は、陸部の練習で運動公園を走ってた時ぐらいで、ほとんどはグランドの土の地面の上を走ってた。だからか、いやに踏み抜いた感覚が気持ち悪い。推進力を半分持ってかれてるような感覚だ。
おまけに、身体が
でも、
「……はははっ」
空気の塊をぶち破っていく爽快感、錆びついていた筋肉を無理やり動かして躍動させている解放感、肋骨を内側からへし折りそうなほど膨らんだ肺から全身にぎゅんぎゅん巡る血液の迸り。
ウマ娘は走るために産まれてきたとか宣ってる輩がいたが、全くその通りなのかもしれない。これは元々陸上部だったからとかそういうことじゃない。
楽しい。
楽しい!
「……!!」
ボスの後ろに付けて現在2番手、左後ろに一人が、後の二人は人一人分空けて俺の後ろに縦に並んでいる。
と、迫ってくるのは最初のコーナー。
所詮は空き地の仮設トラック、コーナーはウマ娘のスピードを考えられてないキツい曲がり方をしている。実際、そこだけ異様に雑草が剥がれて土が捲れ上がっている。
風の壁の内側に身を潜め、ボスのウマ娘の背中を見ながら様子を伺うも、しかし、スピードを緩める様子は全くない。
最高速で急カーブに突っ込むという凶行。
その時、ふと、彼女の目が私に向いていた。
試しているかのような瞳。
「……」
定石は速度を緩めて安全にカーブを曲がること。コースアウトして転ぶなりなんなりして、ゴールできなければそもそも勝てないからだ。
でも、そんな考えで勝てる相手じゃない、この人は。
「乗ってやる……!!」
食い破る勢いで行かなきゃダメだ。
◇◇◇
空き地に集っていた多種多様なウマ娘達。トレセン学園に入れなかったウマ娘、トレセン学園で揉まれ、会えなく
彼女達は皆、目の前のお粗末なトラックに釘付けとなっていた。
「あいつ、すげ……」
彼女の視線を一番最初に気づいたウマ娘は、唖然として言葉を漏らした。
「何者なの、アイツは……!!」
彼女にスポーツウェアを貸し与えたウマ娘は、目の前の光景に圧倒され、しかし、歯を剥き出しにして笑っていた。
トラックを踏み鳴らすウマ娘五人。トラックをすでに2周走り、残り1周。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
先頭をいくは、あいもかわらず、この集団のリーダー格。しかし、靡く髪が陽光を吸収して煌めき、残光を引くように走る彼女の背後を、漆黒の影が猛追する。
「ぜぇ、ぜぇ……!!!」
息も絶え絶え、まだ三周目の入りというのにすでにばてているように見えて、彼女は目の前を走るウマ娘から付かず離れずであった。白い流星を走らせた黒い前髪が大気に震え、青白く細い脚が、芝を力強く踏み締め、雑草を抉り飛ばした。
「コーナーに入った!!」
数多のウマ娘がすっ転んだのだろう跡が残るキツいカーブ。そこへ二人のウマ娘が差し掛かる。
しかし、心の底から楽しそうに笑う二人は、一切臆することなくコーナーへ突入。
「……!!!」
「ぬぐぐ……!!」
ついに隣に並んだ少女と押し合いへし合い、軸足側にギリギリまで体を倒してスピードを殺さずにコーナーを激走。
それに当てられた後続のウマ娘達に悲劇が起こる。
人間用のトラックもかくやというコーナー、人間の二、三倍はあるウマ娘の速度のまま突っ込めばどうなるか。
「どわあっ!!??!」
「ふぎゃっ!!」
「に゛ゃっ!!」
一人が盛大に滑ってこけ、コースに対して横倒しになるようになった彼女の身体に足を引っ掛けてさらに一人、咄嗟に止まろうとしてしまい、慣性に足が持っていかれ、背中から地面に落ちたのが一人。
目も当てられない醜態。しかし、彼女達は幸運であった。
何故なら、はなから彼女達に観客の視線は一本も向いていなかったからである。
太陽の如きカリスマと、文字通りのダークホースの熾烈極まる攻防、それは、いよいよ最終直線に差し掛かる。
◇◇◇
視界が狭まる。呼吸ができない。骨がギシギシ言っている。肉が握り潰れそうで、ちぎれそうになっている。心臓が体内から脱出しようともがいている。
サンデーサイレンスのやる気のなさが伝わる。
だからどうした。動くならさらに前へ進めばいい。何も考えなくていい。
力を振り絞れ。
「……っああ!!!」
声を上げろ。
「うああああ!!!!!」
痛みを燃料に進め、俺の身体。
さらに速く、誰よりも速く!
視界に誰も映らないぐらい____