と言う訳で2話です。
「またですか……二人共」
「まただ、スネイル。いつもすまんな」
なんの悪びれも無い様子のフロイトとその傍で直立不動で佇むフィム。彼らの目の前には、眉間にしわを寄せるスネイルが手元のタブレット端末に目を通していた。
そこに記されていたのはフロイトとフィムの戦闘訓練で生じたAC及び訓練施設の修理費用とその弾薬費の請求書だった。V.ⅠフロイトとV.Ⅸフィムの戦闘訓練はヴェスパー部隊内では日常茶飯事のように巻き起こっており、ACに乗り強さを求めることに楽しさを覚えているフロイトと、最強としての名に恥じぬようにひたすら力を求めているフィム、両者ともにACで戦うことに執着しているという点では思惑は一致しておりフロイトが誘って、それをフィムが承諾するという流れが定番化しているのだ。
そもそもこの流れが定番化したのはあるミッションでの出来事だった。
フロイトの僚機として編成に組み込まれたフィムが何時ものようにMT部隊やACを蹴散らしていた。案の定すぐに任務は終わったが、フィムの戦闘時の動きを見ていたフロイトが突然フィムに戦闘訓練を申し出た。それが始まりだった。
結果的にフィムの勝利で終わったが、それがフロイトの琴線に触れたようで以降何かと理由を付けては戦闘訓練を申し込むようになったのだ。シミュレーションを用いた戦闘訓練を最初の内は行っていたのだが、フロイトの「やはり実戦でなければ得られる物も少ない」という考えの下、任務が終わり次第すぐさま実機で戦闘訓練を行うことがルーティンと化してしまった。なおそのことを知った時の当時のスネイルは思わず床にタブレット端末を投げ捨てた。
「全く……今月に入って既に3回目です。毎度毎度ACの修繕費とその弾薬費の請求書を眺めているほど暇ではないのですよ。それにそんな高頻度で損傷していてはいざという時に……」
「分かった分かった。次はもうちょい考えて動くさ」
「……」
謝っている様でその実、考えて動くというのは『(被弾しないようにうまく立ち回ることを)考える』という意味である。そのことを暗にほのめかすように既にフロイトの視線は遥か彼方だ。フィムもスネイルもそれを理解しており、スネイルは呆れ、フィムは戦闘訓練の頻度を下げてもらうことをフロイトに交渉することを真剣に考えた。流石にこれ以上スネイルをブチギレさせて再教育送りになるのはフィム的にも避けたいことであった。最強という称号を背負う以上、そうした不手際で再教育を受けるなんてことはあってはならないと考えているからである。
「はぁ……まぁいいでしょう。しかしフロイト、この後我々は惑星ルビコン3に向かうのです。それまで暫くの間はシミュレーションを用いた戦闘訓練のみとします」
「ん? あぁ、そういやそろそろか。確かとある独立傭兵のリークからだったか? コーラルがルビコン3にある、というやつ」
――アイビスの火によって消失した筈のコーラルが再び湧き出た。
とある独立傭兵によってもたらされたその情報は、アーキバスは勿論ベイラムなどの惑星外企業に瞬く間に伝わり各企業は、それぞれ躍起になってリーク情報が正しいかどうかの情報収集を行い、そして先遣隊の派遣も行った。コーラルを独占できれば他企業との格差を広めることができ、自社企業の優位性を高めることができるとくれば飛びつかない企業は居ないだろう。
しかしいざルビコンに企業が進駐するにあたって企業にとっての最大の障害がある。
「……惑星封鎖機構」
「えぇそうです。それが現時点での我々の障害の一つです」
コーラルが残存するルビコン3を封鎖および隔離するための軍事組織。
惑星を封鎖、とどのつまり管理をするという組織の性質上、アーキバスを始めとした惑星外企業は勿論のこと、ルビコンに密入する独立傭兵のみならず既に根付いていた土着の勢力とも敵対しており、アーキバスがルビコンにてコーラルを独占するための最初にして最大の壁でもあった。
しかしここで下手に足踏みをしていれば他の企業に先を越されかねない現状、アーキバスとしても先手を打っておきたいという方針が多数を占めており、先遣隊の情報の確証性が取れた段階でヴェスパー部隊が投入されることになっている。
いよいよこの時が来たか、とフィムは内心心躍らせていた。
最強の名に恥じぬようにと様々な任務をこなしていく内に既にベイラムを中心としたアーキバスの敵対勢力から、機体の色から取られた“赤い悪夢”、フィムと相対した者は九回は死んでいるという独り歩きした話と彼の機体名から付けられた“九つの死”、そして“アーキバスの秘匿兵器”などと呼ばれるようになっていた。
また企業や独立傭兵が登録する仮想戦闘プログラム、通称“アリーナ”でも堂々のNO.1に位置している。しかしそのあまりの戦績とフィムとそのACを実際に目撃したという証言が少ないとうことからその実力を疑問視する声も少なからず上がっているが、無論それはフィムを目撃した存在が情報を発信する間もなく瞬く間に殲滅させられたことがその要因の一つだったりもする。
そうした経緯もあり既に最強と言う座を欲しいままにし、アリーナでもトップランカーに君臨しているフィムであるが、彼からしてみればここからが本番なのである。
ルビコンでの戦闘には心躍らせている面はある。自らの愛機でゲームの中では体験できないリアルを味わえると考えるだけで夜も眠れないほどだ。しかし後々現れるであろうとある強化人間……ひいては主人公と呼ばれる存在に勝たなくては真の最強とは呼べないと考えている。
つまるところ、フィムは主人公もとい強化人間621と敵対するつもりであった。
この世界で一番強い存在は何か、と問われた時フィムは主人公であると即答する。なにせ物語の中心に位置する存在であり、コーラルはおろか全宇宙の命運を握る可能性があるからだ。
今はアーキバスに従順な態度を示しているが、いずれはとある目的の為に離反し“主人公”の前に立ちふさがる最大の強敵にして最後の試練として立ちふさがる為に、フィムはあらゆるものを利用するのだ。ナインボール――その名に恥じぬように。
「それではフィム。貴方にルビコンにおける最初の任務を伝達します」
――ここからが本当の幕開けだ。
スネイルの声に耳を傾けながらフィムはまだ見ぬ敵へと闘争心を滾らせるのだった。
□■□■□■□■
『コード5! 敵の攻撃を受けている!』
『敵は何機だ!』
『そ、それが……AC単騎、識別反応は……っ!?』
惑星ルビコン3の大気圏外にて、惑星封鎖機構率いる艦隊が何者かによって襲撃を受けていた。
アイビスの火によって完全に消失したと思われていたコーラルの発見をとある独立傭兵……彼らにとっては因縁深い存在がリークしたことで始まった惑星外企業の密入。彼らはその対応に追われていた。そして密入を企む企業や独立傭兵達をその圧倒的な武力で返り討ちにしていた所、突如艦隊の一つが何の前触れもなく破壊されたのだ。探知範囲外から急速接近し、瞬く間に艦の一つを沈めた事実は彼らにとって寝耳に水なのは間違いなかった。
慌てて機体の情報を照合し、そこに映し出されたのは――
『V.Ⅸ……フィム!?』
『V.Ⅸ!? あの、V.Ⅸか!? アーキバスめ、直接防衛網を叩きに来たか!』
アーキバス率いるヴェスパー部隊が現地に密入する為の障害となる惑星封鎖機構の艦隊。その撃破こそフィムに与えられた任務であった。
ルビコン3にヴェスパー部隊が潜入するにあたって、露払いとしてルビコン上空を警護する惑星封鎖機構の艦隊を蹴散らし、その隙に侵入網を形成するのが目的であった。フィムはそのために一人惑星封鎖機構の連中を相手取ることになったのだ。
『コード78E! 支援を要請、脅威レベルEだ! 総員迎撃態勢!』
照合された情報を基に、すぐさま援軍を要請し迎撃態勢に入る彼らであったがその間にもフィムが駆るACはブーストを吹かしながら続けざまに艦橋を出力を上げたブレードの光波で真っ二つにした。
やがて艦隊からの砲撃が始まるとフィムは落下しつつある艦艇を足掛かりとして跳躍し、次の艦へと狙いを定めレーザーハンドガンをチャージし、放つ。それだけで着弾した箇所は溶解し、すぐさま爆発を引き起こした。
「一つ」
銃撃の嵐を掻い潜りながら狙いを艦橋に絞り、右肩に備え付けられた二連グレネードを放つとたちまち艦橋を破壊、周囲を巻き込んで大爆発を起こし艦艇を沈めた。続けて四方八方から飛来するミサイルや弾丸の弾道を巧みにブーストを駆使して回避し、通り過ぎ様に近くの艦艇目掛けて左肩の大型グレネードを一発、叩きこむ。それだけで艦艇は全ての機能を失い地上に向けて落下していった。
「二つ、三つ……四つ」
勢いのまま今度は艦橋目掛けて蹴りつけると、フィム目掛けて飛んできたミサイルを誘導し艦橋を盾代わりとした。盾にされた艦艇はそれが最後のダメ押しとなって沈む。フィムはというとスクラップと化した艦艇の一部を踏み台にして次へと狙いを定めていた。飛来するミサイルを時にはブレードで切り払いながらアサルトブーストで加速、徹底的に艦の制御を担う艦橋のみを狙う戦いに無駄は一切無かった。
「五つ、六つ、七つ……あと三つ」
明確な被弾は一切無く、僅か数秒足らずで各個撃破されていく艦隊を目の当たりにした最後尾に位置する艦隊の艦内は恐怖で震えあがっていた。
『こ、これが……赤い悪夢なのか……!?』
『馬鹿な、こんな短時間で我々の艦隊が……!』
『ひ、ヒィッ……! じょ、冗談じゃねぇ! あんな化け物相手にどうすればいいんだよ!!』
この間も艦隊の砲撃をすり抜けながら異常なまでの速さで艦隊を次々と沈めていくその姿に恐れを抱いてしまい弱腰になる者まで現れ始め、艦内は混乱を極めつつあった。十五隻もの艦隊をいとも簡単にAC単騎が沈めていく光景はもはや悪夢そのものであり、フィムの通り名である“赤い悪夢”に恥じぬ戦いぶりであった。
『落ち着け! 何としても援軍が来るまで持ちこたえるんだ! それまでは――』
『か、艦長! 前方に……!』
『馬鹿な……速すぎる……』
振り返った彼が目撃したのはこの艦以外の全てがルビコンの空に爆炎を生じながら落ちていく姿と……艦橋を切り裂かんとする光だった。
□■□■□■□■
「あれがアーキバスの抱える秘密兵器か……恐ろしいものだな」
僅か数分の間に十隻近くの惑星封鎖機構の艦隊を真紅の機体がたった一機で沈める光景を目の当たりにしてV.Ⅳラスティは思わず口に出した。単体戦力、それもAC単騎で武装に優れた惑星封鎖機構とやり合うのは正気の沙汰ではなく、むしろアーキバス側がフィムを使い捨てる気ではないかと思ってしまう程の無茶であった。実際アーキバス内でフィムを脅威であると認識している上層部の一派がルビコンに到達するための障害排除のついでに囮として送り込む意図があったのだろう。
しかしフィムは成功して見せた。
そしてこのことを予め予期していたスネイルの手によってアーキバスの利益を損ないかけた責任として、その一派は秘密裏に処理されアーキバス内でのスネイルの立場や権力の維持に一役買うことになるだろう。
「とはいえ分からないでもないな。これを目の当たりにして彼を脅威に思うのは仕方ないかもしれない。しかし、彼がその想像をはるかに超えた存在であったのが最大の不幸だったか……」
ヴェスパー部隊の第四隊長である彼は、アーキバスグループ傘下のシュナイダー社の人材公募プログラムで見出されてから僅か半年に満たない短期で今の地位に抜擢されたという異例の経歴を持つ。
しかしその正体はルビコン解放戦線の帥叔ミドル・フラットウェルの口利きにより潜入していた解放戦線の密偵であった。
「ともあれあれが脅威となるのか……気を引き締めていかねばな」
ヴェスパー部隊としてフィムの実力を間近で目撃する機会が何度かあったラスティにとって、フィムと直接敵対することは避けるべきだと肝に銘じていた。
またラスティはフィムの情報を得るべく直接会って話をしようとしたのだが、如何せん彼が表立って顔を出すのはヴェスパー部隊全員が召集される会議での場やスネイルが呼び出す位であり、ラスティを含む多くのヴェスパー部隊の面々も直接フィムの顔を見た回数は片手で数える位しかないほどだ。
しかし日々伝わる彼の戦果や異常なまでの強さはラスティの中でフィムをそれだけで要警戒対象として押し上げるのには充分すぎるほどだった。これはラスティをアーキバスに送り出したフラットウェルも重々承知しているようでラスティを送り出す際にフィムとの接敵をなるべく避けるようにと警告するほどだった。事実、既に解放戦線側でもラスティらが齎した情報からフィムの首に多額の懸賞金が掛けられており、それに焦った解放戦線側は広く空いてしまった技術革新の差を埋めるべく日々躍起になっているほどだ。
「だがこのラスティには……ルビコンで為すべきことがある。フィム。君がルビコンを脅かす危険因子になるのか見極めさせてもらおう」
今は敵対すべきではない、改めてそう結論付けたラスティは来たるべき時を待つのだった。
この世界線での3周目はナインボール()が敵になるという地獄。