これは一匹の亀の物語。

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前日譚と後日譚

 前日譚

 

 逃げた。逃げた。逃げた。

 手足をばたつかせ、必死に逃げた。

 

「おい浦島ぁ、一匹逃げてくぜ」

 

「ホントだ。ハハッ、面白れぇ。石でも投げてやろうぜ」

 

 背後からの嗤い声。投げつけられる石。

 力なく横たわる母も同じ生まれたばかり兄弟も見捨て、逃げた。逃げだした。

 

 ずっと砂浜を駆けていた。遠くに見えた海ももうすぐだった。

 初めて見る海、けれどもどこか懐かしく感じるそれに勢いよく飛び込んだ。

 

「ああ、逃げちまった」

 

「まあいいや、まだいるしな」

 

 浜辺に残る人間たちは、そういって再び遊びにふけった。

 気付かれないように海からじっとその様を見つめる。

 

 遊びに飽きたのか、いつしか人間はいなくなった。

 もしかするとまだ生きているものがいるのではないかと思い、待った。

 けれども、海に入ってくるものは一匹もいなかった。

 

 絶対に許さない。

 

 悲痛と憎悪と憤怒を抱いて、一匹の亀は暗い海へと沈んでいった。

 

 

 

 

 それから十数年が経ったある日のこと。

 浦島太郎と呼ばれる若者は、浜辺で大きな亀をいじめる子供たちを見かけた。

 いつかの自分たちを思い出し、どこか懐かしさを感じながら浦島は声を掛けた。

 

「おいおい、何してるんだ?可哀そうだろ、離してやれよ」

 

「嫌だよ。俺たちが捕まえたんだ、何しようと俺たちの勝手だろ」

 

「でも、可哀そうだろう?」

 

 浦島は亀の方をちらりと見た。

 亀の方も涙をはらはらと流しながら、浦島をじっと見ていた。

 少々ヤンチャだった昔のことを思い出し、バツが悪くなった浦島は、お金を取り出して子供たちに渡した。

 

「それならこのお金をあげるから、亀を俺に譲ってくれないか」

 

「それならいいぜ」

 

 子供たちはお金を受け取ると、ぴゃーと浜辺を駆けだしていった。

 後には、浦島と亀だけが残された。

 

「ほらお逃げ。もう捕まるんじゃないぞ」

 

 そういった浦島に対して、亀はこう返した。

 

「貴方に報いるためにまた必ず会いに来ます」

 

 そうして亀は海へと入っていった。

 

 

 

 

 

 後日譚

 

 ざまあみろ。

 浜辺で茫然とする老人を海から眺めながら、亀は思った。

 

 浦島が水の都から帰ってくると、七百年の時が経っていた。

 知っているものは誰もおらず、家族も友人も既に墓の中。

 ついには開けてはならないといわれていたものにまで縋りついて、最後には老いた自分と空っぽの箱だけが残された。

 

 亀はあの時、母や兄弟たちが殺されてから、恨みだけで生きていた。

 寄り添うものなど何もなく、たった一匹で生きてきた。

 ついに復讐を成し遂げて、浦島から全て奪った亀だったが、亀にも何も残されていなかった。

 

 ざまあみろ。

 そう思って、亀は泣いた。

 

 


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