Advanced New World(仮)   作:ばいどるげん

1 / 10
1話

 世界でも有数のIT企業『FVT』が持てる技術を駆使し創り上げた世界でも類を見ないVRMMORPG『Advanced New World』。そのベータテストの公開日から一週間が過ぎようとしていた。

 

恒平(こうへい)、準備は出来ているか」

「ああ、いつでも行けるよ父さん」

 

 時間にして午前五時。多くの社員が出社するより早くFVT日本支部のCTOである坂月(さかづき)章吾(しょうご)は開発室の中に居た。

 広く白い部屋の隅に積まれたガラクタの数々は、FVTの技術職員たちが日夜開発を続ける新技術の為に欠かせないツールである。むき出しの基盤や配線が乱雑に放置されている様子は、彼らがどれほど忙殺されているかを伺わせた。

 

 そんなガラクタまみれの部屋の中心には囲まれるように巨大な球体がある。固定化された直系二メートル近い巨大な筐体は部屋と同じく白く染め上げられ、所々に意匠を凝らしたロゴが添えられている。言うなればアニメに登場する巨大ロボットのコックピットに近く、しかし楕円の筒は戦闘機のキャノピーにも似ていた。

 薄く曇るガラスの向こうに映る瞳が真っ直ぐに章吾を見つめ返す。章吾は祈るように頭を下げ、ガラス越しに息子の頬へ手を添えた。

 

「本当にすまない。私が不甲斐ないせいでお前まで……」

「もういいって。あのままの生活を続けていても状況は変わらないし、俺に出来る事があるなら協力するさ。家族なんだから」

「恒平……ありがとう。どうかこんな俺を許してくれ。そして、どうか彼らを頼む……!」

 

 二人は無言で親指を上げた。恒平がサッカーの試合で点を決めたとき、自転車で転んでもまた起き上がったとき、悲しい事があって落ち込んでいたとき。いつでも章吾は、恒平に笑いかけながら親指を空へと突き立てた。

 それは親子の――男の誓い。いつでも笑顔を絶やさず立ち上がり続けろ。息子を称賛し元気付けてきた父の言葉を、恒平はいつ時も忘れる事は無かった。

 

 

 二人は笑顔だった。

 そして、家族の時間は終わる。

 

 

 章吾は筐体から離れコンピュータを操作し始める。複雑な英文字の羅列がコンソール上を埋め尽くす。起動コマンドを入力後『Warning』の文字と共に最終警告の説明文が表示された。

 章吾はもう一度恒平の方を向く。曇りガラスの中はその位置からは覗く事が出来ない。父は息子との一時の別れを惜しみつつも、頭を振って画面へと目を戻した。

 

「頼んだぞ、恒平……! どうか被験者のみんなを救ってくれ!」

 

 警告文に同意し管理者権限でコマンドを実行。筐体から響く音が部屋を埋め尽くさんとする。

 恒平の耳を覆うヘッドフォンにはノイズキャンセリングが働いている。先ほどまで聞こえていた父の声も途絶え、今恒平の耳に入るのはひたすらな無音のみ。

 静かな世界に神経を研ぎ澄まされ、移り往く意識と不安、そしてまだ見ぬ世界に高鳴る鼓動を抱き、恒平の景色は暗闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 ちょうど一年前、全世界にFVTより公表されたその内容は誰もが待ち侘びたものであり、人々は次世代の娯楽に目を耀かせた。

 FVTが情報公開したVRMMORPG『Advanced New World』は、まるで現実の様に手足を動かす事ができ、全く新しい世界へと訪れたかのような体験が出来ると言う。極力危険を排除しつつも味覚や多少の痛覚、その他を含む五感を機能させ、『死』以外の全てを知ることが出来るとも謳われていた。

 夢の様な話は様々な憶測が飛び交い、すぐさま世間の話題の中心となった。テレビでも大々的に取り上げられ多くの批判も受けたが、その技術は更なる人類の可能性を孕んだ物であり、開発の中心となった日本では政府自ら推進するほどであった。

 

 FVT日本支部では公開に先駆けて多くのテスターを募集した。その報せに日本のファンの多くが大いに喜んだが、FVTの与り知らぬ所では待ちきれない海外のファンが日本での先行試遊会を巡り問題を起こした事もあったと言う。

 

 

 だが、新技術を搭載した此度のそれははっきり言って危険極まりないものであった。

 仮想世界に人間の意識を飛ばし、個人の持つ意識はコンピュータ内でデータ化される。現実世界の人間体はプレイ中に体を動かす事はできず、例え傷つけられたとしてもシステムからログアウトしない限り意識を取り戻す事が出来ない。

 ログアウト先である人体がなければ一生その世界に閉じ込められる事となり、その人物は実質人間的な死を迎える事となる。

 

 勿論そんな危険を伴うものがリリースされる事は許されはしない。FVTが試験稼動させるのはそれらの危険性を排除した物であり、十分な試験を重ね安全性を確認したうえで行なわれる予定であった。

 ――だが、誰もが予想だにしない最悪の出来事が起きてしまったのだ。

 

 

 

 

 

「……ん、ここは」

 

 恒平は足が地に着く感覚を覚え、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「ここが、ANW(Advanced New World)の世界……!」

 

 見開かれた先から飛び込む白い光。蛍光灯のそれとは異なる橙色を孕んだ暖かな日差し。筐体の中から見せる灰色の世界とは打って変わり自然が跋扈する一面の草原。空を跳梁する雲は新世界のそれか。

 「まるで、現実」。恒平は二十年に満たない人生において、未だこれほどまでの美しい世界を目にした事がなかった。

 

「空気が透き通っているみたいだ……。父さんや母さんの言う田舎は、きっとこんな風になっているんだろうな」

 

 現代の日本では都市開発が進み「田舎」と呼べるような田舎は殆どなくなった。自然保護により緑がなくなった訳ではないが、一昔前の人々を除きかつてのような風景を実際に目にする者はいない。恒平も本や写真で知る程度であり、仮想とは言えこうして目にする事は初めてであった。

 

「おっと、念のため操作の確認をして置かないと」

 

 「《ステイタス オープン》」恒平が呟くと彼の目の前に突如として半透明のウインドウが開かれる。表記される数値は恒平の『キャラクター』の数値を示す。

 《ステイタス オープン》は基本にして重要な役割を持つ。ステイタス確認の他にも様々な機能を有しており、言わば通常のRPGで例えるならメニュー画面がそれに当たる。現実と仮想を訳隔てる重要なファクターでもあり、これが表示される事が仮想世界である事を思い出させてくれる。

 恒平は父からも必ず基本コマンドを使用できるかを確認するよう言われていた。万が一システムの不良によりこれらのコマンドが働かない場合、恒平が任された任務も遂行する事が出来ない。そして、最悪『死』を迎える事になるからだ。

 

「《ステイタス パブリック》。《ステイタス プライベート》」

 

 続けて呟かれるコマンドにあわせウインドウの表示が変化する。その他のコマンドも実行し全て動作する事を確認した恒平は一安心と言った風に肩の荷をおろす。

 

「問題無いな。これで文字通り、後戻りは出来ない……か」

 

 ログインしたその場所の座標を登録する。ANWではワープを利用する事によりその場所へと移動する事ができるため、一度登録さえしておけばいつでも好きなときにその場所へと戻ってくる事ができる。だがANWでは常に何処からでもログアウトを行なえるためその行いに意味は無かった。

 続けて恒平は広大な大地と緑を心に焼き付けるように一枚のスクリーンショットを撮った。スクリーンショットには特別な効果はなく、撮影した風景を画像データとして保存しておく事が出来るのみであり、正式ANWのリリース後にプレイヤーに寄る宣伝効果を狙い用意された物である。

 

 しかしその場所は彼にとって思い出深い場所となるだろう。これから彼を待ち受けるのは苦難の連続だ。助けてくれる者は居らず、地球と同等規模と言われるこの世界をたったの独りで往かなければなら無い。

 恒平は意識はせずとも心のどこかで理解していたのだろう。きっと自分は挫けそうになるであろう事を。そしてその時この地に降り立った時に知り得た感動が、父との別れとなったその場所が、彼に懐かしさと元気を与えてくれる事を。

 

「さっ、もう行かなくちゃね。時間だって有限じゃないんだ。みんなのためにも、父さんのためにも」

 

 彼は差し当たり付近にある街を目指す事にした。ひょっとすれば被験者たちも街々で暮らしながら助けを待っているかもしれない。一週間と言う時間閉じ込められている事からも安全な街中で生活している可能性があると踏んでいた。

 

 

 

 この日、彼は『恒平』としばしの別れを告げる事にした。今から彼が名乗る名は『セム』。この世界を往くため、この世界に相応しい名前を持つ必要がある。

 街へと向かうセムの背中を擬似太陽は明るく照らす。青き空は彼の心を。踊る雲は彼の足取りを。さえずる小鳥は希望の歌を。全ては若い戦士を讃えるかの様に耀いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。