Advanced New World(仮) 作:ばいどるげん
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「ん……」
少女が目を覚ましたのは朝明けの時分であった。馬車に激しく揺さぶられ、
視界に広がる無機質な土壁。見慣れたはずの自室は面影も無い。天井照明から垂れる紐に括り付けられたウサギのキャラクターはおろか、枕元で頬膨らませるハムスターのぬいぐるみもどこかへ姿を潜めている。
「ど、どうなってんの……!? こ、ここはどこ? 私はどうしてこんなトコに――」
「ん、んぅ……」
「――え」
横を向くと鼻頭に何かが触れた。視界が肌色にぼやける――犬?――否、猿――にしては体毛が少ない――そも、何故こんな所に動物が――。
……動物じゃ、無い。
「キャアアアアアアアア!!!」
二階から轟く金切り声が窓を飛び出し周囲へと散っていく。朝っぱらから発せられた景気の良い声に仕事場へ向かう人々も目を向ける。一階で静かに裁縫作業をこなしていた女主人も、聞きなれない女性の声に不思議な顔を浮かべていた。
セムを含んだ宿屋の住人たちは彼の宿泊している部屋の中へと集結していた。行商人と宿屋の主人は外へと仕事に出かけているらしく姿が見当たらない。
「いててて……。え、えーっととりあえず、まずは落ち着いて俺たちの話を聞いてもらえるかな」
「う、うん。大丈夫、さっきよりはだいぶ落ち着いて来た」
手を胸に当ててふぅふぅと深呼吸をする少女を、さぞ痛そうに頭を抑えるセムは必死に宥めていた。ANWでは痛覚はかなり抑えられているはずなのだが、一体どれ程のダメージを負ったのだろうか。
「目を覚ますなり知らない場所に居たんだ、動揺するのも無理はないだろう。とにかく安心して欲しい。ここはニューバの街にある宿屋だ。君には聞きたいことが色々あるんだが……まずは自己紹介といこう。私は冒険者のヘイム」
「俺は冒険者のセム。それで、こっちの女性が宿屋の奥さん。隣に居るのが奥さんの娘さん」
「どうも~」
「ど、どうも」
ベッドに腰掛けたままの少女は意外と素直な性格のようで、ヘイムとセムの自己紹介にもふんふんと首を振った。奥さんの会釈に合わせて頭を下げたりと、セムは少女の日本人らしさに注目した。
「私はマナって言います。えーっとその、状況が全然読み込めて無くて……。そもそも、ここは一体何処なんでしょうか。どうして、私はその宿屋に……」
「どうやら記憶が曖昧になっているようだな。それではもう少し大きな所から説明しよう。ここは第三大陸『アウラッド』。この街はアウラッドでも西方に位置している街、『ニューバ』だ」
「アウラッド? ニューバ??」
「むぅ、そこから説明しなくてはなら無いのか。一体どうしたものか……」
「あー、ヘイムさん。少し俺に任せていただけますか?」
長くなりそうなヘイムの話を遮りセムはマナに背中を向けるよう指示する。ヘイムたちに会話を聞かれぬよう、手で口元を覆いながらマナへ耳打した。
「ここは今ANWの世界だよ。君はFVTの開発したオンラインゲームの試遊会に参加した一人だろ?」
「あっ、そうだよ、そうだった! あれ、それじゃあ私はなお更何でこんな所に?」
「話せば長くなる。とりあえず、君は俺の話に合わせてもらえる?」
セムの問いかけにマナがこくりと頷いた。
「お待たせしました。とりあえずある程度の事は思い出してくれたはずです。けれどまだ記憶が混濁しているようですので、あまり難しい事は答えられないかと」
「そうか、分かった。しかし一体彼女に何を?」
「え!? あ、いやその……こ、故郷の話題を挙げてみただけですよ! あは、あはは!」
嘘を吐き慣れていないセムはヘイムの問いにうろたえてしまった。不安そうな顔でセムを見つめるマナにヘイムは訝しむも、「まぁいい」とだけ言うと再度マナへと声を掛けた。
「マナちゃんと言ったね。君はセム君と『カクフ
「カクフ深森とは俺が昨日出向いた森の事ですね? マナさん、思い出せる?」
「ごめんなさい、それがさっぱりで……」
「では次は二人に聞くが、行方不明となった冒険者たちには出会えたか。もしくはそれらしき人物を見たとか」
マナはヘイムの問いにゆっくりと首を横へ振った。「俺も見ませんでした」セムが続いて答えるとヘイムは残念そうに「そうか」と呟き閉口した。
「森の外にはやはり防衛隊の方々がいました。俺たちは防衛隊の一人に馬車で街まで送ってもらったんです。その時に道中で一応尋ねてみたんですが、その方は冒険者が入った事すら知らなかったようです」
「一部の防衛隊員にしか知らされて無いと言うことか……? 確かに危険を承知で向かわせたとなれば彼らに対する批難も上がっただろうが……」
「それを危惧して表沙汰にしていないのでは?」
「冒険者の仕事は常に危険が付き纏う。私たちからすれば雇われた者たちの運が無かったとしか思わないさ。しかしその程度の事を防衛隊が隠蔽するとは思えないんだがな」
ヘイムは仲間を心配する傍ら防衛隊の妙な動きを怪しんでいるらしい。セムからすれば防衛隊の気持ちも分からなくは無いのだが、確かに隠さずに公表するべきだとも思えた。
だが何より、彼はこの世界が現実とは大きく異なっている事を感じざるを得なかった。治安維持に尽力する日本人として生まれた彼からすればこの世界の住人たちの死生観は共感するには程遠い。仮にも人が死んでいるかも知れないのだ。遺族で無いといえ、親しい友人ならば悲しみを顕にしたり国に対する義憤を感じたりはしないのだろうか。
(ここでは人の死も珍しい事じゃないのか。何だか、本当に遠いところに来たみたいだな。ANWでは「死」を知る事は出来ない。俺たちプレイヤーが死ぬ事は無いとは言え……)
「マナちゃん、君は本当に何も覚えていないのか。少しくらいは覚えている事があるんじゃないのか? それとも、口に出来ないような事を隔しているだけじゃないだろうな」
「……疑っているんですか。彼女が嘘を吐いていると」
「ち、ちょっと、セムくん……」
「私はただ真実を知りたいだけだ。彼女が未だに白を切っていないとも限らない。何せ私は君と彼女の様に故郷を同じくする者ではないからね」
「彼女は本当に嘘を吐いていません。ヘイムさん、幾らあなたでも彼女を勘ぐるような事はやめてもらいたい。そもそも何故そんなにその冒険者の事を気にするんですか? あなたにしてみれば、いつ何処でいなくなるかも知れない冒険者の事など気に留める事でもないんでしょう?」
セムは自分の顔が熱くなるのを感じていた。目に力を込めてキッと睨む。人に大して礼節を弁える彼がここまで露骨な表情を浮かべるのは珍しものであった。始終申し訳無さそうに俯くマナに対しあからさまに落胆するヘイムの態度が許せなかったのだろう。
(いくら本物の人間のように振舞っていても、やっぱり所詮は作られた存在なんだ。
敵意を剥きだしにする彼に対しヘイムは両手を広げ「ふぅ」とため息を吐く。悪びれる様子は無く、そもそも今の発言のどこに落ち度があるのだと言わんばかりだ。少なくともセムにはそう見えていた。
「…………私も冒険者だ。他の冒険者がどこで果てようともそれは彼らの自己責任だし、私がいつどこで死のうとも決して後悔など無い。冒険者などに成る者は遺族など
(そうら見ろ。やっぱり見せ掛けだけで、本当に感情なんてものは持って――)
「だからこそ俺はせめて彼らの事を想ってやりたいんだ。自分が死んだときに、自分の事を思ってくれる誰かが居て欲しいからな」
「……っ」
ヘイムはセムから視線を外しマナを見る。今まで難しい顔を浮かべていた彼はその瞬間だけ僅かに頬を緩め、たった一言だけ「済まなかったな」と口にし部屋の外へと出て行った。
「マナちゃん、ごめんなさいね。ヘイムさんも必死なだけだと思うの。悪く思わないであげて」
「ありがとうございます。だけど……何も力になれなくて、本当にごめんなさい……」
「あなたは何も気にする事なんて無いのよ。それよりマナちゃんお腹空いてない? 昨日もずっと寝っぱなしだったし何も食べて無いんでしょ。すぐ用意するから少し待っててね!」
マナの返事を聞かずに女主人はにこにこと笑顔を浮かべ下へと降りていった。少女はじっとマナを見つめていたが、「お姉ちゃん元気出してね」と彼女の頭を撫でると自身も母親に続き下へと降りていった。
マナは自分よりも小さな女の子に慰められたのが意外だったようで少しの間呆けていた。セムは一連の流れの中で無言であったが、沈黙の空気に耐えかねたのかマナへと声を掛ける。
「あの、マナさん。俺も聞きたいことがあるんだけど良いかな」
「いいよ。私で答えられることなら協力する。聞きたいことって?」
「うん、そうだな……」
聞きたい事は山ほどあった。それこそヘイム以上にたくさん聞かなければいけない事だ。自分がこの世界(ANW)にやってきた目的を彼女に伝え、他大勢の被験者たちを救うためにも彼女から何としても手がかりを得なければなら無い。
マナはすぐにでも現実世界に返すべきだ。これ以上彼女をこのような危険な世界に留まらせる訳には行かない。それに彼女の無事を祈る人たちが居る。彼自身も今は似た境遇故に一刻も早くログアウトさせるべきだ。
「とりあえず、食事の後にしよう。今はもう少し休むと良いよ」
「うん……? それじゃあ、そうさせてもらうけど……」
すっかり日が昇った空を半眼で見つめながらセムは労わりの言葉を掛けた。マナは拍子抜けするも、セムの思案する様子に気付き自らも話題を振るのを止めた。
セムはヘイムが部屋を出て行く前に言っていた言葉を思い出す。『自分が死んだときに、自分の事を思ってくれる誰かが居て欲しい』。それは果たしてゲームの世界の住人としてのセリフだったのだろうか。
セムが父親である章吾に聞いたANWはやはり娯楽と言う印象が強かった。だが今彼が見聞きし体験しているこの世界は限りなく現実に近く、死ぬはずは無いとはいえど瞬間的にそれを感じる事すらあった。
現実世界の人間にとって命を失う事は随分と疎遠になったものだ。医療機関が発達し人々の平均寿命は90歳を超え、各地で紛争があるとは聞くも日本人にとっては文字通り対岸の火事であり、日本は数十年に渡り世界でも屈指の平和と呼べる国となっている。
そんな彼らとは対照的にこの世界に存在するNPCは常に『死』と隣りあわせで生きている。セムたちのような少年少女には生きる事の厳しさなど理解できるはずも無く、寿命意外の死など創作物の話なのだ。そのような背景がこの世界を偽者の世界と捉える要因でもある。
(未だに人の死なんて実感が沸かないし、そもそもデータの存在であるNPCが死んだとしても俺たちと同じような『死』とはかけ離れてるはずだ。……そう思ってたけど)
今生の別れと言うものを知らない彼には、人は大切な誰かが亡くなれば涙を流すものだと思っていた。そんな様子も見せないヘイムは心の底から悲しんでいないのだろうと思っていた。
ヘイムは部屋を出て行く間際にマナを安心させるためなのか優しく笑みを浮かべていた。しかしどこか寂しそうでもあった。どうしてそんな顔をしていたのかを、今初めて理解した。
(森にいた冒険者はマナ以外に姿は見当たらなかった。おそらくだけど、あの首輪で操られていたこの子が、その冒険者たちを…………。ヘイムさんもきっとそれを分かってて、失踪した仲間を思って熱くなっていたのかも知れない。それでも必死に怒りを抑えてたんだ)
彼は仲間たちの手がかりが掴めない事が悔しくて仕方が無かったのだろう。家族を持たない冒険者には仲間こそ家族のようなもの。そんな家族の仇が目の前にいるのに手を出す事が出来ないのだから。
「俺は馬鹿だな。人の気持ちを何も考えられてない……」
彼らNPCに本当に自分たちの様な感情があるかは分からない。だがそんな事は彼には関係なかった。心優しいセムにとっては、人も動物もゲームの世界の住人も皆平等に接するよう心がけていた。
一瞬でもヘイムを彼を見下した自分が情けない。何も分かっていないのは自分であったとセムは自分を恥じる。思いつめたように黙り続ける少年の横顔を少女は心配そうに見つめる。
ほどなくして朝食の支度が済むまで、二人の沈黙は破られる事はなかった。
11話は執筆中で中途半端な所で終わっているため投稿できませんでした。
元々この作品は気が向いた時に書き進めていたものなので時間があれば続けると思います。
ただ今のところゲーム製作に時間を割いているためそちらをリリースするまでは投稿はできないと思います。
中途半端な作品ですが、ここまで読む進めてくださり誠にありがとうございました。