Advanced New World(仮) 作:ばいどるげん
セムが辿り着いたのは第三サーバエリアに存在する街『ニューバ』だった。レンガ造りの建物が主流のこの街は日本人が抱くヨーロッパの情景を髣髴させる。そこに住む人々の多くは栗色の毛髪と言うことも日本人にとって『異国』を思わせる理由の一つだった。
(凄いな、本物の人々が生活してるみたいだ。とても細かな所まで作りこまれてるし、人々の生活感が溢れてる)
セムもこの度初めてプレイするANWだが前知識として父から幾つかの事柄は知らされている。ワールドマップの中でもこの第三サーバは日本人が深く携わっているらしく、異国の地に憧れる島国人の心を躍らせる趣向が凝らされているとか。
事実海外に出かけた事の無いセムも見慣れない街並みには興味をそそられた。日本人が想像するファンタジックな世界観は、同じ民族である彼も好みとする所だ。
「しかし広そうな町だな。《ワールドマップ》!」
コマンドを唱えるとセムの目の前にウインドウが召喚された。ステイタスウインドウとは異なり羊皮紙をイメージした黄土色のウインドウだが、表面はやはり現代風で彩色豊かに表現されている。
ウインドウには様々な情報が明らかになっていたが、セムが注目をしていたのは画面隅に書かれた縮尺だ。1/5万の比率で見ているにも関わらず街は地図から見切れて閉まっている。どうやらかなり規模の大きい街のようだ。
(大きいな……。けどこれならプレイヤーも何人かは見つかるかも知れない! よし、早速街を探索しよう!)
物々しくも暖色をふんだんにあしらった門はセムを待ちわびていたかのように迎え入れる。遠い異国の地にて門を潜りし戦士の姿や。これこそまさに冒険者。元来ゲームが好きなセムもいつか夢見た光景には興奮が止みそうになかった。
「――――はぁ……駄目だ。ただの一人も見つかる気配が無い」
先ほどまでの元気は何処か、セムは街道の石段の上で頬杖を付いていた。
「幾らこの街が広いと言ってもマップに何の反応も無いなんて……。まさかマップの故障なんて事も無いと思うけど……」
そう言いつつセムは虚ろな目で目の前に浮かぶワールドマップを眺めた。現在は先ほど以上に拡大して表示しているが、ウインドウを蠢いているのは灰色のアイコン、ノンプレイヤーキャラクター(NPC)だけ。
セムの目的である青色のアイコンは一向に見当たらず。周りを見渡せば人はたくさん居るというのに、マップを見ればやはり孤独だった。
(しっかし、本当に良く出来てるなぁ)
ニューバの街の人々はとても働き者だった。勿論そう見せかけているだけで実際に生活をしているわけでも無いのだろう。一見して本物のような人々はプログラミングされた住人であり、製作者によって定められたルーティンでしか動けないようになっている。
そのはずなのだが……。
「よぅオヤジさん、おすすめの野菜売ってくれや!」
「それならこれなんかどうだい。見ろよこの《ファーモ草》、今朝取れたばっかりで新鮮そのもの! 是非一つ買っていってくれよ」
「あら奥さん、今日も精が出るわねぇ。水汲みは大変でしょ? ここの暮らしには慣れた?」
「いえいえ。越してくる前などは村はずれにしか井戸はありませんでしたから。街中に水汲み場があるなんて……本当に越してきて良かったです」
街中のNPCたちの会話に耳を傾けるとまるで生きている正真正銘の人間のように思えてくる。ただでさえリアリティを追求したRPGとはいえ、ここまで作り込むなど狂気の沙汰である。
(けれど、おかしいぞ……? NPCたちは決められた会話しか行なわないと父さんから聞いている。いくら一般応募のテスターがプレイするとは言え、そのためだけにここまで作りこむはずは……)
「どうしたのお兄ちゃん?」
「うわっ!?」と思わず叫んで飛び退けるセム。まさかNPCに話しかけられるなどとは思いも寄らなかったのだろう。顔中に噴出した汗が緊張と動揺を隠しきれていなかった。
話しかけてきたのは少女だった。街の人々と同じく栗色の髪の毛を赤いリボンで左右に結んでいる。麻布の服は人々が着ている物と同じデザインだが、そこは子供用らしく小さく整えられている。
「変なお兄ちゃん。どこから来たの? 旅の人?」
「あ、ああ。どこからと言われると……そうだな、『ファルセン』からさ」
「本当に!? わぁーすごぉい、そんなに遠くから来た人初めてみた! お兄ちゃんは『異人』さんなの!?」
セムは父から教わっていた通りに答えたが、まさかこれほどまでに大げさな反応をされるとは思っていなかった。
セムが答えた『ファルセン』とは、第十二サーバに位置する大海を隔てた大陸国の事だ。この世界のプレイヤーは出生を自分で選ぶ事ができるが、特に設定をしない場合はファルセンが故郷と言うことになる。ANWの世界で最も発展している都市がファルセンであり、多くの旅人たちはそこから船旅で様々な地へ向かうというストーリーなのだ。
出生地はプレイ中に殆ど影響をもたらさない。今後どうなるかはともかくあくまで遊び心的な要素に過ぎない。NPCから出生地を問われても「へぇ、そうなのか」程度で済まされる手筈となっている。
「ねぇねぇ、それじゃあお兄ちゃんは『海』って言うのを見たことあるの!?」
「海……ああ、それはあるよ」
「すごいすごい! いいなぁ、とーっても大きな湖なんでしょ!? 舐めたら本当にしょっぱいの!?」
「うん、とてもしょっぱいよ」
はしゃぎまわる少女の姿は現実の子供と変わりなかった。興味を持ったことに一途でどんな知識でも欲しがる貪欲さはセムに昔の自分を思い出させる。
「ねぇねぇ、もっとお話聞かせて! いいでしょ、ねっ!?」
「う、うーん、そうだなぁ……」
今日は初日と言う事もあるしこの様子では他のプレイヤーを見つけることは叶いそうに無い。一瞬悩みつつも、そう判断したセムは少女の要望に快く応える事にした。