Advanced New World(仮) 作:ばいどるげん
夕食を終えて部屋へと戻ってきたセムは翌日に備え準備をしていた。とは言っても旅が始まったばかりの彼には大した持ち物は無い。プレイヤーの装備は戦闘時意外は非表示に出来るため、服装さえ地味であれば冒険者とすら思われないだろう。
先ほど聞くことの出来た有意義な情報をメモするためにステイタスウインドウを表示する。ベッドに座りキーボード操作でパッドに文字を入力しながら、夕食時の光景を思い浮かべた。
「へぇ、あんたファルセンの出身か! そりゃあ遠いところから良く来たもんだ。そこに比べると『アウラッド』はあまり面白くないんじゃないか?」
セムが夕食に呼ばれ下に降りると大きめの食堂があった。大テーブルの上には家庭的な料理が並べられ中心には大きなバケットにたくさんの棒状のパンが詰められている。夕食と言っても軽食程度の物を想像していたセムは思いのほかしっかりとした食事に驚かされた。
そして彼はもう一つの出来事に面食らった。それは宿屋を経営している家族、そして宿泊客が共に食事を取る態勢についてだ。家庭的な雰囲気からホテルのような食事処など無い事は予想していた。しかし見ず知らずの他人同士が席を同じくして食事を取るなどとは思いも寄らなかったのだ。
「一度は行ってみてぇなぁ。あそこはアウラッドじゃ見れない珍しい物がたくさんあるんだろ? 行商人としては一度でいいからそれらの商品を仕入れてみたいもんだぜ」
「ファルセンは私もぜひ一度行ってみたいものだ。聞いた話ではこの世の物とは思えないような不思議な物まで取り扱っているとか」
「それは、どうでしょうね……。少なくとも、人の手で作られているんですから不思議に思う事はありませんよ」
「成る程、それもその通りだ」
旅人らしき男の反応に全員が笑いを零す。セムは彼らと話すのには抵抗があるのだが、この場に居る誰にもそんな様子は見られない。まるでこうして食事を取る事が当たり前のように振舞っている。
「セム君と言ったか。ファルセンの様な大都市で暮らしていたのにどうして旅をしているんだ? 差し支えなければ聞かせてくれるかい」
宿屋の主人がセムに口を開く。目の前の馳走を料理を振舞ってくれたのは彼であり、他にも宿屋の主だった運営は彼がこなしている。若干硬くなっているセムを気遣い話を促してくれているのだろう。セムはせめてもの礼のつもりで話題に乗る。
「ええ、構いませんよ。俺は……ある目的の為に旅をしています」
「ある目的?」
「父の頼みでとある冒険者たちを探しているんです。俺と彼らは同郷の士でもあるのですが、訳あって彼らを故郷に連れて帰らなければならないんです。しかしどうも一向に行方が知れず……一週間ほど前にこの地方にもやってきていたはずなんですがね」
「ほう、人探しとはまた大変だな。皆アウラッドにやってきているのかい?」
「いいえ、それも分からないんです。きっとそのはずですが……」
「そうか……。何、まだこの地へやってきたばかりなんだろう? きっと見つかるさ、元気を出しなさい」
宿屋の主人はセムを励まそうとしてくれた。宿屋の主人も所帯を持つまでに相当の苦労を経験しているらしく、年若くして旅を続けるセムは人事には思えないのだろう。
『アウラッド』とは第三サーバに存在する大陸であり、現実世界で言う六大州がそれに当たる。基本的には一サーバに付き一大陸の構成となっており、場所によっては海を渡る必要がある場所も存在する。
ニューバの街はファルセンとは大陸を分け隔てており、一部の先進国を除いては大陸間の移動は船が主流となっている。プレイヤーはシステムによって各サーバを自由に行き来する事が出来るが、この世界の住人たちはそうは行かない。
「冒険者か。そう言えばつい最近、街の付近で見かけない冒険者を見たとの噂があった。何でも色鮮やかな異国の格好をしていたと言う」
「本当ですか!? それは、いつの話ですか!」
「五日ほど前の事だそうだ。しかし私を含め冒険者は世界各地に居る。君の探している人物とは思えない」
「構いません、宜しければもう少し詳しくお話を聞かせてください!」
「しかし……」旅人の男は黙り込んでしまう。セムを含めその場の全員が不思議そうな顔をする。
行商人を名乗る男は思い出したかのように口を開いた。「そうだ、俺も確かその噂を聞いたぜ。何でも滅茶苦茶強いとか」。
行商人の言葉にセムは疑問を覚える。NPCがプレイヤーキャラを「強い」と言うのは良くある事だ。一般市民からすれば街の外に出没する弱小モンスターすら脅威である。RPGの世界ではそんなモンスターを狩るプレイヤーたちは強くて当然だろう。
頭では当然と理解しているがどうにも釈然としない。セムは蟠りを抱えつつ行商人たちの話に耳を傾ける。
「つい少し前に付近の森でモンスターが大量発生したんだけどよ。町に危険な及びそうって事でやつらを殲滅する為にニューバ防衛大隊が召集されたんだ。けど防衛隊がいざ森に行くと……そこにあったのは大量のモンスターの屍骸と、一人でその中心に立つ冒険者だったって話だ。防衛隊の姿を見た瞬間に森の中へ消えちまったらしいが、きっとそいつの事だぜ」
「ほう。詳細は知らされていなかったがそういう事だったか。ならばなおさら、森へ行くのは止した方が良い」
「ヘイム、あんたは何でそんなに乗り気じゃないんだ? この冒険者……セムだったか。そいつの探し人の一人かも知れないんだぞ」
「それは……」
ヘイムと呼ばれた旅人がセムを見る。その眼差しはセムを心配するかのようだった。
「冒険者仲間から聞いたことだがな。その事件のすぐ後、防衛隊の依頼を受けて何人かの冒険者が森の調査に入ったそうなんだが…………未だに誰一人からも連絡がないそうだ」
「なんだって? そりゃあ大変な事だが、この話と特別関係は無いだろう?」
「調査に赴いた彼らは相当腕の立つ冒険者たちだった。それこそ個々の戦力なら防衛隊員とも引けを取らない戦士たちだ。それが森に入ってからと言うもの消息を絶った。そして、大量のモンスターをたった一人で倒したという件の冒険者も森の中へと消えた……」
「おい、それってまさか……」
誰かの唾を飲む音が聞こえた。神妙な面持ちのセムと旅人、動揺を隠せない行商人、芳しくない話に不安の表情を浮かべる宿屋の主人たち。
空気を悪くしてしまった事に謝りつつ「いや、あくまで憶測に過ぎない」とヘイムは注釈した。苦笑を零しながらも自ら率先して食事の続きを促す。皆がそれに続いて手を動かし始めた。
「ただ、そういう噂もあるという事だ。近々再び防衛隊が調査に行くらしく今は森も閉鎖されている。行くだけ無駄だろう」
「た、確かにそんな物騒な話がある所へ行くのもな……。なぁセム、あんたも止めて置けよ。そんな恐ろしいやつがお仲間なんて言わないだろ?」
宿屋の女主人が恐ろしげにセムを見た。彼はその事に気付かず下を向いていたが「そうですね」と行商人の言葉に対し徐に肯定した。
「……しかし、どうも気がかりなんです。ヘイムさん、その場所を俺に教えていただけませんか」
「お、おい、正気かあんた!? 止めとけって! 幾らなんでも危険すぎる!」
行商人が身を乗り出してセムを制止する。自身も放浪の身ゆえに少なくは無い危険を知っている。そんな彼からすれば、いくら一人旅をしているとは言え少年のセムが死地へと向かうのは無謀に思えたのだろう。
「悪いが断る。話を振っておいて申し訳ないが君には危険すぎる。防衛隊の調査が終わるのを待つべきだ」
「少しでも早く彼らを助けなければ行けないんです。彼らを待っている人たちが大勢居る」
ヘイムのきっぱりと言い捨てた言葉にすかさず食いかかる。ヘイムの見つめる眼差しは少年にしては随分と達観していた。是が非でもその場所へと行くのだという、少年の強い意志の表れが見て取れた。
「生半可な腕では死ぬぞ」
「多少也とも覚えはあります」
「その細腕でか。虚言にしか思えん」
「俺は絶対に負けません」
崖へと突き放すかのようなヘイムの言を物ともしない。二人の威圧感にその場の誰もが押し黙る。再び動かし始めた手もとまり、温くなったスープはとうに冷めてしまった。
「大した自信だ……。そこまで言うなら引き止めない」
「へ、ヘイム!?」
「ニューバの南西門から出て西の方角に見える森だ。距離はあるが障害物などは一切無い平原だから迷う事は無い。だが森の付近では防衛隊員が見張りをしている。入るのならば迂回する必要があるだろう」
ヘイムの言葉を忘れぬように脳内で復唱する。これまでの会話ログは全て保存しているため忘れても後で読み返せば済むのだが、現実に限りなく近いこの世界に居るとそれらのシステムの存在を忘れがちになるのだろう。
しかしそのおかげでセムの態度は至極真剣そのものであった。彼の強い意思を汲んだヘイムは顔の筋肉を緩める。セムの覚悟を信じたのだ。
「私は君を信じよう。行方不明の冒険者たちの事も気がかりだ、すまないが何か分かったら是非とも私にも知らせて欲しい」
「……すみませんヘイムさん。ありがとうございます」
「いや、むしろ私の方こそすまない。君を引き止めるためとは言え侮辱するような事を言ってしまった。本当は私もあの森へと同行したかったのだが……如何せん私では足手まといだ」
「そ、そんな事は……」
「気を使わなくても良い。自分の事は自分が良く知っている。君はきっと私より遥かに強い。だからこそ是非君に頼みたい」
セムは強張らせていた顔を一変させ目を剥いた。セムとヘイムの姿を見比べれば、十人中十人がヘイムの方が強そうだと答えるだろう。事実LvだけならばNPCとは言え冒険者である彼が圧倒的に上のはずだ。
だがこのNPCはそれでもなお自分の方が強そうだと言ってくれている。彼らには相手のステイタスを確認する術は無い。唯一Lv制限があるイベントにおいて、プレイヤーのLvに応じた処理を返す事はあるが、最早この世界の住人たちがシステムに忠実とは思えない。やはりヘイム個人の判断による発言だろう。
一連の流れを思い出しながら森の座標を調べてみる。ヘイムが前述した通り森はニューバからはかなり距離があった。彼は乗り物を使うと良いとも言っていたが、手配するにも時間がかかりそうであるし、何より彼にはその必要は無い。
(いよいよ明日、被験者と初めて対面する事になるのかな。……俺の話をちゃんと聞いてくれるだろうか)
初めて出会う事になる正真正銘の人間。セムは彼らと出会う事は楽しみでもあり不安でもあった。
一週間もの間、彼らは自分たちの世界に帰る事を許されず、二度と現実に帰る事の出来ない恐怖と抱えたまま過ごしてきた。今更になって助けに来たなどと言えば逆上して攻撃してくる可能性も十分考えられる。
(ヘイムさんにはああ言ったけど、不安が無いわけじゃない。穏便に済むと良いんだけど)
彼が思い悩んでいると部屋扉を何者かが叩く。すぐさま表示していたステイタスウインドウを閉じその者を部屋へと招いた。
「えへへ。お兄ちゃん、遅くにゴメンね」
「構わないよ。どうかしたかい?」
「あ、あのね、昼間のお話の続きが聞きたいなぁ、なんて……」
ねだるように小首を傾げる少女の姿に思わずきょとんとしてしまう。先ほどまであれこれと考えていたセムは、その少女のあどけなさに思わずけらけらと笑ってしまった。
「ハハハ! 構わないよ。その代わり、もうすぐ寝る時間だから少しだけだよ」
「うん!」
少女はベッドに座るセムの隣へ移動する。セムの話の内容は全て現実世界の出来事だったが、世界を知らない少女は目を耀かせてその光景を思い浮かべた。自分の些細な話すら喜んで聞いてくれる少女は、明日を控えたセムの不安を払拭する。彼は心の中で少女に深く感謝した。
しかし話の終わりに少女が「私もいつか旅に出る!」と言い出したとき、セムは宿屋の主人に恨まれないかが心配になった。