Advanced New World(仮)   作:ばいどるげん

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6話

 モンスターの鳴声が大木に囲まれたその地を響かす。自分が小人になったかの様な感覚を与えるその森でセムは心細さを感じていた。しかしそんな彼も森の最奥へと進む頃には探索にも慣れ始めていた。

 赤いアイコンの表示されている箇所は近付かず、どうしても通りたければ先手を打ち反撃される前に倒す。出現するモンスターはゼリーズだけではないが彼の脅威となり得る存在はこの森には居ないようだ。

 

(冒険者らしき姿は見当たらないな。もう既に別の所に行っちゃったのかな。森がダンジョン化してるからまだ居るものだと思ってたけど……)

 

 『ダンジョン化』。それはある特定の地域がモンスターの巣窟と化す現象である。

 昨日まで何の変哲も無かった洞窟や、誰も住まなくなった館の地下に魔物がのさばる巨大な迷宮が突如出来上がる。基本的には外部と接触の無い閉鎖された地域に出現するが、この森のように周りを大きな木々が囲い込む地形でも形成される事がある。

 つまり何も変哲の無い通常のエリアにも出現してしまう恐れがあるのだが、ダンジョン内のモンスターとは戦闘区域に近付かなければ戦闘になる事はない。また自然消滅する事もあるため放っておけばまた忘れた頃に元の地形へと戻る。

 

 そんなダンジョン化には大きく三つの特徴がある。まず最も顕著なのはモンスターが異常に発生する事だ。モンスターの出現数は場所によってある程度決められているのだが、ダンジョン化した地域はその指数の凡そ二倍近い数が出現するようになる。

 ただそれだけならば誰も近付きたがらない無意味な現象に過ぎない。しかし二つ目の特徴として挙げられる『レアアイテムの出現』がプレイヤーの欲望を駆り立てるのだ。ダンジョン化したエリアには『宝箱』が出現するようになる。この中には通常のプレイでは手に入りにくい貴重なアイテムが隠されている事がある。

 

「はは、今の俺にはレアアイテムなんて必要ないからなぁ……」

 

 木の陰に置かれた苔茂る宝箱を横目に素通りする。《ハックツール》を使用できるセムは自身の好きな時に好きなだけアイテムを使用する事が出来る。いつでも手に入れられる物と思うと途端に価値が低く感じられてしまうのだろう。

 何より例え良い品を手に入れたとしてもこの任務が済めば全て消去される。それならば初めから拾うだけ時間の無駄だった。

 

 

 

 ズゥン、ズゥン。

 僅かに大地を揺らす感覚にセムの動きが止まる。すぐさま身構え辺りを見回す。

 動きは無い。ならば距離は? マップを開きアイコンを確かめる。やはり、居た。自分の立つ場所からはやや遠方。大きく赤いアイコンに王冠のマーク。この地域を統べる森の王者の証明(あかし)だ。

 

 

 ダンジョン化した地域はそもそも何を持ってしてその終わりを迎えるのか。

 ただの巣ならば全てのモンスターを倒せば消えるだろう。しかしANWにおいてモンスターは不滅の存在だ。現在マップに見えているそれらを倒しつくそうとも一定時間経つと自然に湧きあがる。

 ならばダンジョンが消滅するのを待てば良いか? それも案としては悪くは無いが現実的ではない。ダンジョンの消滅は生成に比べ頻度が少ない。全てのダンジョンをしばらく放って置こうものならばそこら中が迷宮だらけになってしまう。

 

 

 ダンジョンを消滅させる最も単純かつ明快な答え、それはダンジョン化の三つ目の特徴でもある『ボス』を倒す事である。

 魔物を統べるボスの存在はそのダンジョンが未だ攻略されていない事を示すシンボルだ。彼らは通常のモンスターより遥かに強く、そして彼らもまた強力なアイテムをドロップする事がある。プレイヤーたちはこのボスを倒す事をダンジョン攻略の目安とするのである。

 

 つまりボスまだ存在しているという事は誰もこの場所を攻略し終えていないという事だ。ならばボスを狙って件の冒険者が戻ってくるかもしれない。セムは被験者に出会える事を期待し地響きの発信源へと駆け出した。

 

(……っ! お、大きい……!)

 

 マップの示す地へと到着したセムだが、目に飛び込んできた()()に反射的に身を潜めた。

 明るい茶色にゴワゴワとした体毛。像のように立派な大牙。しかしその全長は像よりも大きく凄まじい存在感を放っている。

 

(あれが、ダンジョンのボス……)

 

 放たれる威圧感を前に思わず息を飲む。ボスの周りは土が掘り返されたような跡があった。あのモンスターの待機行動なのか、犬の様に地面を掘っては何かを探し、目当ての物がないと悟ると場所を変えて同じ事を繰り返している。

 

(冒険者は居ないのか? どうしよう、やって来るとは限らないし……戦闘する意味なんてないけれど)

 

 冒険者の姿を探してみるが姿は見えない。マップを確認してもプレイヤーの存在を示す青いアイコンは一つしかない。

 

 セムがボスを退治する必要などどこにも無い。それに万が一倒してしまえばダンジョンは消滅する。冒険者がボス狙いでやってきているとなればダンジョン化が解けた時点でこの森に立ち寄る事は一切ないだろう。

 だが果たして本当に冒険者がやってくるとは限らない。何せ情報の内容は数日前の出来事だ。早々にこの周辺を離れ何処かへ行ってしまっている事も十分ありえるだろう。

 

 それに万が一ボスに姿を見られ戦闘に入ろう物ならば闘わざるを得なくなる。ANWではボスとの戦闘は一種のイベント戦闘であり撤退行動が制限されてしまう。具体的にはボスを倒さない限りそのダンジョンの外へと出られなくなってしまうのである。

 

(……む、無理に相手をする必要も無いよな。それに考えてみれば、数日前にその冒険者もここに来てるんだ。ここが未だダンジョン化が解けていないって事は攻略を諦めたに違いないよな)

 

 ボスはまだセムの存在には気づいて居ない。彼は静観を続けていたが敵に気付かれる前に引く事にした。自分の目的はこのダンジョンの攻略では無いのだから。

 

 

 来た道を戻ろうと後ろを向く。しかし踏み出そうとした足を歩を数える前に思いとどまる。情報をくれたヘイムとの会話をふと思い出した。

 

(この森がずっと放置されれば、ヘイムさんの言っていた冒険者たちのようにまた犠牲者が……)

 

 NPCなど居なくなっても特に困る事など無い。そう考えていたセムではあったが、宿屋の少女や主人たちと出会い、行商人、冒険者のヘイムと接した彼は、彼らの中に心を見た。

 このままこの森を放置し魔物が増えすぎれば街は今度こそ襲撃されるだろう。そうなればセムの出会った人々も争いに巻き込まれ死んでしまうかもしれない。

 彼らが死ねばその存在は無となってしまう。それは人の死と同じではないか?

 

(俺ならば止められる。それだけの能力(ちから)を俺は持ってる。ならばやってみせる、その力で!)

 

 セムの中に先ほどとは異なった感情が湧き上がった。

 自分の力を試したい。この世界で間違いなく最強を名乗れる自分が負けるはずが無い。人助けがついでと言うわけでは無いが、少しでも戦う口実があれば自分を追い込める。

 

 

 

 振り向きなおし足を踏み出す。緊張と恐怖から足は震える。近付くにつれ視界に映る茶色の塊が大きくなっていく。それでも尚、一歩、また一歩と紡がれる勇気の軌跡は賞賛に値するだろう。

 

 化物がセムの気配に気付いた。視界に入るなり巨大な猪のようなモンスターは戦闘体勢に移った。敵からすればセムの姿など赤子よりもか弱く見えるだろうに、それでも全力で轢き潰さんがために全身に力を漲らせている。

 セムもまた震える体を身構えた。伝わるはずの無い殺気がビリビリと奔る。仮想世界だと言うのに汗が背中を流れているようだ。

 

「う……」

 

 敵の圧に思わず覚悟が揺らぐ。それを見透かされたか野猪は全速力で駆け出した。蹄鉄の如き偶蹄(ぐうてい)が地面を抉る。超巨体が突貫する様はさながら暴走する大型トレーラーだ。

 

「うわああああっ!!」

 

 思わず目を閉じ両腕で顔を覆う。時間の流れが遅くなる――つたわる衝撃――息が詰まる――空を飛んだ?――否――。

 セムの小さな体は自然の摂理に反する事無く吹き飛ばされた。水を跳ねる石のように、数回に渡り地面に叩きつけられたのち、転がりながら何とか勢いは止まった。

 

「……ぅ、く…………。い、いってぇ……」

 

 膝を付きながら軋む体を起こす。派手に飛ばされた割りに流血などが無いのは倫理的に抑えられているためか。それでも体には幾つもの傷が浮き出ておりダメージの程を思わせる。

 敵は振り向きなおしセムの様子を伺っている。必殺の一撃を受けても起き上がるセムに警戒しているようだった。その隙にセムは自分のステイタスを確認する。

 

(HPの減りは……思っていた以上に小さい。能力値を強化しているおかげか)

 

 セムの受けた攻撃は実際には巨大な風船にぶつかられたのに近い。盛大に地面をバウンドした時もトランポリンの上に投げ出されたようなものだ。痛みを感じるのは体を捻ったせいだろう。

 

 動きさえすれば。うまく体を制御出来さえすれば負ける事は無い。

 痛みの恐怖が薄れていく。竦んでいた足は未だ小刻みに震えているが動かせないわけではない。多少のダメージを受けようと回復すれば良いだけの事。

 

(まだ怖いけど……。やれるはずだ、やらなくちゃ、やるんだ!!)

「ブモオオオオオ!!」

 

 巨猪は今一度突貫する。その迫力と速度は常人ならば避ける事すらままならないかもしれない。視界に収まりきらない威圧に吸い込まれそうになるもすんでのところで地面を蹴った。

 

「うおおぉぁああああ!!」

 

 垂直に跳んで見せたセムの真下をボスが素通りして行く。目の前の標的が一瞬にして消えた事に動揺したのか、ボスの体は真向かいの大木に激突した。

 

 続いてセムの体が重力に導引される。ビル4階程の高さからの落下に顔中が冷や汗に満ちた。

 地面に触れる寸前で膝を折り衝撃を殺す。月の上へと降り立つような無に等しい感触。拍子抜けするほど容易い着陸に、セムは安堵しつつどこか期待はずれに感じていた。

 

「やれる……! やれるぞ!!」

 

 自身の疑わしき能力(ちから)が確信に変わる。羽のように体が軽い。今ならアスリートより速くバレリーナよりも軽やかな動きを出来るだろう。

 

「ブモォォォオオオ!!」

 

 ボスが怒りを顕にしてセムを睨みつける。攻撃を避けられた挙句激突したダメージに逆上したらしい。本物の動物の様な性格にセムは思わず苦笑してしまう。

 

「《スキャン》!」

 

 敵が動き始める前に先手を打つ。《スキャン》により敵の情報を掠め取る。しかし敵がボスクラスのためなのか、得られた情報は僅かだった。

 

(Lv28、『エレファントボア』か。HPとDPは知れないけど、OPに関してはボスだけあってそこら辺の雑魚敵とは桁違いだ!)

「ブモオオオオ!」

 

 突進を高く斜めに跳び越える。着地後すぐに振り向くと既に敵は動き始めていた。セムが再び跳んで逃げる事を読んでいたのか次行動が思っていた以上に速い。NPCのモンスターと言えど学習能力があるらしい。

 

「《インパクトリフレクト》!」

 

 敵に対して押し返すように両手を差し出すと退紅(あらぞめ)の壁がセムの前に出現した。エレファントボアがセムを弾き飛ばさんとした瞬間、凄まじい轟音と共ボスの巨体が僅かに浮いた。

 《インパクトリフレクト》は打撃攻撃を跳ね返す壁を使用者の正面に出現させる戦士職の『技能(スキル)』。所謂カウンター技であり用途が限られているため扱い辛いが、敵の攻撃が強ければ強いほど強力なダメージを与える事が可能だ。

 

「ブ……ブモォ……!?」

(良し、効いてる! 今のうちに一気に畳み掛けるっ!)

 

 敵が怯む隙に後方へ跳んで距離を取る。「《ファイヤアロー》!」放たれた無数の火炎の矢。ゼリーズに放った広範囲形態とは異なり一つ一つが食い破るように対象を射る。茶色の体毛を焦がす熱さにエレファントボアは叫びを上げて悶えた。

 闇雲な突進攻撃はリスキーと判断したか。エレファントボアは大きな牙を地面に突き立てる。深々と刺さった牙が地面を盛り返し、頭を勢い良く空へと振り上げ大量の土塊を投げ飛ばしてきた。

 

 何の危な気もなく躱して見せるセム。が、土が地面に接触するなりその箇所が爆発した。何が起きたかも分からぬまま爆発の衝撃に身を委ねる。

 

「くっ……。た、ただの泥飛ばしじゃないのか!?」

 

 敵はすかさず泥を飛ばし続けてくる。広範囲にばら撒かれた土は大小様々でも全てが爆発性を持っていた。直撃はせねど被弾は多い。大気を通して皮膚を震わせダメージを与えてくる。

 

「《アロー ショット》!」

 

 光の弓から放たれた矢は散発し飛来する土塊を射る。衝突するなり泥は爆弾のように弾け互いの攻撃が相殺される。しかし泥の大きさはまちまちのため全て落とす事は不可能であった。

 

(これじゃあジリ貧だ、やっぱり一気に本体を叩かないと!)

 

 頃合を見てセムはボスへと詰め寄る。迎撃のためにエレファントボアが一際大きな土塊を放ってくるが、走る勢いを落とさぬままセムは衝撃の届かない上空へ跳躍した。

 

「ブオオオオオオ!!」

 

 セムの動きに合わせエレファントボアは再び動き出した。逃げ場の無い空へと誘い込む作戦だったのだろうか、今か今かと待ち望んでいたかのように大声を上げながらセムの落下点へ――!

 

「来ると思ってたぜ! 喰らえ、技能(スキル)――」

 

 セムの全身に蒼いオーラが発現する。片脚を前にすると落下速度が上昇した。その勢いは大気圏外から降り注ぐ流星の様に。

 

「《メテオフォール》!!」

 

 セムの落下蹴りとエレファントボアの突進がぶつかり合った。空気が爆発するほどの威力に周りの木々が千切れんばかりにひしゃげる。周囲を徘徊していたモンスターたちは森の奥から突如吹いた突風に吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

「……ブ……ブゴォ――」

 

 ズゥゥン。大きな地響きを立て巨体は大地に伏した。自慢の大牙は砕け散ってしまっており、茶色の毛皮は全身が焼き焦げて見る影も無い。その姿を見てやっとセムは自身の勝利を実感できた。

 

「や、やった。俺一人で、こんな化物を倒せたんだ……!」

 

 安心するなり疲れがどっと押し寄せその場にへたり込んでしまう。ふと自分の手を見ると震えていた。恐怖と緊張と、勝利の余韻による興奮は未だに冷めない。胸に手を当てるとそこには存在しないはずの心臓がドクドクと高鳴っているのを感じた。

 セムが勝てて当然、などとは言えないだろう。自分よりも遥かに大きな相手に立ち向かう事は物凄く勇気のいる事なのだから。事実初めに攻撃受けた後も、怯え竦んで何もしなければ間違いなく彼は負けていた。

 

(結局冒険者は現れなかったな。けどこれでもう街が危険に晒される事も無い筈だ)

 

 一息吐いた彼はワールドマップを開いた。森を埋め尽くさんばかりの敵の赤いアイコンは既に消えている。どうやらダンジョンが消滅し元の平穏な森へと戻ったようだ。

 収穫が無かった事に落胆するも、気分はどこか晴れ晴れしかった。きっと宿屋の主人やヘイムたちは自分を心配しているに違いない。早く元気な姿を見せて森の鎮圧が完了した事を報告しなければ。

 

 セムが森を出ようと歩き始めた、直後だった。

 

 

 

「《ハロ スラッシュ》」

 

 

 

 「ッ!! 《シールド》!!」反射的に自分の身を守る盾を張る。自身の全方位を覆う光の壁は使用者の能力に応じてその強度を増す《シールド》の呪文。

 しかし突如放たれた光輪はセムの張った盾を罅割(ひびわ)る。「不味いっ!?」盾が攻撃を受け止めている隙に体を避ける。セムの《シールド》は無残にも粉々に砕け、光の刃はセムの体を掠めていくに留まった。

 

「くぅう……! だ、誰だ!?」

 

 辺りを見回すが姿が見当たらない。マップを開くもその場に表示されているアイコンはセムを表す青印が一つ。一体どういう事か。

 ふと強い風が吹き片腕で顔を覆う。何気なく上を見上げたセムの視界の端に何かが映った。

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