Advanced New World(仮)   作:ばいどるげん

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9話

「うっ、いてて。ど、どうなったんだ……?」

 

 抵抗する事もできず地面へと打ち付けたが辛うじて少女の剣を躱す事は出来たらしい。あの一撃をまともに受けていれば彼の意識は既にここになかっただろう。

 プレイヤーが倒されてしまった場合は自動的に復活するまで眠りに付く。この状態を『気絶状態』と言うのだが、復活呪文を唱えない場合10分後にはその場から姿が消滅し、最後に赴いた街の協会にて棺桶の中で目覚める事となる。今となってはその機能すら生きているか怪しいものではあるのだが。

 

「そうだ、あの子は……」

 

 やおら立ち上がり少女が居たであろう方を向く。少女は仰向けに倒れたまま目を閉じているが、静かに胸が上下するのを確認できる。《ディテール》により映し出されているHP数値からも無事であるようだ。

 

(気を失ってるみたいだな……? まさか、近づくなり飛び起きて攻撃してこないだろうな……)

 

 恐る恐る近づき少女の顔を覗く。眠り姫よろしく瞼を伏せる少女は随分と整った容姿をしていた。まるで本当に妖精の国からやってきたのではないかと思わせるほどに。

 洗練された動きから武術の嗜みがあるのかと思われたが、改めてみればとてもそんな風には見えなかった。電子世界では幾らでも身体を偽造出来るとは言え、テスターとして選ばれたのならば現実と乖離しすぎている身姿と言う事も考えにくい。

 

 やはり、いたって普通の女の子。すぅすぅと吐息を立てる姿からは、相手を躊躇いなく攻撃出来るほど感情が大人びているようには思えなかった。

 

(……首飾りを破壊したと同時に気を失った。やっぱりアレが原因だったのか)

 

 少女の首元の異物は既に失われていた。破壊されたときに完全に消滅したようで残骸の一つも見当たらない。

 

(欠片でも残っていれば何か手がかりになったんだろうけど。あれも一つのアイテムとして機能しているという事か)

 

 ふと。考え事をしていると気が遠のいている自分に気付く。肉体的な疲労は極力抑えられいても精神的な疲労が限界を迎えているらしい。

 

「そうだった。俺は宿に帰ろうとしてたんだった。彼女をこのままにしておく訳にもいかないし、また戻ってくるのも……。背負って行くしかないか」

 

 「ちょっと失礼して……」背中におぶるため少女を抱えようとする。想像以上に()()()()()感触に心臓がどきりと音を立てた。

 短めのスカートから覗かせるもちりとした太もも。しなやかですべすべとした細腕に、そこはかとなく柔らかな香りを放つ項(うなじ)。加えてあどけなさを感じさせる整った顔が彼の真横へとうな垂れてくる。

 

 空の心臓がはち切れそうだ。理性を保つのがこれほどまでに苦しいものとは思いも寄らなかった。

 声に出さずに歩き始めたセムの足取りはぎこちない。足を地に着けるたびにふた房の膨らみが背中を押す。顔を強張らせて必死に無心を貫く彼は、先のどの戦いよりも緊張しているように思えた。

 

 

 

 

 

 ガラガラガラリ。

 鉄製の車輪が野道を渡りきり、気が付けば見慣れた色鮮やかな門がセムを見下ろしていた。

 

「よぉ、着いたぜ兄ちゃん! 南西門で良かったんだろ!?」

「はいそうです。わざわざありがとうございます」

 

 横たわる少女を再び担ぎなおす。疲れが浮き彫りになった今では高揚の兆しも見られない。とにかく今は早く眠りたいと、動く事を拒もうとする体に鞭を振るう。

 

 

 

 少女との交戦を終えた後、セムは彼女を背負って森の出口へと向かっていた。マップを見ながらモンスターに遭遇しないよう気を配る。疲労困憊の中彼女を抱えたまま戦うのは厳しい物があった。

 

「うー……重い。あと少しで出口だ~……」

 

 少女が聞いていたら引っ叩かれそうな発言も今は誰も咎めはしない。渋色の幹が織り成す迷路の先に光が広がり始め、最後の力を振り絞るようにその場所へと急く。マップなどもう見る必要は無い。何故なら、彼らを阻むものは既にな――

 

「うわっ!? だだ、誰だっ! 何者だお前たち!?」

 

 ――いと思われていたのだが、彼らの行く道を阻む男が一人。セムも突然現れた男に目を丸くするが「あっ!!」と叫ぶなり自分が何をしでかしたのかを理解した。

 

(し、しまったぁ! 今この森は街の防衛隊に封鎖されてたんだ!! どうしよう、彼女を連れて逃げるのは難しいし、何よりもう体力が……)

 

 思わずがくりと膝を垂れる。少女を振り落とすような事はなかったが、脱力感はセムの体を支配しきっていた。少しでも休まなければもう一歩も動く事など出来そうになかった。

 

「も、森はもう危険では無くなりました。先ほどダンジョンの主を倒しましたので……」

「な、何だって……!? まさか、兄ちゃんたちだけで森の主を仕留めたってのか!?」

「……も、もう駄目だ、疲れすぎて――――」

「お、おい!」

 

 セムは力尽きて前から倒れこんでしまった。少女は未だに目を覚ます気配も無くうーうーと唸るセムに圧し掛かっている。

 得体の知れない二人組みは見たところ冒険者。実力の程は定かではないが、つい先日も物凄く強い冒険者が森へ現れたのはこの隊員も知るところだ。ひょっとすると彼らこそ、その噂の冒険者たちなのでは無いだろうか。

 

「とにかく放っておく事はできねぇ。ほら兄ちゃん、しっかりしろ! とりあえず馬車で休ませてやるからもうひと踏ん張りしろ、男だろ!」

「ど、どうもご親切に……」

「しかし酷い怪我だ……。どうする? ニューバで良ければ連れて行ってやるよ! どの道こんな怪我じゃここでは手に余るぜ」

「ひ、一晩寝れば治ります。街に宿泊している宿があるので、そこまで連れて行ってくれさえすれば……」

「一晩寝れば、ね。流石は冒険者って所か。……良し来た! 直ぐに連れて行ってやるからくたばるんじゃねぇぜ! しっかし、この姉ちゃん重いな?」

 

 

 二人を肩で引きずるように、防衛隊員の男は馬車へと二人を乗せるなり街へと駆けだした。途中で意識を失いかけたセムも、度々小石に蹴躓く揺り篭はお世辞にも乗り心地が良いとは言えず、数度に渡る頭部へと衝撃に目を覚ました。

 心なしか馬車に乗る前より体のあちこちに痛みを感じる……。不信感を覚えた彼は頭をさすりながらステイタスメニューを開いた。

 

(……何か、知らないうちにダメージ受けてるんだけど)

 

 頭をぶつけた時に僅かながら負傷していたらしい。馬車に揺られて体力が尽きるなど笑い種にしかならないなと、苦笑するセムにはしかし幾分か余裕が見て取れた。

 何はともあれ。こうして二人は男の操縦する馬車に揺られ無事街へと戻る事が出来たと言うわけだ。

 

 

 

「礼を言うのはこっちさ! 森を鎮めてくれたんだ。おかげで防衛隊の誰一人も怪我人が出ずに済んだ。本当は宿まで送っていってやりたいんだが……」

「そう遠くはありませんからお気遣いなく。ここまで送ってくださって感謝しています」

「そうかい、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ。この後もすぐ大隊長に報告しなくちゃならないからよ。……それじゃあな兄ちゃん。また近いうちに会うかも知れないが、その時はよろしくな!」

 

 ニューバの街まで送り届けてくれ男は再び馬車を走らせる。彼は大隊長とやらが居るのであろう北門へと馬を進めていく。何でも大隊長とやらに今回の事柄についての報告書を提出するのだそうだ。

 男はとっくに二人へ背を向けていたが、それでもセムは空いた片手を大きく振って、隊員の姿が見えなくなるまで見届けていた。

 

 

 陽が沈み往くは逢魔が時。月の門出に明光の門はゆっくりと降ろされ、それに連なりセムの瞼門(けんもん)も固く閉ざされようとしていた。

 

(あと少しだ……あと少し……!)

 

 背中に掛かる重圧は一歩また一歩と進む毎に増している、ような気がした。目的地を目前にすると気が緩むせいだろうか。この()()が終わったら死んでも良いと、心にも思っていない言葉が頭の中を埋め尽くす。

 まるで老人のようなセムの歩みと腰の折れ具合に周囲の人々も怪訝そうだ。負ぶう少女はそこまで重いのだろうかと、汗を顔中に貼り付けた彼に同情する者までいる始末。しかしセムに少女を配慮する余裕など無かった。

 

「や、やっと……着いた……!」

「お、お兄ちゃん!? どうしたの!?」

 

 小刻みに震える手を差し伸べ、赤錆びた玄関の扉を今開かんとする。ギリリと開けた光の先では、屋外に異変を感じた少女がタイミング良く取っ手を引いていた。

 思わぬ引力にそのまま地べたへと倒れこむ。今日だけで何度土の味を味わった事であろうか。口の中をじゃりじゃりとさせながら、セムは少女に手を貸してくれるよう懇願する。

 

「やぁただいま……。申し訳ないんだけれど、誰か手を貸してくれる人を呼んでもらえるかい……」

「わ、わかった! 今急いでお父さんを呼んで来るね!!」

 

 そう言うとすぐさま家の中へと引き返し、台所で夕食を拵えているであろう父を呼びに行った。

 少女がその場を離れて直ぐ、「何だ、どうかしたのか」騒ぎを聞きつけた何者かが二階から降りてくる。全身黒尽くめの服装が特徴的な冒険者……ヘイムだった。

 

「な……っ! せ、セム!? どうしたんだ一体!」

「へ、ヘイムさん……良かった、まだいらっしゃったんですね」

「その様子からするとやはり森へ向かったんだな。無事とは言え無そうだが……と、とにかく良く戻ってきた! 先ずは上で休もう。私が肩を貸す、掴まると良い」

 

 ヘイムはセムと少女の肩を担ぐと軽やかに歩き始める。人間二人に体重を掛けられても平然としている彼は随分と力が強いようだ。

 

「お父さん、早く早く! お兄ちゃんが大変なんだよ!」

「セム君! どうしたんだ、随分と酷い怪我じゃないか!」

 

 ヘイムが少女をベッドに寝かせ続いてセムもそこへ腰掛けると同時、少女と宿屋の主人が二階へとあがって来た。腕に抱えた箱は救急箱だろうか、包帯や消毒液らしき入れ物が目に映った。

 

「お構いなく。一晩眠れば直ぐに元気になりますから」

「し、しかしそんな大怪我で……」

「本当に大丈夫ですから。で、すから、今日は、もう……眠かせ、て…………」

「お、お兄ちゃん?」

 

 意識を失うのは一瞬だった。パタリと倒れこんだセムの頬を少女が軽く突いてみる。が、事切れたように目を瞑る彼はピクリとも反応しない。寝息を発しているため死んでしまった訳でもなさそうだ。

 

「相当疲れていたようだ。明日の朝に起きるかも怪しいな」

「しかし隣で眠る少女は一体何者だ? ひょっとしてこの娘が昨晩彼の話していた仲間なんだろうか」

「ふぅむ……とりあえず私も彼に色々と聞きたい事がある。また明日、彼が目を覚ますのを待つとしよう」

 

 ヘイムたちは二人を起こさぬよう静かに部屋を出て行った。糸の切れた人形の様な彼らが、ちょっとやそこらの物音で目を覚ますとも思えなかったが。

 

 二人の寝顔は穏やかで、憑き物でも落ちたかのような安らかな表情を浮かべていた。静寂に満ちた部屋を煩わせるは二つの吐息、今宵の双子月もまた寄り添うように。窓から差し伸べた月明かりは無辜なる男女を照らし出していた。

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