西風騎士団のワーカホリック侍   作:POTROT

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11話

 西風騎士団のワーカホリック侍と呼ばれる俺であるが、実を言うと本はあまり読まない方だ。

 その理由は実に単純で、単に時間が無かったからと言う一点に尽きる。

 幼少期はずっと鍛錬か家の手伝いだったし、大人になってからはそれに加えて仕事と趣味。

 まぁ、教養のためにと勉強の時間に何冊か読まされてはいたが、それ以外に本なんて読んでる暇など無かったわけである。

 

 その為、俺は稲妻における本の支配者たる『八重堂』とはほぼ無縁だった。

 あったとして、精々が著作権侵害だの何だのと言ったゴタゴタの仲裁、裁判くらいである。

 とは言え、俺が行く前に編集長にして経営者たる大宮司様が大体何とかしてしまうので、俺がする事は特に何も無かったのだが。

 

 しかし、そんな中でも『八重堂』絡みで厄介な事件に巻き込まれた事があった。

 簡単に言えば、『八重堂』の出版する『とある小説』があまりにも人気過ぎたが故に、八重堂前にその新刊を求める客が殺到してしまったのである。

 

 特にその初回は凄まじかった。

 あまりの熱気に当てられて日の病を患う者や、気絶する者が出る中で、スリと暴行の大量発生。

 俺が全力で事にあたっても効果があまり見られず、遂には九条政仁様が指揮を取られる事態にもなったのだ。

 同じく『八重堂』が行う『御建鳴神主尊大御所様像(みたけなるかみのぬしおおごしょさまぞう)』販売ですら、その様な事は無かった。

 この大繁盛は、正しく異常事態であったのだ。

 

 流石にこの事を重く見た天領奉行は、その次からは新刊発売の一月前から奉行所に報告させ、大事が起きないよう予め奉行所の人員を配置し、並び列を作ると言う事で何とか解決したものの、その事件が多くの奉行所役人の心に、大きなトラウマを植え付けたのは間違い無いだろう。

 

 しかし、その小説の題名は何と言ったか。

 確か『転生』と『スライム』と言う単語は入っていたと思うのだが……

 

 いや、そんな事は後でも良い。

 今ここで問題なのは『八重堂』の前に設置された、巨大な宣伝の看板。

 そこに描かれた、『拳一つ分も無い距離で見つめ合う俺と将軍様』だ。

 

「………………………………………」

 

 絶句である。

 空いた口が塞がらないとは、正にこの事か。

 

「おい、さっさと前進んでくれよ」

「……あ、ああ、すまないな…………ッ!!?」

 

 そんな具合に凍結反応を起こしていると、どうやら前が既に進んでいたようで、後ろの客に文句を言われてしまう。

 そうして前に進もうとする俺だったが、その時、看板に書かれた作者の名が俺の目に映った。

 

『著:八重堂編集長』

 

 もう意味がわからない。

 何をやっておられるのですか大宮司様。

 貴女様が愉悦至上主義者的な部分がある事は十分に承知の上ですが、それにしたってやっている事が不敬この上ありませんが?

 

「……あの、大丈夫ですか?」

「お、あ、ああ」

 

 と、水上での氷元素生物との戦が如く連続で凍結反応を起こしていたら、いつの間にか俺の番が回って来ていたらしい。

『八重堂』の店員が、訝しげな目で此方を見ていた。

 

「すまないな。稲妻の文学の奥深さを体感していた」

「はぁ……では『雷切物語』は初巻からお買い求めになりますか?」

 

 咄嗟に誤魔化すが、明らかに変な奴だと認識されてしまった。

 いや、仕方がないだろう。誰だって知らぬ間に自分が国の頂点とラブロマンスしてたらこうなる。

 

「……あー……今は何巻出ているんだ?」

「全五巻になります」

「では全て買おう。5000モラで足りるか」

 

 鞄から財布を取り出し、モラを支払う。

 

「はい、ではこちら『雷切物語』五巻分と……お釣りです」

 

 と、目の前に5冊分の俺と将軍様が至近距離で睦み合っている表紙が示された。

 どれもこれも、俺の記憶に無いものばかりだ。

 思わず表情筋が引き攣りそうになるが、必死に耐える。

 

「では、毎度有り難うございました」

 

 紙袋に包まれたそれを持って足早にその場を立ち去り、階段を降りた所にある休憩所へ急ぐ。

 そして、辺りに人が居ないことを確認して、買った『雷切物語』とやらの表紙を捲る。

 

 

 

 

 序

 

 彼の英雄がこの地を離れ、二年もの月日が流れた。

 地を割り海を裂き天を断ち、果ては鳴神をも斬った、生ける伝説の辞去。

 其れが稲妻に与えた影響は、未だ記憶に新しい。

 

 大切な物は消えて初めてその重さに気付くとはよく言われているが、此度の件は其れが実に顕著に現れたと言えよう。

 野には宝盗の賊どもは蔓延り、道には浪人どもが闊歩するようになり、同時期に出された目狩り令や鎖国令によって、町や村も混乱に包まれ、抵抗軍も生まれてしまった。

 果たして目狩り令と鎖国令が彼の者の辞去の影響かはさておき、彼の者の不在から、こうも目に見えて稲妻が変貌してしまった。

 最近では落ち着いて来たとは言え、当時の動乱模様は忘れられぬだろう。

 

 聞く所に依れば天領奉行と社奉行は、未だ切迫した状況が続いているらしい。

 とある天領奉行の重鎮は、毎月のように鳴神大社へ参拝しに来るのだが、その時に聞いた話であれば、事務仕事が回らない、賊が多過ぎて人員が足りない、彼の者一人で事足りていた所為で訓練が追い付かないと、これまた我々が如何に彼の者に依存していたかが解る。

 

 さて、では本題に入るとしよう。

 彼の者がこの地を離れた理由が、以前より噂として様々な形を取り語られている事は、誰もが知ることだろう。

 

 彼の者は目狩り令に反発し、稲妻を去った。

 彼の者は将軍と不和となり、稲妻から逃げた。

 彼の者は狭い稲妻に嫌気が差し、稲妻を捨てた。

 

 この様な、実に『それらしい』理由が推測され、まことしやかに囁かれているのである。

 しかし、鳴神大社の大宮司として、其れらは全て真実では無いと断言しよう。

 

 彼の者はそう、偏に愛故にこの稲妻を去ったのだ。

 

 彼の者は、雷電将軍を愛していた。

 だが、彼の存在は、稲妻にとってあまりに大きく、しかし脆かった。

 彼の者は、飽く迄も人間であり、老いもすれば、病にも侵される。

 其れを、彼の者は重く承知していたのだ。

 

 其れ故に、彼の者は修行の旅に出たのである。

 人の身を捨て、永遠と共に歩むが為に。

 鳴神と共に、稲妻の行く先を永久に見守り続ける為に。

 

 此処から語るは、彼の者が稲妻で過ごした、最後の一夜の記録。

 将軍と英雄の、一夜限りの逢瀬である────』

                                

 

 

 そこから続く俺と将軍様の存在しないラブロマンスは、実に納得が行かないが普通に面白かった。

 流石は大宮司様と言うべきか。編集長をやるだけあり、相当な文才をお持ちらしい。

 それはそれとして、本当に納得が行かないが。

 

 しかし、この本を読んだ価値はあったと言えよう。

 この本のおかげで、ある程度の稲妻の現状が把握できた。

 抵抗軍の出現や、稲妻の中での俺の脱走の扱い、雷電将軍の現在。

 

 そして、俺の像の建設理由だ。

 この本によれば、俺が俺の不在を不安に思い、それに対して将軍が「では、貴方の像を建てましょう。稲妻を守護する剣士は、常に民を見守っていると」と答えたから、とのことらしい。

 勿論のことだが、これも捏造である。

 

 内容についての文句は無限にあるが、この辺の情報については大宮司様に感謝しなくては。 

 これで、俺がこの稲妻で注意せねばならない地雷は大体把握できた。

 

 ……しかし、そろそろ旅人達が戻って来る頃だろうか。

 先に彼女達と合流して、情報を共有しておいた方が良いだろう。

 さて、厄介事に巻き込まれていなければ良いのだが…………

 

 





『雷切物語 一巻』

 八重神子が書いたヨシノリと雷電将軍のラブロマンス。浜辺を共に歩く二人が書かれている。
 ヨシノリ曰く、完全に捏造らしい。
 
『雷切物語 二巻』

 八重神子が書いたヨシノリと雷電将軍のラブロマンス。鳴神大社を共に参拝する二人が書かれている。
 ヨシノリ曰く、殆どが捏造らしい。

『雷切物語 三巻』

 八重神子が書いたヨシノリと雷電将軍のラブロマンス。二人の別れが書かれている。
 ヨシノリ曰く、八割近くが捏造らしい。

『雷切物語 四巻』

 八重神子が書いたヨシノリと雷電将軍のラブロマンス。その前日譚が書かれている。
 ヨシノリ曰く、三割は事実らしい。

『雷切物語 五巻』

 八重神子が書いたヨシノリと雷電将軍のラブロマンス。その前日譚が書かれている。
 ヨシノリ曰く、四割は事実らしい。


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