西風騎士団のワーカホリック侍たる俺に、嫌いなものはあまり無い。
稲妻に居た頃はどちらかと言うと選り好みの激しい方だったのだが、どうやら璃月での生活と二度の逃亡生活は、俺の感覚を変えるには十分だったようだ。
璃月生活の初めの頃は金が無かったし、逃亡生活中は店なんて行けるわけがないしと、その辺に生えているスイートフラワーやミントを始め、ラズベリーや夕暮れの実、果ては絶雲の唐辛子や虫をも齧らねば生きていけないような時期もあったので、当然と言えば当然なのだが。
しかし、そんな俺にも稲妻の頃から変わらず苦手な物がある。
それこそが氷神の治める国『スネージナヤ』の暗部にして、侵略部隊たる『ファデュイ』だ。
表向きは外交官だが、そんなものはただの体裁に過ぎない。
俺の居た三国全てにおいて厄介事の種として暗躍する、正真正銘のろくでなし共だ。
俺はそんなファデュイが、忌々しくて仕方が無い。
どうやら高尚な目的があるらしいのは見て取れるが、それにしても手段が最悪なのだ。
特にファデュイのトップである『執行官』達はそれが実に顕著だ。
モンドでは『博士』が民衆を連れ去ったり『淑女』が暴れたりと色々しでかしてくれたし、旅人から聞いた話だと、璃月で魔神を復活させたのも『執行官』の『公子』らしい。
ここでタチが悪いのは、連中が民衆からある程度の支持を得ている事だ。
『北国銀行』は世界各国で様々な人達が預金していたり金を貸りていたりと頭が上がらないし、『博士』なんかは魔龍ウルサの退治の功績があるため、何も知らないモンド人にとってのファデュイはただの『良い人達』に見えているのだ。
そしてこの国でも、ファデュイ共の暗躍の影がもう既に露出している。
実は離島を出る時にちょっとしたゴタゴタがあったのだが、その時に問題となったのが『晶化骨髄』と呼ばれる鉱石だ。
これは稲妻における祟り神────蛇神オロバシの力を秘めた結晶であり、数年前よりスネージナヤが独自のルートで集めていた代物なのだが、これを勘定奉行が税として徴収していたのだ。
しかも、極めて悪辣な方法で、だ。
仕組みはこうだ。まず勘定奉行の息がかかった者がヤシオリ島から晶化骨髄を回収する。
そしてそれを一人の商人にわざと独占状態を作らせ、納税のために晶化骨髄を買わざるを得ない商人達に高額で売らせて、その利益を徴収。
最後は税として納められた晶化骨髄を、ファデュイに高額で売る。
これを繰り返す事によって、勘定奉行は大きな利益を得ると言う寸法だ。
幕府に上納する税は定額で良いので、晶化骨髄の値段を吊り上げれば吊り上げるほど懐に入るモラは多くなる。
まさにローリスクハイリターン。実によく出来ていると言えよう。
それを行なっているのが行政機関では無く、その裏にファデュイの影が見えていなければ。
まず間違いなく、ファデュイの狙いは晶化骨髄だ。
勘定奉行に甘い汁を吸わせる事で、それに味を占めた勘定奉行は晶化骨髄のルートを確かなものにしようとする。
しかも勘定奉行は行政機関なので、外部からそれを邪魔される事はまずない。
これによって、ファデュイはより低いリスクで、より確実に晶化骨髄を手に入れられる、と。
先程も言ったが、晶化骨髄は蛇神オロバシの力の結晶。
ファデュイがそれを利用して何をしようとしているのかはわからないが、ろくでもない事であるのは確かだ。
この様子だと、綾人坊の社奉行はともかく天領奉行も怪しい。
かつて俺が勤めていた部署を疑うのは気が引けるが、天領奉行は三奉行の中でも軍事に大きく関係している部所だ。
もし俺がファデュイであったならば、勘定奉行の次は天領奉行を懐柔しようとするだろう。
早急に調査を行い、何とかしたいところだが、残念ながら今の俺ではどうする事も出来ない。
綾人坊か裟羅様、鎌治様あたりと運良く二人きりの状態で会えればいいのだが、それぞれの立場的にそれも難しいだろう。
口惜しいが、俺は故郷が蝕まれて行くのをただ見守るしかないのだ。
「おーい! グロームー!」
「む」
そんな事を考えて『千手百目神像』の前で項垂れていると、旅人とパイモンが戻って来た。
「どうしたんだ? 何か思い詰めてたみたいだけど」
「いや、何。久々の稲妻に少々思う事があってな。気にする事はない。それよりも、そちらはどうなった。奴には会えたのか」
「『白鷺の姫君』に会う事になった」
「………………綾華嬢、か」
かつての弟子の顔を思い浮かべる。
社奉行の頂点、神里家の令嬢。
成程、確かに彼女と会えれば、将軍様への謁見も見えてくるだろう。
しかし、だ。
「……確実に巻き込まれるだろうな」
離島にて、トーマは『目狩り令』廃止の為に、雷光に立ち向かう者が必要だと言っていた。
そして、旅人にその役を担って欲しいとも。
旅人はそれを強い口調で断り、トーマはそれで引き下がったが……
神里家についてよく知っている俺から言わせて貰うと、あそこでトーマが引き下がったのは、最終的に綾華嬢が何とかしてくれると理解していたからだ。
綾華嬢は一見お淑やかな少女に見えるし、実際そうなのだが、滅茶苦茶に強かなのだ。
いや、強かと言うより、頼みを断る事が出来ない、と言った方が良いか。
俺が剣術を指南していた時にも遊んで欲しいとか色々頼まれて、その度に断っていたのだが、最終的に何故かしっかりと頼まれていた通りになっている。
今回も、そうなる可能性は高いだろう。
「でも、他に方法が無い」
「まぁ、それもそうなのだがな」
実際、現状において旅人の立場はその辺の平民よりも圧倒的に弱い。
それこそ、綾華嬢クラスの人間の助けでも無ければ、将軍様への謁見はまず無理だ。
「……まぁ、それは良いとして、私はどうする。お前が良いと言うのなら同行したいのだが」
神里家であれば、綾人坊に会える可能性もある。
上手く綾人坊と接触出来れば出来る事も増えるし、何より安全域を確保できる。
綾華嬢やトーマにバレると色々面倒な事になるだろうが、そのリスクを冒してでも綾人坊とは接触を試みる価値があるだろう。
「おう、良いぜ! 一緒に行こう!」
「心強い味方は大歓迎」
「よし、それでは決まりだ。神里府へ行くぞ」
カツカツと音を立て、足場を渡り城下町へ。
階段を下って畑の方に出ると、そこでトーマが待っていた。
「お、来たね。……あれ、学者さんも来るのかな?」
「ふむ、邪魔だったか?」
「いやいや、そう言うわけじゃ無いよ。むしろ……あー……まぁ、取り敢えず行こうか」
トーマが先導して道を歩き出す。
……しかし、さっき「むしろ」と言ったよな。
俺が向こうに行って好都合な事が何かあるのか?
正体に気付かれている、と言うわけでは無いはずだと思いたいが……
内心で嫌な予感を覚えつつ、幾つかの川を越え、山道に据えられた鳥居を潜って行くと、懐かしい屋敷が見えて来た。
「此処が神里府だ……っと、申し訳ないが、学者さんはちょっと待っていて貰えないか? すぐに戻って来るから」
そう言って俺を中庭に立たせたトーマは、旅人を連れて屋敷の中に入って行った。
残されたのは俺と、神里家の守衛数人。
「…………」
警戒されているな。
旅人と違って俺はただの怪しい奴なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが、それにしても視線が鬱陶しい。
視線の主は、恐らく忍者か何かだろう。
この酷く希薄で、掴みづらい気配は、忍者の里の者の持つ独特なものだ。
出来れば綾人坊に会いたかったが、どうやら難しそうだ。
念のため『雷切物語』を開いて気付いていないフリをしつつ、戦闘の準備だけはしておく。
……しかし、この忍者達、強いな。
練度は高い。統率も取れている。そして恐らく神の目持ちも居る。
特に縁の下に隠れている奴は強い。
夜蘭さん程では無いだろうが、かなりの手練だ。
と、そんな風に周囲の気配を探って忍者達の評価をしていると、旅人達が戻って来た。
「……その様子だと、やはり巻き込まれたようだな」
「断ろうとしたら、とある三人の事を見て来いって言われたぞ。判断するのはそれからにして欲しい、って」
「そうか……で、見に行くのか? それなら……」
「おっと、ごめんよ」
私も行こう、と言おうとしたところに、トーマが割り込んで来る。
「学者さんは、稲妻に植生の調査に来たんだろ? なら、俺が良いところを知っているんだ。ちょっとついて来てくれないか?」
「……………」
怪しい。
明らかに怪しい。
これに乗ったら確実に面倒な事になる。
と言うかコイツ、もう俺の事に気付いてるんじゃないだろうな?
……まぁ、何にせよだ。
「申し訳ないが、俺は旅人と同行させてもらおう」
「まぁまぁ、そう言わずに。稲妻でも珍しい植物が群生している場所だって知ってるんだ」
「旅人には俺の護衛も頼んでいる」
「それなら、俺が代わりになるよ。これでも俺は神の目を持っているし、槍だって使える」
駄目だ、引く気がないぞ、コイツ。
視線で旅人に助けを求めるが、返って来た返事は「私は大丈夫」というもの。
違う、そうじゃないと叫びたかったが、そういう訳にもいかない。
「……わかった、ついて行こう」
「よし! それじゃあ行こうか。じゃあ旅人、また後でね」
これは従うしかないと悟り、旅人と別れてトーマについて行く。
すると、屋敷の中の忍者達の気配も動き始めた。
……はぁ、嫌な予感しかしない。
テストとかラグビーとか色々あって遅れてしまった! 申し訳ない!
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