西風騎士団のワーカホリック侍たる俺にとっての家族は騎士団の面々であるが、やはり『本当の家族』となると、稲妻の肉親達の顔を思い浮かべてしまう。
厳格な父、それ以上に厳格な母、聡明な兄と努力家な妹。
俺が奉行所に勤め始めたり、妹が嫁に出たりと、俺達が大人になってからはあまり顔を合わせる機会も無かったが、それでも年に一度、正月の日には皆集まって、鳴神大社の参拝に出たものだ。
「はッ……ふぅ……な、懐かしいな……」
疲弊した体に鞭を打って大社への参道を登って行くと、思い出が一気に蘇ってくる。
そうだ、所々が崖のようになっていたり、崩れていたり、橋が壊れていたりと、当時から散々な様子だった参道を、父が出した水を俺が凍らせて、足場を作りながら進んで行ったのだ。
そうしてその後ろを初詣が目当ての一般人達がぞろぞろと着いてくるものだから、一時期は梅山行列なんて呼ばれて……
っと、駄目だ駄目だ。今は感傷に浸っている場合ではない。
あの忍者達が俺に迫って来るのは時間の問題なのだ。
一刻も早く、少しでも安全で、雷元素の濃い場所に移動しなければならない。
今俺が思い描いているのは、大社の南側に浮いている浮島の群。
浮島は浮島でも、文字通り空に浮いている浮島だ。
あの場所であれば風の羽を使えば安全に行く事ができるし、雷櫻の枝や、雷元素を纏った建造物が生えている島もある。
しかも神里の屋敷からは死角にもなっているので、あの場所であれば暫くは耐えられるだろう。
「……ぐっ、ふぅ、はぁ……!」
しかし、やはり疲弊し切った体にこの参道は些か厳しい。
あの奥義を使ってから、何度も走ったり崖を登ったりを繰り返したので、既に俺の体力は底を突きかけている。
万全の状態であったのならばこの程度はスルスルと登って行けるはずなのだが、今の俺にそんな事が出来るはずもなく、地道に移動していくしかない。
「ッ……ぐぅッ!」
やっとの思いで崖を登り切るも、眼前に聳えるは第二の崖。
ここを登り切れば目的地はすぐそこであるとは言え、流石にこれは心に来るものがあると言うものだ。
「……ええい!」
ここいらで一休みでもしようか、なんて思いが湧き出て来るが、それを気合いで一蹴して崖を登り始める。
神の目の保持者による崖登りは、崖を掴むと言うより、崖に張り付くと言った方が近い。
恐らく元素力が関係しているのだろうが、崖に手と足の先を着けると、ピタリと体が崖に固定されるのだ。
これは崖だけでなく壁や木でも一緒で、一切固定なんて出来ていないはずの体勢でも、何故かピタリと固定されるので、どんなものでも身一つで登る事ができる。
「ふぅ……ッ!」
ただ、元素力を使う分はしっかりと疲れるし、道具でも使わない限り途中で休憩も出来ないので、決して楽では無いのだが。
「ぬぅ……らぁッ!」
最後の力を振り絞り、崖を登り切る。
「ぜぇ……ぜぇ……げふっ、げふっ」
「おお、見事」
「……?」
体を持ち上げ、膝が崖の上についた途端、糸が切れたように体が脱力する。
立ち上がるだけの力も湧かず、地面に這いつくばって息を整えていると、真上から声がかかる。
一体誰だと少し顔を上げてみると、目の映ったのは黒い木台に赤の装飾が拵えられた草履と、透き通るような白い足。
「……はぁッ!?」
ほんの一瞬の時間を置き、俺はその人物が誰であるのかを理解すると、体の疲れも忘れてバッと体を起こした。
「そう驚くでない、異国の者よ。此処は鳴神大社の参道。巫女くらい一人や二人居ても、何らおかしくはないじゃろう」
すると、やはりそこに居たのは薄い桃色の髪に巫女装束のような服を纏った絶世の美女、八重大宮司様その人であった。
彼女はその紫色の瞳を細め、こちらを興味深そうに見下ろしているが、どうやら俺の事には気付いていない様子。
「いや、ごほッ……申し訳ない。そう言うわけではなく、登った先に人の足が見えたもので、つい……」
「そうか、ならば仕方なかろう。ほれ、妾に付いて来るが良い」
「え? いや、私は……」
「参拝に来たのじゃろう? ん?」
そう言って首を傾げる大宮司様。
確かに、わざわざこんな場所にまで登って来る人間など、参拝客くらいしか考えられないだろう。
しかし、今は参拝などしている場合ではない。
流石の忍者達も神社の中では何もしてこないだろうが、それはこちらとて同じ事。
その間に応援を呼ばれたりでもしたら、目も当てられない。
取り敢えず、此処はどうにかして乗り切ろう。
「ああ、いや、私はモンドのグロームと言う学者でして、植生の調査をしに来ただけで、参拝に来たと言う訳では無くてですね」
先程のスケッチを取り出し、八重大宮司様に見せる。
すると大宮司様はそれを手に取ると、ペラペラと他のスケッチも見始めた。
「ふむ、よく書けておるのう」
「いえいえ、まだ未熟ですとも」
「では、妾に付いて来るが良い」
「え、いやいやいやいやいや」
スケッチを持ったまま踵を返し、大社へと向かおうとする八重大宮司様を引き止めると、大宮司様は不満げにこちらを見遣る。
「植生の調査なのじゃろう? ならば神櫻は観ておくべきじゃ。それに、そのようなザマでまともな調査が出来るわけがなかろう。茶の一杯くらいならこちらで出してやろう、参拝ついでに休んで行くがよい」
「あー、しかし、私はどうもこちらの国の礼儀作法には疎くてですね、無礼な事をしてしまうやも……」
「気になどせぬ。稲妻人ですら知らぬ者が多いのじゃ。異国の者の礼儀作法にそう目くじらを立てていては、むしろこちらの品格が知れようと言うもの」
「む、ううむ……あー……その……」
駄目だ、この人強い。
拙いな、どうするか。もうこれ以上参拝を拒む手札が無い。
こうしている間にも、時間は進んでいるのだ。
このままだと────
「……はぁ」
俺が良い案が思い浮かばず、曖昧な事を言いながら悩んでいると、不意に八重大宮司様が溜息をつく。
「……どうかされましたか?」
「匿ってやる、と言ってやっているのに、どうも察しが悪いのう、と思っただけじゃ」
うん…………………ほうほう………………うん………成程ね。
「…………いつからお気付きになられていたので?」
「妾がわざわざ此処まで出向いている時点でわかっている事じゃろう。最初からじゃ。麓であれほどの大爆発を起こして、数分もしないうちに此処まで登って来れる氷元素使いなど、坊や以外におらぬ。それに、ほれ」
八重宮司様が顔を指し示す。
「化粧、崩れておるぞ。それも盛大にな」
軽く自分の顔を触ってみると、指先がべったりと白くなる。
まぁ、気付いてみればそれもそうだとしか言えない。
あそこから此処まで、文字通り全力で来たのだ。汗くらいかいているに決まっている。
しかし。
「…………分かっていたのなら最初から言ってくださいよ……」
ガクリ、と脱力しながら文句を言う。
最初から分かっていれば、こうも苦労することはなかったと言うのに。
まぁ、どうせ大宮司様のことだ。そっちの方が面白いからとか、そう言う理由だろう。
「ふふっ……さあ、大人しく妾に付いて来るが良い、坊や。何せ五年振りじゃ。積もる話も多かろう」
「……ええ、付いて行きます。付いて行きますよ……付いて行きますからもう『坊や』は止めて下さい……俺ももう三十を超えたのですから……」
多少は回復した体力で立ち上がり、大宮司様の後に続いて参道を再び登り始める。
前方から聞こえて来る楽しげな笑い声を聞くに、どうやら『坊や』呼びはもう少し続きそうだ。
た だ い ま 。
色々頑張ってきたので感想と評価くれ。