西風騎士団のワーカホリック侍   作:POTROT

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モンドでの一幕

「おーい、居るかー?」

 

 モンド城内の片隅で、とある民家の扉がノックされる。

 

「……本当にここで合っているのか? 確かに、前まであった水元素の封印は解かれているが……」

「大丈夫だ。大家のゲーテにもしっかりと確認を取ってある」

「ならば良いのだが……」

 

 そう呟いたすぐ後に、中から返事が響いて来る。

 どうやら、その心配は杞憂だったらしい。

 

「はいはい、どちら様で────うわぁ」

 

 扉を開き、一人の少女が顔を出す。

 大きな青い三角帽を被り、所々に星の意匠を施した、明らかに布が少ない服が特徴的なその少女は、扉の前にいる面子を見て、思わず声を漏らした。

 それもそのはず、何故なら、彼女の家の前に集まっていたのは────

 

「西風騎士団の代理団長に、ガイア・アルベリヒ、ディルック・ラグヴィンド……それに、サイリュス支部長まで……モ、モンドきっての重要人物達が、私に一体何の用なのですか? い、一応先に言っておきますけど、私がここに住んでいるのは、正式な契約によるもので、家賃だって……」

「ああ、安心してくれ。別にアンタを追い出そうってわけじゃないんだ、アストローギスト・モナ・メギストス。ただ、ちょっと色々あってな……詳しくは中で話してもいいか? ここだと、目立ちすぎちまうからな」

「え、ええ、別に構いませんが……」

 

 モナが扉を開き、その後に続いて四人は家の中に入って行く。

 家には五人分の椅子こそ無いものの、五人が入っても窮屈には感じない程度の広さだ。

 最後の一人が入ったのを確認してからモナは扉を閉める。

 

「……さて、まずは自己紹介だな。知っての通り、俺はガイア・アルベリヒだ」

「西風騎士団の代理団長を務めている。ジン・グンヒルドだ。よろしく頼む」

「ディルック・ラグヴィンド。知っての通りだ」

「あー、サイリュスだ。冒険者協会の支部長だな」

 

 騎士団の二人が率先して名を名乗ると、それに続いて二人も名乗る。

 

「これはどうもご丁寧に。私はアストローギスト・モナ・メギストス。偉大なる占星術師モナ、と言う意味です。長いのでモナと呼んでください。……さて、それでは話を聞かせてもらってもよろしいですか? 少なくとも、只事では無さそうな雰囲気ですが」

「……単刀直入に言おう。とある人物を占って欲しい」

 

 モナの質問に、ジンが酷く真剣な表情で答え、サイリュスに目配せする。

 サイリュスはそれを受けると、懐から一枚の紙を取り出して、モナに手渡した。

 

「これは西風騎士団からの正式な依頼だ。報酬については、これを確認してくれ」

「は、はぁ……しかし、私は占いでモラを受け取りたくは無いのですが……」

 

 彼女は自身の「水占の術」に誇りを持っている。

 そのため、彼女はそれをモラ稼ぎのために使う事を、決して良しとしない。

 事実、モナは頼まれれば占いを無償で行っている。

 だが、今回ばかりは事情が違った。

 

「おっと、勘違いしないでくれよ? それは『占い料』じゃない。『口止め料』だ」

「く、『口止め料』……? あ、貴方達は、私に何を占わせるつもりなのですか?」

 

 事もなさげにガイアが言った言葉に、モナの顔が青ざめる。

 モナはジリ、後退ると、いざと言う時にすぐに脱出できるよう身構えた。

 そんなモナに、ジンは重々しく告げる。

 

「今回占って欲しいのは……ヨシノリさんだ」

「ヨシノリ……ワーカホリック侍の梅山義徳ですか?」

「ああ、その通りだ。事の経緯を話そう。これは先日の話なのだが────」

 

 ジンは、先日にあった旅人との一件をモナに伝えた。

 

「……成程、そういう事でしたか……しかし、そう言う事ならば、何故このような事に? 彼の事を信頼しているのならば、十日間待てば良いではないですか。何もこんな大物達を引き連れて占いに来る事では無いと思うのですが」

「ああ、すまんすまん。実は今回、お前に頼ろうと言ったのも、この面子を集めたのも俺なんだ」

 

 ひょい、とガイアが手を挙げる。

 

「チッ」

 

 すると、後ろで腕を組んでいたディルックが露骨に舌打ちした。

 

「おいおい、酷いじゃないか旦那様。確かに誘ったのは俺だが、付いて来たのはお前だろ?」

 

 ガイアは後ろを振り向き、咎めるような目でディルックを見る。

 

「…………」

「だんまり、か。まぁいい。俺がコイツらをここに集めた理由だが、単純に『嫌な予感』がしたからだ。もしその予感が的中したなら、すぐに話し合いが出来た方が『お得』だろ?」

「……ま、まぁ、事情はわかりました。とりあえず、私は梅山義徳の直近の運命を占えばそれで良いのですね?」

「ああ、構わない」

 

 ジンが首肯する。

 

「わかりました。それでは、早速……」

 

 モナが空中に、一枚の円盤を作り出す。

 彼女が使う水占式の占星術における必須道具、水占の盤だ。

 星空は人の運命を映し出す。となれば、水面に映った偽りの星空を観測する事は、即ち運命を観測する事と等しい。

 常人にしてみれば、その原理の理解にすら及ばないだろう。

 しかし、彼女にとってのそれはただの常識。

 他人の運命の読解も、彼女にしてみれば赤子の手を捻るようなものだ。

 しかし。

 

「……あれ?」

「ん? どうかしたのか?」

「いえ、その……読めはするのです。彼の『命ノ星座』も読めはするのですが……」

 

 違和感。

 そう、違和感だ。

 確かに運命は読める。しかし、どうにも表現出来ないが、決定的な何かが違う。

 そんな感覚がべっとりと、体表に張り付いたように離れない。

 しかし、一体何が違う? 一体どこが────

 

「ッ!?」

 

 ずるり、と。星が溶ける。

 否、水占の盤に、星は確かに在るのだ。

 先程まで見ていた星は、確かに水占の盤の上に瞬いている。

 

 しかし、どうにもそれが読めない。

 より正確に言えば、それが星だと分かっているにも関わらず、それを星だと認識できない。

 水占の盤が星空を映しているのは見える。だが、星は見えない。

 こんな事は初めてだ。何がどうなっているのか、どうすれば再び見れるようになるのか、何一つとして判然としない。

 

 はぁ、とモナは溜息をつき、水占の盤を消して四人の方を向く。

 

「読めました。少しだけですが」

「少しだけ?」

「ええ、少しだけです。読んでいる途中で、急に星が認識できなくなりました。こんな事は初めてですが……取り敢えず、私が見えた限りをお伝えしますと、彼は遠くない未来、無数の熱望と執着の渦に囚われるでしょう。流石は灯火座。心からの安らぎと渇望される救いの象徴と言うべきでしょうか」

 

 モナがそう告げた瞬間、ピシリと部屋の空気が張り詰める。

 

「……ここに来て正解だったな」

「俺の勘も結構当たるモンだな……で? どうする?」

「……………どうするも何も無い。私は稲妻に向かう」

 

 ジンは拳を握り締めて過去の自分の浅はかさを呪いつつ、稲妻行きを宣言する。

 

「待て、君はダメだ」

 

 だが、それに待ったをかけるのはディルック。

 

「代理とは言え、西風騎士団の団長が通達も無しに異国の地へ武装して行く事の意味を考えろ」

「……ッ!」

 

 その言葉を聞いて、ジンは冷や水を浴びせられたような感覚に襲われる。

 異国の自治組織の代表が、通達無しに武装して外国との関係を遮断している自国に足を踏み入れて来た。

 それを稲妻の民が、自治組織が、雷神が、どう捉えるかは火を見るよりも明らか。

 即ち、戦争。

 それは、騎士団として絶対に避けねばならない事だった。

 ファルカ大団長が騎士団の八割を率いて遠征に出ている今なら、尚更だ。

 

「冒険者協会としても同じ意見だ。ヨシノリ君を手放したくないのは我々も同じだが、君がどうしても行くと言うのならば、冒険者協会は実力で君を抑える事も視野に入れなければならない」

「旅人がいる以上、相当酷い事にはならないだろうが────船は僕が用意しよう。幸いな事に、稲妻の商売許可証も持っている。連れて行ける人材を明日までに探しておいてくれ」

「……わかりました」

 

 蚊の鳴くような声でそう答えるジン。

 

「冒険者協会からも依頼を出そう。それと、キャサリンに事情も通達しておく」

「ああ、頼む」

「……さて、それぞれやる事が出来たな。それじゃあ解散といこう。……おっと、報酬はここに置いていくぜ」

 

 扉を開き、四人は外へと出て行く。

 後に残ったのは、明らかに聞いてはいけない類の話を聞かされて頭を抱える占星術師だけだった。




 ディルック:ヨシノリについて

 彼か……そうだな。あの時、彼が仕事を探して街を彷徨っている時に声をかけなかったのは、僕の今までの人生で最も大きな失敗の一つと言っても良いだろう。
 

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