群玉閣。
璃月港の上空に浮かぶ巨大な邸宅。
璃月七星『天権』凝光の居城にして、職場。
その一角で、二人の女性が顔を突き合わせていた。
「────もう一度聞くわ。本当に、彼だったのよね?」
そう切羽詰まったように質問を投げやるのは、家の主人たる凝光。
普段は余裕を保ち滅多に焦る事の無い。そう他人に認識され、自身もそうあるように努めている彼女だったが、今この場においてはそうも言っていられる場合では無かった。
「はい、確かです。体型や顔付きに多少の変化こそありましたが、特徴的な髪色に刀、加えて氷元素による海上歩行。まず間違い無いかと」
凝光の問いを受けて答えたのは、彼女と契約を結んでいる特別情報官の夜蘭。
モナに似た体に張り付くような青い服に、白い毛皮の上着を肩にかけた彼女は、普段は姿を隠し、璃月中に張り巡らされた情報網で以て、様々な厄介事を内々に処理している。
しかし、今回は網にかかった事件があまりにも大き過ぎた。それこそ、凝光が焦る程に。
「……それで? 彼は北斗の船に乗ったのよね?」
「はい。確かに目視で確認しました。彼ならば途中で下船も可能でしょうが、可能性としては限り無く低いでしょう」
そう、と呟いて凝光は瞠目し、思考を巡らせる。
梅山義徳が過去に璃月で活動していたのはたった二年。
日雇いや冒険者としてが一年半で、七星の秘書補佐が半年だ。
しかし、その二年間で梅山義徳はあまりにも璃月内で大きく
きっかけは、彼が璃月で活動し始めてから約一年と少しの事だった。
突然、とある商会が急激に成長し始めたのだ。
しかし、別にこれだけでは大した事はない。
問題だったのは、その商会の行っている事業が、鉱石の採掘、及び売買だった事だ。
元来、鉱石採掘に関連する業種はあまり儲かる物ではない。
確かに璃月には鉄石や水晶の他にも、石珀や夜泊石を始めとした高価な鉱物が多く埋蔵している。
しかし、前者は大した利益を上げれるような物では無い。
また、後者も大きさや純度と言った品質による値段の上下が実に激しく、安定した収入には到底なり得ないため、殆どの商会がその取り扱いを敬遠している。
だが裏を返せば、良品質の物を安定して入手できる方法さえあれば、石珀や夜泊石で莫大な利益を作れると言う事。
商人達はもしやと思い、調査を行った。
するとどうだろう。その商会は、思った通り良品質の石珀を多く取引しているではないか。
これはつまり、そう言う事なのだろう。
そう断定した商人達はより踏み込んだ調査を行い、その結果、梅山義徳に辿り着いた。
璃月の商人達は当初、困惑した。
彼が稲妻最強の剣豪と言う事を、璃月の商人達は知っていたからだ。
だが、再び調査を進めると、彼が稲妻から璃月まで亡命して来ていたと言う事が分かった。
そして、彼が金と職を欲している事も。
それがわかるや否や、璃月の商人達は本気を出して義徳を引き入れにかかった。
彼を雇っていた商会が、人件費が安くなるからと正式な雇用をしていなかった事も災いし、義徳の争奪戦争は熾烈を極めた。
ある者は金で、ある者は女で、ある者は土地で義徳に迫ろうとし、他の商人達による妨害工作でそのどれもが失敗した。
そして、争奪戦争が起きて約三ヶ月程たったある日、遂に死人が出た。
とある商会が特殊な遺物で交渉を行おうとしたところを襲撃され、遺物を奪われそうになったところを咄嗟に抵抗した結果、打ち所が悪くそのまま襲撃者を殺してしまったのだ。
自身も争奪戦争に参加していた璃月七星も、これの事件を重く見た。
そこで七星が出した結論は、義徳をどこの商会にも属さない、璃月七星の秘書である甘雨の補佐としてつける事。
結果として、その策は実に上手く成功した。
事態は急激に収束し、普段通りの璃月に────は、戻らなかった。
と言うのも、義徳のおかげで仕事が捗りすぎて、七星に暇が出来てしまうのだ。
無論、それ自体はいいことだ。滞るよりかは、何千倍何万倍もマシだろう。
だが、七星は璃月の中でも最高位の商人達。
生粋の商売人たる彼らは暇なんて物を許しはせず、暇が生まれたのならば、その場所に仕事を入れて更に利益を上げようとする。
そうした商人根性により、義徳が秘書補佐になってから、璃月はさらに忙しくなった。
そして、海灯祭の準備期間。璃月の忙しさがピークに達したその時、辞表を叩きつけて義徳は逃げた。
まぁ、考えるまでも無く、当然の帰結だ。
義徳は人間、半仙たる甘雨とは、そもそもの許容量が違う。
休みどころか睡眠も無しに働き続けるなど、不可能なのだ。
となれば、これは生存本能による逃避なのだろう。
だが、だからと言ってそれを許すわけにもいかない。
しかし、相手は最強の剣豪。再び捕えることは叶わず、逃亡を許してしまった。
その結果、既に義徳の働きを前提として動いていた璃月は、まるで要石を抜いたアーチの如く、瞬く間に瓦解した。
仕事が一気に回らなくなったせいであらゆる面で様々な不具合や不祥事が生じ、璃月全体に大きな混乱を呼んだ。
七星や甘雨の働きと、まだ存命だった岩王帝君の助力により、被害はある程度に抑え、何とか立て直す事が出来たが、それから2年経った今でも、未だにその傷は深い。
「──────船を用意して」
「正気ですか?」
「正気よ。確かにリスクは相当なものだけれど、その分利益は凄まじい。前回はただ失敗してしまっただけ。上手く彼とやれさえすれば、璃月はきっとより大きな国になる。帝君亡き今、梅山義徳のような人材が────」
「義徳さん?」
ゾクリ、と。二人に悪寒が走る。
振り向いて見れば、そこ居たのは一人の女性。
空色の髪に一対の角を生やし、書類の束を抱えた彼女は、正しく七星秘書の甘雨であった。
だが、明らかにその様子がおかしい。
「義徳さん? 義徳さんですか? 義徳さんがどうかしたんですか? 帰って来てくれたんですか?」
カツ、カツ、カツ、と。
光の灯っていない目で、甘雨は凝光と夜蘭に詰め寄る。
「い、今、義徳が稲妻へ北斗の船で向かっていると……」
「ふふ。成程、そう言う事ですか。ふふふ。ふふふふふふふふふ。そうなんですか。やっとです、やっと帰って来てくれます。義徳さんさえ戻ってきてくれれば、ようやく仕事が終わります。ふふふ。ふふふふふふ。前は何も言わずに遠くへ行ってしまいましたが、今度は大丈夫です。ふふふふふ。しっかりと契約を結べば、義徳さんはずっと璃月に居てくれます。ふふふふふふ。ふふふふふ。何と言っても、此処は岩王帝君の璃月なんですから。ふふ。そうですね。私が帝君と結んだものと同じ契約を交わしましょう。ふふふふふふ。お揃いです。ふふふ。ああ、でも、それだけじゃあ足りないかもしれませんね。ふふふふふ。義徳さんはとってもいじわるですから。ふふ。そうですね、璃月から出ない? これだと少し厳しいですね。ふふふ。璃月に一生を捧げる? ああ、これだと最初の契約と同じですね。ふふ。どうしましょうか。困ってしまいますね。ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ──────────
「……夜蘭。解っているわね」
「………………勿論です」
絶対に、失敗は許されない。
そう心に刻み、夜蘭は任務遂行の為に駆け出した。
過酷な冬練に咽び泣く男! 筆者マッ!!
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