西風騎士団のワーカホリック侍たる俺であるが、実はスメールやフォンテーヌの方では架空の人物として認識されているらしい。
俺もつい二年前までは知らなかったのだが、当時あったファデュイとのゴタゴタの最中にやって来たスメールの使者殿に教えてもらったのだ。
何故かと聞いてみると、使者殿は『俺について聞こえて来る事がどれも荒唐無稽過ぎて、誰かの妄想だと考えた方が自然だったから』と答えてくれた。
そして、それはスチームバード新聞の方でも同様であるらしい。
名誉なことではあるのだろうが、何だか釈然としない気持ちになった事を覚えている。
いつかは旅行がてら両国に赴いて、俺の実在を知らしめてやるのも一興かもしれない。
まぁ、その前にまず、今回の一件を片付けるのが先決だ。
「……宮司様」
「何じゃ。妾は今、『雷切物語』の新刊の構想に忙しいのじゃが」
「それは是非とも止めて頂けると有り難いのですが、もう動いてもよろしいでしょうか?」
城の方に見える見事な花火を見ながら、そう問いかける。
祭りの終盤に行われる一大イベント『長野原花火大会』だ。
稲妻を離れてから長らく見ていなかった長野原の花火だが、今はどうも懐かしむ気分にはなれなかった。
俺が宮司様に匿われてから、もう三日が経った。
つまり、今日はモンドを出てから丁度十日になる。
代理団長殿との約束の期日だ。
しかし、俺がここに来てからというもの、事態にろくな進展が無い。
精々、旅人が色々と動いていると聞く程度だ。
そして俺がやったことと言えば、宮司様に旅の話をした程度。
元から十日以内に帰れると思ってはいなかったものの、こうも停滞を続けていると、俺も焦りの感情を禁じ得ない。
「ふむ……焦る気持ちもわからんでもないが、まだまだじゃ。坊やが動けるのは、少なくとも祭りが終わった後じゃな」
「何故です。俺の目的はあくまで家族と友人の無事の確認。祭りの方に皆の意識が向いている今であった方が、動き易いと言うものでは?」
「それがのう、そうもいかんのじゃ」
宮司様が筆を置いて嘆息する。
「坊やの事じゃ。梅山家の現状については既に聞き及んでおろう」
「ええ、はい。将軍様が保護しておられるとか」
確かトーマはそう言っていたはずだ。
振り向きつつ答えると、宮司様は首肯する。
「うむ、その通りじゃ」
─────表向きは、な。
そして、目を細めてそう言った。
つい先程まで焦りで揺らめいていた精神が、一瞬にして凪ぐ。
……ふむ、まぁ、やはりそうか。
トーマの話を聞いて安心していたが、よく考えればわかった話だろう。
大逆人の家族に何の咎めも無いなんて都合のいい話、あるわけが…………
「……いや、違うな」
一瞬、処刑されたものだと思ってしまったが、今回ばかりは事情がかなり違う。
普通であれば、大逆人が出た一族は郎党もろとも処刑されるものだ。
だが、今回は幕府が俺の事を囲い込もうとしている。
となれば、俺の心象を損ねるような行為は、あまりしたくないはずだ。
「うむ。気付いたようじゃな。そうじゃ、処刑はされておらん」
「となると……幽閉ですか?」
「どちらかと言えば軟禁が近いのう。坊やの両親と兄夫妻は今、天守閣で全ての業務と寝食を行っておる。外出以外に関しては、かなりの自由が保障されているようじゃ」
成程、天守閣で軟禁、か。
外出以外は不自由していない、か。
………………………………ふむ、成程。
「宮司様」
「何じゃ」
「これもう俺帰って良いですかね」
「ほう…………ほう!? 何故じゃ!? 何故そうなる!?」
いや、だってそうだろう。
恐らく宮司様は『家族に会いに行きたいのならば時を待て』と言いたいのだろうが、俺の目的は、会う事ではなく、あくまでその安否の確認。
家族達が将軍様の庇護の下で平和に……とは言い難いかも知れないが、安全が保障されて無事に生活できているのが分かった今、その目的は達成されていると言って良いだろう。
勿論、稲妻や家族の現状に思う事はあるが、代理団長との約束があるので、首を突っ込む訳にもいかない。
となれば、俺には稲妻に残る理由が無いわけだ。
そんな事を、俺に詰め寄って来た宮司様に説明する。
「うぬ、ぬぅ……いや、待て。確かにそれはそうなのじゃが、それで本当にいいのか? 坊やの家族は今、坊やの身勝手の所為でろくに外出の出来ぬ生活を送っておるのじゃぞ? 今頃、坊やの助けを待っておるやも知れぬぞ?」
「いやまぁ、それもそうなのですが……いざとなれば何もかも切り捨てて帰って来ると約束してしまったもので……」
「あ、相変わらず律儀じゃのう……うぅむ……む?」
「ん?」
ふと、不意に宮司様が明後日の方向を見やる。
すると、宵闇に紛れて一羽のカラスが此方に飛んで来るのが見えた。
撃ち落とそうかと刀を取り出すと、宮司様が手で俺を制する。
「待て。妾の式神じゃ」
「ああ、成程……」
式神と言うのは、簡単に言えば使い魔のようなものだ。
動物だけではなく、人型と呼ばれる紙を用いたものなどを使役することで、物の運搬や視覚の共有による遠見など、様々な事を行うことができる。
今回のカラスは、恐らく記憶共有による情報収集を目的として作られたものだろう。
宮司様はカラスを腕に止め、その瞳を覗き込んでいる。
「……ふむ、成程のう」
そして、数十秒ほど経ってから目を瞑り、そう呟いた。
「どのような情報だったのです?」
「妾にとっては吉報。坊やにとっては吉報であり、同時に凶報じゃ」
「……と言うと?」
カラスを再び放ってから、宮司殿が口を開く。
「つい先程、モンドと璃月の商船が同時に離島へ停泊したようじゃ。互いに、多くの用心棒達を抱えてのう」
「……マジですか……」
成程、それは確かに『両方』だ。
モンドの船の方は、恐らく代理団長あたりが送ってくれた『お迎え』だろう。
そして、璃月の船の方も『お迎え』だ。
ただ枕詞に『俺が二度と戻りたくない場所への』と付くが。
俺が今稲妻にいる事を把握している理由は、恐らく夜蘭さんかその部下の誰かにでも見られていたからだろう。
いやはや、完全に彼女達の事を失念していた。逃亡生活中にあれほど苦しめられたと言うのに。
「して、どうする? これでも帰ると言うのか?」
「はぁ……無理ですね」
迎えが来てしまった以上、一人で帰ると言うのは出来ない。
居ない俺を探し続けて、変な事態に発展でもしてしまったらいけないからだ。
だからと言ってモンドの船員と合流して帰ろうにも、璃月の船員に捕捉され、大陸で、或いは海の上で衝突が起こるのは確実。
となれば────
「帰るのは決着を付けてからです。今まで散々逃げ続けて来たツケを精算して、稲妻と璃月にケリをつけてから堂々とモンドに凱旋してやりますよ」
「うむ、よくぞ申した……しかし、先刻も言ったが、坊やが動けるのはまだまだじゃからな。勝手に動くでないぞ」
「ええ、わかっていますとも」
腰を下ろし、再び長野原の花火を眺める。
心に余裕ができたからか、その輝きが先程より一層煌びやかに目に映った。
八重神子:ヨシノリについて
坊やか。妾はあやつの事を特に気に入っておる。何事も申し付ければ想像以上の結果を出して帰って来るし、何より小説のネタとして超が付くほどに優秀じゃ。ただ、将軍はまだしも影があそこまで坊やに執着する理由はどうにも分からん。一体何をやらかしたのじゃろうか。
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